103 湖底調査の時間です
思えば聖霊って、どれもたくさんの『目玉』がついていますよね。
私の力も『眼』。
星の瞳に太陽の瞳、どっちも瞳の力です。
聖霊が月の瞳のような光彩を秘めていた。
これっていったい、どういうこと……?
「……トリス、どうかしたのかしら」
「あ、うん……。あのね……?」
かくかくしかじか、見たままをティアに話します。
真剣に耳をかたむけて、いつものように信じてくれました。
「なるほどね、ルナと同じ『月の瞳』が聖霊に……」
「うん。でももう確かめようがなくなっちゃった。結局のところ、アレはいったいなんだったんだろう……」
取りこんだ魂を全部吐き出して、水色のモヤモヤになっちゃった『デュラハン』。
あんな状態じゃ、目の様子なんて確かめようがありません。
「今考えてもしかたない、ということよ。ひとまずは、魂たちを葬送しましょう」
「そうだねっ。被害者さんたち、天国に逝けるといいなぁ……」
デュラハンがエンシャン湖に現れてから、二週間とちょっとしか経ってないはず。
なのにこの犠牲者の数。
具体的には43人。
これだけのヒトを殺して捕食するだなんて……。
こんなの、ずっとずっと封印されているべきです。
赤い棺にデュラハンを封じてから、ティアの手で光の魔法陣が展開されます。
まよえる魂をあの世へ送る光の道、葬送の灯。
屋外ダンジョンである『エンシャン湖畔』ならではの、ダンジョン内での葬送がおごそかに執り行われました。
さて、聖霊を討伐して葬霊も終わって、これで任務完了――とはいきません。
私たち、もうひとつ任務をまかされているのです。
『お姉さま、さぁ行きましょう! エンシャン湖、湖底調査の時間です!』
「テルマちゃん張り切ってるねぇ」
『当然ですっ! 湖にもぐる、すなわち泳ぐ! お姉さまが水着になるということでしょう!? テルマ、たぎります!!』
「水着になんてならないよ?」
『なん、ですって……?』
テルマちゃん、憑依状態だから見えないけど、きっとこの世の終わりみたいな顔してるんだろうなぁ。
『なぜですか……。理由を、理由を教えてくださいませ……』
「えっとね。霊体って当たりまえだけど、息をしないじゃん。濡れたりもしないし。だから幽体離脱して水にもぐるつもりなの」
『……なりません』
「……ダメ?」
『お一人でもぐるなんて危険です! なにが起こるのかわからないですのに!』
「おぉ、そっちか」
水着姿よりも私の安全を優先して、真剣に心配してくれてる。
だからかなぁ、テルマちゃんがなにしても受け入れちゃうのって。
「だったらさ、テルマちゃんもいっしょに来てくれる?」
『もちろんです。未来永劫お姉さまと離れるつもりございませんので』
未来永劫、かぁ。
私もずっとテルマちゃんといっしょにいたい。
けど、ホントにそれでいいのかなって気持ちも少しあります。
自ら望んでこの世にもどったルナとちがって、テルマちゃんと私の魂がくっついちゃったのはただの偶然だから。
霊は『在るべき場所』へ、ってティアもよく言ってます。
テルマちゃんの在るべき場所、『ここ』だって私に言い切れるかな……。
『お姉さま? お暗い顔をなさって、テルマなにか余計なこと言っちゃいました?』
「あ、ちがうよ。テルマちゃんなんにも悪くないから。ちょっと考えごとしてただけ」
『お姉さまにそんな表情をさせる悩みとは……? こ、困っているならなんでもおっしゃってくださいね! テルマがなんとかしますので!』
「うん、ありがと」
いけないいけない、テルマちゃんにいらない心配かけちゃいました。
今は任務に集中、集中っと。
「ティア、そろそろ湖だよっ」
「そうね。けれど広いわ。例の『聖霊像』とやら、いったいどこで拾ったのかしら」
マップにうつる湖を見ても、たしかにおっきいもんねぇ。
モナットさん、具体的にアネットさんが湖のどこで拾ったか、は言わなかったし。
けれど推測、立てられますよ!
