100 聖霊のひそむ森
まるでなにかに飲み込まれていくように、消えてしまった冒険者さん。
ティア、捕食されたって言ったけど……。
「捕食って、食べられたってことだよね。いったいどうやって……?」
「逃げ出した聖霊が多すぎて、ここに来るまで特定ができなかった。けれどハッキリしたわ。敵の名は『デュラハン』よ」
『いまのでわかったのですか?』
「いまの、というより、これまでの被害状況と照らし合わせて、ね」
さすがティア、専門家はちがいます。
まだ見つけてもいないのに、犯人を突き止めちゃいました。
「どういう聖霊なの、デュラハンって」
「頭が無いわね」
「頭が無い」
「水も操れるわ」
「水を」
「生きた人間を見ると頭を引きちぎろうとする。……いいえ、人間に限らない。手の届く距離に近づいた生物すべて、首をねじり切られて絶命する末路をたどる」
「ねじり、切るの……?」
「それだけじゃない。死んだあとも霊体をもてあそんで、首を引きちぎる。そして首を『捕食』したあと、続けて体も捕食するの」
ゾゾゾッ、と背筋に寒気が走ります。
あまりに残虐な行為。
けれどきっとティアの言ったとおり、そこに善悪もなにもない。
そうする『理由』や『目的』すら、持ち合わせていないのかも。
あるいは人間に理解できない理由があるのでしょうか。
人間とは絶対に分かり合えない存在。
だからこそ、聖霊は恐ろしい。
『で、ですがティアナさん? 今さっき食べられた方の近くに、デュラハンなんていませんでした』
「たとえ引きちぎられてもね、つながっているのよ。霊体の頭と体はつながっている。だから距離を越えて『捕食』ができる」
「つまり、『デュラハン』がどこにいるのか――」
「わからない、ということね」
捜索、完全にふり出しです。
なぜかマップにうつらない、姿なき捕食者。
このダンジョンの霧にまぎれて、どこかで私たちを見ているのでしょうか。
「うーん……。手がかりなくなっちゃったねぇ」
「どうする? 一応もうひとつの任務、湖の調査をこなすこともできるわよ」
「でもねぇ……。こうしてる間にも新しい犠牲者が出てるかもしれないのに、のんびり調査なんてできないよ」
『お姉さまならそうおっしゃりますよね。テルマも同感ですっ』
「うん、だからね。こうして見回るだけでも、被害の防止につながると思うんだ」
「……わかったわ。『デュラハン』が片付くまで、湖の調査は延期としましょう。湖が逃げるわけでもないのだし」
ティアがうなずいて、方針決定です。
よーし、絶対にデュラハンを見つけるぞーっ。
「二人とも、頑張ろう! えいえい、」
『うああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
「おわひゃぁっ!?」
霧の湖に突如として響き渡った男のヒトの叫び声。
気合いとともに突き上げようとした私の左拳が、へにょりと曲がってしまいましたがさて置いて。
「トリス、悲鳴の主はどこ?」
「えっとね、ここっ!」
マップに表示された、ここから少し北にいったところの森の通路。
声が聞こえた距離と方向と照らし合わせると、そこにいる黄色いマーカーが悲鳴の主です。
ティアに指でさし示しつつ、私も急いで駆け出します。
他にお仲間なのでしょうか、みっつの黄色い点が走ってきているみたいですが、ともかく急ぎましょう!
霧深い森のダンジョンを走っていくと、見えました。
軽装の鎧を身につけた冒険者さんが倒れています。
首はついてます。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「あ、あぁあぁ……。人だ、助かった……」
首だけじゃなく意識もあるようです。
私たちの姿を見るや、体を起こして座ります。
「なにがあったんですか?」
「わからない、わからないんだ……。見えない何かに襲われて、それから……、それから……。なにも、思い出せない……」
頭をかかえて記憶をしぼり出そうとしているようですが、思い出せないみたいです。
見えないなにかに襲われた、かぁ。
デュラハンだとして、襲われて無事だったなんて不幸中の幸いです。
「うぅぅ……、恐ろしい……。あれがウワサの、首刈りの魔物だったのか……?」
「あの、もういいですから! 無理に思い出さそうとしないでください!」
「あぁ、ぁぁ……。そうだな、そうだ……」
かなり参っちゃってますね……。
少しでも早くダンジョンの外、町まで送りたいところです。
このヒトを送っていったら聖霊探しが止まってしまうので、本来ならば悩みどころ。
ですがそろそろ、すぐそこまで来ています。
「こっちだよね、悲鳴が聞こえた方!」
「あぁ、近いぞ!」
ほら、やってきました。
マップに見えてた三人組の冒険者のパーティーです。
女のヒトが先頭で、こっちに走ってきます。
「いた! キミたち、ケガはない?」
「悲鳴をあげたのは、そこの男性か」
「……よかった、無事なようだね」
私たちを見て安心した様子の三人。
細身の女のヒトに、中年の男のヒト、それから若い男のヒトですね。
みなさん困ってる誰かを放っておけない、いいヒトに違いありません。
「えと、私たちもこのヒトの悲鳴を聞いて駆けつけたので、詳しくわからないんですけどっ。なんかとっても怖い目にあったみたいで」
「なるほど、同じパーティーではないと」
「とっても怖い目、か……。もしかして、例の首刈りの魔物……」
「詮索はあと! この人、町に連れて帰ろう。あなたたちもいっしょにもどる?」
「い、いえ、私たちは――」
「その首刈りの魔物。まだ近くにいるかもしれない。私たちで探してみるわ」
「たしかに! じゃあお願いね!」
ティアってば、私の意図をくんでくれました。
それらしい言い訳、っていうかホントのことなのですが、信じてくれたみたいです。
中年の冒険者さんが被害者さんに肩を貸して、皆さん町の方へと戻っていきました。
「さぁ、私たちもヤツを探しましょう。本体でなくとも、手がかりくらい見つけたいものね」
「うんっ。少なくとも犠牲者は出したくないよね」
このダンジョン内なら、手の届く範囲です。
手の届く範囲でなら守りたい。
だれも聖霊の犠牲にせず、騒動をおさめるためにがんばろう!
