101 聖霊はどこに
『首刈りの魔物』が町にも現れた。
この大事件はあっという間に町中を駆け巡りました。
魔物がダンジョンから出てくることなんて、めったにありませんから、それはもう大騒ぎ。
ですが、私たちは知っています。
犯人が魔物ではなく『聖霊』であることを。
「お姉さま、大丈夫ですか……?」
「うん、平気……」
気をつかってくれるテルマちゃん、優しいな。
だけどショックを受けてる場合じゃないよね。
次の犠牲者を出さないために、見つける方法を考えなきゃ。
町で聞き込みを続けつつ、今後の相談をする私たちです。
モルナさんの霊、探してもどこにもいません、見当たりません。
聖霊の目的が霊の捕食だと考えれば、食べられてしまったということでしょう。
「まさか聖霊がダンジョンの外に出るなんて思わなかったよねぇ……」
「滅多にないケースね。マナソウル結晶の魔力に満ちたダンジョン内って、霊的存在にはとても居心地のいいものだから」
「そうでしょうか。テルマ、嫌な感じしかしませんよ?」
「『歪んで』いない証拠よ。聖霊や悪意に身をまかせた悪霊にとっては、の話だから」
「珍しい行動してる、ってこと……なのかな」
なんだか厄介なことになっていそうです。
珍しい、といえばもうひとつ。
「それに、なんで私のマップで探せないんだろう。ねぇティア、デュラハンって姿を消す力でも持ってるの?」
「固有の能力は『水』だから、カーバンクルのように姿を消したりする力は持っていないはず。ましてやマッピングから逃れるなんて……」
「だとしたらさ、考えられる可能性、ひとつしかないんじゃないかな」
マップに映らず、姿が見えず、私に気配すら感じさせない。
この状況を可能にする方法が、ただひとつだけ存在します。
「誰かに憑依している。そうとしか思えないよ」
「なるほどっ! さすがはお姉さまですっ」
「一理ある、かもしれないわね。人間に憑依してコソコソと隠れるだなんて、聖霊らしからぬ行動ではあるけれど……。それで、どうやって見つけ出すつもり?」
「ティアの帽子、憑依霊がわかるんじゃなかったっけ」
「わかるわね。よっぽど下級の、隠すつもりも技術もない憑依霊なら」
「あらら」
「例のお香を取り寄せて、サンクトリュフを全員にふるまって……なんてできるはずもありませんし、どうしましょう……」
現実的に考えて、探すのはムリそうです。
私の星の瞳でも憑依霊だけは見抜けません。
「憑依霊を見破るなんて人間技じゃないって、大僧正さんも言ってたもんねぇ。ましてや聖霊……」
「……いえ、トリス。今のあなたなら可能かもしれない」
「えっ……?」
「そうですよ、お姉さまっ! 『太陽の瞳』です!」
たしかに太陽の瞳なら、まだまだ何ができるかわからないことだらけ。
ひょっとしたら憑依霊を見抜くことだってできるかも……?
「……うん、やってみる! ダメでもともと!」
「ファイトですっ!」
「ダメなら別の手段を考えればいい。気楽にいきなさい」
「いいえ、お姉さまなら絶対に可能です! テルマ、信じています!」
「あ、ありがと……」
テルマちゃん、信じてくれるのは嬉しいけどね?
それ、なかなかのプレッシャーだよ?
さておき、まずは太陽の瞳を発動。
魂が飛び出して、私の体は眠りこけます。
「……っふぅ。抜け出す感覚、まだ慣れないよぉ」
「トリスの体、私が背負っておくわね。往来で寝かせておくわけにはいかないし」
「そのとおり! お姉さまほどの美少女を寝かせておいたら、誰にどんないたずらをされるのか……! テルマ、気が気でなりません!」
直感だけど、いちばんいたずらしそうなのってテルマちゃんだよね。
「……よぉしっ、やってみるねっ!」
聖霊の核の動きを止めたときと同じように、瞳に魔力を集中させて、強く願います。
憑依霊を見つけたい、モルナさんを殺した霊を見つけたい、どこかに隠れてるデュラハンを見つけたい……!
お願い、見えて!
「――えいっ!!」
開眼すると……見えました。
私の見たかったものが、私の目の前に、私だけにしか見えない映像として映し出されたんです。
ですがその内容は、私の予想を裏切るものでした。
まさか、こんなことって……。
「トリス、どうかしら」
「瞳に浮かぶ太陽が、炎の帯をほとばしらせていますよ。新しい力が出てる感じですか?」
「……うん、見えた。全部わかったよ。聖霊の居場所もわかった。わかったけど……」
「なにか問題が?」
「……とにかく、まずはこっち。ついてきてっ」
ティアに体をおぶってもらいつつ、やってきたのは事件のあった宿。
つまり私たちの泊まっている宿ですね。
目的地とはここの一階。
モルナさんが殺された部屋……ではなく、助け出された冒険者さんのお部屋です。
ガチャリ、とドアをあけたそのときでした。
「やぁ、キミも彼のお見舞いに?」
ろうかのむこうから歩いてきたのは、モルナさんと同じパーティーメンバーだった、若い男の冒険者さんです。
きさくにあいさつしつつ、部屋の奥のベッドで眠っている、昨日襲われていた冒険者さんへと目線を送ります。
「……えぇ、そんなところね」
「背中の彼女、眠っているのかい?」
「……まぁ、そんなところね」
このヒト、私もテルマちゃんも見えていませんね。
見えているのはティアと、ティアの背中におぶさってる私の体だけです。
「つかれているのかな。部屋に戻して休ませてあげた方がいいのでは?」
「……そうね、そうするわ」
ティア、受け答えヘタ!
