表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

118/173

118 受付さんの霊体験談



 モヤになったケルピーが赤い棺に吸い込まれていきます。

 吐き出された大量の霊魂のうちのどれだけが、さっきここで殺されたヒトたちなのでしょう。


「願わくば、永遠とわの安らぎが訪れんことを……」


 小さく十字を切るティア。

 まさか二度も、ここで光の道を昇っていく魂を見るなんて思わなかった。

 雲の上へと続く光を見上げながら、そんなことを思う私です。


「はぁ……、許せないよね……。せっかくのビーチが台無しだしさ……。私だけじゃない。そこに沈んでる人たちだって、バカンスを楽しんでいただけなのに……」


「……そうだね。イヤだね、聖霊って」


「――あーっ、モヤモヤするぅ! ほんとソレ! 聖霊嫌い!」


いきどおっても始まらない。私たちにできるのは、理不尽な死を少しでも減らすこと。そして理不尽に見舞われた魂をなぐさめ葬送おくること。それだけよ」


「……わかってるよ」


 口でそう言いつつも、どうにも割り切れない様子。

 ティアも、なのかな。

 いつも通りにクールなポーカーフェイスだけど。


 そのティアですが、気を失ってる斥候さんを担ぎ上げます。


「さぁ、宿にもどるわよ。聖霊が憑いていた以上、さっきの情報も信用できなくなった。意識が戻ったら改めて聞きましょう」


「待ってティア。このビーチ、亡くなったヒトの体がたくさん沈んでるんでしょ? だったら憲兵けんぺいさんとかにお知らせた方が……」


「えぇ。そうね。それがいいわ。魂の弔いを終えたとしても、遺体の弔いをおろそかにしていい理由にならないものね」


 それにです、亡くなったヒトたちにもそれぞれ大事なヒトがいたはず。

 知らないまま海に流されて、なんて悲しすぎるもんね……。


「ユウナ、トリスといっしょに行ってくれる?」


「お姉ちゃんと宿にもどるんじゃダメ?」


「あの子、霊をひきつけやすい体質なの。いっしょに行って守ってあげて」


「んー、いいけどさぁ。その人、私が連れていくのは――」


 と、急に言葉が途切れて。


「――ならユウナさん、ボクが行きますよ。それならいいでしょう?」


 タントさんに入れ替わりました。

 ユウナさんが主導権を取り返さないところを見るに、了承してくれたみたいですね。


「まかせたわ、タント」


「まかされました」


 ティアもタントさんになら、安心して任せられるよね。

 斥候さんをかついだまま、ダッシュで行ってしまいました。


「……テルマも、お姉さまを守れるのですが」


「念には念を、というやつですよ」


「最近、悪霊どころか聖霊にもよく襲われるもんねぇ。ザンテルベルムのことだってあるし」


 ティアと別行動中に襲われたあの出来事、かなり気にしてるはずだよね。

 なのに別行動を許してくれたのは、タントさんとユウナさんをそれだけ信頼してるってこと。

 あと、少しでも家族らしくなれるように、って気を利かせてくれたのかな。


「では、ボクたちも」


「うんっ。まずは冒険者ギルドに行こう」


 私だってタントさんのこと、とってもとっても信頼してます。

 この機会にお姉ちゃん、とか呼べたらいいなぁ、なんて。


「……ところでさ、なんでユウナさん気が進まないカンジだったのかな」


「人前に水着で出るのが嫌だったらしいですよ」


「ああ見えて恥ずかしがりやさん……?」



 ★☆★



 だいたいどこにでも、冒険者ギルドってあるものです。

 ダンジョンが近くにある町ならなおのこと。


 おもに『グレイコスタ海蝕洞』を拠点にしているのだろう、海の猛者ってカンジの冒険者がひしめくギルドへ、水着の私たちが乗り込みます。


 海水浴場のある海辺の町だけありますね。

 おかしなヤツら、みたいな目で見られることもなく、普通に職員さんに大量の死体発見の知らせをして、すぐに憲兵さんや冒険者さんたちが出動しました。


「はーぁ、またなのねー、あのビーチ」


 連絡をしてくれた職員さん、ひと段落ついてからふかーいため息をつきました。


「おかしな事故がおさまって、やっと一般解放されたのに。この調子じゃあ永久封鎖かもねー。あーやだやだ」


「イヤですよねぇ……」


「ホント、おかしなことばっかりでイヤになっちゃう。はーぁ」


「ばっかりですか?」


「ばっかり。私のまわり、最近おかしなことばっかりでね。困っちゃってるの」


「こ、困って……いる……!!?」


 だとしたら私、放っておけませんよ。

 人助け欲がほとばしって止まらなくなりますよ……っ?


