114 七つの聖霊像
もう聖霊が飛び出してきたり、『シャルガ族』のヒトたちのジャマが入ったりしません。
ようやく『聖霊像』、七つ全部がそろいました。
「トリス、ここからどうするの?」
「うーん……、どうしよっか」
カバンの中にひとつ、木箱の中にむっつ。
離しているからかな、今のところなにも起こる気配がありません。
「なにか起きたら一大事、だよねぇ」
「も、もしもとんでもない聖霊が飛び出して来たらどぉするんですかぁぁ」
ガクガク震えてるね、メフィちゃん。
震えすぎて残像まで見えてるよ。
『ひとまずブランカインドに持ち帰ってはいかがでしょう。あそこでなら、多少のトラブルなんてすぐに解決できますでしょうし』
「そうね、テルマの言う通り。それが賢明かもしれないわ」
「うん、それじゃあいったん持ち帰る形でっ」
正体不明の霊具、『聖霊像』回収完了。
果たしてどんなシロモノなのか、調べるのはブランカインドに帰ってからです。
★☆★
……というわけで、帰ってまいりました。
ここは霊山ブランカインド本殿、大僧正さんのお仕事部屋。
ザンテルベルムを出てから大急ぎでもどって、五日ほど経っております。
さすがにアルゲンちゃん、全員を乗せての高速飛行はできないようです。
アルゲンちゃんを憑依させたメフィちゃんは言わずもがな。
「落ちちゃいますよぉぉぉ!!!」
とのことで、徒歩でもどってきたわけです。
「ティアナ、トリス、テルマ。任務ご苦労だった」
まずは大僧正さんの、ありがたいねぎらいの言葉から。
任務中に起きた一連の事件のことは、あらためて報告しなくてもティアの『メッセンジャー』での報告で、全部ご存じの様子。
「イレギュラーな事態が山と起きちまったようだが、さすがの一言だ」
「実力ね」
「その通りだがよ、ちったぁ謙遜覚えろよ、ったく……」
あきれたような表情で首を左右にふる大僧正さん。
癒しをもとめるようにメフィちゃんへと視線をうつします。
「メフィ、アンタもよくやったね。助っ人の役目、見事に果たして聖霊一匹討ち取ったそうじゃないか」
「いえそんなっ、わたしなんか全然ですぅ! トリスさんに助けてもらってようやくだし、そもそもやっつけたあとすぐに気絶しちゃって、だから実質相打ち、みたいなっ?」
「こっちはこっちで、もうちっと自信持ってもらいてぇな。ちょうどいいヤツぁいねぇのか」
皆さん、我が強いですからね……。
大僧正さんもふくめて。
「トリス、例の『聖霊像』ってやつぁ背負った木箱の中に入ってるのかい?」
「はいっ。どうしましょう、これ。いっそこのまま封印しちゃいます?」
よっこいしょ、と木箱を床に置きつつの質問。
あんまりいいカンジがしないんですよね、これ。
そこまで危険なモノ、ってカンジもまた、しないのですが。
「……いや。正体がわからねぇモノは、わからねぇまま放置するのが一番まずい」
「わからないままが?」
「見えねぇヤツほど霊を恐れる。『わかんねぇ』ほど恐ろしいモノはねぇからだ。人間はな、『未知』を恐れて『未知』を克服しようとしたからこそ進歩してきたんだ」
「ハッキリさせないといけない、というわけね。大僧正の意見、私も同意しておくわ」
ティアもおんなじ意見、かぁ。
そうだよね、もともと調べるために集めてたんだ。
怖じ気づいてる場合じゃない。
「……うんっ。だったらハッキリさせよう!」
荷物の中から取り出しました、最後の『聖霊像』。
木箱のフタもあけて、像を取り出して並べます。
みんなが見守る中、ひとつずつ並べていって、最後のひとつ。
コトン、と置きます。
置きました。
置きましたが……。
「……」
「……あれ?」
「なにも、起きませんね……」
はい、このとおり。
まったくなにも起きません。
集めることでなにかが起きる。
アネットさんが集めていたのと『宝玉』の見せた映像で、てっきりそう思っていましたが、もしかして見当違いだった?
「……そうだ、宝玉」
アレが最後のピースなのかも。
すぐに荷物をあさって取り出します。
すると手のひらで、太陽のような輝きを放ちはじめたのです。
「お姉さま、これ、湖底のときと同じですっ!」
「だね……。『太陽の瞳』を使え、って言ってるみたい」
またなにか見えるのでしょうか。
すぐに太陽の瞳を発動して幽体離脱。
霊体の手であらためて、宝玉を手にした瞬間でした。
また私、湖底で見たのと同じ空間にいたのです。
真っ暗なのに足元だけが燃えている不思議な空間。
二度目ですので、すぐに宝玉の見せる映像だと気づけました。
「こ、今回は冷静だよ、私。ふふん」
映像とわかっていれば怖くない。
さぁ、なんでも見せてみなさい!
