5 雑草魂 ※ ローラ・バレンタイン男爵令嬢視点
殿下と初めてお会いしたのは王都のとある路地の一角でした。
あの頃はまだ平民として生活をしていたわたしは、近道をしようといつもは通らない薄暗い場所を通っていました。
運悪く暴漢に襲われそうになったところ、たまたま通りすがられた殿下とその腕利きの護衛騎士のお蔭で助けていただきました。
このときわたしは、絶対に殿下に恩返しをしたいと心に誓いました。
その後、わたしがとある貴族の血筋であること、具体的には既に亡くなっているわたしの実の父が貴族の子弟であったことが判明し、その貴族の本家筋にあたるバレンタイン男爵家に養女として迎え入れてもらうことになりました。
それからしばらく経って殿下に協力する役をする貴族の子女を探しているという話をお義父様から聞き、わたしはそれに率先して協力したいと申し出ました。
わたしは王立学院に編入して1年間、殿下の近くで過ごすという夢のような生活を送らせていただきました。
本来であれば卒業パーティーのあの夜で殿下との関係は終わるはずでした。
殿下との間で結んだ契約はそれまで。
それでわたしの恩返しは終わる。
そのはずでした。
しかし、それで終わりではいったい誰が殿下をお救いするのでしょうか。
本当の意味で殿下に恩返しができたと言えるのでしょうか。
最近貴族の世界を知ることになったわたしには貴族社会で何か大きな動きがあることだけはわかるのですが、それが一体どういう意味をもつのかまでは理解できません。
それでもわたしの中のわたしが叫ぶのです。
殿下を一人にするな、と。
幸いわたしはあの舞台で殿下に婚約を宣言された婚約者という立場です。
わたしはお義父様にお願いしました。
殿下を追わせて欲しいと。
お義父様は今回のことで王家に対する忠義を果たせたことをお喜びになる一方、そのためにわたしにとんでもない汚名がついたことにひどく心を痛められていました。
お義父様はわたしの意思を十分に尊重するとおっしゃいました。
そうして殿下の馬車の旅に婚約者だからと言い張って半ば無理やりついてきて5日。
ずっと殿下を観察してきましたがあんなことがあったのに殿下の心の中にはまだシャーロット様がいらっしゃるようです。
殿下が肌身離さず身に付けていらっしゃるペンダントの中にはシャーロット様の絵姿が描いてあったのを以前に見たことがあります。
殿下はときどきそれをぼーっと眺められているときがあります。
そのお姿を見ているとなんだかモヤモヤします。
そして最近、そのモヤモヤの原因が分かりました。
いえ、本当はその前から分かっていたはずでした。
わたしが分からないフリをしていただけ、その気持ちに蓋をしていただけでした。
認めるしかありません。
わたしは殿下のことを異性としてお慕いしているのです。
今はまだ殿下の心の中にはシャーロット様しかいらっしゃいません。
ああ、確かに殿下のおっしゃったように、愛する人が隣にいるのにその人からの愛が得られないというのはかくも辛いものなのですね。
わたしがその痛みを受けたからと言って殿下のお気持ちが癒されるわけではありません。
しかし、その辛さもこれまで殿下が受けられてきた心の痛みだと思えば、殿下の御心を知る一助になることでしょう。
わたしは殿下の御心に一歩でも近づけたでしょうか?
いつか殿下の御心からシャーロット様を追い出して差し上げます。
元平民、平民育ちのわたしは雑草の様にしぶといのですから。
お覚悟下さい、わたしの愛しい婚約者様。