105 マップが示す先
『霧』が晴れたことで、『首刈りの魔物』を探す冒険者さんたちは、みんなやる気アップ。
張り切ってダンジョン探索に乗り出しています。
ですが『首刈りの魔物』なんて、最初からどこにもいません。
その正体はきっと、永遠に霧の中。
私たちが倒したと言っても、倒した証拠も死体の一部もないのですから、きっと誰にも信じてもらえません。
けれどコレでいいのです。
闇から闇へ人知れず霊を葬る。
それが葬霊士なのですから。
「……本部に連絡を飛ばしてきたわ。デュラハン捕獲、および湖の調査完了の報告よ」
「お疲れ、ティア。もう今日はゆっくりしよっか」
『メッセンジャー』を飛ばし終えたのでしょう、ティアがお部屋にもどってきました。
まだブランカインドに戻らなきゃいけないわけで、今日一日くらいゆっくりしてもいいのでは、と思います。
「そうね。さすがに少々疲れたわ」
「ダンジョン中の風を操っちゃったわけですからね、ティアナさん。疲れなかったらビックリです」
「ゆっくり休んで」
「えぇ、ゆっくり休むわ」
コートを脱いで帽子も脱いで、ベッドにゴロンと転がっちゃいました。
表情に出さないだけで、かなりのお疲れですね。
「すぴすぴ、むにゃぁ」
すぐにすやすや、かわいい寝息を立てはじめます。
起きてるときは美人さんなのに、こうして見るとちっちゃな女の子みたいでかわいいなぁ。
「お姉さま、テルマたちものんびりゆっくりまったりしましょう?」
「んー、そうだねぇ」
私もゆっくりお昼寝でもしようかなぁ。
なんて思いつつ、ポケットに詰めてた宝玉を取り出した、そのときです。
カッ……!
「まっ、また!?」
手の中で宝玉が、勝手に光りはじめました。
しかもです、太陽のような光ではなく、黒い中に夜空の星のようなまたたきが。
これって、もしかして……?
「お姉さま、またなにか見えたのです?」
「ううん、ただ光ってるだけなの。でも……」
もしかしたら、そんな予感にしたがって、瞳を閉じてから開眼。
発動するのは『太陽』じゃなく『星』の瞳です。
すると思った通り、『なにか』が起きました。
宝玉から光が放たれて、カベにマップが映し出されたのです。
「な、なにごとですか!?」
「やっぱり……!」
「お姉さま、これ、どこかの地図ですよね……?」
地図には野山と森、それからでっかい建物しか書かれてません。
ですが、その建物にとっても見覚えがありました。
「相当に古い地図だよ、これ」
「なぜわかるのです?」
「この建物。テルマちゃんも見覚えない?」
古代っぽいゆるーいカンジのテイストで書かれていますが、特徴が『あそこ』と一致します。
「……もしかして、王都の古代王墓?」
「正解っ。つまりこれ、今の王都周辺の地図なんじゃないかなぁ」
そして建物の場所に点滅している光。
これ、この場所になにかが隠されている、ってことじゃないでしょうか。
「……あ、消えた」
宝玉がスン、と光を失って、マップも消えてしまいます。
さっきと同じですね。
「うーん、どうしよう。王都ってブランカインドと逆方向だから、帰りに寄っていけないんだよねぇ」
「かまわないわよ。少々の寄り道なら」
「あ、ティア。ごめんね、起こしちゃった?」
「問題ないわ。起きていたもの」
いやいや。
すぴすぴむにゃむにゃ言ってましたが。
「その宝玉が王都になにかがあるのだと示しているのなら、むかうべきだと思う。帰還が遅れることについては連絡しておくから、きっと怒られないでしょう」
「きっとなんだ」
……でも、湖底に封印されていた、私の瞳に反応するナゾの宝玉。
宝玉が示した、古代王墓のナゾの光。
放っておいて帰れないよねぇ。
「というわけで、追加で『メッセンジャー』を飛ばしにいくわ」
「そうだね。いってらっしゃいっ」
「……飛ばしにいくわ」
「……? うん、そうだね。だから――」
「……トリス、いっしょに来ない?」
あ、あれ?
なんだか私、お誘いを受けてます?
ティアってば私と二人になりたいの?
