109 大迷宮・ザンテルベルム
難民キャンプにて情報収集をしましたところ、いろんなことがわかりました。
まず、住民のほとんどが王都や中央都に避難したこと。
こっちに来るとちゅう、宿場にたくさんのヒトの姿を見ました。
もしかして、と思ってましたが、やっぱり王都への避難民だったみたいですね。
今こっちに残っているのはお偉いさま方と、冒険者さんが中心のよう。
ザンテルベルムを治めている貴族さんとか、残らないわけにいかないもんね。
きっといろいろいそがしいのでしょう。
ですが、そっちはそっち、こっちはこっち。
ブランカインドの人間として、やるべきことはひとつだけ。
「やっぱりかなりの犠牲者が出てるみたいだね……」
「モンスターの被害はもちろんのこと、『見えない怪物』に殺される人間が続出。どんな魔物の仕業なのか一切不明、とのことだけど……」
「犯人なんてわかりきってますっ。聖霊のしわざですよ!」
「それと、トリスの懸念も当たっていたわね」
「うん……。見えるヒトだけに見える『謎の光』が落ちてきて、直後に『マナソウル結晶』が出現。ダンジョン化が始まった」
『エンシャン湖畔』のダンジョン化と、まったく同じプロセスです。
こんなのもう、ぐうぜんなんかじゃ片付けられない。
「ダンジョン化って、聖霊が引き起こしてるんじゃないかなぁ?」
「少なくともブランカインドに、そんな記録は残されていないわ」
「普通の聖霊には、そんなことできないってこと?」
「えぇ。普通じゃない聖霊になら、できるのかもね」
普通じゃない、かぁ。
デュラハンが倒れる直前、たくさんある眼が『月の瞳』みたいに変わった。
「『月の瞳』を持った聖霊って、普通じゃないよね……?」
「ここの聖霊と対峙すれば、あるいはなにかわかるかもしれないわ」
「もしかしたら『月の瞳』を使ってくるかもしれないのですね……!」
うぅ、怖いなぁ……。
もしも聖霊が『月の瞳』の狂気の力を使うなら、ティアに防ぐ手段はありません。
私が『太陽の瞳』で打ち消さなきゃ。
けどその間、私の体が幽体離脱で無防備になっちゃうわけで。
せめてもうひとり、戦えるヒトがいてくれたら。
「さて、そろそろ探しにいこうかしら。『助っ人』が、どこかに来ていることでしょうし」
「助っ人……?」
「……失礼、言ってなかったわ。大僧正からの連絡に『優秀な葬霊士をひとり寄こす』とあったのよ」
「おぉっ!」
月の瞳に関する報告を受けての、大僧正さんの采配でしょうか。
私の体を守れるヒトが増えるなら、これで『太陽の瞳』の問題点、まるっと解決です。
しかもですよ、優秀な葬霊士ときました。
優秀といえば、真っ先に思い浮かぶのがタントさん・ユウナさん。
『席』がついてないヒラですが、実力はティアに引けを取りません。
来てくれるなら、これ以上頼りになるヒトは――。
「……あっ。い、いましたいました探しましたよぉ!!」
「えっ、メフィちゃん?」
乱立するテントのスキマから、ぬるっと現れた銀髪の女の子葬霊士さん。
この子もとっても頼れる葬霊士ですが、なるほど、この子が助っ人かぁ。
「知らない人たちばっかりで、ロクに声かけられなくって、見知った顔ってこんなに安心するんですねぇぇ」
「近いわ。離れて」
……あっ、そういえば。
そもそも異変が起きたの、昨日のはず。
タントさんって本山居残り組だから、ブランカインドからここまで一日で来れるはずありません。
……ありません、かなぁ?
ユウナさんの肉体性能なら一日で来れそうな気も……。
さておき、きっとメフィちゃん、近くにいたから任務の帰りに呼びつけられたってカンジなのでしょう。
「うぅぅぅ……、本山居残りでぬくぬくしていたら、いきなり呼びつけられて『墓場』から逃げた聖霊退治ですよぉ?」
「問題ないわ。戦いたくないのなら、『太陽の瞳』発動中のトリスを守ってくれるだけでいい」
「ホントですかっ!? ……い、いえ、必要とあらばわたし、戦いますよ! むんっ」
メフィちゃん、スサノオの事件以来、勇気を持てるようになったみたい。
でも、本山に残ってた、ってどういうこと?
「あの、メフィちゃん。ブランカインドからここまで、たった一日で来たの?」
「はいっ、一日で来ましたっ」
「一日で。……どうやって!?」
「えへへぇ、じつはですねぇ、また大僧正からいい感じの動物霊をもらっちゃいましてぇ」
嬉しそうに、かつ照れくさそうに笑いながら、黒い棺を取り出すメフィちゃん。
フタをあければ、とっても大きな鳥さんの霊が中から飛び出します。
「こ、こんな鳥さん見たコトないよぉ」
「アルゲンタヴィスって言いましてね、大昔に絶滅しちゃった鳥らしいんです」
「絶滅!」
「この子を憑依させて、大きな翼でひとっとびしてきました」
「飛べるんだ、すごい! 大昔に絶滅しちゃった動物なんて、すごい!」
「スサノオのときにもらったダイアウルフちゃんも、絶滅した古代のオオカミなんですって。とっても希少な霊なのに、貸してくれるだなんて大僧正、太っ腹ですよねぇ」
絶滅しちゃった動物なんて、ロマンを感じます!
