3 真相 ※ フィリップ・アーノルド公爵家当主視点
「陛下、只今参内致しました」
あの騒動からしばらく経ったある日。
王城の中のとある一室へとわたしはやってきた。
その部屋の中には主君である国王陛下、そして新しく王太子になられたレオンハルト第二王子殿下、そしてつい先日廃嫡されたばかりの第一、いや元第一王子殿下のカルロス殿の姿があった。
「今回は貴殿にも迷惑を掛けたな」
「陛下、滅相もございません!」
陛下に頭を下げられわたしは慌ててそれを制した。
「よいのだ。これも余が情けなかったのが悪いのだ。本来であれば余の手で決着をつけなければならなかった。それができなかったせいでカルロスの人生ばかりかその名誉をも傷つけてしまった。余は国王として、父として失格だ」
「陛下……」
わたしはそれ以上声を掛けることができなかった。
それを言えば国王陛下を支える家臣として陛下をお助けできなかったわたしの責任でもある。
「兄上の失脚により保守派は総崩れです。内部は大混乱で足の引っ張り合いが始まっています」
レオンハルト殿下が現状を簡潔にそう説明された。
「内部告発もかなりの数に上るようだ。元々保守派内部は腐りに腐っていた。これは王太子殿下の腕の見せ所だな」
「兄上、冗談は止めて下さい!」
カルロス殿は清々とした表情で楽しそうにそう言われた。
陛下に殴られた頬にはまだ青黒く痣が残っている。
事前にカルロス殿から陛下に狂言がバレない様に全力で殴ってくれと言われていたそうだがそれでも見ていて痛々しい。
「兄上、今からでも遅くはありません。やはり兄上が王太子となり次期国王となられるべきです」
「レオン、その話はもう何度もしただろう。保守派の象徴であるわたしが王家に残るわけにはいかない。わたしは保守派の連中を道連れに表舞台から去る。それは覆らない」
「っ……」
レオンハルト殿下が唇を噛みしめ、拳をぎゅっと握られる。
この国はもう数十年前から強固な身分制の維持を基本とする保守派と古く硬直的な身分制度を大幅に緩和することで身分に拘わりなく能力のある者を取り立て国力を高めようと主張する改革派との争いが長く続いていた。
その争いは現国王陛下の妃選びにも顕著に現れている。
保守派の筆頭格であるレグナム侯爵家から第一王妃殿下が、改革派の筆頭格であるノートン伯爵家から第二王妃殿下が嫁がれ、それぞれカルロス殿とレオンハルト殿下がお生まれになった。
ここにいらっしゃるお二人はそれぞれの派閥が担いでいるいわば神輿である。
どちらが次期国王になるのかという話は当然以前からあった。
お二人とも極めて優秀であり能力に大きな違いはなくその点で差は付かなかった。
若干レオンハルト第二王子殿下の方が優れているという指摘はあったが順序を覆すには至らず第一王子であるカルロス殿が立太子していた。
保守派の筋書きではカルロス殿には中立派とされていた我がアーノルド公爵家からシャルロットを嫁がせ、その態勢を盤石にするという手筈だった。
カルロス殿は将来カルロス陛下となりカルロス陛下の後ろ盾である第一王妃殿下のご実家であるレグナム侯爵家が権勢をふるい保守派は安泰、そうなるはずであった。
しかし、保守派の読み違いがあるとすれば、それは皮肉なことにカルロス殿が想像以上に聡明な方だったということだろう。
この国の抱える問題点をわたし以上に理解されていた。
そして、本当にこの国のことを考えるのであればご自身が国王になるべきではないことも。
この国に渦巻く旧来の身分制度や利権にがんじがらめにされ、国王であるとはいえにわかに手を出すことの難しいことがあった。
現国王陛下も少しずつそれを是正されてきたのであるがこのペースでは台頭しつつある他の国に国力で大きく差をつけられてしまうだろう。
この国の舵取りを大きく変えようとするのであればまさに今しかなかった。
本来、このお二人がこうして一緒に談笑することさえあり得ないことだ。
「母上には申し訳ないことをしたと思っている。親不孝者であるわたしは地獄に落とされるであろうな」
「…………」
「…………」
「……すまぬ」
カルロス殿が正式に廃嫡となったことでクラウディア第一王妃殿下は失意のあまり臥せっておられる。
わたしもレオンハルト殿下も言葉を発することはできなかった。
陛下は絞り出すような声でただ一言謝罪された。
「まあ、いいさ。いずれにしてもわたしは王都を去る身。レオンハルト、いや失礼、王太子殿下、この国をお願い致します」
「兄上……」
カルロス殿は明日にも辺境の領地に向けて出発される。
同行するのは数人の護衛のみ。
いや、監視役となる騎士たちだけだ。
話が終わるとまず陛下が部屋から退出され、続いてレオンハルト殿下も部屋を出られ、この部屋にはわたしとカルロス殿の二人だけになった。
カルロス殿が最後にわたしと一対一で話をしたいと事前に言われていたのだ。
「お義父様とお呼びしたかったのですが申し訳ありませんでした」
「いえ、これもやむを得ない話……」
わたしはカルロス殿がシャルロットを好いていることに気付いていた。
カルロス殿の視線は常にシャルロットを追っていた。
当のシャルロットはまったく気付いていなかったことも。
しかし、それも仕方がないだろう。
シャルロットの目にはとある一人の姿しか映っていなかったのだから。
「わたしが言えた義理ではありませんがシャルロットの様子はどうでしょうか?」
「最初は意気消沈しておりましたが、今は元気になりました」
「そうですか。それは良かった……」
カルロス殿はそう安堵の表情を浮かべた。
「それから……」
一瞬、言葉が詰まる。
この話をカルロス殿にするべきかどうか迷った。
しかし、伝えることにした。
「シャルロットの結婚相手が決まりました」
カルロス殿のコメカミがピクリと動いた。
「そう、ですか……」
泣き笑いのような何とも言えない表情をされわたしの心も締め付けられた。
「それでどの家の方と?」
「平民です。我が家が召し抱える執事であり執事長の息子です」
「それはシャルロットの?」
「ええ、本人の希望です」
「そうですか。では彼と……、それは良かった」
カルロス殿は一言そう言われるとわたしに一礼して部屋を出ていかれた。