12 仲良くなりたい
一瞬、時が止まりました。
だって、パジャマ姿のティアナさんが棺桶からよっこいしょ、と出てきたんだもん。
あと、よーく見たらカベに十字架も立てかけてありますね。
ティアナさん、つかつかと十字架の前に歩いていって、おもむろに二本の剣を引き抜いて。
「……滅しなさい。十字の餞」
ズバシュッ!
スケベな悪霊を一発で十字に切り刻みました。
「集合霊ですらない下級の悪霊ね。核を探すまでもないわ」
『えろえろんっ』
「女の敵め、あの世で思いっきり反省なさい」
黒いモヤみたいな感じに変わり果てた悪霊を軽くにらみつつ、棺桶に魔力を流すティアナさん。
すると棺がシュルシュル縮んで、見慣れたミニ棺桶に大変身。
そうして吸い込まれていく悪霊と、一連の流れをあぜんとしながら見守る私です。
「……トリス、ケガはないかし――」
ゴロゴロ、ビシャァァァァァッ!!!
「ひゃぁっ!?」
決め顔から一転。
このヒトなんと、落雷の音と同時に小さく悲鳴を上げて、その場にへたりこんじゃいました。
はて、どうしちゃったんでしょう。
「あ、あのぉ、ティアナさん?」
「わ、笑わないで聞いてね……」
「は、はい……」
重大な告白でもするかのような緊張感。
なんでしょうか、思わずゴクリと生唾をのみこみます。
やがて、ティアナさんのつややかな唇が開いて……。
「私、雷が苦手なの……」
思いもよらない言葉をつむぎ出しました。
「はい?」
「雷が怖くて、知られるのが恥ずかしくて……、だから一人部屋にしてもらって……。怖いから棺の中に閉じこもっていたの……」
視線を下げながら、ものすっごく恥ずかしそうに白状するティアナさん。
正直な感想が、思わず口から出てしまいました。
「かわいい……」
「かわ……っ!?」
「はい、かわいいですっ! 完璧な美人さんと思わせておいてのギャップ、キュンときちゃいました!!」
「そ、そう……。ポジティブに受け取ってくれた、のよね……?」
照れてるティアナさんもかわいい!
それにそれに、私とってもうれしいんです。
このヒトの意外な一面が見られて、このヒトのことを一つ知ることができて、とってもとってもうれしい。
「……私、もっとティアナさんのことが知りたいです。もっともっと仲良くなりたいんです。――ううん、ちがう」
思えば私も、カベを作っちゃってたかもしんない。
年上だから、近寄りがたい美人さんだからって、こっちから歩み寄ろうとしなかったかもしんない。
だから、勇気を出して敬語やめます!
「ティアナさんと、仲良しになりたいのっ!」
「仲良し……」
……へ、変なこと言っちゃったかな。
ティアナさんってば固まっちゃったよ。
「……だったら、その。『ティアナさん』というのも……、やめないかしら」
「はっ、言われてみれば……!」
じゃあどうしよう、呼び捨て?
それともニックネームで?
より親しみがわきそうなのは、と考えてみて、思いつきました。
「えーっと、ティーさん?」
「ティーさん」
「うん、ティーさん」
「……やめておきましょう」
今までの呼び名を残しつつ、かわいさを出してみたのになぁ。
残念、却下されちゃった。
だったら……。
「じゃあ……、ティア、とか……、どう……かな……?」
うっわー、顔あっつい。
ティアだって、ティアだってぇ……!
どうしよう、踏み込みすぎたかな、距離感間違えちゃった……?
「……いいわね。とってもいいわ」
あ、気に入ってくれたみたい。
どことなくホクホク顔のティアかわいい。
「ではあらためて。これからよろしくね、ティア!」
「えぇ。よろしく、トリス」
ぎゅっと両手を取り合って、これで仲良しスタートです。
これからもっと仲良くなっていけたらいいな。
「――お姉さま。テルマも仲間に入れてください」
「ひゃうっ!?」
真後ろからささやくような声がして、心臓が体ともども跳ね上がる。
いや、誰なのかはすぐわかったけどね?
「テルマちゃん、脅かさないでぇ」
「ごめんなさぁい……。目が覚めたらお姉さまいなくて、一人でさみしくって……」
背中から腕を回して抱き着いてくるテルマちゃん。
さみしい思いさせちゃってたんだ。
悪いことしちゃったな。
「私こそごめんね。テルマちゃんもいっしょにお話ししよっ?」
「はいっ、仲良くお話ですっ」
私のとなりにちょこんと座るテルマちゃん、妹みたいでかわいいなぁ。
……妹、かぁ。
元気にしてるかなぁ、お姉ちゃん。
「――それで、トリス。私のどんな話が聞きたいのかしら? なんでも質問してみなさい」
「そんなに肩ひじ張らなくっても大丈夫だよぉ。みんなの好きなものとか趣味とか、いろいろ質問し合おうってだけだから」
そう、いわゆる女子トークをしたいのです。
仲良くなるにはまずここからって、フレンちゃん言ってた!
