108 急報、ですっ!
さぁ、いよいよ封印解放です。
太陽の瞳を発動して、月の瞳の模様に目を近づけると……。
ブゥン……。
やった、結界が外れる音がしました。
「うんっ、解除完了だよっ」
「さすがお姉さま。あっさり封印を解いちゃいましたっ」
「これが聖霊像……。実物を見るのは初めてね」
ティアが手に取って、まじまじと確かめます。
『ヤタガラス』が封印されていた巨大な像によく似た、小さな像。
まずは正体を確かめないと、ですね。
「トリス、なにか感じない?」
「うーん……。聖霊の力に似た雰囲気を、すごく感じる、かな……」
つまりあんまりよくないカンジです。
「イヤな気配、ビンビンに感じちゃってますか」
「単刀直入に訊くけれど、その感覚。『ヤタガラス』のものではない?」
「……その可能性、もちろんティアも考えるよね」
ヤタガラスが封印されていた像にそっくりな像。
からっぽの抜け殻だった『ヤタガラス』。
『精神』を奪われたと分析していたドライク。
ここから考えられる、いちばん簡単な答えが『ヤタガラスの精神が封印されている』こと。
だけど、このカンジ……。
「ちがうんだ。『ヤタガラス』に感じた気配とぜんぜんちがう。もっとずーっと『強い』カンジ……」
「ヤタガラスより強い……。そんなもの、モナットの言っていた『聖霊の神』くらいのものでしょう?」
「けれどティアナさん、『聖霊の神』は三体の聖霊がそろったときに降臨するんでしたよね?」
「そして今、三体の聖霊はすべてブランカインドにある」
ヤタガラス、ツクヨミ、スサノオ。
ぜんぶティアと私たちがやっつけて、ぜんぶブランカインドに……。
「だ、だいじょうぶかな……。襲われちゃったりしない?」
「大僧正の強さをあなたも見たでしょう? それに、戦力もきちんと手元に置いている。『ツクヨミ』を利用する回りくどい手を取ったことから考えても、『シャルガ族』の者が真正面から挑んでくるとは考えにくいわ」
たしかに。
正面からじゃ勝ち目がないから、ルナを利用してこっちの目をそらして、それでようやく『スサノオ』を復活させられた。
作戦が失敗した今となっては、ブランカインドも警戒バリバリです。
「不要な心配をするよりも、『聖霊像』の正体や逃げた聖霊の殲滅を考えましょう」
「……うん、そうだね。それが一番『人助け』だ」
逃げた凶悪な聖霊に苦しめられているヒトが、まだまだいるはず。
できること、ひとつひとつこなしていけば、きっと道が開けます。
「帰ろう、ブランカインドへ。アネットさんも早く葬送してあげないと」
「えぇ、そうね。戻りましょう、私たちの家に」
★☆★
ダンジョンを出ると、もうすっかり夜でした。
『マナソウル結晶』の街灯が通りを照らす、王都ならではの眠らない夜。
ここで私、うっかり思い出します。
必要ないのに思い出してしまいます。
「うぅ……。私の腕、なんにも憑いてないよねぇ?」
私のことを『ママ』とか呼んできた、おじさんだか赤ちゃんだかわかんない悪霊のことです。
ちょうどこのあたりで顔を出したんだっけ。
「問題なしですお姉さまっ。テルマ以外は憑いてません」
「だよね、自分でもわかってる。けど、なんか不安になっちゃって……」
そういえば王都の霊、ずいぶん減った気がします。
『ヤタガラス』の騒動でお姉ちゃんに食べられたり、ヤタガラスに食べられたりしたからなぁ……。
あれからまだ日が経ってないからか、よそからの移民も進んでないみたい。
「『マナソウル結晶』の力に満たされた街、王都。改めて考えると、なかなか怖いよねぇ」
「そもそもなんなのでしょう、『マナソウル結晶』って……」
「うーん……、考えたことなかったや」
物心ついたころから当たり前に『世界の一部』として在った、『地形をダンジョンに変える物体』。
すごいエネルギーを秘めていて、いろんな道具に使える力を持っている。
だからダンジョンの奥に採掘にいくために、冒険者というヒトたちが現れた。
『世界の当たり前』。
誰も疑問に思わない、当たり前の常識。
けど……。
「『スサノオ』が、作っちゃってたよねぇ……」
「作ってたわね。普通の石から、『物体を変質させる』力で」
あんなにすごいものなのに、スサノオくらいの聖霊にならいくらでも作れる。
ダンジョン化のとき、自然にできるモノだと思ってたのに。
そもそもダンジョン化ってなに?
どんな理由で『マナソウル結晶』が出来て、その場所がダンジョンになるの?
