115 ひとまずの我が家、です
聖霊像とは、『聖霊神』が封印された『アマノイワト』を呼び出すための霊具でした。
そして『アマノイワト』を開けられるのは三体の『大聖霊』が力を合わせたときだけ。
しかし大聖霊の一角である『ヤタガラス』の心が行方不明。
つまりシャルガ族の大目的、聖霊神の復活のためには、ヤタガラスの心を見つける必要があるわけですね。
「……なるほどな。で、こっちとしちゃ三体の聖霊と七つの聖霊像が手の内にある。コイツを奪われないかぎり、聖霊神の復活はねぇ」
「そもそも敵――シャルガ族の男、ケイニッヒは『聖霊像』の正体を知らなかったわ」
「つまりテルマたち、かなり有利な状況ですね!」
「あとはその、ヤタガラスの心を見つければ完璧ですっ!」
こっちの勝利条件、見えました!
『聖霊神』の復活に必要な全部を封印でもしちゃえば、もうシャルガ族のヒトたち、なんにも手出しできないことでしょう。
「ま、『心』がどこにあるのか、そもそもなんなのか。さっぱりわかんねぇけどな。『大聖霊』と『聖霊像』、すべて手元にあるんだ。有利なことにゃ変わりねぇが」
大僧正さん、デスクにもどって腰かけて、パン、とヒザを叩きます。
「ともかくお前ら、よくやった! 聖霊の捕獲、および湖の調査。任務完遂だ。報酬は弾んでおくよ。もちろんメフィにも、ね」
「いいんですかぁ!?」
「クユーサー捕獲の功をあげたヤツに、なんも無かったら示しがつかねぇだろ?」
「ありがとうございますぅ!!」
メフィちゃん、お金がもらえて嬉しいんじゃなくって、大僧正さんにほめられて嬉しいカンジだね。
ほほえましいなぁ、この子。
「大僧正、その他の聖霊の捕獲状況は?」
「逃げ出した聖霊、全21体。各地で精鋭たちが捕獲に当たっている。未発見のヤツらも、『斥候』に探させているところだ。よってお前ら、新しいヤツが見つかるまで待機――」
バサッ、バサッ!
お話のとちゅう、カベを貫通して『メッセンジャー』が飛来です。
大僧正さんの前に飛んできて、メッセージを叫びます。
『斥候JB8より報告! 墓場より脱走せし聖霊、グレイコスタ海蝕洞にて発見せしも、シャルガ族と思われる男により捕獲! 繰り返す――』
JB8というのは、いわゆるコードネームですね。
名前を知られることって呪術的にアレやこれやでまずいらしいので、斥候さんはみんなコードネームで呼び合ってるらしいです。
って、そんな説明今はどうでもいいのです!
「シャルガ族の男……って、きっとケイニッヒさんだ……!」
「『ジン』だけ飽きたまらず、各地をまわって聖霊を集めているようね……」
「まずいな……。とびっきり凶悪な脱走聖霊、しかもなぜだか『月の瞳』に目覚めた個体まで出てるらしいじゃねぇか。そんなヤツらを戦力としてたくわえられちまったら……」
こっちとあっちのパワーバランスが崩れかねません……!
かなりまずい事態です。
大僧正さんのほほからも、大粒の汗が垂れ落ちます。
「……ティアナ。それからトリス、テルマ。任務終わったばっかでわりぃけどな。休み、今度にしちゃくれねぇか」
「問題ないわ」
「私も……! 放っておいてゆっくり休むだなんてできません!」
「お姉さまが行くのなら、テルマ地獄の果てでもお供いたします!」
私たち三人の意思を確認した大僧正さん、大きくうなずきます。
「ではこれより葬霊士ティアナ・ハーディング、および葬霊士補トリス・カーレットに新たな任務をつたえる。シャルガ族の男を追い、うばわれた聖霊を奪還せよ」
「承ったわ」
「承りましたっ!」
「あ、あのぉ……」
任務を言い渡されたタイミングで、メフィちゃんが小さく手をあげました。
おずおずと、えんりょがちに。
「わたしには言い渡されないカンジで、よろしいのです?」
「メフィにはブランカインドに残ってもらう。戦力を全て出すわけにもいかなくなったんでね」
「で、ですか、よかったぁ……」
ホッとしてますね、メフィちゃん。
ですが私たち、それだとちょっと困っちゃいます。
「大僧正さん、だったらこの任務、私たち三人だけなんですか?」
『太陽の瞳』を使う場合に私の体が無防備になる関係上、私たちだけじゃ使いづらいのですよね。
だれかもうひとり、戦えるヒトが欲しいところ。
「あー、『太陽の瞳』の欠点なら聞いてるぜ。安心しろ、今度は最初から飛びきりの腕利きをつけてやる」
「ホントですかっ!? わぁ、誰だろう」
知ってるヒトか知らないヒトか。
今からとっても楽しみです。
