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119 屋敷にひびく笑い声



「大変だよ、ティア! このままじゃ、きっとどんどん聖霊持ちの敵さんが送り込まれて……」


「落ち着きなさい、ただの私の推測にすぎないわ。この件については『メッセンジャー』を飛ばしておく。大僧正なら正確な判断を下してくれるでしょう」


「そ、そうだね……」


 推測だけじゃ動けないよね。

 もし外れてたら大変ですし。

 大僧正さんに報告するのが、いまのベストなのでしょう。


「しかし、もしもこの推測が当たっているのなら、『シャルガ』の刺客がまだ近くにいるはず。タント、念のため単独での除霊はやめておきなさい」


「念のため、ですか」


「えぇ、あくまで念のため。もちろん放置するわけにもいかないわ。斥候が目を覚ましてから、ともに行きましょう」


「だったら私もいっしょにっ。テルマちゃんとも、みんなで行こうよ。いいでしょ?」


「はい。それが一番ですね」


 タントさん、いつものにこやか笑顔で快諾してくれました。

 葬霊が遅れちゃうの、ちょっと幽霊さんに申し訳なさもありますが。

 ひとまず、すべては斥候さんが目を覚ましたらということで。



 ★☆★



 夜、みなが寝静まったころを見計らい、ベッドから抜け出します。

 さいわいにして斥候さんとの二人部屋。

 万に一つもトリスさんに不在だと気づかれることはないでしょう。


 寝間着を脱ぎ、普段の黒服と黒コートに身を包む。

 葬送の場におもむく葬霊士として、最低限の礼儀です。


 その他の霊具を持ち、最後に十字架の剣を腰にく。

 準備完了、音を立てずに静かに宿を抜け出しました。


『やるねー、タント。聞き分けの良い、いい子ちゃんみたいなツラしてさー』


「意外でしたか?」


『いーや? 半分はユウナ様なわけだし』


 ひとつの魂におさまったもう一つの人格、ユウナさん。

 頭の中の同居人と会話をしつつ、夜の街を進んでいきます。


『で、わるい子ちゃん。そろそろ教えなさいな。どーしてみんなに黙ってウソまでついて、こっそり抜け出しちゃってるわけ?』


「……今回の悪霊、心当たりがあります。おそらくトリスさんもティアナさんも知っている方でしょう」


『顔見知り?』


「会わせたくないのです。トリスさんが、自分の行いによって『歪み』が生じ悪霊が発生したと知れば悲しむでしょう。知らないままで、片をつけたい」


『妹想いなんだ』


「……どうでしょうか」


 じっさい、どうなのでしょうね。

 自分でもまだ、よくわかりません。


『はぐらかしたー』


「はぐらかさせていただきました」


『ぶー。……ところでさー、スイスイ進んじゃってるけど。屋敷の場所、覚えてる?』


「しっかり暗記しています。ギルドで地図を見せていただいたときにバッチリと」


『ほえー。あたし地図さっぱり読めない。完璧なユウナ様の数少ない欠点』


「ティアナさんに似てますね」


『姉妹かねぇ』


 なんて話をしているうちに、たどり着きました。

 軽く高台になっている高級住宅街の一角。

 生者の気配をまったく感じない、異様な雰囲気ただよう三階建ての屋敷。


「ここですね」


『いるねー。感じるよ』


「さまよえる彼女の御魂みたま黄泉よみへと渡しにいきましょう」


 門を飛び越え敷地内へ。

 玄関のドアにはカギがかかっていません。

 盗むものすら残っていないからでしょうか。


 屋内に足を踏み入れ、廊下をすすんでいきます。

 かつて絨毯じゅうたんが敷かれていただろう、日焼けの色がわかれたむきだしの床板を靴底で叩くたび、広い屋敷にコツコツ、コツコツと足音がひびきます。


『――ぁひゃっ、ひゃはははっ』


 そんな中、耳にとどいた笑い声。

 ぴたりと足を止め、聞き耳を立てます。


「……ユウナさん、聞こえました?」


『バッチリ。楽しそうだね、やっこさん』


「ボクには苦しんでいるように聞こえます」


『そういうとらえ方もアリか』


 笑い声にみちびかれるまま、階段をのぼって二階へ。

 廊下のつきあたり、大きな両開きのトビラの前までやってきました。

 おそらく、霊はこの中に。


『今回私、見てるだけ?』


「見てるだけ、でお願いします」


『うけたまわりー。頭の中(ここ)でゆっくり見てるとするね』


 ユウナさんの了承を得たところでトビラをひらきます。

 するとやはり、『彼女』がいました。


『あはっ、あひゃひゃ、ひひひひひゃぁーっはははははは!!』


「思ったとおり、ですね。やはりあなたでしたか」


 なにもない部屋の中で笑い転げる金髪の女性。

 上品だった顔立ちは『歪んで』しまって見る影もありません。

 まるでしわくちゃのサルのよう。


「おひさしぶりです、『エステア』さん」


 彼女と会った日のことを、忘れたことはありません。

 トリスさんやティアナさんと、はじめて出会った日でもあるのですから。


 彼女が従者を殺し、亡霊騎士に罪を着せた事件。

 あのときの真相はあとあとトリスさんから聞きました。


