11 親切なおばあさんに泊めてもらおう
綺羅星の瞳。
幻惑を見抜き、悪霊の体内を透視する、私の新たな力。
テルマちゃんが綺羅星のようだと表現してくれたので、こんな名前にしてみました。
この力でもっともっと、ティアナさんのお役に立ちます!
「お姉さま、お具合よろしくないですか? グッと歯を食いしばって、固い顔をされていますが」
「な、なんでもないよっ。ありがと、テルマちゃん」
街道を歩く私の横に、ふわふわ浮かんで顔をのぞきこんでくるテルマちゃん。
ちょっと気合いを入れただけで、変化に気づいて心配してくれるだなんて、とんでもない天使だねぇ。
「……あれ? ところでその頭、どうしたの?」
テルマちゃんの左前髪、まるで髪留めのように人魂がぐるぐる渦を巻いています。
昨日までこんなことなかったのに。
「コレですか? お姉さま専用の目印ですっ」
「目印とな」
「昨日お風呂場で驚かせちゃいましたよね? 一目でテルマとわかる目印があれば、他の霊とすぐに見分けがつくでしょうからっ!」
「おぉ、優しい……」
確かに昨日のドアップ、このぐるぐる人魂があればもっと早くにテルマちゃんだって気づけたかも。
細かい気くばり、とんでもない天使だねぇ。
ちなみに今、私たち三人は中央都をあとにして、ティアナさんの次の目的地へとむかっております。
平坦な歩きやすい街道ですが、天気はあいにくの曇り空。
ですが私の瞳には、キラキラの晴天――星空が宿っているのですよ……。
あっちょっとジマンしたくなってきた。
「ねぇ見て見てテルマちゃん、自由にできるようになったんだよ。ぬぅぅっ……」
瞳を閉じて、マップを出すときよりさらに大きな魔力をこめる。
気合いを入れて……、開眼!
「綺羅星の瞳! どう? どう!?」
「わぁ、素敵ですお姉さまっ。それにとってもキレイです」
「でしょでしょっ! ……あれ?」
この眼、とってもよく見えるんだ。
特に霊なんて、もう核までスケスケになるほどに。
「テルマちゃん。着物のそでの中にゴミ、入ってるよ?」
「ひぎゅぅっ!?」
「ひぎゅ?」
「い、いえ、あの、その……。ご指摘感謝ですっ、あとで捨てておきますねっ!」
しどろもどろ。
なんだろう、髪の毛一本入ってただけなのに。
アレかな、霊だし物体は基本すり抜けちゃうから相当珍しい現象だったりしたのかな。
さて、こんなやり取りを続けている中でも黙々と先頭を歩いているのがティアナさん。
もっと気軽に会話に入ってきてもいいのに。
(そういや私、あのヒトのことほとんどなんにも知らないや)
どんな目的で旅をしているのか、どうして悪霊退治をしているのか。
趣味がどんなで、好きな食べ物は――うん、たぶん甘いものなんだろうな。
(ティアナさんのこと、もっと知りたい。もうちょっと仲良くなりたいなぁ)
なんて考えたそのとき。
ぽつり。
鼻先に水滴がひとつぶ、落ちてきた。
「雨だ」
「雨ね。しかも雨足、相当に強くなりそうよ」
「わかるんですか?」
「経験則。旅をはじめて長いから」
長いんですか、ひとつ新事実判明です。
さておきティアナさんの言うとおり、雨がどんどん強くなっていく。
それはもう土砂降りと表現すべきレベルで、滝のようにドバドバと。
「うわ、濡れちゃうっ!!」
「お姉さま、濡れちゃうんですかっ!??」
「雨宿りできる場所が必要ね……」
テルマちゃん、今なにに反応したんだろう。
