111 この世にとどまる覚悟
頭の中に浮かぶザンテルベルムの光景。
前にレスターさんが演説していた通りでしょうか。
あの通りに面した建物の一階、アネットさんが借りたのでしょう生活感のある借家の中の一室。
そのアネットさんが床板を外して、床下に『聖霊像』の6つ入った木箱を隠している。
そんな光景が、頭の中に飛び込んできたのです。
「すごいですっ! さすがお姉さまですねっ!」
「……すごいわけじゃないと思う。だってたぶんね、私の力じゃないんだよ」
「どういうことです?」
「なんとなく理解できたんだ。この宝玉と、アネットさんが『聖霊像』を探し当てた方法。あのね――」
確信こそ持てませんが、おそらく合っていると思うので説明します。
まず、宝玉はそれぞれの『瞳』の力に反応すること。
星の瞳なら『封印された聖霊像の置かれた場所』をマップで見せる。
月の瞳なら『持っていない聖霊像が今ある場所』を頭の中に直接、映像で見せる。
そして太陽の瞳なら『なんだかよくわからない映像』を見せてくれるみたい。
「――で、聖霊像。これってね、『月の瞳』の力を受けると他の聖霊像に反応するようになるみたいなんだ。まるで『磁石』みたいに、ほら」
手のひらの上で、勝手にくるくる回りだす聖霊像。
カタカタふるえて、ピタっと止まった先。
あの先にきっと『聖霊像』が隠された『あの部屋』がある。
「羅針盤なんだよ、きっと。聖霊像同士、おたがいに引き合っている」
「宝玉も像も、メドゥーサの『月の瞳』に反応して起動したというわけね」
ティアも話を聞いていたみたいです。
ただし石化の解けた魂たちが、みんなしっかり意識を取り戻していて、ティアはその対応の真っ最中。
みんなそれぞれパニックを発症してたり自分が死んだことを正しく認識できてなかったり、大変な状態です。
「トリス、私には葬霊士としてやらなきゃいけないことがある。かなりの時間がかかりそうだから、メフィといっしょにひと足先に行ってきなさい」
……アレ、みんな困ってるよねぇ。
だったら私も人助け、したいところですが。
「えっと、どうしよ……」
「聖霊像の詳しい場所、あなたにしかわからないのでしょう? あなたにしかできないことと、あなた以外もできることを見誤らないで」
「――わかった」
そこまで言うなら、この場はティアに全部まかせておきましょう。
ダンジョンの中に他の聖霊の気配ナシ。
ティアと離れてもきっと問題ない……はずっ。
「行こう、テルマちゃん、メフィちゃん。道案内するから。……ちょっと遠いかもだけど」
「あのっ、しょれならせっかくですし、アルゲンちゃんに乗っていきません?」
メフィちゃん、若干噛みましたね。
ともかく棺からアルゲンタヴィス――でっかい鳥さんを呼び出しました。
鳥さんですが、幽霊ですよね?
「乗れるの?」
「見えない人には触れないですが、見える人って幽霊触れますよね」
「お姉さまもテルマに触れていいのですよ?」
「触れられるなら、つまり乗れるということなのです!」
「お姉さまもテルマに乗っていいのですよ?」
「おぉ、なるほど!」
触れられるなら乗れる!
幽霊にも乗れるのですね!
