117 あそぼ
斥候さん、なんだか表情の薄いヒトです。
薄い、というかピクリとも顔が動きません。
口だけ動いて、なんだか人間味が薄いというか……。
『メッセンジャー』でメッセージを送ってきたとき、あんなに必死そうな声色だったのに、とも思いますが、こんなこと考えるなんて失礼ですね。
違和感、私の中だけにとどめておきましょう。
「まずケイニッヒを目撃したのは五日前。場所は『グレイコスタ海蝕洞』。間違いないかしら」
「間違いありません。葬霊士ティアナ・ハーディング様」
「いちいち呼ばなくても――まぁいいわ」
ですよね、さっきから執拗に名前呼んでますよね。
あのヒトのクセ……?
「目撃時のくわしい状況を教えてくれる?」
「承りました、葬霊士ティアナ・ハーディング様」
律儀に呼んでますね。
「グレイコスタ海蝕洞にて手配中の聖霊を発見。突如現れた男により棺に納められました」
「戦わずに調伏したというの……?」
「聖霊と交渉する術がある、と聞き及んでおります。おそらくその術を使ったものかと」
「なるほど……。利害が一致し敵対関係でなくなれば、聖霊を手持ちにできる。シャルガ族にしかできない芸当ね」
「ってことは、間違いなくケイニッヒさんってことですね!」
顔も声も体型も、コロコロ変えられるあのヒトに見た目の情報なんて無意味ですが、これでほぼ特定できました。
もうひとり『シャルガ族』の誰かが出張ってきていなければ、ですが。
……あんまり考えたくない可能性ですね。
「それで、その男はどこに?」
「南へ」
「南、ね……」
グレイコーストの南というと、あんまりなんにもないところですね。
海と山しかない辺境ってカンジ。
スメスっていう小さな漁村くらいしか、目立った場所はないんじゃないでしょうか。
そもそもシャルガ族の集落って南の方にあるはず。
仲間のところに帰っていった、って可能性もアリですね。
「助かったわ。良い情報を聞けた。最後に、ケイニッヒが捕らえた聖霊について聞かせてくれる?」
「承りました、葬霊士ティアナ・ハーディング様。奪われた聖霊とは『セイレーン』」
「セイレーン……。『言霊』を操る聖霊ね」
「そのとおりでございます、葬霊士ティアナ・ハーディング様。言葉の持つ呪力は強大。ゆえに力を持たぬ我ら、真の名を隠しております」
ほへー、言霊。
言葉を武器にするなんて想像もつかないな。
どんなカンジなんだろう。
「……あっ、斥候さんっ。聖霊と関係ない話なんだけどね、ちょっと気になることがあるの。聞いていい?」
「なんなりと」
「このビーチ、どうしてヒトが誰もいないのかなぁ、って。ここね、前に私たちで除霊して、安全に泳げるようになったはずなのに」
「おーいっ! 話終わったんならさー。ユウナ様先に泳いじゃうよー」
斥候さんの後ろ、ユウナさんが手をふりながら波打ち際へダッシュ。
ふふっ、元気なヒトだなぁ。
「なぜ誰も、ですか。お答えしましょう。数十分前、ここで『大量殺人』が起こりました」
「え……?」
数十分前?
ついさっき?
大量殺人?
こ、このヒト、いったいなにを言って……。
「うおわっ! な、なんだよこれ……ッ!!」
水深、腰のあたりまで行ったユウナさん、その場で立ち止まって驚きの声をあげています。
「なんで、なんで人が、こんな……!」
「どうしたの、ユウナ」
「人がたくさん、バラバラにされて……、海底に埋められてる……!」
……まさか、このヒト……っ。
すかさず瞳を閉じて『太陽の瞳』を発動、体の中から魂だけ抜け出します。
「ティア、気をつけて。このヒト……っ」
太陽の瞳で見ることで、ようやくわかりました。
「このヒト、聖霊が取り憑いてる……っ!」
「……!」
ティアも遅れて距離をとって、背中の武器を引き抜きます。
どういうこと?
なんで斥候さんに聖霊が……!
「ユウナ、トリスの体をお願い」
「……チッ。胸糞悪いモン見せてくれちゃって」
軽く舌打ちしたユウナさん。
すかさず海から上がってきます。
「私も戦いたいんだけど……! かなりムカついてるし」
「そもそもあなた武器ないじゃない」
「置いてくるでしょ普通! 双剣貸して!」
「ダメよ、私が使うもの」
有無を言わせないね。
それだけ私の体を大事に思ってくれている、のかな……?
