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13 海辺の町に到着です



「――ちゃん、――ぇちゃんっ!」


「……う、うん……?」


「お姉ちゃん、朝練! 修行の時間! 早くしないと置いてくよ?」


「修行……? あぁ、もうそんな時間なのね」


 寝ぼけまなこをこすりつつ、ベッドをおりる。

 寝覚めだからか、状況把握にどうにも手間取った。


 そう、私の名前はティアナ・ハーディング。

 そして、目の前で練習用の二本の木剣ぼっけんをぶら下げながらため息をつく少女が、私の妹であるユウナ。


 霊峰ブランカインド。

 いにしえより葬送の技術を伝承してきた葬霊士の修行場・総本山。

 この場所で私たち姉妹は、二人で生活を営んでいる。


「寝坊だなんて相変わらずだらしないなぁ。ほんっと、誰に似たんだか」


 黒い髪をツインテールに結んだ、しっかり者の我が妹。

 14歳になるこの子は、ひとつ年上の私より葬霊技術も戦闘技能もよっぽど上だ。


 私生活でもしっかり者だし、姉として鼻が高い。

 そしてちょっぴり情けない。


「雷雨の夜なんか、雷怖いって私のベッドに入ってきちゃうしさ。……まぁ、そこがかわいいんだけども」


「仕方ないじゃない、怖いのだもの」


「そういうトコもダメ! 世の中いい人ばっかりじゃないんだから。スキを見せたらどこまでも付け込まれるよ。体面だけでもとりつくろいなさい」


 物心つく前に両親が亡くなって、ユウナが母親のようにふるまい始めたのはいつ頃だっただろう。

 姉である私がつとめなければならないはずのポジションだけれど……。


「ムリよ、私には」


 むいてないものはむいてない。

 肩ひじ張って背伸びをしてもしかたない。

 誇れることといえば、ユウナの修行の相手をできる程度の技量があるくらいのものだもの。



 霊山のふもと、霧深い森の中。

 ここが私と妹の二人だけの訓練場。


 師範からつけてもらえる全体修行の前に、二人でこうして毎朝こっそり修行をしている。

 もちろん、向上心のかたまりみたいなユウナの発案ね。


「たぁっ!」


 鋭い踏み込みから繰り出される二刀のコンビネーションは、すでに大人の葬霊士にも劣らない。

 私もなんとか食らいついて、打ち合いを続けていくけれど、


「……っく!」


 あまりの威力に木剣が一本、手から離れて飛んでいってしまった。


「ご、ごめんなさいユウナ!」


「いいよ、ぜんぜん。むしろこのユウナ様に打ち倒されないだけ大したモンだってば、なーんてね」


 修行の足を引っ張ってしまったというのに。

 こんな器の大きさも、妹が自慢の妹たるゆえん。


「お姉ちゃんさ、自己評価低すぎなんだよ。じっさい私とここまでやり合えるの、同じくらいの年頃じゃお姉ちゃんだけなんだから」


「そ、そう……?」


「そうなのっ。だからさ、もっと自信持ちな? キリっとしてれば、クールな美人さんに見えるんだからさっ」


 ぷにっ。


 ほっぺをつつかれて、笑顔をむけられて。

 自慢の妹にそんなこと言われたら、うれしくなっちゃうじゃない。

 もっと自信、持ってもいいのかしら。


「ほらほら、早く拾ってきなー。待っててあげるからさっ」


「……そうね、待たせては悪いもの」


 これ以上、貴重なユウナの修行時間をムダにしちゃダメだものね。

 木に当たって転がる木剣を拾うため、私はユウナに背をむけて小走りでむかう。


 きっとユウナは、ブランカインド史上最高の葬霊士になる。

 そんなあの子の手助けをするために、私ももって強くなって――。


 ――ドスッ。


「ごぼっ」


「――え?」


 肉を刺しつらぬくような音、水と空気が混じり合ったようなユウナの声。

 ふり向いた先に広がる光景は、信じられないものだった。


 妹の胸の中心、心臓から突き出す刃。

 凶刃が無造作に引き抜かれ、鮮血を散らしながら倒れるユウナ。


 そして、妹の背後に立っていた男。

 つば広の黒い帽子にコート姿の、葬霊士の正装に身をつつんだ中年の男。


「えっ? ……えっ?」


 現実だとは思えない。

 口の中がカラカラに乾き、頭の中がパニックになっていく。


 どうして?

 ユウナが殺された?

 どんな理由があって、そんなことを?


 ユウナを刺したあの男は誰?

 あの子に気配すら悟らせず、背後に回り込んで?


『――あ、あれ? 私? 私、どうなって?』


 体から抜け出して、自分の死体を前に困惑するユウナの魂。

 男は懐から封縛の楔(ズィーゲルン)を取り出し、そのフタを開けた。

 吸い込まれていく妹の恐怖の表情と、男のコートの胸元についた『三本足のカラスの紋章』が私の瞳に焼き付いて――。




「――っあぁぁ!!!」


 がばっ!


