106 再潜入、古代王墓
王都地下・古代王墓。
前に王都へ来たときにセレッサさんと出会って、木を操る聖霊ピジューを倒したダンジョンです。
ドライクとはじめて顔を合わせた場所でもあります。
前に一度、最深部まで踏破したダンジョンなので、勝手知ったるといったところ。
星の瞳のマップを出しつつ、スイスイと進んでいきます。
もちろん警戒はおこたらず、テルマちゃんも『神護の衣』で私のことをしっかりガード。
けっして安全なわけじゃないですからね、気をつけていかないと。
しかし私、とっても気になることがあるのです。
「ね、ティアにテルマちゃん。入り口での会話、ふたりも聞こえてた?」
『おひょおひょ笑いのウワサです?』
「私も聞こえていたわ。あまり考えたくないけれど、『彼女』かもしれないわね」
「やっぱりアネットさん?」
私の出した名前に、ティアがコクリとうなずきます。
スサノオとの戦いで命を落としてから、幽霊として行方知れずになってしまったあのヒト。
モナットさんによれば『聖霊像』をどこかに隠していたらしいのですが、あの『歪』み方では聞き出せないでしょう。
「肉体ごと魂をねじ曲げられてしまった以上、限りなく悪霊に近い存在となっているはずよ。私たちを見つけ次第、襲ってくることでしょう」
『お、お姉さま。マップで霊の位置、見えますか?』
「うん。ここ、最下層のフロア」
マップをスライドさせて、いちばん下の階層を指さします。
ピジューがいた隠しフロアの方に、ぽつんと光るまがまがしい黒い点。
「まるでなにかを探し回るみたいに、ずーっと部屋の中をウロウロ動き回ってる」
「最下層……。ここになにかあったかしら」
「うーん……」
頭をひねっても思い出せません。
あそこ、どうにもピジューとドライクの印象が強すぎて……。
「わかんないけど、行ってみればきっとわかるよっ」
「……そうね。行って、話はそれからね」
もうひとつ、冒険者さんに傷を負わせた『聖霊』が表示されていないのが気になるところですが、なにもかもわからないこの状況、あれこれ考えても仕方ありません。
出たとこ勝負で、まずはダンジョンを進んでいきましょう。
大迷宮【古代王墓】、全20階層。
もぐった記憶は新しく、途中で罠にハメられることもありません。
スイスイ進んでいけるのは、私のマップとティアの強さとテルマちゃんの衣の安心感のおかげ。
つまりみんなの力ですね。
「地下19階、ここまで特になにもなし。順調だねっ」
「拍子抜けするほどに、ね」
『いいことですよティアナさん。それにしても、冒険者の方をよく見ますよね』
テルマちゃんの言うとおり、ここまで何組ものパーティーとすれ違いました。
マップを見ても黄色の点がたくさん。
前に来たときもですが、にぎわってます。
「さすが王都だよねぇ、ダンジョンだってヒトが多い」
『テルマの神殿も、このくらいにぎやかでいてほしかったですっ』
「ハンネスタ大神殿だって多い方だと思うけどなぁ」
大きな街の中にあるダンジョンって、それ以外のダンジョンとにぎわいが全然ちがいます。
『オルファンス古戦場』……は極端な例か。
けど、新しくできた上に『首刈りの魔物』さわぎでにぎわってた『エンシャン湖畔』と比べても、同じくらいかそれ以上に冒険者さんを見かけるんです。
ほら、今だって。
「こんちは。女の子の二人パーティーか、珍しいねー」
「こんにちはっ」
最下層の階段からのぼってきた冒険者のおじさんが、気さくに話かけてきました。
ダンジョンですれ違えばあいさつ、これ暗黙のルール。
交流することで危険な罠やモンスターの情報を教えてもらえる、みたいな打算的経験則から来た風潮のようですが、私は好きです。
なんとなく、一体感をかんじられるからかな。
「最下層から来ましたねっ。帰りですか?」
「そうよー。マナソウル結晶、がっぽり採れたからねー。豪勢に飲もうと思って」
「おぉ、大量……!」
背中のリュックから、はみ出そうなくらいに詰め込まれた紫色のカケラ。
茶色い髪の優しそうな冒険者さん、自慢げに見せてくれました。
「最下層の結晶ね、いつもより大きくなってたんよ。やー、儲けた儲けた」
「王墓、よく潜入するんです?」
「王都住みだからね。ほぼ毎日かなー」
「毎日なら――」
おっと、ティアが話に入ってきました。
いつもならなるべく黙ってるのですが、やっぱり『アレ』が気になるんだろうな。
「――『例のウワサ』も聞いているでしょう?」
「あぁ。変な笑い声がする、ってヤツだっけ」
「ケガをしたヒトが担ぎ出されてるトコロも見ましたっ。なんだか物騒ですよねぇ」
「まったくだわ。ただ僕自身、妙な笑い声なんて聞いたことないけどなぁ……」
不思議そうに首をひねります。
そうでしょう、きっと霊感を持ってたり『波長』が合うヒトじゃなきゃ聞こえない声でしょうから。
