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01 見えすぎて追放されました



 小さいころから『見えてた』わけじゃない。

 見えるようになったのはごく最近、田舎の村から出てきてから。


 立派な冒険者になりたくって村を飛び出して、なんとかパーティーに入れてもらって。

 最初に冒険したダンジョンで『見えちゃった』のが最初だった。


 それ以来、いろんな場所でハッキリクッキリ見えるようになっちゃって……。


「ねぇもうほんとヤダ! この子クビにしてよ!」


「ごめんなさい……」


 ついに、とうとう、怒られてしまいました。


「ダンジョンの探索中にさぁ、物陰に血まみれの男がぁ、とか、黒い影が誰々についてきてる、とか! 本ッ当にありえない!!」


「無意味に驚かせてしまい、大変申し訳なく思っています……。でも、その、見えちゃうものはしょうがなくて……。本当に危なそうだったし……」


「ま、まぁまぁ。トリスちゃんも悪気があったわけじゃないんだから。ね?」


 酒場の喧騒に負けない勢いで顔を真っ赤にして怒るパーティーメンバーの魔法使いマーシャさんに、私はぺこぺこ平謝り。

 私の唯一の親友である治癒術師ヒーラーのフレンちゃんがなだめてくれてますが、ちょっとコレ収まりそうにない、よね……。


 あ、申し遅れました。

 私の名前はトリス・カーレット。

 ごく普通の村出身の、ごく普通の女の子です。

 ……『特別な眼』を持つこと以外、ごく普通です。


「とにかく! もうこの子とダンジョンに潜るの嫌! ことあるごとに脅かしてくるし!」


「落ち着いて。トリスさんだって魔物うごめくダンジョンで怖い思いをしてるだろうし、極限状態での見間違いだってあり得るよ」


 パーティーの前衛、細身の優男ながら歴戦の戦士であるケインさんが間を取り持ってくれて、これで一安心。

 ……かと思いきや。


「――そうだよね?」


「え、あの……」


 ジロリとにらみつけてくるケインさん。

 たしかな圧を感じるよ、穏やかな口調の中に圧を、圧をぉ……っ。


「えと、あの、ほんとに、見えて……」


「俗にゴーストと呼ばれているモンスター、いるね? アレはダンジョン内のガスや霧に魔力が反応して生まれたガス状生命体だ。幽霊じゃない」


「ゴーストとかレイスじゃなくて、ぜんぜんちがくて……」


「スケルトン、ゾンビと呼ばれるモンスター。アレも死にたての死体や白骨死体に魔力が宿って動き出したものなんだ。動く石像(リビングスタチュー)動く鎧(リビングアーマー)と理屈は同じさ」


「あの、そういうのとも違――」


「幽霊なんていないんだ。いいね?」


 歴戦の戦士の圧が、圧がすごい……!

 いないって認めなきゃこれ以上パーティに置いてやらないぞ、って感じの雰囲気だ……。


 私の役目は感知要員であって、戦闘員じゃない。

 いればとっても便利だけど、いなけりゃいないでなんとかなる程度のポジション。

 自分で言ってて悲しくなるね……。


 じゃあなんでパーティーに置いてもらえているかというと、街に来てから知り合った親友、フレンちゃんのおかげ。

 でも、いい加減フレンちゃんでもかばいきれない雰囲気だよね……。


 よ、よし。

 ここはウソでも、幽霊なんていないって言っちゃおう。

 これからはずーっと見えないフリをすればいいだけだ、うん。


 幽霊だってきっと危害は加えてこない。

 自分から干渉してくる幽霊なんて見たことないし、見えるだけで無害な存在だと信じよう。

 それで万事解決っ!


「……は、はいっ。幽霊なんていないで――」


「あの、すみません。ちょっとよろしいでしょうか」


「はい?」


 耳元で声をかけられて、右に首を回す。

 すると。


「――ひぅっ」


 黒目だけの目を大きく開いた、頭から血を流したおじさんが、私のことを至近距離でじっと見ていた。


「縺輔s縺壹縺九oがどこにあるか、知りませんか?」


(き、聞き取れないよぉ……!)


「縺輔s縺壹縺九oです、知りませんか?」


「し、知らないっ、ですっ」


「そうですか、ありがとうございます」


 血まみれのおじさんは頭をさげたあと、ふらふらと別の席へ歩いていって、


「あははっ、その話ウケるーッ!」


「すみません、縺輔s縺壹縺九oを知りませんか?」


 談笑してる冒険者の女の人の耳元に顔を寄せて、さっきと同じ質問してる……。


「その男、ゾンビ見てチビるとか情けなさすぎ! もう別れちゃいなよー!」


「聞こえていないのでしょうかねぇ、ちょっと失礼しますよ」


 ずぶ、ずぶ……。


 なにあれ、なにあれぇ……!

 なんか女の人の背中から、中に入っていってるぅ……!

