113 ティアじゃない
ティアじゃない。
ティアに見えるけど、どこからどう見てもティアだけど、このヒトはティアナ・ハーディングじゃありません。
別の誰かです。
「トリス? とつぜんなにを言い出すの?」
「ティアはね、初めて会ったとき、私が見えたものを何も言わずに信じてくれたの。私が見たものをうたがったこと、これまで一度だってないのっ!」
ティアがあんなこと、言うはずがない。
絶対に言うはずないんです。
『ティアの姿をした誰か』は、しばらくの間立ち尽くします。
それから小さくため息をついて、
「…………はぁー、ビックリだわ、こりゃ」
声が、変わりました。
そして『ティア』が顔に手を当てます。
『ティアの顔』の仮面を外した、その下には。
「完璧な変装のはずだったのに。二人だけにわかる絆ってヤツなー。誤算だわ」
思った通り。
ケイニッヒさんの顔があったのです。
「やっぱり……! 狙いは聖霊像ですか……!」
「まぁなー。難民キャンプの人ごみにまぎれて聞き耳立てて、遠くからチャンスをうかがってん。完コピしたつもりでも、どうにもならん部分もあるってことかー」
っていうかこのヒト、体型までティアに似せてます。
女のヒトの骨格だったのに、どんどん男のヒトのそれに戻っていっているのです。
『ま、また聖霊をけしかけるつもりですか! させません、テルマがいる限り……っ!』
「そうね。幽霊のお嬢ちゃんがいるかぎり、聖霊じゃ傷つけられん。『太陽の瞳』でにらまれてもおしまい。でもな、『太陽の瞳』、出すのに少し時間かかるっしょ?」
「……っ!」
そのとおりです。
目をつむって力を引き出して、幽体離脱して、さらに念じてようやく動きを止められます。
ティアがいれば、せめてメフィちゃんが動けたら話は変わってくるのですが……。
「さらに観察の結果、『ダメージ』をゼロにできても『衝撃』はゼロにできない。突進受けて吹き飛ばされて、カベにぶつかっとったのが証拠」
ま、まずいです、神護の衣の欠点まで見抜かれてます。
霊的ダメージに強くても、普通の攻撃だとそこまで防げない。
もともと魔法的な攻撃に強い衣を出す防御術だったようですが、テルマちゃんが幽霊になって、さらに色濃く出たらしい特性です。
『お、お姉さま……!』
「そ、それでも私……っ」
「あー、そこまで構えんでもいいよ。前にも言うたっしょ? 僕の目的。あくまで『聖霊像』の正体をたしかめること。確認だけさせてくれたら、いたずらに危害加えんから」
「も、もし危険なモノだったら?」
「危険、ねぇ。『誰にとって』?」
「もちろん、『人間』にとってですっ」
「あー。そりゃ喜んで持ち帰るわ」
「……だったら私、ぜったいに渡せない」
とんでもない聖霊を呼び出すための道具だったり、『聖霊神』にまつわるものだったり。
そんな呪具の気配バリバリのモノ、聖霊を狂信するヒトたちに渡すわけにいきません。
「……ふー、しゃーないな。か弱い女の子に手荒なマネ、したくないけど――」
一瞬で、ケイニッヒさんの姿が消えました。
私の後ろに回り込んだ、と感覚と感知力で気づけても、体が追いつくはずもなく。
これからあえなく手刀で気絶させられる。
予感、というか確信が私の心を満たしたとき、でした。
『くるっぽ!』
バサバサバサっ!
「うおっ!?」
マドを貫通して、幽霊バトさんが飛び込んできたのです。
これ、ティアの『メッセンジャー』!?
ハトさん、ケイニッヒさんにまとわりつきながら、『メッセージ』を発します。
『トリス、待たせたわね! 繰り返す、トリス、待たせたわね!』
待たせたわね、ってどうしてハトだけ!?
困惑していると、すぐにマドがガラリと開きました。
「待たせたわね、トリス」
「ティア!!」
マドをあけて飛び込んできました、今度こそ本物のティアです!