「同行する葬霊士には話を通しておく。もう日が暮れるからな、今日だけでもゆっくり休みな」
「はいっ!」
というわけで、久しぶりにおうちへ帰ってまいりました。
ティアの妹であり私のお姉ちゃんでもあるタントさん、久しぶりに会えるのが楽しみです。
「ただいまーっ」
「今帰ったわ」
玄関のドアをくぐると、さっそくタントさんがお出迎え……かと思ったのですが。
「おう、お前らもどったのか」
出迎えてくれたのは、なんとセレッサさんでした。
このヒト、かなり我が家になじんでおります。
「ユウナは?」
「アイツか? 朝から出かけてるぜ」
「あなたは?」
「オレか? 泊まりだな」
「そう……」
で、会話終わりですか。
荷物をおろしてコートを脱ぎ始めちゃったティアに変わって、いろいろ気になる私が会話を引き継ぎです。
「えと、ユウナさん、ずっと本山に残ってたんだよね。で、セレッサさんはたしか任務に?」
「バリバリこなしてたぜ。墓場から逃げたヤツ、一体捕まえてきたからな」
「さすが筆頭!」
「おう、ほめろほめろ」
聖霊を単独で倒すなんて、とってもすごいことです。
いつも簡単そうに倒しているティアですが、それでも私の弱点アシストあってこそ。
普通なら半日かかるって言われてるもんなぁ……。
「で、任務からもどってしばらくゆっくりしてるわけ。タントとユウナ、家にひとりだろ? せっかくだからメシの世話になってたんだよ」
「へぇ」
「……もちろん、メシ代くらい払ってるぜ?」
そこは気にしていませんが、真面目そうだもんね、セレッサさん。
「で、お前らも任務終わりだろ? しばらくゆっくりしていくのか?」
「うーん、それが……」
「明日すぐに出発なのです!」
「そうなのか……。忙しいな、お前ら」
「お姉さまといっしょなら、どんなに忙しなくとも苦ではありません! 愛です!」
「愛ねぇ。よくわかんねぇな」
「わかるはずですセレッサさん! ユウナさんを追い求めたあなたの心、すなわち愛に他ならないですから!」
「ち、ちが……っ、ユ、ユウナとはそんなんじゃ……っ」
あらら、顔を真っ赤にしちゃいました。
えんりょなくグイグイいくなぁ、テルマちゃん。
「あーもう、んーなこたぁどうだっていいんだよ! そ、それよりだな、聖霊をどうやって倒したか、オレの武勇伝を聞かせてやる!」
「ならばテルマも、合計三体の聖霊戦プラスシャルガ族の人との戦いででお姉さまがどれほどの活躍をしたのか、たっぷり聞かせてあげましょう!」
「三体……だと……?」
あらら、すごい勢いで私について語り始めちゃった。
こうなるともう止まらないので、ティアのとなりに行こうかな、とか考えていたときでした。
ガチャリと玄関のドアがひらく音がして、
「ただいま戻りました」
タントさん帰宅です。
「おかえりなさい、タントさんっ」
「トリスさん、ただいま。そしておかえりなさい」
いつものにこやか笑顔であいさつを返してくれるタントさん。
お姉ちゃん、とか呼びたいところですが、まだちょっと照れくさくて呼べません。
「タントさんどこ行ってたの?」
「『聖霊の墓場』です。あそこに散らばった『マナソウル結晶』の破片のチェック、最近の日課なんですよ」
「あー、スサノオの……」
スサノオが作った大量のマナソウル結晶、今もあのあたりに散らばってます。
ただし力を失っているようで、ダンジョン化なんかは起きていないみたい。
「本山の守りに、ということで任務に出られませんから。せめて自分にできることをやっておきたいんです」
「真面目だぁ」
ユウナさんがあんまり真面目に見えないぶん、タントさんでバランス取れてるなぁ。
ところで私たちがいることに、ちっともおどろいていないみたいです。
いっつもにこやか、ではありますが。
「ティアナさんも、おかえりなさい」
「えぇ。あなたも」
「大僧正さんから聞きました。今回も大活躍だったそうですね」
「当然ね。『零席』だもの」
ティアってば『零席』気に入ってるよねぇ。
って、ちょっと待って。
「タントさん、大僧正さんのところに行ったの?」
「はい、呼び出されまして」
「ってことは、もしかして……」
もしかしてもしかすると、今回の任務に同行する腕利きの葬霊士さんっていうのは……。
「はい。ボクと――」
そこで言葉を区切って、まばたきをひとつ。
もうひとりの自分と入れ替わります。
雰囲気も表情もガラリと変わって、ウインクなんかしちゃいながら。
「このユウナ様が同行するよ! よろしくね、おねーちゃんにトリスちゃん!」