 そ、それに、話しかけてくるタイプなんて初めてだよおぉ……。


「……トリスさん、誰と話していたんだい?」


「誰って、血っ、血まみれのっ、血まみれのおじさんですよおぉ……っ」


「血まみれの、おじさん……?」


「……あっ」


 しまった、やっちゃった。

 血まみれおじさんのこと、あまりに怖すぎてうっかり口走っちゃった。

 そもそも私、虚空にむかって会話してたように見えてたんだよね……?


 おそるおそる視線をもどすと案の定、ケインさんにおかしなものを見る目をむけられてる……。

 フレンちゃんもオロオロ。

 マーシャさんに至っては青ざめてるし。


「ちょ、ちょっと! ホントいいかげんにして! アタシがそういうの苦手って知ってておちょくってるの!?」


「け、けっしてそういうわけでは……」


「……はぁ」


 あっ、ふかいふかーいため息がケインさんの口から。

 終わった、終わりました。


「あ、あの、トリスちゃんきっと疲れてるんだよ。だから、ね? せめて少しだけお休みをあげるとか……」


 この期におよんでかばってくれるフレンちゃん。

 あたたかい友情に涙が出そうになるけれど……。


「……パーティーのリーダーとして判断させてもらうよ。わずか数回のダンジョン探索で恒常的に幻覚を見るほど弱ってしまうような人間を、これ以上仲間に入れておくわけにはいかない」


「……はい」


 観念しました。

 追放、確定です。


「トリスちゃん……」


 もういいよ、フレンちゃん。

 これ以上私をかばったら、フレンちゃんの立場まで危うくなっちゃうよ。


「幸いキミは容姿もいい。冒険者になどならなくても、食い扶持に困ることはないだろう」


 それって体でもなんでも売れってことですかね?

 ちょっとひどくないですか……?


「はっ、せいせいするわ。大体、最初から気に入らなかったんだよねぇ。男受けバリバリ意識したような態度とかさぁ」


 そんなの意識したことないです。

 男の人は苦手ってわけじゃないですが、好きになったこともありませんし。


「ね、ケインももういいでしょ? 関係ないヤツはもう放っておいて、今日の探索の話をしよっ?」


 ケインさんの腕をとってもたれかかって、体を押し付けるマーシャさん。

 あなたの方がよっぽど媚び媚びだと思います……とか、言ったら怒られるよね。


「あぁ。メンバーが一人欠けたことだし、予定の大神殿は後日にして『ウィスタ坑道』に行くとしよう」


「りょうかーい。ほらほら、フレンもさっさと行こう。そんなヤツのこと忘れてさ」


「え、えっと……」


 フレンちゃんが困ったような表情カオで私の顔色をうかがってきたから、ふるふると左右に首を振った。

 もういいよ、もうかまわなくっていいよ、って。


「……ごめんね」


 連れだって酒場を出ていくケインさんとマーシャさん。

 一言謝って、フレンちゃんも二人を追いかけて小走りで去っていった。


「……はぁぁぁぁぁぁぁ」


 なんかもう、どっと疲れがやってきた。

 ため息を垂れ流しながらテーブルに突っ伏して、視線は血まみれおじさんが入っていった女の人の背中へ。


「うぅぅぅ、おじさんのせいですよ……。うらめしやぁ……」


 なんてつぶやいたら。


 にゅるり。


 女の人の背中からおじさんが出てきた。

 よっこいせ、って感じで。


「縺輔s縺壹縺九oのこと、この人も知りませんでしたねぇ」


 うん、どうやら知らなかったっぽい。

 あのおじさんがなにを探しているのか、そもそもさっぱりわからないのだけれども。

 血まみれおじさんは首をひねりつつ、酒場の外へと出ていこうとして、突然立ち止まる。


(な、なに……?)


 思わず上体を起こして身構えた、その直後。

 おじさんはエビぞりに体をのけぞらせて、


 にゅるんっ。


「本当に知りません? 縺輔s縺壹縺九o」


 私の目の前、息がかかりそうなほどの距離まで、首を伸ばしてきた。


「ひきゅ……っ」


 上下逆さになってるおかげで、頭から垂れてる血が床にぽたぽた、ぽたぽた。

 本当に怖い時って悲鳴も出ないんだね。

 のどにつまってくぐもった感じの声が、口の中から小さく漏れる。


「し……っ、知り、ません……っ、本当にっ」


「そうですか……。あなたも探した方がいいですよ、縺輔s縺壹縺九o」


 うにょおん。


 首をもどしたおじさんが今度こそ酒場を出ていった。

 今の私、きっと涙目です。


「……うっ、ぐすっ。なんであんなの見えちゃうのぉ……! そのせいで変な子扱いされちゃうし、パーティー追い出されちゃうしぃ……!」


 見えちゃう理不尽とか、信じてもらえない悲しみとか、そんなのに襲われて泣き出しそうになったときだった。


「ねぇ、知ってる? ウィスタ坑道のウワサ……」


 そんな話し声が、私の耳に入ってきちゃったのは。



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