「ケガ人だって死人だって、ダンジョンである以上どうしても出るものだし、気にしすぎも良くないと思うわ」
「で、ですよねっ」
うん、どうやらこのヒトなんにも知りません。
ウソを言ってるようにも見えません。
心霊現象について持ってる情報ゼロ。
ホントのホントになんにも知らない普通の冒険者さんですね。
「じゃあ、ぼちぼち行くな。魔物に気をつけて」
「はいっ。そちらも帰り、お気をつけて!」
最後に手をふってお別れです。
単独で潜入なんて、きっと腕の立つ冒険者さん。
私なんかの心配は無用でしょう。
「さ、あとちょっと。私たちも気をつけていこっ」
マップを一段、下にスライドさせます。
いよいよ最下層。
黒い点、まだウロウロと隠し部屋をさまよっていますね。
アネットさんだとしても、『月の瞳』の力が失われているただの悪霊。
とはいえ安心できるはずありません。
気を引き締めていかないと。
最下層に降りると、まず目を引く大きな『マナソウル結晶』。
冒険者さんの言葉どおり、前に来たときよりも大きくなっています。
そして悪霊がいるだろう隠し部屋への通路ですが……。
「……どうやらふさがっているようね」
マップと照らし合わせて、キョロキョロしながら。
ティアが口にしたとおり、通路はどこにもありません。
仕掛けで閉じたままですね。
『お姉さま、以前のように開けちゃいましょう』
「だねっ。開け方なら覚えてる。まかせてっ」
えっと、たしかふたつの柱が立ってるあたりのカベだったよね。
調べてみるとすぐに出っぱりが見つかります。
これを押せば……。
ゴゴゴゴゴ……。
「よし、開いたっ」
地響きとともに石カベがスライドして、隠し通路が現れました。
今回は、前とちがって悪霊が飛び出してきたりしません。
マップをつかってむこう側が確認できる状態なので。
『悪霊さん、この先にいるのですね』
「テルマちゃん、頼りにしてるよ」
『まかせてください、いつものようにお護りしますよっ!』
「……私もトリスを守るから、安心なさい」
ティアがこんなこと言うなんて珍しい。
ちょっとおどろきつつ、テルマちゃんに少し対抗心を燃やしているのかな、とか思うとくすぐったくなったり。
こんなに頼りになる二人に守ってもらっているのだから、怖いはずがありません。
薄暗い通路を抜けて、いざ隠し広間へ。
足を踏み入れたその場所は、前に来たときと少しも変わっていませんでした。
あたりに散らばる、ピジューの犠牲になった人骨。
フロアの中央にある謎の祭壇。
ピジューの姿がないことと、異質な霊がいるのをのぞけば、ほんの少しも変わりません。
『おひょ、おひょっ、おひょひょひょ……』
「いたわね」
「アネット、さん……」
おひょひょ、と笑いながら、隠しフロアのカベに沿ってグルグル回り続ける、異形の霊。
手足の関節がおかしな方向に曲がっていて、四つん這いでカサカサと這い進む姿は、『歪んだ』悪霊にしか見えません。
「やっぱり……、スサノオから逃げきっていたんだ……。でも、どうしてこんなところまで……?」
『おひょひょ、像、像、ななつめ、おひょひょ』
「……像、と口にしているわね」
『たしかモナットさん、聖霊像をアネットさんが探してきた、っておっしゃっていました』
「つまり、ここに最後の像がある……?」
「いずれにせよ、放っておけない。まず祓ってから考えましょう」
「……だね。あんな風に『歪んだ』ままだなんてかわいそうだもん。ティア、お願い」
「任されたわ」
スッ、と二刀を抜き放つティア。
するとむこうも、こっちに気がついたのでしょう。
カサカサ手足を動かして、こっちに顔をむけました。
『キツネ面』の外れた、目が『七つ』ついた異形の顔を。
「……っ」
あのヒトから、なんとなく聖霊に似た気配を感じます。
おぞましさとかプレッシャーとか、聖霊とは程遠いのですが、たしかに似ているんです。
『おひょ、おひょっ。うばう? うばうの?』
「うばわないわ。祓うだけよ」
『うばわせない、うばわせない! おひょひょひょひょぉぉぉ』
カサカサカサカサっ。
まるで虫のように手足を高速でバタつかせ、接近してくるアネットさん。
しかし『月の瞳』も持たない状態で、ティアに敵うはずありません。
「せめて安らかに、祈りをこめて十字を切りましょう」
白銀の二刀を交差させ、繰り出すティアの得意技。
十字の剣撃が霊体を斬り裂きます。
「ブランカインド流葬霊術――十字の餞」
ザンっ。
『おひょ……っ』
アネットさんが黒いモヤに変わっていきます。
除霊まで、ほんの数秒足らずでした。
「……終わりね。しょせんはただの悪霊だったみたいだわ」
「なんか……、悲しいね」
人間だったころ、あれだけ苦労させられた、底知れなかった相手なのに。
スサノオに『歪め』られて、ただのモンスターみたいになっちゃって、最期はこれ。
「……封縛の楔」
完全にモヤへと変わったアネットさん。
棺に吸い込まれて、消えていきました……。