10 憑いてきちゃった
ブランカインド流葬霊術、葬送の灯。
墓標のように突き立てられた十字架を中心に展開される光の魔法陣。
そこから空へと伸びる光の道は、何度見てもキレイです。
あぁ、でもまたなんだなぁ。
フレンちゃんと別れた丘の上で、またお別れをしなきゃいけないんだ。
せっかくテルマちゃんと仲良くなれたのに……なんてワガママ、ダメダメ!
きちんと見送ってあげないと。
「……まずはコイツね」
最初にティアナさんが取り出した、悪霊入りの棺。
そいつが生前どんなことをやらかしていたか、私よぉぉく知ってますよ!
「ティアナさん、そいつとっても悪いヤツです。生きてたころから動物殺したり、殺人したりしてました」
「そう。なら煉獄すら通さないわね。地獄に直行。浄化の炎が生ぬるいレベルの獄炎で、未来永劫焼かれ続けるわ」
「えぅっ」
ちょ、ちょっとだけ悪霊に対する怒りが薄れました。
ほんのちょびっと、ほんのちょびっとだけですけれどっ!
「では葬送るわ。あの世で大変な目にあってきなさい」
魔法陣の上に棺をかざして開封。
半分の悪霊が飛び出して、光の道へと吸い込まれていきます。
『あえぇぇぇぇぇぇ? どこいくのぉぉぉぉ??』
『どこだろうねっ、どこなんだろうねぇぇぇぇ』
さらば悪霊、お達者で。
同情しないよ、これっぽっちも。
「さて、お次はこちらの棺。おごそかに出棺といきましょう」
「そうだね……。ほら、テルマちゃん」
「……はい、見送りましょうお姉さま。って、テルマもすぐ追いかけるんでしたっけ」
さみしそうに笑うテルマちゃん。
棺が開けられて、光の道を魂たちがのぼっていく光景を見上げながら、どんなことを思っているんだろう。
500年もいっしょにいた人たちだもんね。
想像すらできないや。
「取り込まれていた霊たちが元の姿に戻るには、それなりの時間が必要よ」
「別れの言葉、交わせないんですね……」
「えぇ。でも安心して。あの世で過ごしていく中で、じきに元へと戻っていくから」
なら安心、かな。
テルマちゃんもこれからあっちに行くんだもんね。
またお仲間さんたちと、いっしょに過ごせる日が来るんだ。
「最後はあなたね。この世への未練、もういいかしら?」
「……はい。無いって言えばウソになっちゃいますけど、最期にこんなキレイな空を見られましたし」
光の道がのびていく夕焼けは、たしかにとってもとってもキレイで。
テルマちゃんの姿と合わせて、まるで天使が降りてきたみたいだった。
「それに、最期にお姉さまにも会えましたから」
今にも消えてしまいそうな儚い笑みを浮かべるテルマちゃん。
ゆっくりと魔法陣の上に歩いて行って、こちらをふり返ります。
抱きしめたくなっちゃうところ、未練になっちゃダメだからグッとガマンしなきゃ。
「それでは――」
「あの、ひとつだけ聞きそびれちゃったこと、聞いてもいい?」
「はい、なんでも」
「どうして、『お姉さま』なの?」
テルマちゃんのお姉さま、別にいるはずなのに。
どうして私のこと、お姉さまなんて呼んでくれているんだろう。
「……。――つい口から出ちゃって、そのまま呼んじゃってましたっ。ごめんなさいっ」
「えぇっ!? 他のひとのことお母さんって呼んじゃうようなアレ!?」
「そういうことですっ。……それでは」
私に憑いたときと同じように、テルマちゃんが光の粒に変わって消えていきます。
足先から頭にむかって、だんだんと。
「会えてとっても嬉しかったです。お姉さま……」
やわらかい微笑みを残して、最後に顔も消えてしまって。
すべてが終わったあと、ティアナさんが十字架を地面から引き抜きます。
光の道はウソみたいに消えて、十字架をかつぐティアナさん。
「行くわよ、トリス。もうそこには誰もいない」
「はい……」
少し名残惜しいですが、仕方ありません。
ティアナさんといっしょに、生きてる人が暮らすべき街へと降りていく私です。
「あ、そういえばティアナさんにも聞きたいことが。どうして呼び捨てになってるんです?」
「……必死で探して呼びかけているうちに、いつの間にか呼び捨てに。嫌だったかしら」
「嫌じゃないです、ぜんぜんちっとも嫌じゃないですよっ!!」
★☆★
ダンジョン探索、とっても疲れます。
体のあちこちが痛くなるし、泥とか土で体や髪が汚れるし。
だから探索から帰ったあとの、リフレッシュの時間がとっても大事だと思うのです。
ということで。
宿に戻った私が最初にすることは、ズバリ入浴!
