104 湖底の封印
湖底につくられた石造りの社。
封印されたトビラに掘られた目玉の模様の瞳には、サンサンに輝く太陽が描かれています。
「お姉さま、これはいったい……」
「わかんない。わかんないけど、もしかしたら……」
なんとなく、なにかが起きるような気がして、目玉の模様に私の瞳を近づけてみます。
――カッ!
な、なんか目玉の模様が光った!?
それから水底の泥を巻き上げて、硬い石のトビラがひらき始めて……。
ゴゴゴゴゴ……。
……開いちゃいました。
「わ、わ、わっ、ホントにひらくなんてっ」
「すごいですお姉さまっ! どうやって開けたのです?」
「眼を近づけただけなんだけど……」
これってやっぱり、太陽の瞳がカギになってた、ってこと?
だとしたら、どうしてこんな方法で封印されていたのでしょう。
「と、とりあえず中を確認してみようよっ」
「ですねっ。危険があるかもですので、気をつけて確認しましょう!」
「うん、ひとまず中をのぞいてみて……」
薄暗い社の中には台座がひとつ。
ほんのりと光るオレンジ色の、丸い宝玉みたいなものが置いてあります。
そのほか、特になにもなし。
危険はなさそう、かな?
これだけ厳重にロックしてたなら、きっと罠もないでしょう。
「よし、入ってみるね……」
「テルマも行きますっ」
テルマちゃんといっしょに中に入ってみますが、別になにも起こりません。
では、この宝玉に触れるとどうなるのでしょう。
ドキドキしつつ、そーっと指先で触れてみると……。
「……えっ?」
気づけば、おかしな空間に浮かんでいました。
まわりが真っ暗、なのに足元だけ炎のように明るく燃えています。
「な、なにここ……っ」
もしかしてまた分霊を意識ごと、知らない場所に飛ばしちゃった……?
戸惑いつつも様子を見ていると、前にジャニュアーレさんの記憶で見た『聖霊像』が、フワフワと飛んできました。
しかもです、ひとつだけじゃありません。
ぜんぶで『七つ』。
私の前に集まったかと思ったら、おもむろに光りはじめたのです。
「なになになにっ、なにが起こるのぉ!?」
逃げたくても体が動きません。
七つの像の中から光のかたまりが抜け出して、ひとつの大きな光に変わっていく。
そんな光景を、ただただ見ていることしかできないのです。
(これ、分霊が抜け出たカンジと違う。むしろ流星の瞳で、霊の記憶を見ているときに近いかも……)
つまり、誰かが見た、あるいは記録した映像を見せられてる?
なんとなく自分の置かれた状況を理解したそのとき、光がヒトのような形に変わり始めたのです。
まるで『太陽』を背負ったようなまばゆい光に目がくらんで、それでも私の『太陽の瞳』には、なんとか見えました。
その『存在』の持つ瞳が、私とまったく同じ『太陽の光彩』を持っていることを。
「……はっ!」
「お、お姉さま? どうかしたのです?」
「えっ? あれ、私……?」
気づけばさっきの社の中。
宝玉に触れたままの私と、心配そうに見守るテルマちゃん。
「テ、テルマちゃん。私、どうしてた?」
「どうなさっていたか、ですか? 宝玉に触れたかと思ったら、数秒ほどボンヤリしておりました。水中なのでよだれを垂らしていたのか定かではありません」
「最後の情報いらないよ? そっか、数秒しか経ってないんだ……」
「なにかあったのです? テルマ、とっても心配で……」
「大丈夫。とにかく、ひとまず戻ろう。ティアのところでいっしょに説明するね」
言いながら宝玉に、今度はおそるおそる触れてみます。
しかし何も起こらず。
ホッと息を吐いて手に取って、ティアのところへ引き返す私たちでした。
「……っぷはー! 生き返ったぁ!」
水から上がって体に入って、大きく息を吸い込んで、生きている実感を感じます。
空気がとってもおいしい!
