124 屋敷の奥で見たものは
ティアたち、今ごろ寺院に潜入できたころでしょうか。
私とテルマちゃんは、これからファイカさんといっしょに大きなお屋敷に潜入するところです。
「お姉さま、ホントにここが族長さんのお屋敷なのでしょうか……」
「そうだと思うよ。一番おっきいし。ですよね、ファイカさん」
「ほぼほぼ間違いないねー。期待していいと思うよ」
ほら、ファイカさんもこう言っています。
ティアの態度がなかったら、うたがったりしたかもしれませんが。
ティアとユウナさんが、あそこまで信頼を置くこのヒト。
強さも洞察力も、とってもすごいのでしょう。
(なにせ『あのティア』が、私をまかせたんだもん)
自分で言うのもアレですが、それって最上級の信頼の証。
だったら私もとことん信じることにしたのです。
「けど、明かりがついてないねぇ」
「どうやら留守のようですね」
「留守なら留守でむしろ安心、思うぞんぶん大事な情報をあされるさー」
「たしかにっ」
「トラップが無いとも言い切れないからねー。気は抜かないように」
「うけたまわりましたっ!」
ビシッ、と了解のポーズ。
さぁて、いったいなにが出てくるのでしょうか。
ティアやブランカインドのみんなのためになるコトを、つかめるといいな。
「……」
「テルマちゃん……?」
「な、なんでもないですっ」
テルマちゃんの様子、なにかを気にしてる……?
心配ごとがあるってカンジかな。
「……もしも不安なことがあったりしたら、えんりょしないでなんでも言ってね」
「ホントになんでもないんです。ただ、ちょっとイヤな感じがするというだけで……。ですが、お姉さまがなにも感じていないのならば、きっと気のせいなのでしょう」
「イヤなカンジ……?」
うーん、するかなぁ。
聖霊の気配もとくに感じないけど……。
「教えてくれてありがと。気をつけるね」
用心にこしたことありません。
なんせ敵の本拠地、なにが起こるかわかんないもんね。
「きーみたちっ。コソコソ話しちゃって仲睦まじいなー。お姉さん妬けちゃうゾ?」
「あー、ファイカさんちがうんですよ。仲間外れにしたわけでは……」
「冗談じょうだん。ささ、誰かに気づかれないうちに、ちゃちゃっと潜入しちゃおー」
「おー」
誰かに聞こえたりしないように、声を落として小さく拳をあげての、「おー」でした。
お屋敷潜入、いざまいります!
入り口の階段をのぼって、高床のお屋敷へ。
玄関のカギは開いていたようです。
先頭を歩くファイカさんが、軽く回せばひらきましたから。
中にはやはり誰もいないよう。
当然ながら真っ暗で、私じゃなければ明かりをつけなきゃなんにも見えないことでしょう。
「ファイカさん、明かりは――」
「つけない方がいいだろうねー。誰かに気づかれちゃうだろうし」
「ですよねっ。よーし、私が前を進みます!」
「お、さっすが感知SS。頼りにしてるよー」
「えへへ」
あのティアから信頼されてるヒトに頼られちゃいました。
誇らしい気分になりつつ最初のお部屋へ。
このお屋敷、一階建てですが他の家10個ぶんくらい大きいです。
部屋だってとってもたくさんありますし、全部まわるにも一苦労。
もはやダンジョンみたいです。
客間っぽいお部屋とか、特になにもない部屋だとか、いろいろと見てまわっていきます。
「どうです、お姉さま。なにかあります?」
「んー、今のところなんにも出ないねぇ」
ココが親玉のお屋敷なのか、それだけでもつかみたいところ。
なにか出てこいと祈りつつ、次なるお部屋のトビラを開いたそのとき。
「――っ!?」
背筋が、凍り付きました。
なぜって、見覚えのあるキツネの面が四方の壁一面に、天井にまでびっしりと並んでいたからです。
「……っ、はぁ、……っ」
なんとか悲鳴を押し殺して呼吸をととのえます。
かなりの恐怖体験でしたが、このくらいなら平気、大丈夫です。
「お姉さま……! あのお面……って」
テルマちゃんにも見えるんだ。
さすがにこれだけずっと真っ暗なところにいたら、目が慣れるよね。
幽霊に夜目ってあるのかな……。
と、そんなことより。
コレは大発見ですよ。
「あの方のモノと、同じですよね……」
「うーわ、こりゃ不気味だねー。ふたりとも、このお面知ってるんだ」
「はい。シャルガ族のアネットさんってヒトがかぶっていたキツネ面と、まったく同じデザインなんです」
