102 聖霊デュラハン
霧深い森の中に、ずっと感じてたおかしな雰囲気。
太陽の瞳の力で、ようやく納得がいきました。
聞けばダンジョン化が始まる前日、つまり聖霊がやってきた日からずーっと霧がかかっているそう。
心霊現象はずっと、誰の目にも見える形で起き続けていたわけですね。
聖霊や悪霊に殺された被害者の嘆き、苦しみ、そのすべてを覆い隠した霧のベールを、今から私たちの手で取っ払ってしまいましょう。
ダンジョンに入ってすぐに、視界をおおう深い霧。
コレの正体がデュラハンだと思うだけで、なんだか背筋に寒気が走ります。
「見えていたのね。最初からずっと」
『こ、この霧がぜんぶそうだと思うとゾッとしますね……』
「テルマちゃんもおんなじこと思ったんだ」
『お姉さま……! テルマと心、つながっちゃってますね♪』
こんなときでもブレずに嬉しそうなテルマちゃん。
聖霊への恐怖心すら吹き飛ぶほど、私への愛が強くてとってもうれしいよ。
あ、ちなみに私、生身です。
テルマちゃんに神護の衣で守ってもらって、自分の足で歩いています。
つまり『太陽の瞳』オフ状態ですね。
それはさておき。
「ねぇティア、霧になっちゃてる相手を祓う方法なんてあるの?」
「問題ないわ」
自身満々だぁ。
こういうときのティア、ほんとうに頼りになって素敵です。
さて、私たちが目指しているのはダンジョンの中央。
心臓部、とか最深部、ではなく、ホントのホントにド真ん中です。
そんな場所でなにをするのか、ティアいわく『到着すればすぐにわかる』らしいのですが。
マップと照らし合わせながら、歩いて歩いて中央に到着しました。
なんにもない広場、ですね。
「トリス、ここで間違いないかしら」
「バッチリ真ん中だよ。でもなんにもないけど……」
「なんにもなければ、なおさら好都合」
そう言って、取り出したるは赤い棺。
「目には目を、聖霊には聖霊を。この場でヤツを引きずり出すわ」
フタを開けると、目がたくさんな一頭身の鳥さんが飛び出します。
今となってはおなじみシムルさんですね。
『我が力を欲する者よ。代償にささげ――』
ザシュッ。
『あびょん』
これまたいつも通り、双剣で雑に斬られて緑のモヤに早変わり。
そのモヤを二本の剣に憑依させ、風の魔力が使えるように。
「ブランカインド流憑霊術。この風で、悪意の霧を吹き飛ばす」
ブオンッ!!
二刀をそろえて大きく振るうと、突風が巻き起こります。
……いえ、突風なんてレベルじゃありません。
風がどんどん渦を巻いて、なんと巨大な竜巻が出来上がりました。
「ひゃぁっ、飛ばされちゃいそうっ」
『お姉さま……! テルマ、今ほどお姉さまがスカートでないことを残念に思ったことはありません……!』
「なに言ってるのぉ!?」
天までとどく大きな竜巻。
見上げれば空の雲までぐるぐるしてます。
ティアが操っているの、竜巻だけじゃない。
この森全体の空気を操って、中心の竜巻に吸い寄せているんだ。
ダンジョン化が起きたとき、その場所の状態は固定化されてしまいます。
なのでダンジョンの構造物である、草木や木の葉が吸い込まれることはありません。
ですがデュラハンの作った霧は別。
森のすみずみまで行きわたっていた霧が、どんどん竜巻に吸い込まれていきます。
『すごいですっ。ティアナさん、これが狙いだったのですね!』
「ダンジョン中の大気を操る……。こんなことまで出来るだなんて……」
「かなりの重労働だけれどね。弱音を吐いてる場合じゃないもの」
涼しい顔をしているように見えて、いつもより少しけわしい表情のティア。
ほんのり汗もかいてます。
そうだよね、これだけの規模の技、疲れないわけないもんね。
気付けばすっかり霧は晴れ、竜巻の中に霧がうずまく不気味な光景。
その霧が、少しずつなにかの形をとっていきます。
「……そろそろね。来るわよ、そなえて」
風をまとった双剣をかまえるティア。
直後、竜巻がかき消えて『それ』が姿を現しました。
黒いヘドロが固まったような、ブクブクと泡立つ不定形の体。
胸の中心には、あぶくに混じってたくさんの目がついています。
シルエットだけを見れば『首のない人間』ですが、人間とはかけ離れた姿に、ゾッとするような聖霊特有の霊気。
間違いありません。
あれが『デュラハン』です。
「ようやく会えたわね。苦労したのよ」
『あたま』
「会えてうれしい……わけでもないけれど」
『あたま。あたま』
デュラハン、さっきから頭しか口にしません。
頭がどうしたというのでしょう。
そもそも、口も無いのにどこからどうやってしゃべってるの……?