「お風呂がある宿でよかったぁ」
お風呂ナシって宿なんか、ザラにありますからね。
ティアナさん、ナイスチョイスです。
「あとでお洗濯もしなきゃねぇ」
脱衣かごにローブを脱いで、インナーのぴっちり服も脱いで。
髪を下ろして下着も外すと、スキップ交じりに浴室へ。
中はじゅうぶん広くって、他にお客も入ってません。
貸し切り状態、思う存分ゆっくりできそう。
「さて、湯船につかる前に。まずは体をキレイにしなきゃだよね」
風呂桶にお湯をついで、体にザバーっとかけてからイスに着席。
体を泡でキレイにして、ついでに髪も洗っちゃおう。
目をつむってわしゃわしゃ泡立てます。
このお湯があたたかいのは、冒険者がとってきた『マナソウル結晶』で動く魔力窯のおかげ。
泡の元になっているシャボン草を採取してくるのも、危険な生息地に行ける腕っぷしの強い冒険者たち。
誰かの役に立ててるって、やっぱりうらやましいです。
(私もティアナさんの悪霊退治を手伝っていれば、ヒトの役に立てるのかなぁ)
わかんないけどやるしかない。
お湯で頭の泡を流して、軽くぬぐってから目を開けます。
すると。
満面の笑みを浮かべた女の子の逆さの顔が、目の前にありました。
「ひ――っ」
私の真後ろに立ってから腰を曲げて、顔を覗き込んでいるはずの体勢。
ところが、腰を抜かしてイスから落ちて後ずさってもぶつからない。
やっぱり、幽霊……!?
「……って、あれ?」
逆光とか不意打ちとかでとっても不気味に見えた顔、よーく見たらとってもかわいい。
というか、とっても見覚えが。
「テルマ、ちゃん……?」
「え、えへへ。テルマです……」
★☆★
「……どういうことなの?」
ご立腹のティアナさん。
そりゃそうだ、あの世に送ったはずのテルマちゃんがいるんだもん。
経緯を説明しますと、すぐにお風呂を上がった私は、テルマちゃんを連れてティアナさんの泊まる部屋へ。
どういうことなのかと質問して今に至ります。
というか、このヒトもどういうことなのかわかってないんだね。
「昇天したフリをするなんてね。悪霊共のように強制的に葬送ってやればよかったかしら?」
「ま、まぁまぁまぁ。なにか事情があるんだよね? ね?」
「……はい。じつは」
怒られたわんこみたいに背中を丸めるテルマちゃん、やっぱり事情があるようです。
「じつはですね、お姉さまに憑依したときに事故が起こってしまったみたいで」
「事故?」
「魂の一部がお姉さまの肉体に『紐付け』されてしまって、一定の距離以上離れられないようなのです」
「えぇっ!?」
そ、そりゃ一大事!
このままじゃテルマちゃん、あの世にいけないってことじゃん!
「ティアナさん、なんとかしてあげられません? これじゃあテルマちゃんがかわいそう……」
「はぁ……。本当にお人よしね、トリスの問題でもあるというのに」
「私は……、いいんです。憑りついてって言ったときから覚悟の上ですからっ」
ああしてなきゃ、私もテルマちゃんも悪霊の餌食だったし、後悔なんてこれっぽっちもしてません。
「……魂が肉体に紐付けされた、と言ったわね? たとえば私の剣で、その根本を断ち切れば解決するわ。ただし、切り離せても両者の魂が完全な状態に保てるか、保証はできない」
「そう、なんですか……」
「他に安全な方法があるかもしれないけど。つまり、当面はこのままね」
……ということで。
これからはテルマちゃんといっしょに行動することになりました。
手放しで喜べる状況じゃないけれど、まだまだいっしょに居られることが、ちょっと嬉しかったり。
「――でも、気をつけなさい。前にも言ったことだけれど、霊はとっても不安定な状態なの。ほんの少しのきっかけで『歪み』が生じるかもしれないわ。……いえ、本当はもう生じているかもしれない。本人に自覚のない、ほんの小さな『歪み』でも」
「そんなテルマちゃんに限って。平気だよっ。ね、テルマちゃん?」
「ちょ、ちょっと自信ありませんが、でもテルマはテルマですから! ご迷惑、おかけしないよう頑張ります!」
★☆★
――本当は、わかっていました。
葬送の前から、お姉さまから離れられなくなっていたことを。
ダンジョンにフタをされて、外にも出られなくなって、少しずつ仲間も減っていって、最後にはみんな食べられた。
ひとりぼっちで泣いてたテルマに手を差し伸べてくれたお姉さま。
憑りついたとき、感じました。
お姉さまの体に入って、まるで『お姉さま』に抱きしめられているように安心したのです。
だから離れたくなかった。
離れられなくなったことを知ったとき、『うれしかった』テルマは悪い子でしょうか。
黙っていたテルマは、とっても悪い子なのでしょうか。
でも仕方ありませんよね、だってこんなに、こんなに大好きになってしまったんですもの。
眠ってしまったお姉さまの髪に鼻を近づけて、大きく息を吸い込みます。
息してませんが、感覚的なもので。
「すぅぅぅぅぅーっ……、はぁっ。いい匂い……」
テルマ、おかしくなってしまったのでしょうか。
『歪んで』しまったのでしょうか。
離れたひょうしに枕元に落ちた、お姉さまの一本の髪の毛。
そっと拾って、着物のそでにしまいます。
無くさないように、落とさないように。
「髪の毛、もっと欲しいです……。髪だけじゃなくて、もっと、もっといろんなものを……」
テルマ、とっても悪い子ですね。
だけど、仕方ないのです。
抗いがたい、生まれてからも死んだあとでも感じたことのない、この気持ち……。
「愛してますよぉ、お姉さまぁ。うふふふふっ……」