122 もうひとりのお姉ちゃん
ティアの提案をまとめると、こういうことですね。
シャルガのヒトたちだってこっちの葬霊士さんたちを倒すため、たくさん出払っていて本拠地が手薄になってるはず。
手薄な本拠に乗り込んでボスを倒しちゃえば、果ては制圧まで出来ちゃえば、事態を納められるんじゃないか、と。
「どうかしら。少々危険ではあるけれど、決して不可能ではないと思うわ。私たちがブランカインドの最高戦力なんだもの」
いつもブレないティアの自信。
決して揺るがないそれを、いつもすっごく頼もしいと思っています。
ですが今日はいつもより、とってもとっても頼もしい。
「私も乗った。おねーちゃんと私ならサイキョーだもん。タントだっていいよね? ……うん、よし。同意取れた」
そしてユウナさんも自信満々。
ふたりとも決して虚勢なんかじゃない、裏打ちされた自信です。
ティアとユウナさん、最強のふたりがいれば、多少手ごわい聖霊が出てきてもなんとかなるはず。
ちょっとだけ怖いですが、私も……。
「……私も行くよっ! これ以上、知ってるヒトに死んでほしくない」
「後悔しないのね? 『幽霊にする』と言ったけれど、決して大げさではないのよ。場合によっては、生きた人間を殺すことになる」
「……もちろんイヤだよ。けど、それでたくさんのヒトが救われるなら。『人助け』だから、ってガマンできる」
「お姉さま……」
「そんな顔しないで、テルマちゃん。生きてるヒトと戦うなんて、ドライクのときに経験済みだし大丈夫っ」
「そこまでの覚悟があるなら止めないわ。トリス、力を貸して」
「うんっ!」
よぉし、これで方針決定です。
ケイニッヒさんを追いかけて聖霊を取り戻すって任務から、かなり外れることになってしまいますが、緊急事態です。
大僧正さんも許してくださるでしょう。
「あとは――斥候さんだけど、どうしよう」
「み、皆さまのお話どおりなら、私も命を狙われますよね……?」
あぁ、せっかくよくなってきた顔色がまた悪くなっちゃって。
ブルブル震えちゃってるし、かわいそう……。
「あ、そうだっ。本山に残ってるメフィちゃんに、アルゲンちゃんでむかえにきてもらおうよ!」
ブランカインドからザンテルベルムまで一日で来られるのなら、ここまで半日くらいで飛んできてくれるはず。
メッセンジャーで連絡を送って、斥候さんを安全な本山まで送ってもらえばいいのではないでしょうか。
「名案ですね。彼女なら安心して任せられます」
「だよね、タントさんっ。斥候さんもそれでいい?」
「はい、もう! すみません何から何まで!」
腰の低いヒトのようです。
ベッドの上でペコペコしています。
「と、なると。出発は明日の朝ね」
「一日ヒマができちゃったねぇ。あ、だったらさ。この時間を使って例のお屋敷に除霊しに行こうよ!」
名案、ひらめきました。
この緊急事態、お屋敷の霊は泣く泣くあきらめていたのです。
しかし動けない時間が出来たのなら、使わない手はありませんよね。
「トリス、そのことだけれど――」
「……」
……?
なんでしょう。
タントさんが首を左右にふって、ティアのセリフを止めました。
「かまいませんよ。斥候さんもいっしょに行きましょうか」
「はい、それはもう! 皆さんといっしょじゃないと生きた心地がいたしません!」
うーん、なんだったんだろう、ティアの言いたかったこと。
よくわかりませんが、まぁいいや。
お屋敷の除霊、はりきって行きましょう!
