128 ケイニッヒの娘
名無しさん、魂すら残さずに消滅してしまいました。
これじゃあもうなにも聞き出せませんね……。
「お姉ちゃん、これからどうするの?」
「現実的に考えて、たった三人で集落を占拠することは不可能。『皆殺し』なら出来るでしょうが、そんなことをするメリットもない。いたずらにむこうの戦意と憎しみをあおるだけの結果に終わるわ」
「そうだよね……。第一、おねーちゃんにそんなことしてほしくないもん」
「と、なると。聖霊の回収がベストでしょうか」
「いい案だけれど、効果は薄いでしょうね。戦力が出払っている時点で、おそらく主力となる聖霊も持ち出されているはず。ここには弱い聖霊しか残っていないでしょうから」
ティアとユウナさんとタントお姉ちゃんで、今後の方針に頭を悩ませています。
ですが私の頭には、ある可能性が生まれていて……。
「あ、あのっ、みんなっ! これを見てほしいのっ」
「日記……?」
「アネットさんの日記ですね。お姉さまが秒で読破していました」
「その厚さを秒で……。さすがトリスですね」
「えへへ……」
タントお姉ちゃんにほめられてうれしいです。
うれしいですが喜んでる場合じゃありません。
「あのね、見てほしいのはこのページなんだけど」
そう言って開いたページには、こう書かれてあります。
ケイニッヒおじさまは、私たちにとてもよくしてくれる。
きっと『娘』に重ねているのだろう。
生きているなら、私たちと同じくらいの年頃だろうから。
「ねっ?」
「ケイニッヒに娘がいた、ということだけはわかるわね」
「お姉さま、これがなんなのですか?」
「……コレね、私のまったくのカン。根拠なんてなんにもない、飛躍しすぎにもほどがある話。それだけ断っておくね。もしかしたらケイニッヒの娘って――『ルナ』なんじゃないかなぁ……?」
ルナから聞きました。
物心ついたときから一人きり、路地裏で暮らすストリートチルドレンだった、って。
両親が誰なのか、どこで生まれたのか。
いっさいが不明なのです。
そしてアネット・モナット姉妹の髪色は赤。
私のこの体の――つまりルナの髪色も赤。
ケイニッヒさんは赤みがかった茶色です。
「全部ぐうぜんかもしれない。根拠なんかなんにもないんだけど――」
「トリスのカンでしょう? ならば信用に値する」
「ボクも同意見ですね。ファイカに対するようなニセの信頼じゃない。ボクの妹のカンは当たると、心から信頼していますから」
「二人とも……っ」
私のただの憶測に、ふたりとも耳をかたむけてくれましたっ。
「お姉さま? テルマだって信じますからね?」
「うん、テルマちゃんもありがとっ」
「ならば次の目的地は『中央都ハンネス』かしら」
「教団『ツクヨミ』の本部ですねっ」
「決まりだねっ!」
今後の方針、決定です!
これで私の憶測が間違ってたら、とんだ無駄足になってしまいますが、このままシャルガの本拠にいても意味ありませんから。
ケイニッヒさんを探す任務のついでと思えば、足取りも軽くなるでしょう。
「じゃあ出発……と、その前に聖霊回収だね、お姉ちゃん!」
「そうね。隠し場所は――おそらく寺院かしら。トリスも来る?」
「も、もちろんっ!」
またティアと離れて危ない目に、なんてゴメンですからっ。
それに多少危険な場所でも、パワーアップしたテルマちゃんがついてますし!
「ますます頼りにしてるね、テルマちゃんっ」
「お任せくださいお姉さまっ! ありとあらゆる災厄から護ってみせますから!」
ティアもタントお姉ちゃんも、ユウナさんも。
もちろんテルマちゃんだって。
みーんなとっても頼りになります。
もし聖霊が大群でやってきたとしても、ちっとも怖くありません!
いざ、寺院へこっそり潜入とまいりましょう!
★☆★
「ひぃぃ……! な、なにあれぇぇ……」
こ、怖いです……。
寺院に潜入して階段を降りてすぐ、触手だらけのなにかがうねうね動いていますぅ……。
「聖霊ね。まさか放し飼いにされているなんて思わなかったわ」
「『赤い棺』はあくまでも運搬用。聖霊を閉じ込めて管理しておくやり方は、よしとしないのかと」
「そ、それにしても、どうして逃げ出したりしないのぉぉ……」
入り口、バッチリあいていましたよ?
