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王太子殿下は真実の愛を貫きたい  作者: コーヒーまめ
4/6

4 この名が地に落ちようとも  ※ カルロス元王太子視点

 


――ガタガタガタガタ



 デコボコの街道を進む馬車の窓から外を眺める。


 王都を出発してから早五日になる。


 当初は窓から見える景色を楽しめたものの今や飽きてしまって目には映っても頭がそれを認識していない。


「殿下、殿下!」


「ああ、すまない。何だ? それと、もうわたしは殿下ではないぞ」


「殿下は殿下です。リンゴを剥きましたのでどうぞ」


 そう言ってわたしにリンゴを渡してくれたのはあの夜、わたしと婚約したことになったローラ・バレンタイン男爵令嬢だ。


「もう貴女との契約は終わっている。今更だがわたしについて来る必要はないのだぞ」


 ローラ・バレンタイン男爵令嬢とは契約を交わしただけの間柄。


 王立学院の最後の一年間、わたしに付きまとい、最後にわたしに求婚されるという一緒にピエロとなる役を演じる。


 ただそれだけの、しかし、この国の命運を左右する大事な役柄。


 まともな貴族の御令嬢であればこの話を持ち掛けただけで愚弄されたと怒りに震えるだろう。


「ご冗談を。貴方様に求婚されわたしはお受けしたのですからどこまでもついていきます」


「わたしには貴女の人生に対して責任がある。好きにしたらいい」


 当初わたしと護衛騎士だけで向かうはずだった辺境の領地。


 出発の日に王城に押し掛けて来たのは身の回りの物だけを鞄に詰めてやってきた彼女だった。


 そのときのことを思い出しながらわたしは再び窓の外へと視線を向ける。


 わたし自身、まったく覚えていないのだがローラ嬢がまだ平民として生活をしているとき、暴漢に襲われたところたまたまお忍びで城下を回っていたわたしが助けたことがあるらしい。


 何度かそういった場面に出くわしたことがあったが、そのとき助けた人のことをよくは覚えていない。しかし本人がそう言うのであればそうなのだろう。


 バレンタイン男爵家は身分こそ高くはないが王家への忠誠が厚い古くからの家だ。


 そんなバレンタイン家に対して今回のピエロ役となってもらえる御令嬢に心当たりがないかを聞いて紹介されたのがたまたま彼女だった。


「わたしは元々平民ですのでなんてことはありません。お気になさらず」


 わたしは王太子の地位を剥奪され王になれなかった愚か者として王国史にその名が永遠に刻まれるだろう。


 我が名が地に落ちるその覚悟はできている。


 国王の息子として生を受けた以上、この国の未来と引き換えに我が身を窶すというのであればそれは望むところだ。


 しかし彼女は、彼女にはその責任はない。


 愚か者を誑かした悪女として未来永劫その不名誉の誹りを受けることになる。


 貴族にとっては死ぬことよりもつらいはずだ。


 幸か不幸か、それともやせ我慢かはわたしに知る由もないが本人がそう言うのであればわたしが口を挟む必要はない。


「未だに身分の高い皆様の考えていることは分かりません。殿下はシャーロット様がお好きだったのでしょう? なぜ手放すようなことを?」


「わたしが好きな女性が、わたしの妻となろうという女性がいつも見ているのがわたしではなく別の男だった。シャーロットはそれでもわたしに嫁げば間違いなく貴族の令嬢としての務めを果たしてくれただろう。生き人形の様に間違いなくただ粛々と」


「…………」


「わたしも彼女を愛していなければそのことに何も思わなかっただろう。しかし、私は彼女を愛してしまった。だからこそ、わたしは、わたしも彼女からの愛が欲しかった」


「殿下……」


「彼女に振り向いてもらおうとわたしなりに努力はしたつもりだ。しかし、彼女の目にはわたしは映っていなかった。王立学院を卒業する1年前を期限として頑張ったつもりだが結局それまでに彼女の瞳に私が映ることはなかった。愛する人が隣にいるのにその人からの愛は得られない。それはわたしにとっては拷問だ。申し訳ないが弱いわたしにはそれを耐えることはできない」


 わたしは自嘲するようにそう吐き捨てた。


「それだけではないでしょう?」


「……何がだ?」


「シャーロット様は愛されていますね。殿下はご自身が身を引きシャーロット様がその誰かと添い遂げることができるようにとも思われたのではないですか?」


「そこまでお人好しではないつもりだ。あくまでも……」


「殿下、ここにはわたししかいません。ここまで来たら一蓮托生じゃないですか。殿下はシャーロット様を愛していたが故に、シャーロット様が本当に好きな殿方と結ばれてお幸せになるようにとお考えになったのではないですか?」


「愛する人を王太子となったにも拘らず何かの理由で廃嫡されることになる哀れな男の妻とすることが忍びなかっただけだ」


「本当に?」


 ローラ嬢がわたしの瞳を覗き込む。


 純粋で澄んでいるその瞳に思わず吸い寄せられそうになる。


「……愛する人には本当の意味で幸せになって欲しい。それができる者がわたしではなく、わたし以外の他の者だったというだけだ。わたしにはこの身を引くということしかできなかったに過ぎない」


 わたしはそう言い捨てると再び馬車の窓から再び外を眺めることにした。


 顔が熱い。


 言わなくてもいいことまで言ってしまった気がする。


 チラリとローラ嬢を盗み見る。


 わたしの答えに満足したのだろうか?


 彼女は鼻歌を歌いながら再びリンゴを剥き始めた。

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