118 受付さんの霊体験談
モヤになったケルピーが赤い棺に吸い込まれていきます。
吐き出された大量の霊魂のうちのどれだけが、さっきここで殺されたヒトたちなのでしょう。
「願わくば、永遠の安らぎが訪れんことを……」
小さく十字を切るティア。
まさか二度も、ここで光の道を昇っていく魂を見るなんて思わなかった。
雲の上へと続く光を見上げながら、そんなことを思う私です。
「はぁ……、許せないよね……。せっかくのビーチが台無しだしさ……。私だけじゃない。そこに沈んでる人たちだって、バカンスを楽しんでいただけなのに……」
「……そうだね。イヤだね、聖霊って」
「――あーっ、モヤモヤするぅ! ほんとソレ! 聖霊嫌い!」
「憤っても始まらない。私たちにできるのは、理不尽な死を少しでも減らすこと。そして理不尽に見舞われた魂をなぐさめ葬送ること。それだけよ」
「……わかってるよ」
口でそう言いつつも、どうにも割り切れない様子。
ティアも、なのかな。
いつも通りにクールなポーカーフェイスだけど。
そのティアですが、気を失ってる斥候さんを担ぎ上げます。
「さぁ、宿にもどるわよ。聖霊が憑いていた以上、さっきの情報も信用できなくなった。意識が戻ったら改めて聞きましょう」
「待ってティア。このビーチ、亡くなったヒトの体がたくさん沈んでるんでしょ? だったら憲兵さんとかにお知らせた方が……」
「えぇ。そうね。それがいいわ。魂の弔いを終えたとしても、遺体の弔いをおろそかにしていい理由にならないものね」
それにです、亡くなったヒトたちにもそれぞれ大事なヒトがいたはず。
知らないまま海に流されて、なんて悲しすぎるもんね……。
「ユウナ、トリスといっしょに行ってくれる?」
「お姉ちゃんと宿にもどるんじゃダメ?」
「あの子、霊をひきつけやすい体質なの。いっしょに行って守ってあげて」
「んー、いいけどさぁ。その人、私が連れていくのは――」
と、急に言葉が途切れて。
「――ならユウナさん、ボクが行きますよ。それならいいでしょう?」
タントさんに入れ替わりました。
ユウナさんが主導権を取り返さないところを見るに、了承してくれたみたいですね。
「まかせたわ、タント」
「まかされました」
ティアもタントさんになら、安心して任せられるよね。
斥候さんをかついだまま、ダッシュで行ってしまいました。
「……テルマも、お姉さまを守れるのですが」
「念には念を、というやつですよ」
「最近、悪霊どころか聖霊にもよく襲われるもんねぇ。ザンテルベルムのことだってあるし」
ティアと別行動中に襲われたあの出来事、かなり気にしてるはずだよね。
なのに別行動を許してくれたのは、タントさんとユウナさんをそれだけ信頼してるってこと。
あと、少しでも家族らしくなれるように、って気を利かせてくれたのかな。
「では、ボクたちも」
「うんっ。まずは冒険者ギルドに行こう」
私だってタントさんのこと、とってもとっても信頼してます。
この機会にお姉ちゃん、とか呼べたらいいなぁ、なんて。
「……ところでさ、なんでユウナさん気が進まないカンジだったのかな」
「人前に水着で出るのが嫌だったらしいですよ」
「ああ見えて恥ずかしがりやさん……?」
★☆★
だいたいどこにでも、冒険者ギルドってあるものです。
ダンジョンが近くにある町ならなおのこと。
おもに『グレイコスタ海蝕洞』を拠点にしているのだろう、海の猛者ってカンジの冒険者がひしめくギルドへ、水着の私たちが乗り込みます。
海水浴場のある海辺の町だけありますね。
おかしなヤツら、みたいな目で見られることもなく、普通に職員さんに大量の死体発見の知らせをして、すぐに憲兵さんや冒険者さんたちが出動しました。
「はーぁ、またなのねー、あのビーチ」
連絡をしてくれた職員さん、ひと段落ついてからふかーいため息をつきました。
「おかしな事故がおさまって、やっと一般解放されたのに。この調子じゃあ永久封鎖かもねー。あーやだやだ」
「イヤですよねぇ……」
「ホント、おかしなことばっかりでイヤになっちゃう。はーぁ」
「ばっかりですか?」
「ばっかり。私のまわり、最近おかしなことばっかりでね。困っちゃってるの」
「こ、困って……いる……!!?」
だとしたら私、放っておけませんよ。
人助け欲がほとばしって止まらなくなりますよ……っ?
