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120 妹への想い



 わかっていたわ。

 だってタントが聞き分け良くても、ユウナは聞き分け良くないから。

 こっそり抜け出すだろうって思ってた。


「タント、だから言ったでしょう。ユウナにそそのかされるだなんて、らしくないわね」


「ユウナさんは関係ありません。ボクの意思で抜け出しました」


「……」


 ……えっ?

 そうなの?

 意外だわね。


 ユウナに濡れ衣着せちゃったわ。

 あとでお菓子あげたら機嫌なおすかしら。


 おいしいお菓子がいいわね。

 甘いのがいいわ。

 港町だからって魚を練り込んだ焼き菓子なんか渡したら、きっともっと怒るだもの。


 ……いえ、お菓子はいいのよ。

 大事なのはお菓子じゃないの、お菓子ももちろん大事だけれど。


「――あなたね。聖霊『ケルピー』を斥候に取り憑かせたのは」


「ティアナ・ハーディング、生きているとは驚きだ。情報によれば、ケルピー様の『魂喰たまぐらい』を防ぐ手立てなど持っていないはず」


「古い情報ね。アップデートをおススメするわ」


 実のところ、私ひとりじゃやられていた。

 トリスとテルマのおかげなのだけれど、効かなかったフリをしておくわ。

 その方がかっこいいし、相手もビビるでしょう。


 ……いえ、かっこいいとかどうでもいいのよ。

 それより重要な情報が出たわね。

 トリスとテルマの力、どうやら相手に正しく伝わってないみたいだわ。


「……チッ、状況が変わった。聖霊様、どうかお戻りください」


 あら、どうしたのかしら。

 また棺のフタをあけて、今度は聖霊を吸い込んでしまったわ。


「どうかした? 私が怖くてしかたないのかしらね」


「お前との直接的な交戦は避けるように、とのお達しが出てんだ。ここで引かせてもらう」


 なるほど、だからあんな能力の聖霊を使って殺しにきたのね。

 万が一にもトリスに発見されるといけないから、斥候に憑依させて奇襲をしかけて、自分は遠くの安全な場所にいたというわけ。


 そこまで警戒されて、悪い気分じゃないけれど。

 逃がすわけにもいかないわよね。


「……『ケルピー』。置いて行っていいのかしら」


 だから止めるわ。

 聖霊を神とあがめる『シャルガ』の者ならば、こうすれば逃げないでしょう。


 コートの中から赤い棺を取り出して見せつける。

 聖霊入りの、赤い棺を。


「あなたの大事な聖霊サマ、ここに入っているのだけれど?」


「挑発には乗らねぇ」


「あらそう。これでも?」


 パチンっ。


 フタを開けば姿をあらわす、二頭身の馬面の魚。

 ブランカインド製、聖霊を封じる力を持つ棺のおかげで力を奪われた哀れな姿。


『あそぼ。あそぼっ』


「ほら。いるわよ、ここに。取り返すなら今しかないんじゃない?」


「ぐ、ぐぅ……ッ! 聖霊様を、そのような矮小わいしょうな姿におとしめるとは……っ」


「悔しい? なら力ずくで取り返したら?」


「み、見え見えの挑発になぞ――」


『あそぼ。ねぇあそぼ』


「うるさいわね、コイツ」


 ズバッ!!


 雑に切り捨ててやれば、あわれ水色のモヤモヤに。

 剣には宿さないわ、目的がちがうものね。

 この光景を見せつけるのが目的だもの。


「許さねぇ……」


「怒ったかしら。私を殺したい? 殺してこのゴミ、取り返したいの?」


「……っキサマぁぁぁぁぁぁ!! 聖霊様をそれ以上侮辱するなぁぁぁぁぁぁ!!!」


 怒ったわね。

 おでこに血管浮かび上がらせて、完全にキレちゃってるわね。


「おねーちゃん、やりすぎじゃない? どっちがワルモノかわかんないって」


 ユウナにまで言われたわ。

 けれど気にしないわ。

 ただトリスが見ていたら、ここまでやれなかったと思うわ。


 ……ひとまず聖霊のモヤモヤ、棺にしまうわね。


「ぜったぁぁぁぁいに許さねぇ、言いつけなんざ関係ねぇ!! 今、ここで、お前を殺す!!」


「やってみなさい、あなたに私がやれるのならね」


「私もいるよ。おねーちゃん、聖霊の方まかせてね」


 ユウナが十字架の両刃の剣を左右に分割。

 双剣に変えてかまえたわ。


 タントの武器、ユウナ用に改造していたのね。

 ユウナが出るたびに手持ちの霊を剣に変えていたんじゃ不便だものね。


「邪魔立てするならお前もだ、ブランカインドの葬霊士ィ!! 聖霊様、俺に力をお貸しくだ――」


「――アホ、なにやってん自分」


 ドゴォッ!!


