121 シャルガの狙い
タントさんのお部屋に入ると、いました。
ベッドの上に腰かける、昨日まで気を失っていた女性。
本名不明の『斥候』さんです。
私たちの、というかおもに私とテルマちゃんの姿を見たとたん、ビクッと体が跳ねました。
「タント、彼女に事情を説明し終わった?」
「大方、飲み込めたみたいです」
「そう、よかったわ。あなた、気分が悪かったりしない?」
「ま、まだ頭がグルグルしますが、なんとか……。あ、あの、そちらの方たちは……?」
「『斥候』ならば話に聞いているでしょう。彼女たちがトリスとテルマよ」
「な、なるほど、彼女たちが……。よかったぁ、『シャルガ族の衣装』によく似た服の幽霊さんでしたから、おどろいてしまって」
あぁ、なるほど。
テルマちゃんとあのヒトたちの民族衣装、よく似てるもんね。
細かいところがいろいろちがうんだけど。
……なんで似てるのかな。
偶然?
「いまこの場所は、おそらくこの世でもっとも安全な場所よ。『この私』にタント、そして感知に長けたトリスまでいるのだもの。安心なさい」
「安心しました」
安心しましたか。
自信満々なティアの態度、こういうときにはとっても頼もしいのかもしれないですね。
「安心したところで斥候さん。体調に問題なければお聞かせ願えますか? 『メッセンジャー』を飛ばしたあと、なにがあったのか。その他あなたの持つ情報をすべて」
「もちろんです。それが斥候としての、私のお役目ですので」
安心してお仕事モードに入った様子の斥候さん。
いよいよお話聞かせてくれるみたいです。
聖霊に憑かれてたときの話は全部忘れて残さず聞き取りましょう。
「まず『メッセンジャー』で伝えたとおり、『グレイコスタ海蝕洞』でシャルガの男が聖霊を捕獲しました。特徴からして、この男は『ケイニッヒ』に間違いない、と思われます」
「曖昧な理由は、やはり『変身能力』が原因?」
タントさんの問いかけに斥候さん、コクリとうなずきます。
「『基本の顔』として出回っている情報が、必ずしも素顔と言い切れない。厄介な相手よね」
「これも聞いておきましょう。ケイニッヒが捕らえた聖霊とはなんだったのです」
「『聖霊の墓場』から抜け出した一体。『セイレーン』です」
「セイレーン、ね……」
「こっちは先の証言通りでしたね」
「『墓場』から逃げた聖霊の名なら、全てこちらに割れているもの。そこでウソをつく必要はなかったのでしょう」
「言霊で攻撃してくるんだよね。具体的にどんなことができるのかなぁ」
「『唄』で人心をまどわす、と聞いているわ。かつて一国の王がセイレーンの歌声に狂わされ、戦乱が引き起こされたとも伝わっている」
「例にもれず危険な聖霊です。積極的に人を狂わせ、狂気に満ちた魂を好んで喰らう」
「あ、危なすぎますねお姉さま……」
「う、うん……」
『音』で攻撃してくるなんて、感覚がとっても敏感な私の天敵みたいな相手だ。
もしもケイニッヒさんにセイレーンを使われたら、役に立てるのかなぁ……。
「あ、脱線させちゃったね。話、続けてっ」
「そうね。ケイニッヒがセイレーンを捕らえたあと、あなたは洞窟を抜け出して『メッセンジャー』を?」
「はい。飛ばし終えたタイミングで、もうひとりの『シャルガ族』が現れて、馬のような魚のような聖霊を呼び出して……。そ、そこから記憶がまったくありません。お恥ずかしい……」
「もうひとり! 重大な情報出たよ、みんな!」
「……えぇ、そうね。そう。重要ね」
……あれ?
ティアってばそんなにおどろかないカンジ?
まだまだ近くにいるかも、って予測立ててたから、かな。
それにしてもクールすぎるような。
「特徴ですが、黒の短髪。筋肉がはちきれんばかりの大柄な男性でした」
「なるほど。その者にも気をつけなければなりませんね、ティアナさん」
「え、えぇ。そうね。そう。気をつけなきゃ」
……ティアさぁ、もう露骨にあやしいよ。
このヒトのこと知ってるんじゃないの?
まぁ、いいけどね。
ティアが黙っておきたいのなら。
黙っておきたいだけの理由があるんだろうし。
「私個人が知る情報は以上ですね」
「ご苦労さま。それでは他の斥候と『エンゲージ』できる?」
「おまかせください。さらなる情報を引き出しましょう」
斥候さん、そう言うと目を閉じて霊気を体に帯びはじめました。
ティアってば当然のようにお願いしてますが、いったいこれは……?