ともかくティアが双剣を引き抜きます。
「私たちも、行くよテルマちゃん!」
「はい、お姉さまっ!」
私もテルマちゃんと手をつないで、いっしょにティアの体へダイブ。
憑依したら『太陽の瞳』の視界を同期して、これでティアの光彩にも太陽が宿りました。
『ティア、見えるっ?』
「えぇ、バッチリクッキリ見えるわね。まずは正体、見極めるわよ」
霊気を双剣に宿して斥候さんに斬りかかるティア。
もちろん殺す気じゃありません。
霊体だけを切り裂いて除霊する、タントさんが得意とするあの技です。
「ドライクレイア式葬霊術――魂削りの刃」
スパぁッ!!
斥候さんの体に刃が深々通りますが、もちろんまったくの無傷。
かわりに取り憑いていた聖霊が、モヤモヤになって体内から飛び出しました。
『すごいっ、完全にマスターしたねっ』
「技の頭にアイツの名前がついているのが嫌だけれどね。タント、ブランカインド流に組み込んでもいいかしら」
「ボ、ボクに許可ですか? べつにかまいませんが――いや、どうなのだろう……。一応ヒーダさんにも話を通して……?」
真面目に悩んじゃってるなぁ……。
ティア、冗談まじりに言ったと思うのですよね。
『ともかくティアナさん、これで撃破ですよねっ』
『まだだよ、テルマちゃん』
「えぇ、まだよ。忘れないで、聖霊は弱点を斬らないかぎり倒せない」
『そ、そうでしたっ』
モヤモヤになっちゃってるから勘違いしてもしかたない。
ですがモヤになっているのは、体内から飛び出してきたから。
こうしてるあいだにも、どんどん異形の姿が組み上がっていってます。
馬によく似た上半身と、魚みたいな下半身。
顔のどこにも目がないように見えて、口をあけると口内にびっしり目玉がついています。
気味の悪さと威圧感に、霊体ながら気分が悪くなりそうです……。
「……どなたかしら。『墓場』から逃げ出した聖霊じゃないわね」
『ティアナちゃん。ティアナちゃん。あそぼ。あそぼ。ねっ? ねっ?』
「遊ばないわ」
『あそぼ。あそぼ。ティアナちゃん。こっちにおいで。ねっ。ねっ?』
「なにを……?」
なにを言っているのか、ティアにはわからなかったことでしょう。
けれど私とテルマちゃん、ティアの中に入っていますから、ハッキリと見えました。
光る星みたいなティアの魂の光へ、やせ細ったミイラのような手がのばされて掴もうとするさまを。
『テルマちゃん、アレ防げるっ!?』
『おまかせください、神護の衣っ!』
テルマちゃんが手をかざすと、半透明の衣が魂をつつみます。
聖なるベールに弾かれた手が霧散して、同時に聖霊の右手が、
バチンッ!
とはじけ飛びました。
『ティア、あのね! いま魂をつかまれそうになってたの!』
『テルマが防ぎました! だいじょうぶです、効きませんよ!』
「……そういうことね」
どうやらティア、どういう攻撃なのかわかったみたいです。
納得よ、って感じでうなずきました。
「斥候に憑いたときに私の名前を知ったのかしら。名を知った相手の魂をダイレクトに奪い、補食する。あなた、聖霊『ケルピー』ね」
『ティアナちゃん。あそぼ。ねぇあそぼ』
「タネが割れれば、どうってことない相手だわ」
『あそぼ。いっしょに。ねっ? ねっ?』
「遊ばない、と言っているでしょう」
魂に直接攻撃するケルピー、なんて恐ろしい聖霊なのでしょう。
ですが私たちと当たったのが運の尽き。
あまりにも相性が悪かったようですね。
テルマちゃんの『神護の衣』に弾かれ続け、再生したそばからはじけ飛ぶケルピーの右腕。
効果のない攻撃をひたすら続けているうちに、ティアが間合いへ踏み込みました。
『ティア、弱点見えてるよねっ』
「えぇ、見えてるわ。あなたのおかげでバッチリと」
首にある、縦に三つずつ2列に並んだ弱点めがけ、斬撃が繰り出されます。
ザンッ!
『あそぼ……。いっしょに……』
正確に弱点をとらえられ、大量の魂を吐き出しながらモヤに変わっていくケルピー。
簡単に倒したように見えますが、とっても恐ろしい相手でした。
「テルマ、助かったわ。あなたがいなければ死んでいた」
『ホント、テルマちゃんのおかげだねっ』
『い、いえ……。そもそもお姉さまのお力でティアナさんの中に入れているわけで……』
『……うんっ、だったら今回も三人の勝利ってことでっ!』
……と、ひとまず聖霊は倒せましたが。
そもそもケルピー、どこから来たのでしょう。
どうして斥候さんに取り憑いて……?