「詳しく聞かせてください!!」


「うわっ、いきおいよく来るわねー」


 ローテンションな職員さん、身を乗り出した私にのけぞります。

 しかたないです、欲望を止められないのですから……ッ!


「いやね、じつは私、ここの受付はじめてまだひと月。新米のペーペーなのよー。前の仕事を続けらんなくなってさー」


「ほうほう」


「その前の仕事ってのが『とあるお屋敷』の使用人。なんで続けられなくなったかっていうとねー」


「なんででしょうかっ」


「お屋敷の娘さんがおかしくなって、しまいには亡くなっちゃってさー。それ以来『心霊現象』が起きはじめて、ご主人までおかしくなっちゃったの。最終的に一家離散、立派なお屋敷も空き家になっちゃって」


「それはそれは。大変でしたねぇ……」


 なんとか力になってあげたいところでした。

 心霊現象ならこちら、専門家みたいなものですからね。


 しかし来るのがおそかった。

 せめて廃墟に娘さんの霊がまだ残っていないか、確かめに行きたいですね。

 もしいたら葬送してあげないと。


「あの、お屋敷の場所とか教えてもらっても?」


「かまわないよー。でも、知ってどうするつもりなの?」


「あー、そのー、怖いから近寄らないようにしようかなーって」


「なるほどねー。じゃあ教えてあげるよー」


 よかった、なんとかごまかせた。

 お姉さんが地図を取り出して、屋敷の場所をさし示します。

 ……よし、バッチリ覚えました!


「ありがとうございましたっ! ……ところで私たち、もう帰ってもいいカンジです?」


「かまわないんじゃないかなー。一応、問題あったらアレだから、宿の名前だけ教えといてー」


 と、いうわけで。

 泊まってる宿の名前だけをサラサラ~っと書いて、ギルドをあとにする私たち。


 ですがタントさん、なんだか難しい表情をしています。

 もしかして私のせい……?


「あ、あの、ごめんねっ。よけいなことに首突っ込んじゃったよねっ」


「え――? あぁ、いえ。ちがうんです。少し気になることがあって」


「気になること……?」


 なんでしょう、気になることって。

 さっきの話の中におかしな部分でもあったのでしょうか。


「……トリスさんに心当たりがないのなら、きっと気のせいです」


「う、うん……。テルマちゃんはさ、なにか気になることあったかな」


「いえ。お姉さまの胸の谷間より気になるものなどありませんね」


「そうなんだ」


 だからさっきから、私の上を飛んでるのかな?

 じっと見下ろしてたのかな?


 タントさんの『気になること』が気になりますが、気のせいと片付けられちゃいました。

 ひとまずティアが待つ宿へ、戻ることといたしましょう。



 宿にもどれば、斥候さんが部屋のベッドに寝かされています。

 目を閉じたまま、ピクリとも動きません。


「トリス、おかえり。面倒なことにならなかった?」


「平気だよっ。怪しまれたりしなかったし、幽霊にも会わなかったっ」


「おかしな話なら聞きましたけどね」


「おかしな話……?」


「じつはね――」


 かくかくしかじか。

 お屋敷に出た幽霊の話をしてみると、ティアはなるほど、とうなずきます。


「よくある話ね。あとで葬霊しに行くわ」


「――あの。ボクがひとりで片付けてきます。皆さんはここで斥候さんについていてください」


 なんと、タントさん単独で?

 ふだん積極的に前に出ないタイプのはずなのに、これはめずらしい。


「ちょっと! ひとりじゃないでしょ!!」


「……あぁ、すみません。そうです、ユウナさんとふたりで、です」


 ユウナさん、ここぞとばかりに自己主張。

 はたから見てると表情がコロコロ変わるひとり芝居ですからね。

 私たちだけの場所じゃないと、えんりょなく出てこられないみたいです。


「かまわないわよ。トリスも、それでいい?」


「うん……」


 なんだかタントさん、私を例のお屋敷から遠ざけようとしてる?

 気のせいでしょうか。


「……えっと、ティア。斥候さんの方は?」


「意識がもどらないわ。聖霊に憑依されていた精神的ダメージが、かなり深刻なようね」


「そうなんだ……。聖霊、なんでこのヒトに憑いてたんだろ」


「『人為的なもの』を感じるわね」


「だれかがこのヒトに聖霊を取り憑かせた、ってこと……? でもどうやって? それになんのために……」


「『ケルピー』は私を名指しして襲ってきた。つまり私を始末したい誰かの手によるものと考えるのが自然ね。たとえば『シャルガ』の者とかね」


「……っ」


 犯人はケイニッヒさんか、もしくは別の新しい誰かなのか。

 そこまではわからないけど、シャルガの狙いは三大聖霊だよね。


 『聖霊神』の降臨のために必要なものをうばうために、最大の障害であるティアを殺して戦力をそぐつもりなの……?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