すっごい不自然な状況なのに。
怪しまれちゃったらどうするのさ!
「……僕も少し疲れたな。モルナが救った彼を介抱することで、気持ちをまぎらわせるか、と思って来てみたんだが」
そうですよね、堪えますよね。
旅の仲間をあんな形で、とつぜんに失ったんだもんね。
「介抱なら私がするわ。あなたは部屋に戻るといい。顔色、よくないわ」
「……そうだね、戻るとするよ。キミが来てくれたことだし、ね」
「まかせておきなさい」
立ち去っていく冒険者さん、ティアの言うとおりすこし顔色が悪かったです。
胸がズキズキ痛みます。
事件をおさめることが少しでもなぐさめになればいいな……。
ティアがドアを閉めて、いよいよです。
私の体を入り口にもたれさせて、双剣の片方を引き抜きます。
「トリス。『彼』なのね」
「……うん。きっと昨日、助け出されたときからずっと取り憑いていた」
こうして直接見れば、なおさらハッキリわかる。
あのヒトに取り憑いている。
『歪み』きったどす黒いモノが、体の中に巣くっている。
「いよいよ聖霊とご対面なのですね……」
「ちがうよ、テルマちゃん。あのヒトに聖霊なんて憑いてない」
「……どういうことかしら」
「そうですよっ、たしかにお姉さま、取り憑いてるって……」
「聖霊じゃないの。ねぇ、もうわかってるんだ。観念して出てきて」
呼びかけてみればすぐに反応がありました。
眠っている被害者さんの口から、鼻から、耳から、目から。
ありとあらゆる穴から黒いモヤが噴き出して……。
『――ひっ、ひひっ。バレたっ、バレちゃったっ。首、首切りたかっただけなのにっ』
両手が鎌と一体化して、黒目と白目が逆転した、異様に頭の大きな悪霊。
もとの姿をとどめないほど、みにくく『歪んで』しまっています。
「……悪霊、ね」
「ゆうべの犯人、あなただよねっ! どうしてモルナさんを殺したの!? どうして……っ」
『どうして? 楽しいからっ! 首切るの、楽しい! 血がブシャーって、おもしろい!』
「楽しい……? 面白い……? そ、そんな理由で……っ」
『い、い、い、生きてるころからっ! 楽しかったっ! 子ども、特に面白い! 元気だから、血がすごい飛び出すの!!』
「――っ!! この……っ」
きっとこのヒト、ウワサで聞いた十年前の殺人鬼です。
生きてたころから『歪み』きって、まるで悪霊みたいな人間。
胸が悪くなるような感覚におそわれますが……。
「トリス、もういいわ。これ以上対話なんて必要ない。こんな相手、あなたに言葉をかけてもらう資格すらないわ」
「ティア……」
ティアがスッと前に出ます。
自然と私を自分の背中でかばうように。
「けれど最後にひとつだけ、聞かせてもらおうかしら。あなた、集合霊じゃないわよね? 被害者の魂、どこへやったの」
『ひ、ひひひっ。聖霊さま、見つけた! 聖霊さま、人間、首切って食べた! とってもすごい! だから、マネしたくなった! 魂ささげた! 聖霊さま、喜んだ! おれも、楽しい!』
「……そう。よーくわかったわ」
吐き捨てるように口にして、一歩前に出るティア。
「あなたには煉獄の炎すら生ぬるい。地獄に直接叩きこんであげる」
ズバァッ!!
『あ……? あぇぇ……??』
ふつうのヒトには、一度斬っただけにしか見えなかったでしょう。
繰り出された斬撃の数、合計66回。
悪霊の全身が斬り刻まれるまで、一秒もありませんでした。
黒いモヤに変わった悪霊をティアが吸い込んで、除霊完了。
ですが一件落着じゃありません。
まだ肝心の、聖霊デュラハンが残っています。
「トリス、聖霊も見つけた……と言っていたわね」
「あの悪霊、聖霊の模倣犯だったのですよね。でしたら聖霊、いったいどこにいるのです?」
「……最初から、ずっと見えてたんだ」
「どういうこと……?」
「マップにだって、映らなかったんじゃない。ずっと映ってた。ただ、細かすぎてわからなかっただけ」
水を操る力。
ずっとずっと感じていた嫌な気配。
マップのどこにも映らないわけ。
さっきの太陽の瞳の力で、全部が見えた瞬間に謎はすべて解けました。
「『霧』なの。ダンジョン全体にかかってる霧。あれ全部がデュラハンだったんだ」