「う、うぅぅ……。知恵熱出そう……」
「お姉さま、お気をたしかにっ!」
考えれば考えるほど、わけわかんなくなってきました。
宇宙の果てを思うようで、なんだか気が遠くなってきます。
「考えすぎもよくないわ。ゆっくり休んで、明日ブランカインドに帰りましょう」
「そうだね……」
疲れちゃってるのかもしれません。
今日はもう宿に帰って、なんにも考えずに寝るとします。
……さて、翌朝のことでした。
いつものように眼をあけて、テルマちゃんのドアップと目が合いながら起床。
イチャイチャしながら起き上がると、ティアがお部屋に戻ってきました。
「……起きたのね。おはよう」
「うん、おはよ……。ティア、なにかあった?」
なんだか顔色が悪いです。
よくないことでもあったんじゃないか。
そんな胸騒ぎに襲われます。
「……『メッセンジャー』が来たの」
「あっ、大僧正さんの返事かな」
「いいえ、新たな『任務』よ」
「面と向かって、じゃなくて、『メッセンジャー』を使って?」
「それ自体はたまにあること。緊急性の強い依頼が来たとき、および『よほど強い葬霊士』でないと対処できない案件が発生したとき」
「……今回は?」
「両方、よ」
だと、思いました。
けわしい顔で、汗まで流したティアなんて戦闘中以外に初めて見た気がしますもん。
「そ、それで、なにがあったのですか? テルマ、聞くのがちょっと怖いです……」
「私も怖いけど……。行かなきゃだもんね。教えてっ!」
「ザンテルベルムが、『ダンジョン』と化したわ」
「……えっ?」
ティアがなにを言ったのか、ちょっと理解が追いつきません。
聞き間違い、じゃないよね……?
「ザンテルベルムが、ダンジョンに……?」
念のため聞き返します。
当然、かえってきたのは肯定のうなずき。
「だ、だって、二日前だよねっ。あの町で泊まって、それから王都に来て……」
「いつもと変わらない平和な町でした……。みんな普通に暮らしてて……」
「昨日、らしいわ。すでに多数の犠牲者が出ている。ただ、ダンジョン化を止めるすべなんて存在しない。ザンテルベルムは放棄されるわ」
「そんな……」
あまりにもショッキングな報告すぎて、頭が真っ白になっちゃいます。
……けど、ちょっと待ってください。
「……あの、任務って言ったよね。報告じゃなくて」
「えぇ、そうね」
「どうして葬霊士のティアに? 犠牲者の霊を葬送するように、とか?」
「それもあるけれど、一番の理由はね。……ダンジョン化と同時に、『聖霊』が出現したの」
「――!!」
「しかも詳細は未確認なのだけれど、どうやら『聖霊の墓場』から逃げ出した個体らしいわ」
「墓場から……? これって、エンシャントと同じ……」
聖霊の墓場から逃げた聖霊が、現れたと同時にダンジョン化。
一度だけならぐうぜんで済ませたでしょう。
でも、二度目。
こんなの、たまたまで片付けるには……。
「……と、とにかく急ごう! 急げば今日のうちにザンテルベルムまで行けるかもっ!」
「そうですっ! 犠牲者を一人でも減らしましょう、お姉さまっ!」
「えぇ。あわただしくなるけれど、すぐに出発しましょう」
あわただしく準備して、あわただしく宿を出ます。
そろそろ王都にもウワサが届きはじめるころでしょう。
大騒ぎになる前に、せめて聖霊だけでもなんとかしなきゃ。
はやる気持ちをおさえて、街道を西へといそぎます。
日がどっぷりと落ちたころ、遠くにようやく見えてきました。
交易都市ザンテルベルムです。
いつもなら町の明かりが闇夜を照らしている時間帯。
しかし町の中に明かりはなく、かわりに町の外に仮設された難民キャンプにたくさんのヒトの気配がします。
「み、見えてきたね。なんとか一日でついたぁ」
「そうね。急いで来たものね」
じつは私、ティアの背中におぶってもらっています。
最初のうち、自分の足で走っていたのですが、すぐにバテてしまったのです。
あとはもう、ティアの背中に揺られつづけて一日をすごしました。
「ごめんね、重かったよね」
「問題ないわ。軽いもの」
「そうです、お姉さまは軽いのですっ」
「そ、そうかな……」
「それにですよ! お姉さまをおぶっているならば、背中にお姉さまのたわわが押し付けられて元気百倍! あやまるよりもこっちがありがとうですよねティアナさん!」
「……」
あぁ、テルマちゃんがおかしなことを言い始めちゃった……。
ティアもあきれて黙っちゃったよ……。
「……ありがとう、トリス」
「えっ」
「まずは街の住民から、情報収集よ」
「……えっ、ティア?」
「行きましょう」
「う、うん……」
……ティアってむっつりさん?
もっと押し付けてあげてもよかったかなぁ。
なんて、おかしなこと考えるのは疲れちゃってるからでしょうか。
頭を切り替えていきましょう、ザンテルベルムはもうすぐそこです!