「お疲れさま、トリス。無事でなによりだわ。もちろんテルマも」
「当然ですっ、テルマがお守りしているので。……危険なことなど、そもそもなかったのですけどね」
「成果はあったみたいね。その宝玉」
「うん、これね――」
湖底で起きたことをティアにあれこれ説明します。
聖霊像が置かれていたらしい台座があったこと。
社にほどこされていた封印が太陽の瞳で解かれたこと。
その中で見た映像と、それを見せてくれた謎の宝玉のことまで。
「……なるほど、ね。あなたが見たと言う以上、ただの幻覚では片付けられないわ」
「当然ですっ」
「宝玉、私にも触らせてくれる?」
「うんっ、どうぞ」
手渡しでポン、と渡してみます。
しかしなにも起きない様子。
「……おそらく遺跡の封印と合わせて考えれば、トリスの『太陽の瞳』に反応したと考えるのが自然でしょう」
「私の瞳に……」
「瞳を持つ者に映像を見せること。それがこの『宝玉』の役割なのでしょうね」
「なるほどなるほど。つまりお姉さま、もう一度太陽の瞳を出して触れれば、また見られるのでしょうか」
「どうだろ……。持ってくるときには反応しなかったし」
映像は一回こっきりなのでしょうか。
それにしては壊れたりせず、むしろ輝いているようにも……。
「とにかく、ひとつハッキリしたわね」
「『聖霊像』がぜんぶで七つ、ってこと?」
「えぇ。アネットが集めた数は六つ、とモナットが証言していたわ」
「つまりあとひとつ、どこかに見つかっていない聖霊像があるわけですね!」
「全てが集まったとき、なにが起きるかはわからない。わからないけれど、『シャルガ族』の者の手に渡らせるわけにはいかないでしょう」
「ぜったいロクなことにならないよねぇ……」
「しかし手がかりがありません。果たしてどうしたものでしょう」
「うーん……」
みんなで頭をひねりますが、結論なんて出てきません。
ここはとりあえず……。
「とりあえず、町に戻る?」
「……そうしましょうか」
「はいはいはい! そしたらテルマ、戻る前にこの湖の北に行きたいです!」
「北? なにかあったかしら」
ティアってば、ピンと来てないみたいです。
でも私、ちゃんと覚えていますよ?
この湖の北、恋人岬と呼ばれる場所で愛を誓いあうと永遠に結ばれる。
湖で悲しい結末をとげた恋人たちの霊が、愛の加護をくれるのだというウワサ。
町での聞き込みで聞いたの、ちゃんと覚えてますから。
「むふふ。お姉さま、おわかりのようですね……?」
「う、うん。ティアもいっしょに行こっか」
「……? えぇ、もちろん付き合うわ。ダンジョンの中、危ないもの」
……というわけで、テクテク歩いてやってきました、湖の北。
陸地が沖に突き出た感じになっている岸辺の形。
ここが恋人岬でしょう。
イイ感じのベンチも置いてありますし、看板だって立っています。
観光スポットみたいな雰囲気です。
じっさいダンジョン化するまで観光スポットだったのでしょう。
「さあお姉さま、テルマと愛を誓いましょう!」
「えぇ、と。どうしよっかなぁ。ほっぺにちゅーじゃダメ?」
「いつもさせていただいてますっ。ありがたいですが、この上なくありがたいですが!」
さぁ、ホントにどうしましょう。
以前、テルマちゃんに迫られて想いを告げられてから、かなり経ってしまいました。
そろそろ答えを返してあげてもいいかもですが、私の『覚悟』がまだ足りません。
いつかあの世に送ってあげるときまで、魂のつながりが切り離せる日までいっしょにいる。
そういう関係だと思っているので、これ以上踏み込む勇気が出ないのです。
「……お姉さま。やっぱり……、やっぱり、テルマじゃダメですか?」
いじらしく笑うテルマちゃん。
よく見れば手が少し震えています。
気づいちゃったら、もうダメでした。
体が勝手に動いて、声が勝手に出てました。
「そんなことないっ!」
ぎゅっ、と抱きしめて叫びます。
テルマちゃんの心にしっかり届くように。
「お姉さま……?」
「ゴメンね、待たせちゃってて。私ね、いつかテルマちゃんとお別れするって考えて、怖くて、まだ答えを出せないの……」
「……そう、なんですね? テルマのこと、なんとも思ってないわけじゃないんですね?」
「うん。だからね、覚悟が出来たら、必ず返事をするから。それまで待っててね……?」
「はい……。大好きです、お姉さま……」
冷静に考えて、もうほとんど愛の告白でしかありませんが、まぁいっか。
強く抱き合いながら、閉じていた目をあけると――。
『あいじょぉぉぉぉ』
『えいえんにぃぃぃぃぃ』
「ひ……っ」
ブックブクにふくれてふやけた男女の水死体みたいな幽霊が、水面から顔を出してこっちを見ていました。
テルマちゃん、湖に背をむけてるので気づいてませんが。
なんかもうアレ、あきらかに『歪』んでるぅ……。
「お姉さま? どうなされました?」
「いっ、いや、なんでもぉ……」
ムードを壊さないため、そーっとティアの方をむきます。
あっちも霊の存在に気づいたのでしょう。
そっと黒い棺を開けると、
『おしあわせぇぇぇぇ』
『しゅくふくおおぉぉぉ』
……はい、吸い込まれていきました。
「……害意はなかったようだけれど『ダンジョン化』した影響で『歪んで』しまったのね。悪霊にならないとも限らない。あとで葬送しておくわ」
「う、うん……」
「えっ? えっ? 今幽霊がいたんです?」
祝福してくれる恋人の霊、思ってたのとかなり違いましたが。
まぁ、いっか。