「モナットさんたち、南の方から旅をして来て湖を通りがかったんだよね」
『そうでしたね。北にある中央都を目指す途中でした』
「で、エンシャントの町は湖の東側。ってことは、南か西から歩いてきたって考えるのが自然だと思うの」
「……さすがトリスね。私にはなにがなにやらさっぱりわからないわ」
壊滅的な方向音痴だもんねぇ、ティアってば。
苦笑いしつつ、ひとまず捜索範囲がしぼれました。
「それでつまり、どこを調べればいいのかしら」
「南岸から西岸のあたりの湖底。まずこのあたりを重点的に調べよう!」
というわけで、まずは南岸です。
霧が晴れてわかったのですが、湖の水はかなり澄んでいます。
透明度、とっても高いです。
これなら視界が広くききそう。
というか……。
「うん。もぐる必要すらないかも」
『どういうことです?』
「『太陽の瞳』の視力なら多分ここからでも、湖の底のかなりの範囲を見られるよ」
『すごいですお姉さまっ!』
「えっへん。じゃあやるねっ」
瞳を閉じて魔力をたくさん瞳に集中させます。
そして発動、『太陽の瞳』。
すぽんっ、と魂が体から飛び出しました。
ついでにテルマちゃんも私の体から吐き出されます。
体の方は倒れる前に、ティアが抱きとめてくれました。
「ふぅっ。この感覚、いつか慣れるのかなぁ」
「慣れるべきじゃないわ。あなたが『生きた人間』なら、なおさらね」
「……うん」
私のことを『生者』と認めてくれているティアに、なんだか胸の奥が熱くなりました。
「……よぉし、湖底を探してみるよ!」
「がんばってください、お姉さまっ」
よーく目をこらして、湖の中をチェックです。
……うん、魚が泳いでいますね。
水棲の魔物の姿は見当たりません。
なので泳いでもあんまり危なくないかなぁ。
そんなことを思いつつ見ていくと、なんだか石造りの遺跡っぽいものが沈んでいます。
質感的にはピジューがいた王都の王墓や、ヤタガラスと戦った遺跡のカンジに近いかなぁ。
ただしとっても小さい、お社程度の大きさです。
そして遺跡の前には、なにかが置いてあったような台座が……。
「どうだったかしら」
「うん、それっぽいモノがあったよ」
かくかくしかじか、見たものをそのまま説明です。
「あの遺跡の前に、聖霊像が置いてあったのかなぁ」
「調べてみたいところね。私がもぐって行ってみる?」
「ううん、ここは私が行くよっ。見た感じ、危なそうな雰囲気じゃないしっ」
「テルマもお供します! 危なそうじゃなくても心配なのです!」
「ありがと。じゃあいっしょに行こっ?」
「はいっ♪」
テルマちゃん、なんと手をつないできました。
なんだかデートみたいな雰囲気だなぁ、とか思いつつ。
「ティア、行ってくるね。私の体にヘンなことしないでよ?」
「しないわよ?」
「……ちょ、ちょっとならしてもいいよっ」
「……? しないわよ?」
あぁ、鈍感さん。
私に魅力がないのかなぁ、とか思っちゃうじゃん。
テルマちゃんなら黙っててもいたずらする場面だというのに。
「……えっと、行きますっ! えいっ!」
「わひゃっ、お姉さまっ!?」
ざぷんっ!
見えないヒトがその場にいたら、誰もいないのに誰かが飛び込む音がした怪現象に遭遇したことでしょう。
水の中、思った通り息苦しくもなんともありません。
「あー、あー。うん、普通にしゃべれるね」
「はい、普通に聞こえますっ」
「声帯でしゃべってるわけでも、耳で聞いてるわけでもないからかなぁ」
「心で通じ合っている……ということですね」
なんか違う気もするけど、実際それなりに通じ合っていると思うので、否定しません。
さて、ふよふよと水中をただよいつつ、遺跡の前までやってきました。
「これ……、中に入れるのかなぁ」
「入れるとしても、どこかに仕掛けがあるかと。それよりですね、せっかく幽霊なのです。すり抜けていっちゃいましょう!」
その手があった!
さすが幽霊歴の長いテルマちゃん、私には思いつかなかった発想だ。
「さてさて、中には何があるので――」
バチンッ!
「ひゃわっ!」
なんだかすごい衝撃音がして、テルマちゃんが弾かれちゃいました。
モヤモヤになったり、大きなダメージを受けたわけじゃなさそうですが……。
「だ、大丈夫!?」
「平気ですぅ。し、しかしおどろきましたっ。対幽霊用の結界まで張っているだなんて。正規の方法で開けないと解除されないタイプですね」
「うーん、開けなきゃダメかぁ」
重たい石のトビラを前に、霊体の身じゃどうしようもありません。
いえ、体があってもどうしようもないのですが。
「どうしよう……。ティア呼んできて、力ずくで開けてもらうとか?」
「社まで破壊されそうです……」
「あ、そういえばダンジョンの構造物だから、そもそも壊せないよ。なおさら正しい方法で開けないと……」
うーん、どうしましょう。
ひとまず像が置いてあったっぽい場所を発見しただけでよしとするべきか。
頭を悩ませつつ、トビラをよーく見ていると。
「……ん? 泥とか藻で隠れてるけど、これ……」
さすがにトビラについた泥は構造物判定されなかったみたい。
水流を起こして払ってみると、その下からなんと、心当たりのある模様が出て来たのです。
「ね、ねぇテルマちゃん。これって……」
「なにか見つけました? ……これの模様って、お姉さまの――」
「うん。私の、『太陽の瞳』にそっくりだ……」