私がびしょ濡れになって風邪を引かないか心配してくれたのかな。
全員で雨をしのげる場所を探して走っていると、道の先に何か大きな建物が見えました。
「あ、あそこっ! あそこの軒先貸してもらおっ!」
「あそこ……?」
「お姉さま、あそこってどこです?」
「ほら、あそこだよっ!」
雨が強すぎて視界がきいてないのかな。
進行方向を指さすうちに、建物もどんどん大きくなっていきます。
「……あぁ、見えたわ。あの屋敷ね」
「かなりおっきいですね」
よかった、幻覚じゃなかった。
ちょっと自信なくなってたトコだったや。
目の前までやってくると、なんだか不気味さや威圧感も感じます。
カベが黒一色で塗りたくられた大きなお屋敷。
ひとまず玄関先を借りて雨宿りです。
「うぅ、ずぶ濡れだぁ……」
「ひどい雨ね……。止む気配もなさそうだわ」
「テルマは幽霊ですから平気ですが、お二人とも生身ですものね。お風邪など召したら大変ですっ」
私とティアナさんのことを心配してくれるテルマちゃん、やっぱり天使みたい。
ちなみに天使というのはもっとも一般的な宗教、タマスク教に伝わる神様の使いのこと。
他にも世界にはいろんな宗教があるわけだけど、これ以上は今はいいよね。
それより、差し迫った問題である大雨をどうするか、だよ。
「どうしようね、お屋敷に泊めてもらえるのかな。っていうか、そもそも誰か住んでるのかな」
「おぉぉぉ困りぃですかなぁ?」
「ひっ!」
真後ろ、至近距離からいきなり聞こえた、しわがれた老婆の声。
ぜんぜん、まったく気配に気づけなかった。
バクバクうるさい心音を抱えつつふり返ると、いつの間にか入り口が開いていて、おばあさんが立っている。
「あなた、この屋敷の人かしら?」
「わしゃぁここに一人で住んでおる、ゼルエラと申す者ぉぉ」
おばあさん、やけになまっているというか、独特なしゃべりと言いますか。
「こんな広いお屋敷に、お一人で住まわれてるんですね」
「だぁからかのぉぉ、人恋しくてのぉぉぉ。お困りならばホレ、一晩泊まっていったらどうじゃぁぁあぁぁ??」
ど、どうしよう。
なんだか怪しいけど、ほんとに親切なおばあさんかもしれないし。
「ティアナさん、どうします?」
「そうね、ここは――」
ビシャァァァァァァァン!!!
「――っ!?」
……あ、雷が近くに落ちた。
私、基本的にビビりな方なんだけど、雷だけは平気なんだよねぇ。
でも、風も出てきて本格的に嵐になりそう。
「――ご厚意に甘えましょう。トリス、泊まらせてもらうわよ」
「えっ?」
てっきり怪しんで断るか、もっと慎重に相談すると思ったのに。
ティアナさんが言うなら私も異議なしですが。
「ほっほっ、ではこちらへ。おふたりさまぁぁぁ、ごあぁぁんなぁぁい」
ちりん、ちりぃん。
手にした鈴を鳴らしながら、暗い屋敷の中へと入っていくおばあさん。
二人、ってことはテルマちゃん見えてないね。
やっぱり普通のおばあさんだったみたい。
ホッとしつつ、おばあさんについていきます。
カーペットが敷かれたエントランスの階段をのぼって、部屋の扉が並ぶ二階のろうかへ。
「部屋ならたあぁぁくさんありますでなぁぁぁ。好きなだけ、好きなふうに使ったってえぇですからなぁぁぁ」
「ありがとうございますっ」
ほんと、親切なおばあさん。
きっとこうやって、旅人を泊めてあげてるのでしょう。
見習うべき人助け精神です!
カッ、ビシャァァアァァッ!!!
