107 最下層、未知のフロアへ
さて、像なんてどこにあるのでしょうか。
アネットさんがずーっと探していたのなら、すぐに見つかる場所にはないでしょう。
やみくもに探しても、見つかるなんて思えません。
まずは目星をつけないと。
このフロアで目につく、怪しいところと言えば……。
「祭壇。まずここから調べてみよう」
ピジューが座っていたナゾの祭壇。
前来たときには気にもとめませんでしたが、考えてみればなんの祭壇?
まずは砂やチリがつもった表面を、手ではらってみます。
するとさっそく、目玉の模様が出てきました。
『お姉さま、これ……!』
「うん、さっそく見つけたかも……!」
湖底の社にあったのとちょっとちがう、月の瞳のマークです。
月ですが、アレとおんなじ封印が使われているのなら……。
「ティア、私の体をおねがい」
「まかされたわ」
私のそばに来て、抱きとめスタンバイのティア。
心置きなく体を留守にできますね。
瞳を閉じて、意識を集中。
『太陽の瞳』の力を引き出せば、すぐに魂がテルマちゃんごと抜け出します。
体の方は眠りこけ、ティアの腕の中へ。
「っと。これで瞳の模様に顔を近づけて……」
模様と瞳を合わせるように。
すると、すぐに変化が現れました。
ゴゴゴゴゴ……。
祭壇が土ぼこりを上げながら、ゆっくりとスライドをはじめたんです。
月じゃなくて太陽でもよかったみたい。
さて、祭壇の下から現れたのは……。
「隠し階段、ね」
「私のマップにもうつらなかった……。きっと封印の力だね」
「こ、この先、いったいなにがあるのでしょう」
「おそらく聖霊像、だとは思うけれど。ともかく、気をつけていきましょう」
「そうだね。私も体に戻るよ」
いざというとき、ティアが私の体を抱えてたら身軽に動けないもんね。
体にもどって、テルマちゃんにも神護の衣を発動してもらいます。
これで準備万端。
いざ、未知のエリアへ!
じめじめとしめった石造りの階段を、コツコツと降りていきます。
いつから明かりをともしていたのか、なんらかの魔力照明で照らされているため、ランプはいりません。
しばらく進むと、すぐに階段の終わりが来ます。
たどり着いた先は、上とまったく同じ作りのフロアです。
中央に祭壇があって、その上には……。
「あったっ、聖霊像!」
『見つけましたねっ』
「アネットが見つけたものが六つ。全部で七つだとすると、これで全てがそろったことになるわね」
「アネットさんが隠した場所がわかれば、だけどねぇ」
ともかく探し物発見です。
すぐに回収して、こんな場所からさっさとおさらば――。
「おー、隠し階段なんてあったんか」
「……っ!?」
『えっ!?』
ティアも私もテルマちゃんも、みんなビックリです。
ビックリしながらフロアの入り口を見れば、さっきすれ違った茶髪の冒険者さん。
「見つけてくれてありがとな。こっそり後をつけた甲斐あったわぁ」
「……あなた、どういうつもり?」
「どういうつもりも。ウチのアネットの置き土産、探しにきたに決まってるっしょ」
この冒険者さん、こっそりついてきたって、私のマップにうつっても怪しませない動きをしてた、ってことだ。
つまり私のマップについて知っていて、そしてアネットさんまで知っている。
「あなた、いったい……」
「おー、そうだ、自己紹介まだだったねぇ」
冒険者さん、顔にスッと手を置きます。
そして、取ったんです、顔を。
まるで仮面のように取りました。
その下から、まったくちがう顔が出てきます。
「僕の名前はケイニッヒ。『シャルガ族』の者って言えばわかるよね」
「シャルガ族……!」
「ずいぶん正直にバラすのね」
「あんたらに捕まったかわいい姪っこが、どうせぜーんぶバラしたっしょ。だからもう話しちゃっても関係ないよね?」
姪とはつまり、モナットさんのこと?
このヒト、あの姉妹と同じ部族で、しかも二人の伯父さん……!?
ウソをついてる表情に見えなかったのは、顔が仮面だったから、ってことでしょうか。
私が普通の顔と区別つかない仮面って、どんな仮面なんですか!?
「そうね、いろいろバレてるわよ。バレてるついでにあなたの目的も、話してもらっていいかしら?」
「目的、なぁ。……コホン、我らシャルガ族の大目的とは、『聖霊様の支配する世を創ること』!!」
「立派な大義名分だこと。そんなこと聞いてるのではないのだけれど?」
「わかっとるわかっとる。冗談のきかないお嬢ちゃんだわ。……あのな、僕の目的はな?」
ケイニッヒさん、ズボンのポケットから何かを取り出します。
アレって、『赤い棺』……!
「――当然、その像よ」
パチンっ。
フタが開けられて、中から聖霊が飛び出します。
もちろん一頭身なんかじゃない完全体。
モナットさんのときとおんなじだ……!
