116 思い出の港町へ
おうちで一晩ゆっくりすごしての翌日。
いざ新たな任務へ出発です。
ちょっと忙しないですが、緊急事態だからしかたない。
逃げた聖霊による犠牲者を少しでも減らすため、それからうばわれた聖霊を取り戻すため。
のんびりなんてしていられません!
「うらやましいぜ。オレってばユウナのかわりに本山待機だとよ」
「しかたないしかたない! それだけ腕を見込まれてるんだって!」
お留守番となってしまったセレッサさん、ほんのりしょんぼりしています。
ホントはいっしょについていきたいのでしょう。
「セレッサさん……。ユウナさんと離れるの、さみしいですよね……。身を切られるような思い、わかります、わかりますよ……」
「だからちげぇっつってんだろ色ボケ幽霊!」
「あら、もしやタントさんの方も……?」
「んなぁ……っ!! も、もういいからトリスん中に引っ込めぇ!」
あらら、真っ赤になっちゃった。
セレッサさんの気持ち、ホントのところどうなのか。
私としてもとっても気になるところですが、まぁ置いておきましょう。
「お? なんだぁ真っ赤になっちゃって。もしかしてホントにぃ? このユウナ様というものがありながら?」
「あぅ、うぐぅ……」
「ユウナさん、それくらいにしてあげてください」
あ、入れ替わった。
セレッサさんをいじり始めたタイミングでタントさんにチェンジ。
みごとなブレーキです。
「た、助かったぜ……。ありがとな、タント……」
「いえ。……ですがボクも、すこし気になるところですね」
「お、お前までぇ!?」
楽しんでますね、我が姉よ。
タントさんにまでからかわれたセレッサさん、もはや逃げ場なし。
「も、もう! もう、もう!! お前らとっとと行っちまえ!!」
「はいはーい。いこっ、おねーちゃん!」
またユウナさんに切り替わりまして、ティアと腕を組みにいきました。
姉妹仲がよくてほほえましいですね。
……べつに妬いてません。
姉妹ですもん、やきもちするわけないじゃないですか。
「……お姉さま?」
「テルマちゃん、私と腕を組もう」
「えっ、えぇっ!? とってもうれしいですが、いきなりどうしたのですかお姉さまぁ!?」
「なんでもなーい」
「あわわっ、お胸が、腕にぃ」
ふふっ、あわてるテルマちゃんかわいい。
と、こんなカンジで緊張感のないまま霊山入り口へ。
ここから先はいよいよ街道です。
「オレはここまでだな」
「えぇ、そうね。セレッサ、行ってくるわ」
「ユウナ様がいなくても、泣いちゃだめだぞっ」
「泣かねーよ!?」
セレッサさん、お疲れ気味にはぁ、と大きくため息をつきました。
ですがふいに、真剣な表情へと変わって……。
「お前に限って心配いらねぇだろうけどよ。無事に帰って来いよな」
「お? ユウナ様の心配? 100年早いぞ、筆頭クン」
「わりぃかよ、心配して。……一度、オレの前からいなくなってるからな、どうしても考えちまうんだよ」
「――心配ないわ。今度は私が、ユウナよりも強くなった私がついているもの」
「ティアナ……」
「お、ユウナ様より上とは大きく出ましたな。まぁ上かどうかは置いといて、お姉ちゃんもトリスもテルマもいるんだから、大丈夫。安心して待ってなー?」
よしよし、とセレッサさんの頭をなでなで。
それからまたたきひとつで人格が切り替わって。
「ユウナ。ボクもいっしょなの、忘れないでくださいね?」
「おぅ、タントだっているしな。不安に思う必要ねぇか」
自信家すぎてちょっぴり危なっかしい気もするユウナさんに、冷静なタントさんってちょうどいいバランスなのかもですね。
「じゃあね、セレッサさん。行ってきますっ!」
「おう、オレのぶんも暴れてこい!」
大きく手をふって、いざ出発。
どこにいるかもわからないケイニッヒさんを追いかけて、新たな任務の第一歩です。
★☆★
さて、まずやってきたのはブランカインドから南、港町『グレイコースト』です。
あのヒトの目撃情報があったのがこの街でしたからね。
ひとまずここで、手がかりを探してみましょう。
「……ここ、懐かしいですね」
タントさん、にぎわいを見せる海辺の町を感慨深そうにながめてます。
そうだよね、だってここは……。
「私とタントさんが、はじめて会った場所だよね」
正しく表現すると『再会』なのですが、おたがいまったく覚えていない状態です。
なので実質、アレが初対面。
「正直なところ、はじめて見かけたときから不思議ななにかを感じていたんです。だから思わず追いかけてしまった」
「それであんな路地裏に……」
「不審者と思われても仕方ない登場でしたね、今思えば」
