125 謎のドロドロ人間
テルマちゃん、私のピンチにすかさず憑依して、神護の衣で守ってくれました。
弾かれて消し飛ばされた腕のドロドロですが、しかしみるみる再生していきます。
『お姉さま、ご安心を!』
憑依を維持しつつ、半透明の状態で抜け出したテルマちゃん。
私と『ファイカさんのようななにか』のあいだに立って、私をかばってくれています。
おもに霊的存在を弾く特性を持つ、テルマちゃんの『神護の衣』。
アレに弾かれたってことは、幽霊や聖霊じゃないにしても、少なくとも霊的ななにかを身にまとっているはず。
だから衣で弾じかれて、ダメージを受けたのでしょう。
「っふぅぅぅー。痛いねーえぇぇぇ、それーえぇぇぇ。よくないよねーえぇぇ」
『テルマの思ったとおりでした……。あなたから、嫌な感じがしたんです』
「そ、そうなの……? 私、なんにも感じなかったのに……」
『気配とか霊気とか、そういうんじゃありません。なんといいますか……、人間的に、嫌な感じです!』
ウソをついてるとか、裏があって近づいてきたとか、そういうことかな。
だとしたら、さっきまでのテルマちゃんの態度にも納得です。
ティアやユウナさんが無条件で信頼してる相手にそんなこと思っちゃったら、天使みたいなテルマちゃんなら自己嫌悪して当然だよ。
「ねーぇ、それ、外そうよーぉ」
「……答えてっ。あなた、誰っ!? ホンモノのファイカさん、どうなったの!?」
「ファイカなんて人間はねーぇ、最初から存在しないんだよーぉ」
「なにを言って……。じゃ、じゃあティアたちは……?」
『おそらく催眠か、認識操作のたぐいではないかと。なんらかの手段でティアナさんたちにいつわりの記憶と信頼を植え付けたんです』
「そ、そうなの……? でも、なんのために……」
ティアたちと私たちを引き離して、この状況に持ち込んでやろうとすることって。
まさか、まさか……っ。
「その顔ー、わかってるんでしょーぉ? 目的は、あ・な・た。だよーぉ。正確には、あなたの『眼』かなーぁ」
「私の……、『眼』……?」
「星の瞳、太陽の瞳、キレイだよーねぇぇーえぇ。それ、欲しいなーぁぁ」
『笑わせないでください! お姉さまはあなたたちに協力なんかしません!』
「かまわないよーぉ。『眼』さえあればいいんだからーぁ。魂にはーぁ、体から出て行ってもらおうねーえぇ? くり抜いちゃうのもいいかもーぉ?」
「……っ」
冗談とかじゃありません。
このヒト、本気だ。
本気で私のことを……っ。
『言ったはずです。お姉さまには近寄らせません。私の衣、あなたを消し飛ばすくらいならできますよ……!』
「たーしかにぃ、その衣は面倒だーなぁー。でもねーぇ、あなたもリサーチ済みーぃ。コイツを脱げば、解決って話よーぉ」
ずる、ずるり。
ドロドロしていた体が急に倒れて、もっとドロドロしていきます。
それこそ全身、くまなくとろけてなくなっちゃうんじゃないかってくらい。
「なに……っ、なんなの、このヒト……っ」
皮が、肉が溶けて、床にしみ込んで消えていき、あとに残ったのは『人間』でした。
うつぶせに倒れる骨と皮だけの人間。
真っ白な肌に筋肉や脂肪のたぐいはまったくついていません。
全身つるつる、毛もまったく生えていない。
「し、死体……なの……?」
おそるおそる、距離をとりつつ立ち上がろうとしたときでした。
ガバッ!!!
「死んでないよぉ!!」
「ひぃ……っ」
ものすごい速度で顔を上げて立ち上がったそのヒト。
顔を見た瞬間、また腰が抜けてしまいます。
鼻がそがれて、くちびるがなく歯茎がむきだし。
まぶたすらありません。
切り取られているのでしょうか。
全裸なのに、股間にもなにもないんです。
深く肉がえぐられていて、性別すらどっちなのかわかりません。
「生きてるよぉ! これでもね、生きてるの!」
ガシィっ!!
「わかった、わかったからぁ!!」
つ、つかみかかられました……!
肩をつかまれて、細すぎる体から想像もつかない力でブンブンゆすられます……。
「お姉さまから……っ、離れなさい!!」
ブンっ!!