「も、もちろんいいよっ。テルマちゃんは――」
「……テルマは残りますっ。そんなに遠出しないですよねっ?」
「んー、たぶん? お屋敷みっつぶんも離れたりしないでしょ?」
「……えぇ、そうね。すぐ外に出るだけだから」
テルマちゃん、察した上で遠慮してくれたみたい。
焼きもち焼きのイメージだけど、『ティアナさんなら許します』って言ってるもんね。
そういうわけで宿の外、人の目が少ない路地の裏側へ。
幽霊バトを取り出してメッセージを吹き込むティアを見守ります。
わざわざ路地裏に来たの、ハトが見えないヒトに変な目で見られないように、ってのもあるのでしょうが。
なんだか、なんだかドキドキしてしまいます。
「……以上。ブランカインドの大僧正まで届けて」
『くるっぽ』
バサバサバサッ。
伝言を覚えた半透明のハトさんが、障害物を貫通して飛んでいきました。
「……終わったわ」
「そ、そか。じゃあ戻ろ――」
「待って」
腕をつかまれて、グイっと引き寄せられます。
バランスを崩して、ティアの腕の中へと飛び込む形に。
「わ、わっ」
「……トリス。私ね、これでも妬いてるの」
「えっ、あのっ」
ドキドキです。
悪霊が出たときとは、まったくちがうドキドキです。
ティアのまつげ長いなぁ、とか、おかしなことまで考えちゃいます。
「岬で霊に祝福されたのは、あなたとテルマ。私はただ見てただけ。不公平だと思わない?」
「ティア……? なんか、雰囲気が……」
ドンっ。
とうとうカベに押し付けられてしまいました。
なんですかこれ。
もうどうしたらいいんですか。
近いです!
ティアの顔が近いです……っ!!
「ねぇ、トリス。あなたの気持ち、知ってるつもり。テルマもきっと知ってるわ。だから私も遠慮なんてしない」
「ま、まって……っ」
「待たないわ」
あ、あごをクイってされて、どんどん顔が近づいてきて……っ。
あわわ、もう、もう私……っ。
「……っ」
ギュっ、と目をつむります。
すると、
ちゅっ。
と、ほっぺにやわらかい感触が。
……ほっぺに?
「……あ、あれ? ほっぺ?」
「そうよ? どこにされると思ったの?」
「え、えっと……」
「……トリスの気持ちが固まってから。『そっち』はそれまで取っておくわ。じゃあ、部屋にもどるわね」
「ぁ、ぁぅ……」
クールに立ち去るティアを見送りつつ、カベにそってずるずるとへたり込んじゃう私。
きっといま、とっても顔が赤いのでしょう。
だってほっぺを両手でさわると、すっごく熱くなってましたから。
★☆★
エンシャントから北へ行き、中央都を抜けてザンテルベルムへ。
そこから東に進路をとって、やってきました王都オルメシア。
『ヤタガラス』の事件以来の王都ですが、相変わらずヒトがたくさん。
とってもとってもにぎやかです。
「トリス、目的地は古代王墓で間違いないわね?」
「そっ。もっかい見せるねっ」
宝玉を取り出して、星の瞳を発動。
すると宝玉から出る光がカベにマップを映し出します。
古めかしい遺跡みたいな建築物に、マーカーのような光が点滅しているマップです。
「ねっ、間違いないでしょ? そっくりだよ」
宿屋のマドから外を見れば、すぐそこに古代王墓の遺跡があります。
見比べてみて改めて、そっくりそのままだと実感しました。
「あの中にきっとあるんだよ。『聖霊像』に関係したなにかが」
「行くしかありませんねっ」
「一度踏破したダンジョンだからって、油断しないでいきましょう」
「うんっ!」
いったいなにが待っているのか。
気を引き締めて潜入といきましょう!
ダンジョン潜入の準備をととのえて、王墓前の検問所に来たときでした。
中から冒険者さんが、仲間のヒトに肩を貸しながら転がり出てくる場面に遭遇します。
運ばれてきたヒト、すごいケガです。
体の前がザックリと、まるで大きな刃物で切り裂かれたかのよう。
「お、おい、どうした! なんだそのケガは!」
「わ、わからない……! とつぜん、コイツの体がバックリと裂けて……!」
「あぁっ、あぁぁ……っ」
とつぜん、体がバックリと?
見えないところから風をあやつるモンスターに奇襲をかけられた可能性もありますが……。
「ねぇ、ティア。もしかすると『聖霊』かな……?」
「可能性はあるわ。『波長』が合った人間しか襲えない悪霊と違って、聖霊は見えなくても霊感がなくても関係ない」
「いっそう用心しないとですね……!」
救助された冒険者さん、治癒魔法を受けています。
助かりそうですね、よかったぁ……。
ホッと胸をなでおろしつつ、警備のヒトに冒険者ライセンスを見せます。
通行許可をもらっていざダンジョンへ、というとき。
こんな会話が耳に入ってきてしまいました。
「しかしハデにやられたなぁ……。こんな傷、至近距離でバッサリやられないとつかないぞ……」
「あのウワサと関係あるのかねぇ……」
「ウワサって?」
「知らないのかい。ダンジョンの中で、妙な声が聞こえるってウワサ」
「なんだそれ。そんなの聞いたことねぇよ」
「聞こえるヤツには聞こえるらしいぜ。『おひょひょひょひょ』ってぇ不気味な笑い声が、よ……」
……えっ?
その笑い声って、もしかして『歪まされた』アネットさん……?