「あがっ」


 シャルガの男の後ろに現れた、見覚えのある顔。

 ケイニッヒだわ。

 いきなり現れて背中を蹴り飛ばしたわね。


「頭冷やせやアホンダラ。無駄死にして聖霊様をお二人も敵に渡す気か」


「ケ、ケイニッヒ様……!」


「トリスさんたちの目撃情報入ったって聞いて、心配してきてみたら案の定。世話焼けるな、『ナリト』」


 ケイニッヒ様……?

 アイツ、『シャルガ』の中でもかなりのお偉いさんなのかしら。


「あなたも死ににきた? いいわよ、ひとり増えるぐらい。私たちにはちょうどいいハンデだわ」


「僕、そんな口車には乗らんから。こっちもこっちでやるべきことが出来たんで、トリスさんご一行にだけかまってるわけにいかなくなったんよ」


「そうなのね。どんな用事か教えてくれる?」


「んー、ムリ。ってなわけで、バイバーイ」


 吹きつける突風。

 おそらく『ジン』の力ね。

 風がやんだときにはもう、『シャルガ』のふたりの姿はなかったわ。


「……ちぇっ、逃げられた」


「しかたないわ。斥候が情報をにぎっていることを祈りましょう」


「だねー」


「――ところで。タントに変わってくれるかしら」


「いいよー。ほいっ」


 気の抜けたかけ声で、一気に表情が変わる。

 『ユウナ』の顔から『タント』の顔へ。


「ユウナさん、かけ声いらないでしょう……」


「聞かせてくれる? なぜひとりで除霊に出むいたのか」


「……覚えていますか? グレイコスタ海蝕洞。エステアさんという女性の起こした事件のことを」


「覚えているわ。忘れようがないもの。ずっと探し求めていたヤタガラスの尻尾を、はじめてつかんだ事件だから」


 ……。

 ……あら、タントの言葉が止まってしまったわ。

 うっかり怖い表情でもしちゃっていたかしら。


「こほん。続けて」


「――そのエステアさんだったんですよ、今回の悪霊の正体。もしや彼女かと思い、むかってみれば予想のとおりでした」


「……もうわかったわ。彼女のむかえた残酷な結末を、トリスに見せたくなかったのね」


「えぇ。ただのそれだけです」


「わかるわ。あなたにとって妹だものね。妹を大事に思う気持ち、痛いほどよくわかるから」


 たとえ事実を知ったとしても、あの子ならそれほど引きずらないでしょう。

 だってトリスってプラスの方向に突き抜けて狂っているから。


 きっとすぐに立ち直る。

 けれど傷つくことに変わりない。


「妹思いのお姉さんが二人もいて、トリスは幸せね」


 村でいっしょに育ったお姉さんと比べて、愛の種類がちがうけれど。

 トリスを想っていることに変わりないわ。


「……妹想いのかがみのようなあなたに言っていただけると、自信になります」


「自信……?」


「トリスさんの――姉でいいんだ、という自信です」


 ……タントは最初からトリスの姉じゃない。

 姉に姉である自信なんているのかしら。


 よくわからないけれど、タントがいい顔しているから良しとしておきましょう。


「――ばぁっ、ユウナ様だよっ! ねー、お姉ちゃんって妹想い?」


 ばぁ、って突然言い出すからビックリしたわ。

 タントがアホになったのかと思ったわ。

 なにかかけ声がないと出てこられないのかしら、ユウナったら。


「……どうなのかしら。タントが言うならそうなのでしょうね」


「うんうん。だったらさ、ホントに妹想いだったらさ、私がそそのかしたー、だなんて言うかなー……」


「甘いお菓子を買ってあげるわ」


「えっホント!? おねーちゃんだーーいすきっ」


 姉想いの妹を持って幸せだわ、ふふ。

 さて、私まで抜け出ているとトリスにバレたら面倒ね。

 テルマには完全にバレているけれど。


 あの子にまでバレる前に、こっそり宿まで戻りましょう。



 ★☆★



 んー、さわやかな朝!

 なにごともなく静かな夜だったのでしょう。

 これほど熟睡できたのですから!


「お姉さま、おはようございますっ」


「おはようテルマちゃん。ゆうべも一晩中、私のことを見てたのかな」


「はいっ、安心してお休みいただけるようしっかり見張っておりましたっ!」


 頼もしいなぁ、テルマちゃん。

 ほんと安心して眠れるよ。

 趣味と実益を兼ねてそうだけど。


「……あれ、ティアは?」


「タントさんのお部屋に行ってますっ。斥候さんの様子を見に」


「そっかぁ。早く目を覚ましてくれるといいねぇ」


 なにがあって聖霊くっつけられちゃったのか、とっても気になるところですし。

 なんて話していたらドアが開きます。

 入ってきたのはティアでした。


「トリス、起きていたのね。おはよう」


「おはよ、ティアっ。斥候さんはどうだった?」


「目を覚ましたわ。さっそく話を聞きにいきましょう」


「おぉ、さっそく!」


 果たしてどんな話が聞けるのでしょう。

 まったく出口が見えないこの状況に、光が差すこととなるのでしょうか。

 期待しつつ行ってみましょう。



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