憑依を解除したテルマちゃんの投げた置物が、元ファイカさんの頭を直撃。
ポルターガイスト現象です。
「あがっ」
のけぞる元ファイカさん。
あんまり効いていないようですが……。
『お姉さま、いまのうちに立って! 逃げますよ!』
「う、うん……っ!」
恐怖でふるえる足に力を入れて立ち上がります。
テルマちゃんに手を引いてもらいながら、その場を逃げ出す私です。
去り際にアネットさんの日記も忘れず確保。
「まぁぁぁぁぁぁぁってえぇぇぇぇぇぇぇぇ」
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカっ。
怖いです!
高速で手足をバタつかせながら追ってきます、追いかけてきてます!
しかもけっこう速いです……!
「まってくれたらぁぁぁ、アメちゃんあげるぅぅぅ」
「待ちませんいりません結構ですぅぅ!!」
もう半泣きです、私。
必死にろうかを走って、屋敷の玄関を飛び出します。
転がるように入り口階段をくだって森の中へ。
「どこに行くのぉぉぉ?」
「決まってる! ティアのとこ行くの!」
「そりゃまずいねーぇ。変身解いたタイミングでぇ、催眠も解けちゃったーあぁだろうしーぃ」
「催眠……!」
やっぱり!
ファイカさんというニセの葬霊士さんの記憶と信頼を植え付けたんだ……!
けど、そんな強力な催眠術ってあり得るの……?
しかもです、あの変身能力。
変身といえばケイニッヒさんですが、あのヒトに匹敵する擬態っぷり。
私ですら違和感を見破れないレベルって、どんなですか……!
「あ、あなた、いったい何者なのっ!? 『シャルガ』のヒト!?」
「そのとーぉりっ。そいっ!」
な、なに!?
ツタ……!?
その辺の木に巻きついていたツタを外して投げて、私の足にからませて……。
「あぅっ!」
ズザッ!!
「お姉さまっ!!」
こ、転んでしまいました……。
ヒザをすりむいたかもしれません。
けど、転んだ痛みを気にしてる場合じゃないです。
それよりも問題なのは……。
「つーぅかまーえたーぁ。れろれろれろぉん」
追いつかれました……!
腰をすごい力でつかまれて、これじゃあ逃げられない……っ。
「つかまえたったらつかまえたあーぁ」
『お姉さまのお腰に触れないでっ!!』
ふたたび憑依したテルマちゃん。
『神護の衣』を展開してくれますが、効果がありません。
相手は生身の人間。
霊体の拒絶に特化したテルマちゃんの神護の衣じゃ、謎のドロドロは弾けても、生身に対しては『丈夫な服』程度なんです。
「これでおっけーっ。万事解決ぅぅ」
「な、なんなの……っ、あなた、いったい……」
「んー? 聞きたい? ウチのこと、聞きたいぃぃぃん?」
か、顔が近い……っ。
なんでそんなに寄せてくるのぉ……っ!
「話したぁい。とってもとーおっても話したいなーぁぁ。でもムリー」
「も、もういいっ、聞きたくないっ!」
「聞かせたくても聞かせられなーぁいのおーぉ。だってウチ、自分のことがわからなーぁいからーぁ」
……自分のことがわからない?
このヒト、記憶がなかったりするのでしょうか。
それとも……。
「じゃねーえぇ、ウチこれから、キミに強烈な催眠かけるかーらぁ。もうじきウチのこと、大大大好きになーあるよぉー?」
「い、イヤっ! 絶対イヤっ! イヤイヤイヤぁ!」
『このぉ……っ! もう許しません!!』
バチィィィっ!!!
「あーあぁぁぁ!」
電気がはじけるような音と、落雷のような光。
元ファイカさんの悲鳴が聞こえて、私から弾き飛ばされてゴロゴロと地面を転がって……。
い、いったい今度はなにが起こったの……?
『お姉さまに触れるばかりでなく、心をも弄ぼうとするなどと……! テルマ、本気で怒りました!』
「あーあぁぁ、いたたたた……」
はじき飛ばされたあのヒト、悶絶したまま立ち上がれません。
そして私の着ている衣。
神聖な光を火花のようにバチバチさせてます。
「テ、テルマちゃん……? 今の、テルマちゃんがやったの……?」
『えっ……? そ、そうみたいです。ともかくお姉さま。この力で、あなたをお護りいたします!』