「っ!」
「あ、また雷……」
暗いろうかが雷光に照らされて、なんだか不気味に思えます。
これ、一人じゃちょっと怖いかもなぁ……。
「……ねぇテルマちゃん、いっしょの部屋で泊まらない?」
「はい喜んでっ!」
おぉ、即答。
いくら離れられないっていっても、このお屋敷を横に二つ並べたくらいの距離は余裕で離れられるらしい。
プライベートの時間だってほしいだろうに、きっと私がさみしがってるって見抜いてくれたんだね。
優しいなぁ。
「ありがと。あとは――」
ティアナさんもいっしょの部屋に泊まってほしい。
心細いし、なによりあのヒトのことをもっとよく知りたいから。
「ティアナさん、いっしょの部屋で寝ま」
「悪いけれど、一人で眠らせてもらうわ」
「えぇ、そうですかぁ?」
誰かがいると眠れないタイプなのかな、残念。
〇〇〇
そうして夜もふけて、外はまだまだ嵐が続く。
しばらくテルマちゃんと話してからパジャマに着替えて、ランプを消してベッドの中へ。
「お姉さま、いっしょに寝ましょうっ!」
「もうっ、甘えん坊だなぁ。いいよ、おいで?」
なんてやり取りのあと、いっしょにベッドでくっついて眠りについたわけだけど……。
「……ん、トイレ」
催してしまいました。
テルマちゃんはとっくに夢の中。
というわけで、ちょっと怖いけど。
ろうかを抜けて、一階のトイレへ。
そこで用を足したあと、部屋への帰り道で違和感に気がついた。
ひた、ひた、ひた。
私の足音に合わせて聞こえる、濡れたような足音。
最初は雨の音かと思ったけど、ちがう。
勇気を出して振り向くと――。
そこには、四つん這いでろうかを歩く、かろうじて人間の面影を残す何かがいた。
「ぺろっ、べろれろえろっ」
『それ』は私の姿を黒一色の大きな目に映しながら、長くて太い舌を口から出してうねうねと動かしている。
「い、やぁぁぁぁっ!!!」
あまりの恐怖に、後先考えずに走り出してしまった。
あんなのに襲われたら、私一人じゃどうにもならない。
ティアナさんに助けてもらわなきゃ、あのヒトの部屋に行かなきゃ、早く、早くっ……!
「はぁ、はぁ……っ」
「れろれろれろぇろっ」
カサカサカサカサっ。
まるで虫のように手足を高速で動かして、壁や天井もおかまいなしに追いかけてくる……っ!
なにあれ、怖い、怖い……!
「べぇろっ」
「ひっ!」
とうとう飛びかかってきた悪霊を、転びかけながらなんとか真横にかわす。
でも進行方向に回り込まれて、ティアナさんの部屋はすぐ近くのはずなのに、今どこにいるのかもわかんなくって、もう近くのドアを適当に開けて逃げ込む以外に手はなかった。
「開いて、開いてっ」
ガチャガチャ、乱暴にドアノブを回すと、よかった、開いた。
死にもの狂いで中に飛び込んだ私は、でもすぐに後悔することになる。
「な、なにこの部屋……っ」
基本的には私の泊まってる部屋と同じ、ベッドとテーブルだけのシンプルな部屋。
だけど部屋の真ん中に、なぜか棺桶が置いてある。
「やだ、気味悪い……。出なきゃ、出な――」
「べぇぇえぇろれろれろべろろんっ」
そしてもう一つの判断ミス。
相手が幽霊だって忘れてた。
幽霊なんだから、ドアをすり抜けてくるなんて簡単だったんだ。
「ひ……っ、いや、いやっ」
腰を抜かした私に迫る悪霊の姿、よく見ればどこか見覚えがある。
中央都の宿で、私の着替えを覗いてたヤツだ。
まさか、街を出てからずっと私をつけ回してきていたの……?
気づかれないようについてきて、一人になる瞬間を狙って……。
「れろれろえぇぇえろっ」
「いや、やだ、来ないで……」
目前までやってきた悪霊の舌が、私の胸元へと伸びてくる。
いったい、なにするつもりなの……?
嫌だよ、怖いよ、助けて……っ。
「助けてぇぇっ!! ティアナさぁぁぁぁぁあんっ!!!!」
バァン!!
「呼んだかしら」
……はい、呼びました。
でもティアナさん。
なんで、どうして棺桶の中から?
フタを吹っ飛ばして、むくりと起き上がって出てきたんです?