「お姉さま?」
「うん、聞いてるよテルマちゃん。どこ触ってほしい? あとでたくさん触ってあげるね」
「はひゅっ!」
乗れるとわかった次の疑問は『重くないのか』ですが、きっと大丈夫なのでしょう。
幽霊ですから。
三人でアルゲンさんに乗ると、力強く羽ばたいて上空へ。
遠くにレスターさんが演説してた通りが見えます。
「あそこだよっ。あのあたりに像があるの」
「わかりましたっ。アルゲンちゃん頑張ってっ」
『キーッ!!』
頑張って飛んでくれてます。
この子とってもいい子ですね。
「こんな鳥さんの幽霊、他では見たコトないや。動物の霊自体、あんまり見ないけど」
「基本、動物霊ってすぐにあの世へ逝っちゃいますから。けどこの子もウルフちゃんも、自分の意思でこの世にとどまっているんです」
「どうして?」
「絶滅……しちゃったからですね」
絶滅。
つまりこの子の生きたお仲間、この世に一羽もいないのですよね。
「絶滅しちゃったらば、もう別の生き物として転生するしかありません。姿形、在り方までが変わっちゃいます。この子のお仲間たちも、みんなみんな転生して、この子が本当に最後の一羽なんです」
「幽霊としても、最後なんだ……」
「この子もウルフちゃんも、自分まであの世に逝って転生しちゃったら、自分たちという『種族』がいた証まで消えちゃうって思ってるみたいで。それで気の遠くなるような年月を幽霊として過ごしてるんですよ」
羽毛をなでなでしながら話すメフィちゃんの目は優しくて、どこか遠くを見ているようにも感じます。
「ここまでの覚悟を持ってこの世にとどまるなんて、すごいですよね」
「覚悟――」
ぽつりと、つぶやいたのはテルマちゃん。
いつになく真剣な表情です。
「この世にとどまるって、それほどの覚悟が必要なんですね……」
「ですよ。霊は在るべき場所へ、をかかげるブランカインドが許しているくらいですから、とんでもない覚悟です」
「テルマはお姉さまとずっといっしょにいたい。テルマにおなじことができるでしょうか。……なによりお姉さまが亡くなったあとも、おなじことを強要できるでしょうか」
口の中、のどの奥でごにょごにょとつぶやいた内容を、私の良すぎる耳が拾ってしまいます。
空を飛んで空気を裂く音と風の音で、メフィちゃんには聞こえないのに。
「テルマちゃん……?」
「――あ」
テルマちゃんも、私に聞かれてしまったことに気づいたようです。
少し気まずそうに笑ってみせます。
「な、なんでもないんですお姉さまっ。ちょっと、ちょっとだけ思っちゃっただけでっ」
「……うん」
「お気になさらず。テルマ、ずっとお姉さまのおそばにおりますからっ!」
テルマちゃんも、迷ってるんだ。
真剣に私のことを思ってくれてるから。
自分の欲望を押し付けていいのか迷ってる。
私も、テルマちゃんとどう向き合おう。
真剣に考えなきゃ。
この子の『お姉さま』として。
「トリスさん、そろそろ上空ですっ。どこに降りればいいですか?」
「あっ、もうついたんだ」
さすが、飛んでいくと早いです。
レスターさんが演説していたT字路を指さします。
「あそこに降りてっ」
「了解ですっ。よろしくアルゲンちゃん!」
『キーッ』
ひと鳴きしてから急降下。
すぐに大通りへと降り立ちました。
言うことを素直に聞いてくれるいい子です。
メフィちゃんに続いて背中から飛び降りて、テルマちゃんも私のとなりにふわりと着地。
「お疲れさま。ゆっくり休んでねぇ」
頭をなでなでしてから、棺に収納です。
アルゲンちゃんホントにお疲れさまでした。
さて、問題の建物は……。
「あった、アレだよ」
通りに面した三階建ての賃貸。
あそこの一階にある部屋のひとつに、『聖霊像』があるはず。
「全部集まれば、正体がわかるのかな」
「す、すこし怖いですね。なにがあってもお姉さまはお守りしますが!」
「えっ、えっ!? 怖いこと起こるんですかぁ!?」
「た、たぶん平気だから。行こう」
建物の中に入りますが、特に魔物もいないよう。
つい昨日くらいまで人が暮らしていた建物、しかもダンジョン化で状態保存されているからでしょう。
普通に住みかとして使えそうなくらい、キレイでしっかりした建物です。
とてもダンジョン内とは思えません。
「えっと、たしかこの部屋だよっ」
一階の廊下をすすんで、106とトビラに書かれた部屋の前で止まります。
ドアを開ければ、映像で見たとおりの部屋。
アネットさんの荷物なんかも残されているようですが、見たところ日用品のたぐいだけ。
なにかの手がかりになるようなモノはありません。
さぁ、肝心の『聖霊像』は……?
「たしかね、この床板を外すと……」
最初から外れるように仕掛けてあった床板。
指先をひっかけて持ち上げれば、簡単に開きました。
床下には大きな木箱が転がっています。
「見つけたっ。コレだよ、コレ」
「すごいですお姉さまっ。ほんとにありました! いえ、疑っていたわけでは断じてありませんよ!?」
「念押さなくてもわかってるよぉ」
「こ、この中に『聖霊像』が……! どうしましょう、わたしなにか備えておくべきでしょうかっ」
「たぶん平気だよぉ」
苦笑いしつつ、木箱のフタをあける私。
ですが、すぐに後悔しました。
メフィちゃんの慎重さ、見習っておけばよかったのです。
そして気づくべきでした。
モナットさんもケイニッヒさんも連れていた『聖霊』を、アネットさんが連れていなかったことに。
ブワッ。
フタをあけると同時、木箱から飛び出すモヤモヤ。
同時に背筋を走る、ゾッとするようなおぞましい気配。
木箱自体が、シャルガ族のヒトたちが持つ棺と同じ機能を持っていた。
実体化した聖霊を前に、状況を理解したときには、すべてが遅すぎたのです。