次々とわく疑問をよそに、デュラハンはまさかのモノをどこからともなく取り出しました。
『あたま』
『ぁぁ゛ぁ……、あ゛ぁぁぁ゛……っ』
「……っ!」
モルナさんの『あたま』です。
霊体の首から上だけ、髪の毛をつかんで吊るしています。
『あたま』
黒いねばねばした液体がつかんだ手からモルナさんの頭へ移動して、頭をつつみ込んでいきます。
すっぽりとおおわれてしまえば、もう中がどうなっているかわかりません。
『む゛ぉぉぉ゛ぉぉ゛ぉぉぉ゛』
ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅとうごめいて、少しずつ小さくなっていく『あたま』。
モルナさんのくぐもった悲鳴が聞こえますが、それもすぐに聞こえなくなって……。
『あたま』
モルナさんの頭部は、影も形もなくなってしまいました。
「な、なに……? 今の、なにしたの……?」
「……捕食、ね。実体化したついでに済ませたのでしょう」
「食べられ、ちゃったんだ……」
モルナさんも、昨日のヒトも、それ以前の犠牲者も、ああやって食べられた。
積極的に人を殺して、霊の『あたま』を集めて食べる聖霊。
『聖霊の墓場』に封印されていた理由がいま、よーくわかりました。
「こんなの、ぜったいに野放しにしちゃおけない。ティア、やろう!」
「えぇ。この程度の相手、『太陽の瞳』を使うまでもないわ。トリス、いつものお願いね」
「うんっ!」
口ではこう言っても、ティアは決して相手をあなどっているわけではありません。
私の体が無防備になっちゃうリスクがある『太陽の瞳』。
体を狙われない保証があるルナのときや、体を守ってくれる誰かがいるスサノオのときとは違います。
私のことを気づかって、ああいう言い方をしたのでしょう。
だったら私も全力で『いつものヤツ』をやるだけです。
瞳を閉じて、魔力を溜めて……開眼!
「綺羅星の瞳!」
いつものやつで、いつもどおりにスケスケです。
見えました、デュラハンの弱点の位置!
「心臓のあたりにひとつ、それを囲むようにして拳ひとつぶんの距離に六つずつ! それから両手首にひとつずつだよっ!」
「わかったわ。すぐに片付ける」
風をまとって一気に距離をつめに行くティア。
対するデュラハンのまわりには、たくさんの『あたま』が現れました。
『あたま』
『あなたのあたま』
『あたまちょうだい、あたま』
見覚えのないたくさんのヒトの顔の中に、見覚えのある顔が二人。
昨日湖で会ったヒトと、ついさっき食べられたモルナさん。
二人の顔があるってことは、みんな犠牲者の頭なのでしょう。
いっせいにがぱぁ、と口をあけ、水のカタマリがたくさん吐き出されます。
そんなものに当たるティアではないのですが、
「ひゃあっ!」
私のちかくに一発着弾して、思わずしりもちをついてしまいました。
『お姉さま、平気ですか!?』
「う、うん、ぜんぜん平気。テルマちゃんの衣のおかげだよ」
たぶん直撃しても防げるとは思います。
けれどここまで流れ弾が飛んでくるとなると、ますます『太陽の瞳』を使うのは危ないなぁ……。
「そ、それにしても、殺したヒトたちの魂をあんなふうに使うだなんて……!」
きわめて命に対する冒涜を感じます。
相手は人間の論理なんて通じない聖霊、怒ってもしかたないかもしれませんが……。
『あたまがほしい』
『くださいな』
『すてきなあたま』
……それにしても、気分が悪いです。
接近してくるティアに対して、『あたま』たちが四方に散らばります。
そしてあらゆる方位から、ティアにむかって水弾を吐き出して攻撃。
ですがティアには当たりません。
軽々とかわしながら聖霊の方へむかっていって……。
「あ、あれ……っ?」
『どうしました、お姉さま』
「おかしいの。デュラハンの体、ほんのちょっとゆらめいてる……」
まさか、アレって……。
イヤな予感にしたがって、まわりをよーく見てみれば、やっぱりです。
デュラハンの後ろにもうひとつ、スケスケですがゆらめく影が見えます。
ティアの目に見えてるアレはたぶん蜃気楼。
空気中の水分がどうとか光のなんたらみたいなの聞いたことありますが、細かい理屈は知りません。
とにかく見えてる場所とホントの位置にズレがあるんです。
「ティア、そこから走って15歩分うしろ! そこがホントの敵の位置!」
「――わかったわ」
ティアは迷いません。
自分の目には見えなくても、いつも私の言葉を信じてくれます。
幻を突っ切って、駆け抜けながら双剣をふるい、風の刃をふたつ飛ばしました。
飛んでく先はデュラハンの手首、弱点ふたつをねらった攻撃です。
攻撃が飛んでいく早さとまったく同じ速度で走るティア。
敵の目の前まで来たタイミングで、軽やかに飛び上がり、
「ブランカインド流葬霊術――烈風の円転」
手首が斬り落とされた瞬間、風をまとって縦方向に回転。
まるで車輪のように全身が風の刃となって、
ズバァァッ!!
やったっ!
胴体の弱点を根こそぎ削ぎ斬りました!
「……ユウナの得意技、私なりにアレンジしてみたわ」
「すごいよティアっ! こんなにあっさり倒……せ……」
あ、あれ?
私いま、とんでもないモノを目にしました。
ティアは気づいていません。
回転しながら斬りつけたので、視界がブレブレにブレまくって影響を受けなかったのでしょう。
ですが、青いモヤとなって消えていくデュラハンの体についた、たくさんの『眼』。
その眼が『月の瞳』のような光彩に変わっているのを、私、見てしまったんです。