「そう。ではまず私から。好きなものは甘いものね。ついつい食べ過ぎてしまうわ」
「わかるっ! カスティーラだっけ? 最新のお菓子、アレもおいしかったよねぇ」
「最新……? 50年近く前からあるものだけれど」
「そうなの!? 村になかったからてっきり……」
「テルマもそれ、食べてみたいです」
「食べれるんだ」
「お供えしてくだされば!」
――と、そんな感じで女子トークは続いていき、いつしか趣味の話から私の人助け趣味の深堀りへ。
「本当、人助けが好きなのね。いいえ、好きというよりも中毒だわ」
「仕方ないんですぅ。呼吸と同じで止められないの、衝動なの!」
「どういう育ち方したらそうなるのかしら……」
「でもそのおかげでお姉さまたちと、こうして旅ができるのですからっ」
なんでも肯定してくれるテルマちゃん、ほんとに天使。
かわいくって仕方ないよ、お姉さまは。
お礼になでなでしてあげると、とっても嬉しそうです。
「けどさ、そう言うティアだって。人助けで葬霊士やってるんじゃない?」
だって、それ以外に説明つかないもん。
報酬ももらわずに、人知れず悪霊を祓ってるだなんて。
「……人助けなんかじゃないわ」
和気あいあいとしていた部屋の空気が、ピリリと張り詰める。
聞いちゃいけないこと、だったかな?
だったら話題転換を、と思ったら、ティアは続きを口にしてくれた。
「妹がね、さらわれたのよ。さらった葬霊士の手掛かりを探して、私は霊の出る場所を渡り歩いている。いつか出会えることを信じて」
「さらわれた……?」
葬霊士がさらうってことは、もしかして。
「あの、妹さんは……」
「殺されたわ。さらわれたのは魂の方。殺して、さらったの」
言葉が、出なかった。
ティアの瞳は今までに見たことないほど冷たくて。
なんて声をかけたらいいのか、迷いに迷って口を開こうとしたそのとき。
ドガァァッ、ピシャァァンン!!!
「ひやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁっ!!!」
雷が鳴り響いて、ティアが私にぎゅーっと抱き着いてきました。
「……えっと。大丈夫だよー、怖くなーい」
抱きしめ返して、ぎゅーっと抱き合います。
イイ感じに空気を壊してくれた雷、ナイスです。
「テルマもテルマも、ぎゅーっ、します!」
「あ、ありがと……」
テルマちゃんまで、私とティアをまとめてぎゅー。
そのまま三人でぎゅー、ってしながら、ベッドに入ります。
「あったかい……。これなら、怖くないわ……」
「テルマも、なんだか安心します」
「ちょーっと狭いけど、このまま朝までぎゅーってしてようねぇ」
私とテルマちゃんでティアをはさんで、いつしか三人夢の中。
次に目が覚めたときには、マドをびっしり濡らした雨粒が、朝の陽ざしにキラキラ輝いていました。
★☆★
おいしい朝ごはんまで出してもらえて、至れり尽くせりとはまさにこのこと。
お屋敷住まいのおばあさんには感謝してもし足りませんね。
無償での人助け、とっても見習いたいものです。
「そいではぁぁぁあ、気ぃつけてなぁぁぁぁ。どこにむかうかぁ、知らんけんどぉぉぉ」
「はいっ、お世話になりました!」
最後まで独特のイントネーションの、とっても親切なおばあさん。
私たちの出発を、玄関の外まで出てきて見送ってくれてます。
「げぇぇぇんきでなぁぁぁ! まぁた来いよぉぉぉ!!!」
手を振るおばあさんに私も手を振り返します。
何度も、何度も、ふり返って。
結局あのヒト、屋敷が見えなくなる距離まで手を振り続けていました。
とっても親切さんですね。
こうして私たちは再び街道を進みます。
川をこえて森を抜けて、日が傾きはじめたころ。
「あ、見えた! ティア、宿が見えたよ!」
「助かったわね。野宿回避だわ」
「あんないい場所に泊めてもらえた翌日ですからねっ。野宿じゃ落差でテルマあやうく死ぬとこでした」
もう死んでる、って突っ込んでいいのかな。
幽霊ジョーク?
ともかく宿を目指して歩いて、ようやく到着。
街道まで出ていた呼び込みの男の人が、あたたかく出迎えてくれました。
「おやおや、女性の二人旅とは。さぞやお疲れでしょう、ささ、どうぞどうぞ」
「えぇ、失礼するわ」
ティアはツカツカ歩いて宿の入り口へとむかっていく。
旅慣れてる雰囲気が出ているからか、男の人はティアを置いて私の方へ。
「お荷物の方、お持ちします」
「ありがとうございますっ」
「野宿でさぞお疲れのことと思います。暖かいお風呂とお食事、ご用意しておりますので」
「わぁ、楽しみですっ。でもあの、私たち昨日野宿じゃないんですよ」
「はて、と言いますと?」
「ここから中央都の方へ、半日くらい歩いたところにおっきなお屋敷がありますよね? あそこに泊めてもらったんです」
「屋敷……」
……あれ?
なんだか客引きさん、不思議そうに首をひねってる……?
「――お客様。わたくし、宿で働く都合上、記憶力には自信がありまして」
そうでしょうね、お客さんの顔とか名前とか覚えなきゃですし。
「そんな私の記憶によりますとね。――ここから中央都までの間に、お屋敷などは一軒もございませんよ……?」
「え? ……えっ?」
えっ……?
だ、だったら。
あの屋敷はいったいなんだったんですか?
あのおばあさんは?
今朝食べた、あの朝ごはんは……?