「いやいや、とってもかっこよかったですよっ!」
一瞬、ティアかと間違えそうになったくらい。
悪霊に襲われた私を助けてくれたときのタントさん、そのくらい素敵でした。
「……魂のレベルで引き合ったのかもしれませんね、ボクたち――姉妹ふたり」
「姉妹――」
タントさん、きっと今歩み寄ろうとしてくれています。
いつまでも他人行儀で敬語でしか会話できてない私たちで、家族としての関係を作っていくために。
「え、えっと……」
で、でも、まだちょっと恥ずかしい。
それに私、お姉ちゃんというと村でいっしょに暮らしたあっちのお姉ちゃんしかイメージできないんです。
私のことが好きすぎて悪霊になっちゃったくらい妹思いのお姉ちゃん。
タントさんをお姉ちゃんって呼ぶようになっちゃったら、『お姉ちゃん』を裏切るような気分になっちゃいそうで……。
だからこそ、これまで踏み込めなかったのです。
「……ムリしなくてもいいですよ?」
「えっ?」
「直接会ったことこそありませんが、お姉さんのこと、話に聞いていますから」
「あ……」
「きっと時間が解決します。急ぐことなんてないんです」
「……うん。ごめんね」
「むしろあやまるべきはボクの方です。……はい、この話はいったん忘れて――」
パン、と手をたたいた瞬間、タントさんの表情が一変。
こりゃ入れ替わりましたね。
「せっかく海なんだから、水着で泳ごうよ! ねぇいいでしょ、おねーちゃんっ!!」
「ユウナ……。今から『斥候』に会いに行くのよ?」
「待ち合わせ場所、浜辺だって言ってたじゃーん! ねーぇおねーちゃぁん」
ユウナさん、えんりょなし。
全力でティアに甘えてます。
「仲むつまじい姉妹ですねぇ」
「……うらやましいなぁ」
「お姉さま……?」
「あ、ゴメン。なんでもない」
ついうっかり口に出ちゃいました。
ごまかしたくて私もティアに突撃です!
「ティア、私も水着で泳ぎたい!」
「トリスまで!?」
「お姉さまの水着……。ならばテルマも黙っているわけにはいきませんっ!!」
「テルマまで……。はぁ、わかったわよ」
「やったー! トリス、ナイス援護!」
「いえーいっ」
ユウナさんとハイタッチ。
こうして『斥候』さんとの待ち合わせが海水浴となったのでした。
「……またこのビーチで泳げる日が来るとはね」
以前、水子の霊を除霊した浜辺にて、青い海を前にする私。
除霊からこっち事故がめっきりなくなって、今ではたくさんの観光客が泳いでいる――と思ったのですが。
「また貸し切りですね、お姉さまっ」
「そうだね、なんで……?」
はてはて、どういうことなのでしょう。
封鎖なんてされてないのに、誰もいないじゃないですか。
「いーじゃんいーじゃん! そんなことより泳ごうよっ!」
ぱちんっ。
「ひゃっ!」
むきだし背中をやさしくパーでたたかれた私、思わず飛び上がっちゃいました。
叩いたのはもちろんユウナさん。
「おねえしゃま……。いま、ぷるん、と……」
「テルマちゃんどこ見てるのぉ!」
「いやー、いいモノお持ちでうらやましい!」
「ユウナさんまでのぞきこまないでぇ!」
胸を隠して前かがみになりますが、これがまた谷間を強調させてしまったようで。
もはや無言でガン見してくるテルマちゃんでした。
ちなみに私、ビキニタイプの水着を着ています。
ユウナさんとテルマちゃんがワンピースタイプですね。
テルマちゃんはイメージで服を変えられるため、前とまったくおなじデザインです。
「私、こんなに薄いからさー。まったく、ちょっとわけろー!」
「ひゃー!」
タントさんの体、スレンダーでカッコいいと思うのですけどね。
私たちが浜辺でじゃれ合ってる中、ティアはというとビーチチェアを用意して寝そべっています。
優雅です。
そしてもうひとり。
なんか恐ろしく気配の薄い誰かがいる気が。
も、もしかして幽霊……!?
「待って、待って! なんか誰か来てるからぁ!」
「お? そんなウソにだまされるユウナ様じゃ……」
「ホントなのぉ! さっきからほら、そこに……!」
必死に主張しながらふり向く私。
するとなんと、目と鼻の先に無表情の女のヒトが立っていたのです。
「ひ……っ」
いっしゅん、悪霊かと思いました。
ですがよく見れば生身の人間。
ちゃんと生きてます。
「……来たのね。あなたが『斥候JB8』?」
「左様です、葬霊士ティアナ・ハーディング様」
おぉ、このヒトが斥候さん。
服装こそ一般市民のソレですが、たしかに気配の隠し方が恐ろしくうまい。
「シャルガ族の男――ケイニッヒを見たという情報、くわしく教えてもらいにきたわ。教えてくれる?」
「無論です、葬霊士ティアナ・ハーディング様」