メッセンジャーがティアのところに舞い戻ります。
私もすぐにティアの後ろへ。
「危ないところ……だったみたいね」
「ど、どうして『メッセンジャー』?」
「あなたの居場所がわからなかったから。迷う前にあなたへのメッセージを吹き込んで、案内してもらうことにしたの」
そっか、メッセンジャーに道案内してもらったんだ。
私あてのメッセージを作れば、ハトさんがそこまでナビしてくれる。
『よ、よかったですぅ。今度こそ本物ですよねっ』
「ホンモノ? 何を言っているの、テルマ」
あぁ、この天然さんな感じ、間違いなくホンモノのティアだ……。
「それよりあなた、ケイニッヒ……だったかしら? ずいぶんとやりたい放題やってくれたみたいね。メフィまで傷つけて」
気絶したメフィちゃんを横目でチラリと見て、怒り心頭です。
絶対にゆるさない、と言わんばかりに双剣を引き抜きます。
「い、いや、それ僕じゃ……」
「言い逃れ? 見苦しいわね」
あの、メフィちゃんに関してはホントにちがうの。
あとでちゃんと説明してあげよう……。
今はいいや。
「それで、どうするつもり? 私としては、ここであなたをつぶしておきたいわ」
「や、さすがにな? ブランカインド最強の葬霊士と真正面からやりあって、勝てるはずないんよ」
「物分かりがいいのね。だったらお縄につきなさい」
「それもまた、ゴメンやね」
ケイニッヒさん、赤い棺を取り出します。
飛び出したのは『ジン』。
風をあやつる、『聖霊の墓場』から逃げ出した一体です。
「また突風で目くらまし?」
「まさか。同じ手が通用すると思わんて。ジン様、お願いします」
なんと、ジンの作り出した風がケイニッヒさんの体をつつみ込みました。
まるで風のカプセルです。
「当然、本物が来る想定もしとったで、これで逃げさせてもらうわ」
風につつまれたまま、マドから飛び出して上空高くへ。
ジンもいっしょについていきます。
屋外ダンジョンだから可能な逃走方法です……!
「こうなった以上『聖霊像』はいさぎよく、あきらめさせてもらうわ。ただ、正体がわかったら教えてなー」
「この……! 逃がすとでもっ!」
ティアも対抗して一頭身の風の鳥、シムルを召喚。
雑に斬って剣に宿らせながらマドから飛び出して、風の刃を飛ばして追撃をしかけます。
ですが、ことごとくジンが防御。
おなじ風をあやつる聖霊、ですがむこうの方が強そうなカンジです。
「おぉ、怖い怖い。ジン様、ささ、行きましょう」
『キキョォ……』
……行っちゃいました。
あっという間に見えなくなってしまいます。
あのヒト、怖いです。
ナゾすぎる変装能力もですが、なによりも『迷わず逃げを打てる精神』が。
もうムリだとわかったら、たとえ目的を前にしてもあっさりあきらめて迷わず退ける。
だからこそ、怖い。
「二度も逃がすわけには――」
「ティア、もうムリだよ。それよりメフィちゃんの手当てとか、『聖霊像』の回収とか。いろいろやることあるよ。ねっ?」
「トリス……。……そう、ね」
危険な聖霊を野放し同然にしておくことに、ティアも抵抗があるのでしょう。
けどあのヒト、意味もなく聖霊をヒトにけしかけることはしないような気がします。
気がする、だけですが。
ティアもシムルを棺にもどして、剣をおさめてくれました。
やっぱり少し悔しそうに、ケイニッヒさんが消えた空をにらんでいましたが……。
さて、部屋にもどればメフィちゃん、なんと目覚めておりました。
お腹をおさえながら半泣きです。
ウルフちゃんに顔をぺろぺろされてなぐさめられてます。
「うぅぅぅ……、お腹痛いよぉ……。怖かったよぉ……」
「メフィ、よく頑張ってくれたわね。私が来るまで、トリスを守って持ちこたえていてくれたのね」
「え? いえ、わたし敵をやっつけましたよ?」
「……?」
「あ、あのね、ティア――」
かくかくしかじか。
ケイニッヒさんが来る前に聖霊『クユーサー』がいたことや、メフィちゃんの戦いのあと、ティアに化けてケイニッヒさんが来たことなどをティアに説明です。
これにはティアもびっくり。
そしてメフィちゃんもびっくりです。
「えっ? えっ? そんな怖いひと来てたんです? わたし、そんなピンチにぐっすりだったんですぅ!?」
「き、気にしないでっ。あれだけ頑張ったんだもん、じゅうぶんだよっ」
「ですがぁ! また情けなくてぇ……」
「情けなくなんてないわ」
ティア、メフィちゃんの手をぎゅっと握ります。
「あなたが体を張って聖霊を倒してくれたおかげで、トリスはこうして無事ここにいる。感謝してもしきれないくらいよ。立派な葬霊士になったわね、メフィ」
「ティアナさん……っ! ブランカインド最強の葬霊士に、そんな言葉をかけてもらえるだなんて、メフィは、メフィはぁ……」
なんと、感涙しちゃった。
メフィちゃんにとって、トップ層の葬霊士さんってあこがれの存在だったんだなぁ。
そして私にとっても、ティアはとっても大事な存在。
とっても大好きなヒト。
どんなところが好きかって、
「……あのね、メフィちゃんね、私が弱点教えたらすぐに信じてくれたんだ」
「……? 当たり前じゃない。うたがう理由なんてある?」
「えへへ、本物のティアだっ」
「???」
こういうところ、ですっ。