★☆★
夕闇が霧とともに森の中をおおう頃、私たちは町へと戻ってきました。
一日中、森の中をパトロールして回りましたが、
「はぁ、成果ゼロかぁ」
残念ながら手がかりすら見つかりません。
湖の中に気配を感じたり、なんてのもナシ。
デュラハン、どこに隠れてるんだー。
「元気出してください、お姉さまっ。テルマたちがいるあいだ、犠牲者ゼロだったんですからっ」
「そうよ。少なくともヤツが動けなかったという事実。これは成果と呼んでいいわ」
「ティア、テルマちゃん……。そっか、そうだよねっ。うん、そうだよ! この調子で明日こそ見つけようね!」
二人のはげまし、とっても心の元気が出ます。
体の元気も取り戻すため、今日は宿に泊まりです。
目についた宿屋のご主人に話を通して、お部屋を借りたあと。
眠る前、おトイレにむかう途中のことでした。
「おっ! 奇遇だねー」
どこかで聞いたことある声に呼び止められます。
ろうかの奥からやってきたのは、お昼に襲われたヒトを助けてくれた冒険者さんです。
「キミもこの宿とったんだ。お連れの黒服さんもいっしょ?」
「もちろんです。えへへ、すごい偶然ですねぇ」
「キミはともかくお連れさん、冒険者っぽくない独特な格好してるよね」
「でもとっても強いんですよー」
「そうなんだ。女二人旅かー、身軽そうでいいなぁ」
ほんとはテルマちゃんも入れて三人ですが、このヒトどうやら見えないヒトですね。
「襲われたヒト、その後どうでした?」
「ショックが強いみたいでねー。この宿に泊まってるんだけど、部屋に閉じこもったっきりだってさ」
「そうなんだ……」
見えない怪物に襲われるなんて、ショックも大きいことでしょう。
はやくよくなってほしいものです。
「けど、見えない怪物が犯人、ってのはおっきい手がかり。みんな張り切ってるよ、自分が怪物を倒すんだ、って」
「そ、そっかっ。さすが冒険者さん、勇敢だなぁ」
ホントはティアにまかせて、みんな町に待機していてほしいのですが、聖霊なんて信じるわけないよね。
変なヒトに思われるか、怒られて終わりでしょう。
「かくいうアタシもそのひとり。明日も早いから、もう寝るね」
「うんっ。えーっと……」
「モルナだよ」
「私、トリスです。おやすみなさい、モルナさんっ」
「お休み、トリス。またねー」
後ろ手に手をふって、部屋へともどっていくモルナさん。
旅慣れてる雰囲気だなぁ。
サバサバしてて、まさに冒険者って感じの女性。
私もあんなふうになりたかった……。
それから、いつものようにティアとテルマちゃんに挟まれて、ぐっすり眠った翌朝のこと。
まどろみの中で目を開けると、いつものようにテルマちゃんが私の顔をのぞきこんでいました。
「おはようございます、お姉さまっ」
「……ぅん、おはよ……」
ちゅっ。
「えひゃっ!?」
なんとなくしたくなったので、テルマちゃんのほっぺにちゅーです。
恥ずかしがる顔が見たくって、近ごろときどきやってしまうのです。
「お、お姉さまっ!?」
「えへへ、嬉しい?」
「もうっ、もうもうもうっ!」
真っ赤になっちゃって、かわいいなぁ。
攻められると弱いんだから。
「トリス」
「ふぇ……?」
ちゅっ。
テルマちゃんをいじって遊んでたら、今度はティアのくちびるが私のほっぺに。
「おはよう。いい朝ね」
「う、うん。……不意打ちはズルだよぉ」
「いいじゃない。ねぇ、テルマ」
「よくないです! テルマもお姉さまのほっぺにちゅーしますっ!」
そして始まるテルマちゃんのちゅっちゅ攻撃。
愛情たっぷりな朝をむかえつつ、またも思い出す湖の恋人岬伝説。
私とティアとテルマちゃん、三人で……ってのもいいかなぁ、とか最近思ってるわけですが、これって許されるのでしょうか。
どうなのでしょう。
「……さ、朝食をとって、今日も調査といきましょう」
「聖霊デュラハン、今日こそ見つけたいですね!」
「うんっ。まずは聞き込みでも――」
『うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
「……っ!?」
またもや悲鳴、ですか!?
今度も男のヒトの叫び声。
宿の一階、客間から聞こえました。
ティアとテルマちゃんとうなずき合って、部屋を飛び出して声のした部屋へ。
開け放たれていたトビラから、中をのぞくと。
「う、そ……」
昨日元気な姿でいたはずのモルナさんが、そこにいました。
首をもぎ取られて鮮血をまき散らした、無残な死体と変わり果てて。