「つまり、ここってアネットさんとゆかりのある場所なのでしょうか」
「この近くの部屋を調べたら、なにかわかるかも。すぐとなりとかっ」
怖いのでささっとスライド移動して、ドアをそっとひらきます。
中は誰かの私室、のようです。
「はじめて見つけたね、生活感のあるお部屋。おジャマしまーす……」
誰かのお部屋ですし、ひとこと断って潜入です。
中に置いてある家具ですが、木製の独特なデザインですね。
カドが丸くてドラゴンみたいな獣みたいな見たことない彫刻が入れてあって。
シャルガスタイルのオシャレなのでしょうか。
最初に棚を調べてみます。
目玉がたくさんついた置物とか、気味のわるいインテリアばっかりですね。
持ち主の感性が私と異なること以外、収穫ナシ。
次にデスクを調べてみました。
ここにきっとなにかが……。
「……日記?」
引き出しの中に使い込まれた一冊の本。
おそらく日記でしょう。
だって表紙に日記と書いてありますから。
シャルガ族の使ってる文字、どうやら私たちと同じみたいですね。
そりゃそうか、みんな私たちの言葉でしゃべってたし。
さっそく開いて中身に目をとおしてみると……。
「……! テルマちゃん、これアネットさんの日記だよ!」
「やっぱりですね……!」
ということはここ、アネットさんの部屋と考えるのが自然ですよね。
アネットさんのキツネ面があって、日記もあって。
「つまり、このお屋敷って……」
「アネットさんとモナットさんのご実家、ですか……」
衝撃的な事実、発覚です。
里長の家かと思いきや……。
……いえいえ、まだ結論を出すには早い。
里長の家にたまたま同居していた可能性も!
「と、とりあえず日記の中身を読んでみよう」
ペラペラとページを高速でめくって、4ページ一秒のペースで一文字一文字丁寧に読んでいきます。
私の特技、超高速黙読です。
あっという間にすべてのページを読み終えて、いろいろとわかりましたよ。
本当にいろいろと。
「っふぅー」
パタン、と日記を閉じて一息。
さて、どこから話したものか。
「お姉さま、いかがでした?」
「結論から言うね。ここ、間違いなく族長の家。ここがアネットさんの部屋っていうのも間違ってない」
「ということはつまり、どういうことだい?」
「アネットさんとモナットさんはね、族長の姪っ子さんだったの。いっしょの大きな家で暮らしてた」
「ちょ、ちょっと待ってください……! あのヒトの叔父さんといえば……っ」
「そうだよ、テルマちゃん。あのヒトが――『ケイニッヒさん』がシャルガの指導者だったんだ」
この事実、私たちにとって作戦の崩壊を意味します。
親玉をとっつかまえようにも、親玉自ら最前線に出張ってますし。
あのヒトそもそも、おとなしくつかまるようなヒトじゃありません。
「一刻もはやくティアナさんたちに教えないとですね! ファイカさん、『メッセンジャー』をお願いしますっ」
「持ってないよー?」
「えっ? 持ってないんですか? 葬霊士さんの必需品だって聞いてますよ?」
「持ってないんだよー。だってねー?」
どろり。
ファイカさんの顔が、溶けました。
まるで炎魔法をあびたスライムみたいに溶けて、崩れていきます。
「だってファイカさぁん、葬霊士じゃあなぁいかぁらぁぁぁ」
「ひ……っ」
な、なにこのヒト……!
悪霊や聖霊じゃありません、生きた人間のはずです。
霊的な存在なら、すぐにわかるはずだもん。
そ、それに、ティアもユウナさんもあんなに信頼してたのに……!
「知っちゃったねーえぇ。知っちゃったらいけないこと、この世にあるんだーよぉ?」
体までドロドロにとけて、床をずりずり這いながら、ゆっくりと近寄るファイカさん。
いえ、ファイカさんだったなにか。
「こ、こないで……っ」
「星の瞳ねーぇ? 太陽の瞳ねーぇ? とぉーっても興味あるんだなぁ。ね、ね、見せてよ。もっかい見せて。まぢかでぢっくりとをををぉぉぉぉ」
「いや……っ」
しりもちをついた私に、ドロドロの元ファイカさんが顔を近づけます。
目をのぞきこむために、腐ったヘドロみたいな臭いをまき散らしながら、触れあう寸前まで顔を近づけて――。
バチィンッ!!
『そこまでです』
――私におおいかぶさった聖なる衣が、ファイカさんを吹き飛ばします。
『それ以上お姉さまに近寄れば、今度は頭が消し飛びます』
「テルマちゃん……!」