とってもロマンです!
「お姉さまの瞳がキラキラ輝いています! 星の瞳を使ったわけでもないのに……!」
「……あの、そろそろいいかしら?」
「あ、うん! みんな準備できてるよねっ!」
いけないいけない、思わずテンション上がっちゃった。
なんにもない田舎の村で、自然の中で遊んでたからかな。
じつはこういう話、けっこう好きなのです。
「メフィ、準備できてますっ。ちょっと怖いですけども!」
アルゲンちゃんを棺にもどしつつ、気合いじゅうぶんのメフィちゃん。
今回頼りにしてるからね。
口に出すとプレッシャーかけちゃいそうだから、黙っておくけどね。
ダンジョンと化した市街地に、一歩足を踏み入れます。
とうぜんながら、全身に刺すように感じます。
聖霊特有のまがまがしい気配です。
「間違いない。聖霊がいるよっ」
「トリス、いつものマップをお願い」
「うんっ!」
『テルマもいつものように、お姉さまをお護りしますっ!』
いつものようにテルマちゃんが、私の中に入って衣を展開します。
私も私でいつものようにまぶたを閉じて、開眼!
「星の瞳!」
ここにいるみんな、もう見慣れていることでしょう。
頭上に浮かぶ魔力球に、出来たてホヤホヤのこのダンジョン、【大迷宮】に分類された『ザンテルベルム市街地』の全景が映し出されます。
「わぁ、これがトリスさんのマップ! 初めて見ました!」
あ、いましたね、初めて見るヒト。
メフィちゃん、とっても新鮮な反応をくれました。
『すごいでしょう、お姉さまの得意技!』
「すごいですすごいですっ!」
私からしたら、二人の方がすごいと思うなぁ。
さておき、すぐに見つかりました。
街の中央、ふたつの通りが重なる広場に渦をまく、とってもまがまがしい黒い点。
間違いないです、聖霊です。
「今回のヤツ、コソコソ隠れたりしていないのね」
「探す手間がはぶけるねっ」
「そうね。ただ、喜んでばかりもいられない」
「どういうこと……?」
「隠れていないのよ? 一度葬霊士に負け、封印された経験があるにも関わらず、葬霊士に見つかるリスクを避けようともしていない」
たしかに、言われてみれば。
気配だって、みじんも隠す気がありません。
「人間の頭で考えるのなら、ふたつの理由が思いつくわね。ひとつは余程のバカ。危機感欠如の三下であること」
『考えにくいですよね。「聖霊の墓場」に封印されていたわけですし』
「もうひとつ。余程の自信がある。どんな葬霊士に見つかろうが関係なく、返り討ちにできる絶対の自信を持っていること」
「考えたくないけど、こっちの方だよねぇ……」
「ただし聖霊だから、人間なんかに想像もつかない原理で行動しているのかもしれないわ」
ティアの言いたいことって、つまりは『すっごく気をつけろ』ってことだね。
油断なんて、絶対にしちゃいけない相手だ。
「まず敵の正体を探ることから。可能な限り近づいて、聖霊の姿を確認しましょう。話はそれからよ」
「うん……!」
今回、これまでみたいに簡単にはいかないかもしれません。
気を引き締めて、もちろん普通のモンスターにも気をつけて、進んでいきましょう。
マップをたよりにダンジョンの中を進んでいく私たち。
ですがなんだか、ダンジョン内ってカンジがゼロです。
ダンジョンの内部って、ダンジョン化した時点で固定化されます。
2、3階建ての都会風の家やお店が。
花や食べ物、雑貨なんかを売ってる露店が、並んでいる商品が。
すべてそのまま、とってもキレイな状態のまま、時間が止まっているんです。
「なんか、かえって不気味だね……」
「日常の街の中から、人間だけがこつ然と消えてしまった。不気味に感じるのも無理ないわ」
状態の固定化。
これもダンジョン化特有の現象です。
いろんな状態で固定化されたダンジョンを、これまで見てきましたが、今回がいちばん気持ち悪いかも……。
魔物の赤い点をできるだけ避けて、いよいよ見えてきました。
聖霊がいる場所。
ふたつの通りが交差する、広場の形になっているところです。
建物の影から、そーっと様子をうかがってみますと……。
「いた……」
姿、確認です。
確認、しましたが……。
「アレ、見覚えがあるよ……!」
ビックリです、あの聖霊なら知ってます。
夢だと思ってた聖霊の墓場。
檻の中に閉じ込められていた、赤ん坊みたいに笑う触手の怪物。
あのときの怪物が、あのときと同じようにうずくまって笑いながら、食べています。
目の前に山積みになった『人間の魂』を、楽しそうに笑いながらむさぼっているのです……。