「ねぇ、ティア。あれってなにしてるの?」
とっても集中している斥候さんのジャマにならないように、小さな声で質問です。
耳元でささやくように、です。
「ん……っ」
ぶるっ、とティアの体が震えます。
もしかして耳、敏感なの……?
「……コホン。アレは『エンゲージ』ね。霊気を飛ばすことで近くの――と言っても徒歩七日間ほどの距離の『斥候』と情報を共有することができるの」
「すごーい……」
そんなことまでできるんだ。
さすがブランカインドの情報収集担当さんたち。
「……お、おかしいですね」
って、目をあけて首をひねっちゃってます。
どうしたんでしょう。
「なぜだか誰ともつながらないんです。今までこんなことなかったのに……」
「たまたま近くにいないんじゃないかしら」
「それは考えにくいでしょう。そこまで『斥候』同士が離れることなんてないはずですから」
「もうちょっと距離をのばすことってできないの?」
「が、がんばってやってみます。ぬぅぅぅ、斥候魂ぃぃ……!」
独特な気合いの入れ方ですね。
斥候さんがもういちど『エンゲージ』をはじめました。
かなりムリして範囲を広げているのでしょう。
さっきとはうって変わって体中から汗がしたたり落ちてきています。
「――――――っはぁ、はぁ、はぁ……」
おっと、終わったみたいです。
息も絶えだえでベッドに突っ伏してしまいます。
よっぽど疲れたんだろうなぁ。
「お疲れさま。ムリをさせてしまったみたいね」
「ご、ごめんねっ。素人考えでムチャさせちゃって」
「い、いえ、いいんです……。いいん、ですが……」
ど、どうしたのでしょう。
ただ疲れているだけにしては様子がおかしい気がします。
なんだか顔色が悪くて、表情にも達成感なんてカケラもありません。
「も、もしかして、失敗しちゃったとか?」
「つながりました……。つながったんです……。情報、しっかり受け取りました……」
「よかったわ。さっそく話してくれる?」
「も、もちろん……です……っ」
なんだか、猛烈に嫌な予感がしてきました。
聞きたい気持ちと聞きたくない気持ちで、聞きたくない方が勝ってしまうほどには。
斥候さんが息をととのえて、意を決したように口を開きます。
「葬霊士『第八席』ヴィンテルード様、および『第四席』マリアナ様。任務中の死亡を確認」
「な――っ」
「そんな……っ」
「本当ですか!?」
それぞれにおどろきの声をあげるみんな。
私なんて声も出せません。
席持ちのヒトが二人もやられるだなんて。
それに、マリアナさんまで……。
「他、任務に出ている葬霊士の多数が行方不明。連絡の取れない『斥候』も数多い、とのこと、です……」
「なんてこと……」
「は、犯人は……、『墓場』の聖霊……?」
「ちがう、みたいです。目撃した斥候の報告によれば、『シャルガ族』の者たちのしわざだ、と……」
背中をびっしり、嫌な汗がおおいます。
これ、大変だよ。
このままじゃ、もっと大変なことに……。
「ティアっ!」
「甘かったわ。敵の狙いが私だと判断したのは甘かった」
「えぇ。狙いはおそらく、『霊山を出ている全てのブランカインド関係者』」
「三大聖霊と聖霊像。像のことこそ『まだ』知らないにせよ、聖霊神を呼び出すためのこれらを手に入れるには、本山を落とさなければならない」
「戦力、削りに出たわけですね……」
「『聖霊の墓場』から脱走した聖霊たちが各地で暴れている以上、こちらは精鋭の葬霊士を複数出さざるをえないわ。孤立したところから狩っていく。なるほど、納得の勝ち筋ね……!」
にぎり拳でダン、とテーブルを叩くティア。
ど、どうしよう、これ、どうしたら……。
「このままじゃ、みんな殺されて……。丸裸になったブランカインドが襲われて……っ」
「お、落ち着いてくださいお姉さま。こういうときこそ落ち着いて」
「う、うん……。落ち着いて考えよう……」
えっと、まず大僧正さんに連絡を入れるとして。
きっともう、連絡がたくさん行ってるはず。
あのヒトならいい方向にみんなを導いてくれるでしょう。
と、すると、私たちがやるべきは。
……なんでしょう。
『相手が一番嫌がりそうなこと』をする?
「……このタイミングで『シャルガ』のヒトたちが、私たちにいちばんして欲しくないコトってなんだろう」
「そうね……。ブランカインドが聖霊退治のため、たくさんの葬霊士を国中に出している。それらをつぶしていくならば、むこうも多くの戦力を出しているはずよね」
「この状況、本拠地が手薄になってる?」
「だったらむこうの大将を幽霊にしてやれば、とっても悔しがるんじゃないかしら」