……翌日。
朝焼けの中、メフィちゃんがアルゲンちゃんに乗って半泣きで飛んできました。
あ、ちなみにお屋敷に幽霊なんていませんでしたね。
誰か知らない葬霊士さんが少し前に除霊していたみたいです。
さまよえる悲しい悪霊、すでに救われていたんですね。
これでもう旅立ちに、心残りはありません。
「うっ、えぐ、えぅっ、怖いですよぉ……」
「メフィちゃん落ち着いて……。かっこよかったザンテルベルムでのメフィちゃん、どこ行っちゃったの」
「でも怖いモノは怖いんですぅ! そ、それと皆さん、大僧正からの言伝ですっ」
「心して聞くわ」
メッセンジャーじゃなく、メフィちゃんにあずけてたんですね。
コートの中から丸めた手紙を取り出して広げると、コホンとひとつ咳払い。
「『葬霊士ティアナ・ハーディング、およびタント・リージアン。並びに葬霊士補佐トリス・カーレット。提案した任務を承認する』……だそうですっ」
「承ったわ。ご苦労だったわね、メフィ」
「は、はいっ。……あ、それともうひとつ。指令ではなく個人的な伝言もあずかってきてますっ。『てめぇら、ひとりたりとも欠けんじゃねぇぞ』……です」
「大僧正さん……」
言葉遣いは乱暴ながら、やさしいあのヒトらしいです。
胸の奥がほんわかあたたかくなります。
「……へんっ、婆さんってばいらない心配しちゃってさ。このユウナ様がいるんだよ、誰も欠けるわけないじゃん」
「あなたを一番心配してるのよ。一度死んでる自覚ある?」
「アレはノーカン、完全な不意打ち! 真正面からやり合えば、あんなおじさんに負けなかったし!」
そういえばドライクって、ワープ魔法も使えたからなぁ。
いきなり出てきたりして怖かった……。
「そこが心配だって言ってるの……。私も、二度もあなたを失いたくないのだから……」
「おねーちゃん……。大丈夫、この体、いまは私ひとりのモノじゃないんだから」
ユウナさんがすっ、と目を閉じて、もう一度ひらきます。
するとやんちゃそうな表情が、落ち着いたにこやかなモノに。
「そうです、ボクもついています。後ろで目を光らせていますから、不意打ちなんて許しません」
「えぇ、タントになら安心して頼めるわね。……トリスのお姉さんなんだもの」
「……っ!」
ティアがチラリと私に目配せ。
これって、そういうことだよね。
……ありがと、ティア。
「――そうだよ、お姉ちゃんっ!」
タントさんの――タントお姉ちゃんの腕にぎゅっと抱きつきます。
むかしお姉ちゃんにしていたスキンシップを思い出しながら。
大好きって伝わるように。
「ユウナさんのこと、よろしくしてあげてねっ」
「――えぇ、もちろんです。トリス」
あっ、頭なでなでされちゃいました。
敬語こそ取れてませんが呼び捨てですし、ちょっとは家族らしくなれたかな……?
「というわけで、斥候さん。メフィちゃん、こう見えてとっても頼りになりますから、安心して本山まで送られてくださいっ」
「う、うけたまわりました! 頼りにしてますよ!」
「たたたた頼らないでくださいぃぃぃ」
やっぱり半泣きでしたが、きっと大丈夫。
メフィちゃんが強くて頼りになることくらい、私、よーく知ってますから。
「で、では皆さまお達者で! メフィ誰とも会わないことを祈りつつ、大急ぎで帰らせていただきますぅ!!」
「うん! 帰ったら大僧正さんやセレッサさんにもよろしくねー」
斥候さんをアルゲンちゃんの背中に乗せて飛び去っていくメフィちゃん。
無事に到着できることを祈りつつ、さぁ私たちも旅立ちです。
目指すは王国南部、未開の地。
聖霊の領域、シャルガの本拠地へ。
いざ参りましょう。
★☆★
『エンシャン湖畔』がある森の町エンシャントから、さらに南へむかうこと5日。
道すらないような森の中を進んでいって、とうとう見えました。
高いガケから見下ろせば、遠く森の中にポツンとたたずむ町。
あれがシャルガの本拠地にちがいありません。
「とうとう、着いたねぇ」
「大変でしたねぇ。お宿すらロクにありませんでしたし……」
「ねー、ホント大変な道のりだったぁ……」
野宿の連続だったからなぁ……。
あ、ちなみにメフィちゃんですが、『グレイコースト』を出発してから2日後に、メッセンジャーで無事の帰還が知らされました。
もちろんですが、斥候さんも無事とのことです。
「ここまで敵の襲撃、まったくなかったわね。留守を狙った甲斐があったわ」
「もっともっと怖い思いを覚悟してたけど……」
味わったのは旅の大変さだけ。
シャルガの刺客に襲われずにここまで来られたぶん、大変なラッキーだったと考えるべきでしょう。
「で、こっからの作戦。どうするのさおねーちゃん」
「そうね……。もう少し近づいて、様子を見てから考えるわ」
「つまりノープラン、と。考えなしでホントに大丈夫なの?」
ユウナさん、ティアにとっても辛らつだよぉ。
遠慮なしに言い合える、気安い関係なんだろうけども。
「え、えっと……。とりあえず私、見てみます!」
私の視力ならここからでもある程度、集落の様子が見られるはずです。
いざ、気合いを入れて――。
「ほー、アレがシャルガの本拠地ねー」
「……っ!」
「だ、誰っ!?」
……気合いを入れようとしたところ、知らないヒトがいきなりあらわれました。
おかげで私の集中力、雲散霧消です。
このヒト、私のとなりに立っておでこに手をかざしながら、シャルガ集落を見ています。
茶色のボブカットに青い瞳、黒いコートに黒いつば広帽の、私より少し年上っぽい女の子。
服装だけなら葬霊士さんですが……。
「……ファイカじゃない。どうしてここに?」
「大僧正さんからの指示でねー。増援」
「ティア、知ってるヒト?」
「えぇ。ブランカインド流葬霊士・第三席――」
「ファイカ・ラプトンだよん。よろしくー」