聖霊はうずまく風を体にまとった、ヒト型の怪物。
緑色の肌をしたムキムキの体で、両手の先がカマみたいになっています。
そして右腕の部分にびっしりと、大量の目玉がついています。
「ソイツは『ジン』……! 聖霊の墓場から逃げ出したうちの一体を、どうしてあなたが……」
「このダンジョンに居ついておられたのを、ついさっき見つけてなぁ。ちょっと話してみたら意気投合してん」
アレが冒険者を襲っていた、謎の攻撃の正体……。
このヒトが襲わせていたわけじゃないみたい、というかむしろ捕まえてくれた形になるわけですが。
かと言って、このまま渡しておくわけにもいきませんよね。
「ジン様、どうかこいつらのお相手したっといてください。僕ぁその間に、姪のコレクション完成させるんで」
聖霊に『お願い』をして、ケイニッヒさんが台座へと走り出します。
『キキョォォォォォォッ!!』
同時に私たちへと襲いかかる聖霊ジン。
ティアは当然、聖霊に立ち向かわなきゃいけなくなって……。
「ま、まずいよっ! このままじゃ持ってかれちゃう……!」
長剣を引き抜いて戦い始めるティアですが、その間にケイニッヒさんが台座にたどり着いてしまいます。
像へと手をのばして……。
ダメ、持っていかれちゃう!
「これでまずひとつ、っと」
バチィッ!
「なっ!?」
なんとあのヒトの手が像に触れる直前、見えないカベに弾かれました。
よく見れば台座には、月の瞳の模様が掘られています。
あの台座にも隠し階段とおなじ封印がされてるみたいです。
「まぁた面倒な……。……まぁコレ、つまり、そうすればいいんでしょ?」
グルリ。
私の方をむいて、ニヤリと浮かべる笑み。
その意味を、嫌でもわかってしまいます。
「アイツ、トリスをむりやり……!」
『キキョッ、キキャァァッ!!』
守ってもらおうにも、ティアはジンの相手で手いっぱい。
テルマちゃんの神護の衣も、生身の相手にそこまでの効果はありません。
つまり……。
「なぁ、お嬢ちゃん? 大人しく言うこと聞けば痛いことせんから、なぁ。おじさんのこと助けてぇな」
『お、お姉さまに近寄らないでくださいっ』
「……その衣、霊的存在を弾くヤツでしょ? 生身には効かんって」
『そ、それでも……っ!』
テルマちゃん、私を必死に守ろうとしてくれてる。
けど、衣じゃ無理だよ……。
このままじゃ私、ただの足手まとい。
そんなのイヤ。
だったら……!
「……『太陽の瞳』っ」
太陽の瞳を発動。
すぽん、と体から抜け出します。
体がその場に倒れ込んでちょっと痛そうですが、気にしてられません。
「お、手伝ってくれる気になった?」
「そんなわけ……っ!」
今、私がいちばんやりたいこと。
あのヒトを止めたい、なんとかしたい、動かないでほしい……!
瞳を閉じて願いをこめて……開眼っ!
「えいっ!」
カッ!
目を見開くと同時、あたりが太陽に照らされたようにまばゆい光に包まれます。
その光が止んだとき。
「な……っ。体が、動かん……!」
ケイニッヒさんは固まったまま、指一本動かせなくなっていました。
「や、やった……っ。やったよテルマちゃん!」
「す、すごいですお姉さま……。動きを止めちゃいました……」
「ティア、今のうちに聖霊を――」
バッ、と聖霊の方へ目をむけます。
風を操るジンという聖霊、強そうですがティアもぜんぜん負けてません。
弱点を教えれば、きっとすぐに勝て――。
「……おどろいたわぁ」
「え……っ」
ケイニッヒさん、動いてる?
どうして……。
「まさか、私が視線を切ったから……?」
「そうみたいね」
「ま、また動けなくすればいいだけだもん!」
「あー、もうええよ。どっちみち、また『あの目』で見られるだけで動けなくなる。この時点で、こっちが封印解くのは不可能になった」
こっちに来るかと思いきや、です。
スタスタと私の横を素通りして、昇り階段まで歩いていってしまいます。
「ジン様、どうかお下がりください」
『キキョォォッ!』
本当にもう戦う気がないのでしょうか。
ジンまで下げてしまいました。
「かわいい姪っこがな。あんな姿に変わり果ててまで求めたものを確かめたかった。本当にただそれだけだったんよ」
「ケイニッヒさん……?」
「聖霊像の正体、いったんあずけとくからな」
「逃がすと思う?」
「思わん。だからこうする」
ビュオォォォォォォッ!!!
吹き抜ける暴風。
身動きどころか目も開けていられません。
風がおさまったときにはもう、ジンもケイニッヒさんもどこにもいませんでした。
「トリス、マップは!?」
「わかんないっ! 冒険者さんたちにまぎれちゃって……」
すぐにマップを出しますが、棺の中にジンをおさめてしまったら、もう他の黄色マークと見分けがつきません。
逃げられてしまいました……。
悪いヒト、というよりは、私たちと信じるモノが違う、相容れないヒト。
けれど姪――アネットさんの遺志を確かめたかっただけだって、その思いを口にするときのあのヒトの声、表情にウソは感じられなかった。
……また『仮面』じゃなければ、ですが。
『仮面』じゃないって、思いたいです。