 罪人の受けた自業自得の罰。

 悪霊の狂気に触れて狂ってしまった彼女の末路を、トリスさんもそう判断しています。


 しかし狂気の末に命を落とし、悪霊となって無関係な家族にまで不幸をばらまいた。

 この結果をトリスさんが知れば、深く傷つくかもしれない。

 かもしれない、の話ですが――。


「あなたをここで、斬らせていただきます」


 腰の十字架の剣を引き抜き、片手でかまえます。


『ひゃははは、きゃーっはははははは!!』


 ボクの存在など、まったく意識していません。

 認識すらできないのでしょうね。


「もはや払うことなどできない狂気。ならばせめて、あの世とこの世のはざまに燃える煉獄の炎で――」


 手のひらに呼び出す浄化の炎。

 霊気とともに刀身にうつし、聖なる炎を刃に宿す。


「ドライクレイア式――ではありませんね、もはや。ボクがたった今編み出した技。そしてボクはブランカインドの葬霊士なのですから」


 腹をかかえて笑いながら床をゴロゴロ転がる霊に、一歩一歩近づいてゆき、


「ブランカインド流葬霊術――煉獄の断罪(フィーゲフォイアー)


 ザンっ。


 剣を振り下ろしました。

 真っ二つに斬り裂かれ、浄化の炎で焼かれて、エステアさんの魂はまっさらな状態に初期化されます。

 あの日からずっと続いていただろう狂笑きょうしょうが、これでようやく止まりました。


「せめて安らかなる眠りを。――封縛の楔(ズィーゲルン)


 胸の前で十字を切り、棺のフタをあけて魂を吸引。

 あとは葬送して宿に帰ればすべて解決。

 この件をトリスさんが知ることもありません。


『おつかれー』


「ユウナさんこそ、ボクの個人的な目的に付き合わせてしまって……」


『自分相手にえんりょしない! ……それにね、姉と妹でちがうとはいえ、姉妹を想う気持ちならわかるしさ』


「……えぇ」


 ユウナさんもティアナさんを、大事に思っているんですね。

 ティアナさんのユウナさんへの気持ちなら身をもって知ってますが。

 本当に仲のいい姉妹です。


『……大丈夫。タントもいつか、トリスからお姉ちゃんって呼んでもらえるよ』


「一日も早くそうなることを祈っています」


『なんなら言っちゃえば? お姉ちゃんって呼んでーって』


「ムリですね」


『冗談じょうだん。ささ、バレないうちに帰ろ――』


「お前、ブランカインドの葬霊士か」


 ――っ!?


 耳元で聞こえた声と強烈な殺気。

 全身の毛が逆立ち、心臓が跳ね上がる。


 すぐさま距離をとって反転し、相手を視認。

 黒い髪をした体格のいい男、か。

 テルマさんのものとよく似た服を着ているが……。


「なぁ、聞いてんだ。お前、ブランカインドか?」


「……こちらからも質問です。あなたは『シャルガ』の者ですか?」


「そうだが、結局お前、ブランカインドなのか? なぁ、どうなんだ」


「――ボクはブランカインドの葬霊士、タント・リージアン」


「なら殺す」


 なんてことだ……。

 ティアナさんの悪い予測が当たってしまったのか……?


 相手が『シャルガ』の者ならば、おそらく聖霊を連れている。

 ヘタをすれば『月の瞳』を持った聖霊を……。


 だったら、ボクの打つ手はただひとつ。


 ダッ!


 迷わずマドへと駆けだして、


 パリィィィンっ……!


 ガラスを突き破って外へと飛び出し、芝生の上で受け身をとって、そのまま塀を飛び越えて道へと着地。

 振り返らず、宿を目指して全速力で走ります。


『さすが、冷静だねー』


「勝てないかもしれない、そんなケンカはしたくありません。それに、ボクが死んだらトリスさんが悲しみます」


『私も、もっかい死ぬのゴメンだなー。お姉ちゃん今度こそ立ち直れなくなりそう』


「だからこそ、ここは逃げの一手です」


 宿のある大通りへとさしかかります。

 ここまで来れば、あとひと息――。


「逃げられると思ったか?」


「……っ!?」


 シャルガの男が、突如として目の前に。

 まるでゲルブさんの得意とするワープ魔法……!


「大人しく聖霊様のにえとなれ、ブランカインド」


 赤い棺を取り出し、聖霊を呼び出す準備に入った。

 こうなったらやるしかないのか……っ!


「……邪魔者であるティアナさんと、その仲間であるボクたちを始末する。それがあなたの目的ですか?」


「当たらずとも遠からず、ってとこだな」


「教えてくれないのですね」


「霊になろうが口はまわる。死人に口アリ、だ」


 棺のフタがあけられて、いよいよ聖霊が具現化し始める。

 覚悟を決めて腰の剣を抜き放った、そのとき。


「いいじゃない、教えてくれたって」


 月をバックに飛び込んできた、十字架を背負ったシルエット。

 シャルガの男を狙った長剣の一撃が、回避しそこねたヤツの二の腕を深く斬り裂きました。


「……ブランカインド流葬霊士、ティアナ・ハーディング」


「私のこと、知っているのね。少し有名になりすぎたかしら」



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