 叫びながら身を起こすと、ここはベッドの上。

 ……夢だったのね。

 三年前に起きたあの出来事を、細部にいたるまで忠実に再現した悪夢。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ」


 バクバクと跳ねる心臓をおさえ、呼吸をととのえる。

 そう、凛とした佇まいを心がけて。

 『他人』に弱みをいっさい見せない、強い自分であるために。


「……ふぅ。いつぶりかしら、あの日を夢に見るなんて。何日か前、あの子たちに話して聞かせたからかしらね」


 トリスとテルマは、もう『他人』じゃない。

 だからこそ本当の自分も、目的もさらけ出して見せた。

 『仲間』にまでとりつくろうことは、きっと本当の強さにつながらないから。


 何も出来ずに仇を見送ったあの日以来、死に物狂いで修行した。

 いつか仇に会うために。

 妹の魂を取り返し、なぜ妹が殺されなければならなかったのか知るために。


「――なぜかしら。もうすぐ会える気がするわ。『三本足のカラス』に」


 感知力Eの戯言ざれごとではあるのだけれど。

 不思議と、確信めいた予感があった。



 ★☆★



 海辺の町グレイコースト。

 中央都ハンネスから西に広がる海岸線に面した街に、やってきました私たち。


「えへへぇ、おさかなっておいしぃんだねぇ」


「お姉さまが幸せそうで、テルマも幸せですっ」


 くしに刺した海のおさかなをもぐもぐしつつ、通りを歩く私とテルマちゃん。

 見るものすべて、村にも中央都にもなかったものばかり。

 もちろん海も初めて見るし、昨日の到着以来テンション上がりっぱなしです!


 ティアはお寝坊さんなのかな。

 まだ寝てたから、二人で街に繰り出しちゃいました。


「……って、観光気分で浮かれてばかりもいられないよねぇ」


 ティアがここに来たってことは、どっか近場のダンジョンとかに悪霊とかが出るってことで。

 この瞬間にも犠牲者が出ているのかもしれない。


「そろそろティアも起きてるだろうし、目的を聞くためにいったん宿にもどろうか」


「ですねっ。……それにティアナさんが寝坊するなんてらしくありませんし、ちょっと心配です」


 そこだよねぇ。

 あぁ見えていろいろとかわいいトコもあるって知れたから、ムリしてないか心配だ。


「決定だね、それじゃあ――」


「助けてください……」


「?」


 そのとき、かぼそい声を耳がひろった。

 視線をむけると、聞こえた方向には人気ひとけのない路地裏が。


「お姉さま、どうしました?」


「今、助けてって……」


「テルマの耳には聞こえません。もしかすると悪霊かもしれないですよっ」


「もし本当に、助けを求めてるヒトだったら? 放っておけないよ」


 私の中の人助け欲、困ったことに一度燃えはじめたら止まりません。

 テルマちゃんも根がとってもいい子な天使ですから、悩んだあとにうなずきます。


「で、ですねっ。わかりました、いざとなればテルマがお守りいたします!」


 うん、テルマちゃんの神護の衣があれば安心だ!

 私の中に入ってもらって、いつでも衣を展開できるようにスタンバイしてから、駆け足で路地裏へ。


「助けてください……」


「うん、助けるから! どこにいるの!?」


 声をたよりに進んでいって、入り組んだ路地裏の突き当たり。

 しゃがみこんだ長い髪の女の人がそこにいた。


「助けてください……」


『――お姉さま、ダメです。霊です』


「そ、そっか……。じゃあ逃げ――」


「助けてくださぁい……」


「ひぅっ」


 Uターンして逃げようとしたら、女の人はすでに目の前に回り込んでいた。

 耳のあたりまで口が裂けて、乱杭みたいな歯をむき出しにした、『歪んで』しまった女の人だ。


「口の中、見せてくれればいいんですぅ。ちょっとでいいんです、ちょっとでぇ……」


 見せたらなにするつもりなのか知りませんが、絶対にゴメンですよぉっ!!

 震え上がりつつ神護の衣を発動しようとした、その瞬間。


 ズバッ……!


 真後ろからナナメに斬り伏せられた悪霊が、黒いモヤへと変わっていきます。

 助けてくれたのは、黒いつば広の帽子に黒コート。

 ティアが来てくれた――。


「やぁ、ケガはありませんか?」


 ……ちがう、ティアじゃない。

 薄い青色の短い髪に、声も顔も男の子か女の子かわからない、中性的な葬霊士さんだ。


 手にしてるのは十字架をかたどった片手剣。

 腰にさしてから、ティアと同じ小さな棺で悪霊を吸い込んだ。


「えと……、大丈夫です。ありがとうございますっ」


「よかった。『波長』が合ってしまったのかな? 不運でしたが、ボクが通りすがったことは幸運でしたね」


 私がもともと見えるヒトだってのも、テルマちゃんが中に入っていることも、どうやら気づいてないみたい。


「それにしても、人助けって心地のいいものですね。まるで魂が、ボクの魂が求めているような……」


「えっ」


 それ、私と同じ……?

 このヒト、いったい……。


「あの、私はトリス・カーレットといいます。あなたのお名前、お聞きしても?」


「ボクの名ですか? 聞いたところで有名人でもなんでもありませんが、先に名乗ってくださった。礼儀に関わります、いいでしょう」


 二コリと、人懐っこい笑顔を浮かべて帽子をとったそのヒトは、


「タント・リージアンと申します。では」


 名乗りと共にうやうやしく一礼すると、帽子をかぶって去っていく。

 コートの胸元に描かれた『三本足のカラス』が、なぜだか強く印象に残った。



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