なんて強がり、一瞬でへし折れました。
なにせ目の前にヤタガラス、ツクヨミ、スサノオの三体が現れてしまったのですから。
「――っ!?」
悲鳴すら出てきません。
一匹ずつでも圧倒的な威圧感を持つ大聖霊が三体。
気配から霊気にいたるまで、なにもかも間近に、リアルに感じます。
映像だなんて、とても思えないくらいです。
ですが映像。
三体の聖霊、私に目もくれません。
夢中になってなにかをならべているようです。
「あ……っ、あれ……、って……?」
怖すぎて声も体も震えてますが、ガマンして目をこらしてみると。
なんと聖霊像でした。
聖霊たちが聖霊像をならべている。
一定の間隔で、まるで魔法陣でも作っているように。
七つ全てをならべ終わると、像からゆっくりと離れて、おじぎでもするみたいに何度も頭を下げます。
何度も、何度も、何度も。
そしてです、なによりの驚きがコレでした。
よくよく見れば聖霊たちの瞳の光彩、とっても見覚えがあります。
スサノオが『星の瞳』。
ツクヨミが『月の瞳』。
そしてヤタガラスが『太陽の瞳』。
三体の聖霊の瞳に呼応するように聖霊像も光を発し、そして。
並べられた聖霊像の上に、巨大な岩のかたまりが出現したのです。
「ア、マノ……、イワ……ト……?」
どうしてなのでしょうか。
私、あの岩の名前がわかりました。
そして、どういうものなのか、も。
恐怖にそまった頭でも、なぜだかハッキリと理解できたのです。
しかし私、きっと『その名』を口にしてはいけなかったのでしょう。
だって口に出したとたん、ヤタガラスが、ツクヨミが、スサノオが、ぴたりとおじぎをやめて、私の方を見たのです。
「え……? どうして? なんで……?」
コレ、『宝玉』が見せてる映像ですよね?
どうして映像を見ているだけのはずの私を、聖霊たちが認識できているんですか?
どうして聖霊たちが、こっちにきて、スサノオが私に手をのばして、にぎりつぶそうとして、あ、いやっ、まって、こないで、やめて、やめ
「――っ、……あ、……えっ?」
気づけば見慣れた風景。
大僧正さんのお部屋の中で、自分の体にもどっていました。
「あ、あぇ? わたし……。わたし……、あれぇ?」
底知れない恐怖と、そこから解放された安堵感と、頭の中に流れ込んできた大量の情報の処理が追いつかないのと。
いろいろなモノで頭の中がごっちゃごちゃです。
気づけばポロポロ涙があふれてきていました。
「あ、私、私っ、あはっ、あはは……」
「お姉さまっ、お気をたしかにっ!!」
「あ、テルマ、ちゃん……?」
「トリス、もう大丈夫。大丈夫だから……」
「ティア……」
ティアとテルマちゃん、二人に抱きしめられて、ようやく自分が生きてるって実感がわいてきて……。
「う、うぅぅ、うえぇぇぇぇぇぇ……」
私、わんわん泣いちゃいました。
恥ずかしながら、子どもみたいにわんわんと。
落ち着くまでなにも言わずに頭をなでてくれていたティアとテルマちゃん、静かに見守ってくれていた大僧正さんとメフィちゃんにはあとでお礼をしないとですね。
「……ありがと、もう平気。えっと、どうして私自分の体にもどってるのかな」
「俺がもどした。お前の様子、ただごとじゃなかったんでな」
「大僧正さんが……?」
そういえば大僧正さん、デスクに座ってませんね。
すぐそこに立ってます。
「トリスが叫びだしてすぐ、体にもどしてくれたのよ」
「除霊ができるなら、逆もまたしかり。祓えるものをもどせない道理はねぇ。まぁ、そんなことはいいんだ」
そうだよね。
大僧正さんも、もちろんティアたちも、きっと聞きたくてしかたないはず。
私がなにを見て、なにを知ってしまったのかを。
「……トリス、聞いてもいいかしら?」
「問題ないよ。教えなきゃいけないことだもん。結論から言うね」
七つそろった『聖霊像』。
その正しい使い道が、ついにわかりました。
「聖霊像っていうのはね、『アマノイワト』を呼び出すための道具なんだ」
「アマノイワトぉ? なんだそりゃ」
「聞いたことありませんね」
大僧正さんもテルマちゃんも、みんな首をかしげます。
もちろん他の誰だってしらないでしょう。
「『アマノイワト』。聖霊神を封印している、おっきな『赤棺』みたいなものかな。『ヤタガラス』と『ツクヨミ』、『スサノオ』の三体が力を合わせて、はじめて開くことができる」
「そんなもの、いったい誰が作ったのです……?」
「トリスにもわからない、でしょう?」
「うん。そこまではわかんない、かな」
「けれどひとつだけハッキリした。七つの『聖霊像』と三体の『大聖霊』。アネットたちが求める聖霊神を呼び出すための条件が、すべてこのブランカインドにそろってしまった、ということ」
「……ちがうよ。まだ条件、そろってないの」
「どういうこと?」
「『ヤタガラス』が完全体じゃないってこと。どこかでなくした心を取り戻さないかぎり、三体の聖霊はそろわない。『アマノイワト』はあかないの」