「詳しく聞かせてください!!」
「うわっ、いきおいよく来るわねー」
ローテンションな職員さん、身を乗り出した私にのけぞります。
しかたないです、欲望を止められないのですから……ッ!
「いやね、じつは私、ここの受付はじめてまだひと月。新米のペーペーなのよー。前の仕事を続けらんなくなってさー」
「ほうほう」
「その前の仕事ってのが『とあるお屋敷』の使用人。なんで続けられなくなったかっていうとねー」
「なんででしょうかっ」
「お屋敷の娘さんがおかしくなって、終いには亡くなっちゃってさー。それ以来『心霊現象』が起きはじめて、ご主人までおかしくなっちゃったの。最終的に一家離散、立派なお屋敷も空き家になっちゃって」
「それはそれは。大変でしたねぇ……」
なんとか力になってあげたいところでした。
心霊現象ならこちら、専門家みたいなものですからね。
しかし来るのがおそかった。
せめて廃墟に娘さんの霊がまだ残っていないか、確かめに行きたいですね。
もしいたら葬送してあげないと。
「あの、お屋敷の場所とか教えてもらっても?」
「かまわないよー。でも、知ってどうするつもりなの?」
「あー、そのー、怖いから近寄らないようにしようかなーって」
「なるほどねー。じゃあ教えてあげるよー」
よかった、なんとかごまかせた。
お姉さんが地図を取り出して、屋敷の場所をさし示します。
……よし、バッチリ覚えました!
「ありがとうございましたっ! ……ところで私たち、もう帰ってもいいカンジです?」
「かまわないんじゃないかなー。一応、問題あったらアレだから、宿の名前だけ教えといてー」
と、いうわけで。
泊まってる宿の名前だけをサラサラ~っと書いて、ギルドをあとにする私たち。
ですがタントさん、なんだか難しい表情をしています。
もしかして私のせい……?
「あ、あの、ごめんねっ。よけいなことに首突っ込んじゃったよねっ」
「え――? あぁ、いえ。ちがうんです。少し気になることがあって」
「気になること……?」
なんでしょう、気になることって。
さっきの話の中におかしな部分でもあったのでしょうか。
「……トリスさんに心当たりがないのなら、きっと気のせいです」
「う、うん……。テルマちゃんはさ、なにか気になることあったかな」
「いえ。お姉さまの胸の谷間より気になるものなどありませんね」
「そうなんだ」
だからさっきから、私の上を飛んでるのかな?
じっと見下ろしてたのかな?
タントさんの『気になること』が気になりますが、気のせいと片付けられちゃいました。
ひとまずティアが待つ宿へ、戻ることといたしましょう。
宿にもどれば、斥候さんが部屋のベッドに寝かされています。
目を閉じたまま、ピクリとも動きません。
「トリス、おかえり。面倒なことにならなかった?」
「平気だよっ。怪しまれたりしなかったし、幽霊にも会わなかったっ」
「おかしな話なら聞きましたけどね」
「おかしな話……?」
「じつはね――」
かくかくしかじか。
お屋敷に出た幽霊の話をしてみると、ティアはなるほど、とうなずきます。
「よくある話ね。あとで葬霊しに行くわ」
「――あの。ボクがひとりで片付けてきます。皆さんはここで斥候さんについていてください」
なんと、タントさん単独で?
ふだん積極的に前に出ないタイプのはずなのに、これはめずらしい。
「ちょっと! ひとりじゃないでしょ!!」
「……あぁ、すみません。そうです、ユウナさんとふたりで、です」
ユウナさん、ここぞとばかりに自己主張。
はたから見てると表情がコロコロ変わるひとり芝居ですからね。
私たちだけの場所じゃないと、えんりょなく出てこられないみたいです。
「かまわないわよ。トリスも、それでいい?」
「うん……」
なんだかタントさん、私を例のお屋敷から遠ざけようとしてる?
気のせいでしょうか。
「……えっと、ティア。斥候さんの方は?」
「意識がもどらないわ。聖霊に憑依されていた精神的ダメージが、かなり深刻なようね」
「そうなんだ……。聖霊、なんでこのヒトに憑いてたんだろ」
「『人為的なもの』を感じるわね」
「だれかがこのヒトに聖霊を取り憑かせた、ってこと……? でもどうやって? それになんのために……」
「『ケルピー』は私を名指しして襲ってきた。つまり私を始末したい誰かの手によるものと考えるのが自然ね。たとえば『シャルガ』の者とかね」
「……っ」
犯人はケイニッヒさんか、もしくは別の新しい誰かなのか。
そこまではわからないけど、シャルガの狙いは三大聖霊だよね。
『聖霊神』の降臨のために必要なものをうばうために、最大の障害であるティアを殺して戦力をそぐつもりなの……?