出入りし放題なんですよ?
なんで大人しく、寺院の地下でうねうねしてるんですか……。
「『利害の一致』というやつでしょうね」
「聖霊を従えているのではなく、あくまで協力しているだけ。逃げない理由は『逃げる理由がないから』ね」
逃げない理由……かぁ。
信仰心とか、ゴハンとか?
人間の魂をエサとして提供してたり……。
うぅっ、考えてたらゾクゾクしてきたぁ。
「ねーぇ、いまそんなことどうでもいいでしょ? ユウナ様ね、聖霊を斬り刻みたくて仕方ないの」
タントお姉ちゃんからユウナさんへ切り替わり、腰の十字架剣を抜いて、ガシャコンと分割して双剣へ。
すっかり臨戦態勢です。
「トリス、ほら。ちゃっちゃとアイツの弱点教えて」
「わ、わかった、今見るねっ」
ユウナさんに言われるまま、綺羅星の瞳を発動。
弱点の位置と数を教えて、それを聞いたユウナさんがサクッと斬って、ティアがあっさり吸い込みました。
そんな感じで寺院の地下を探索しつつ、聖霊たちを淡々と処理していきます。
ティアの推測どおり、数も質も大したことないようです。
「トリス、どうかしら。まだ聖霊の気配する?」
「うーん……。しないかなぁ」
ダンジョン判定じゃないのでマップこそ出せませんが、聖霊なら気配でわかります。
今吸い込まれていったのが最後みたい。
「片付いたわけだね。これにていっちょあがりっ」
パチン、と双剣をもとの長剣にくっつけて、腰のさやに納めるユウナさん。
聖霊に対するうっぷん、すこしは晴れたかな。
結局ぜんぶの聖霊を、ユウナさんひとりでやっつけちゃったし。
「用もすんだし、さっさとここを離れちゃお! お姉ちゃん、そろそろおねむの時間だし」
「眠くないわ。まだまだ起きていられるわ」
「そうだね、離れようか。ティアがおねむかどうかは置いといて」
来たときと同じく、見つからないようにこっそりと出ていきましょう。
明日の朝には異変に気付かれるだろうから、それまでにできるだけ離れておきたいところです。
「ユウナ、ご苦労だったわね」
「にへへ」
お姉さんにほめられて嬉しそうなユウナさん。
なかなかかわいいところがありますね。
まるで私にほめられたときのテルマちゃんみたいな――。
「……ん?」
テルマちゃん、どうしたんだろ。
石壁に彫られた壁画の前でボンヤリと立って……というか、熱心に見ています。
「テルマちゃん? なにか気になる?」
「あ、お姉さま。いえ、この壁画なのですが……」
テルマちゃんとならんでいっしょに見てみます。
書かれている絵、これは……なんでしょうか。
天から差し込んでくる光?
スポットライトみたいな形をした光の中に、なんだかわからないヒトみたいなのがいて……。
「これがどうかした?」
「テルマが生きていたの、もう400年以上も前のことです。つまり400年以上前の記憶です。なので正確ではないかもしれませんが、生前に似たような絵をみたことが、あるようなないような……」
「ふむぅ?」
これと似た絵を見たコトがある……気がする?
昔の絵ってこんな風に、ユルい感じのフワフワした絵が多いですが……。
「気のせいじゃ……ない?」
「気のせいかもしれません。ごめんなさい、お姉さま。このようなことでお時間を取らせてしまって」
「ううん、こんなことくらいで気にしないで。テルマちゃんなら、もっとずーっとすっごいワガママだって聞いてあげられちゃうんだから」
「ほ、本当ですか!? すごいって、どのくらいすごいワガママなのですか!?」
「すっごいの。さ、行こっ」
「す、すっごいのですかぁ……」
すっかりへにょへにょになっちゃったテルマちゃんの手を引いて、ティアたちとその場を立ち去ります。
あの壁画、いったいどういうものなのか、ちょっぴり気になりますが……。
いちおう、私の頭の中にしっかり刻みつけておきましょう。
テルマちゃんの『気のせい』が、気のせいでない可能性だってあるのですから。