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ただ、「な、なぜ、勝手にバルサ王国騎士団が入ってきたんだ!?」と、エリンドの言葉で騎士達はすぐに動きを……いや、気品ある服装をした美丈夫が前に出てきたことで動きを止めたが。
「メリー・ロルイド伯爵令嬢に用がありまして」
それは私も……
「お前、まさか何かしでかしたのか!?」
いや、やっぱり止まることはなかったけれど。
「してませんよ」と、エリンドの方をすぐさま向き、むしろしているのはあなた達の方でしょうが、と内心突っ込みをいれていたから。
そして口に出さないのはそう思っていても他人事のように大袈裟に驚くアマリリスにニヤニヤする侍女達の姿を視界に映していたので。言ったところで無駄かと。
ああ、それと怒った顔で懲りもせずにまたこちらに手を伸ばしてくるこの人もか……
そう思って再び痛い目にあってもらおうと魔力を高めた直後、エリンドの腕は美丈夫により掴まれてしまう。
「勘違いしないで頂きたい」
「じ、じゃあ、なんなんだ?」
「特命ですから言えません」
「特命? 王命より上の?」
「ええ、だから、何も言えません。なのであなた達は静かにしていて下さい。これも特命なので」
そう言うと美丈夫は掴んでいた手を離してこちらに向き直る。エリンドと話す時の態度とはうってかわり柔らかい表情で。
「今はルーベントとしか名乗れません。メリー・ロルイド伯爵令嬢、ご同行をお願いできますか?」
特命ですと言わずに….と、私は頷く。
「メリーで良いですよ。もちろんです、行きましょう」
なんとなく理由はわかってしまったから。エスコートするように歩きだす美丈夫……ルーベントの背中を見ていたらなおさらと、私も歩き出す。
すぐ立ち止まってしまうが。
「メリー! あなた遂に捕まってしまうのね! ああ、なんて可哀想な子なのおぉぉ!」
特命で静かにしろと言われていたのにアレッサがこちらに駆け寄ってきたから。全ての悲しみを背負って生きてますみたいな表情を浮かべ……
ああ、もちろん、裏の顔は楽しくて仕方ないだろうけれど。
そして、それもバレてると。
何せ、ルーベントが淡々とポケットから懐中時計の様なものを取り出し、アレッサの方に向けたので。
「なるほど、手紙の通りだな……」
しかも、そう呟くなりアレッサを無視して私にアイコンタクトをするなりさっさと歩き出してしまいも。
騎士達と一緒に……と、私は少しだけ振り向き、不満気な表情を向けてくるアレッサに口を開く。
「特命がなんなのか後ろにいるお父様に聞いておきなさい。自分がした事がどれほど馬鹿なことかわかるから」
そして、アレッサが何が言ってくる前にさっさと家を飛び出しも。
ルーベント達よりも先に……と、後ろを振り向く。
「なかなか、お強いですね」
そう言って興味深そうに見つめてくるルーベントに肩をすくめも。
「そうじゃないと、ここではやっていけませんでしたから」
「……そうでしたか。でも、これからは」
そう言うないなやルーベントは私を守るように立つ。彼らから守るように….と、私は後ろから飛び出すと近づいてきたドノバンとダンに手を振って駆け寄る。
「二人共どうしたの?」
「メリーお嬢様が心配で……」
「……また、何かされたのですか?」
「いいえ、違うわよ。彼らは私を助けるために来てくれたの」
「そうだったんですかい。ワシらてっきりメリーお嬢様が嵌められたと思って……」
「ああ、アルフみたいに……」
「やっぱり、アルフはそうなのね……」
「ええ、侍女達がアルフに襲われたと訴えられたくなければ、言うことを聞けと……」
「全く、最低ね。でも、安心して。アルフもあなた達もこれからは心配しなくても大丈夫だから」
私が後ろをチラッと見ると二人は心底ほっとした顔になる。
それから手に持っていた袋をこちらに。
「ワシからは新鮮な野菜です。そのまま食べられるのを入れておきました」
「俺からはサンドイッチに飲み物を入れてます」
わざわざそんなことを……と、私はお礼を言う。
「二人共ありがとう」
それからルーベントの方を向き、これでもう家の心配はなくなったと思いながら頷きも。
「ごめんなさい、お待たせしました」と、言いながら。
ほっと一息を……と、思ったけれど、「いえ、あなたが聡明な方だと知れて良かったです。後は学院の方ですね」そう、彼が言ってきたことで再び身を引き締めたが。
あそこも、私にとっては大事な場所なので。
この家よりも……
そう思いながら私はルーベントが用意してくれた馬車に乗り込む。
そして、バルサ王国魔導学院に到着するなりすぐに特別室へ向かったのだ。
もちろん私が開発した魔導具の回収とサマンサ学長に会うために。
騒ぎになるからなるべく誰にも見つからないよう、ルーベントと彼が信用できると言った騎士一人を連れて….…
「おい、待てお前! 誰だそいつらは!」
まあ、こういう時に限って出会いたくもない嫌われ者ナンバーワンの称号を持つ担任、ボラルに見つかってしまったのだけれど……と、私は無視しながら歩き続ける。
残念ながら周りこまれてしまったが。
「俺が待てと言っているのに、なぜ無視をするんだ!」
しかも偉そうにと私は首を傾げる。本来ならクビ候補筆頭なのにと思いながら。
「あら、私だったのですか?」
「くっ、生徒のくせに生意気な奴だな。いったい何処のクラスなんだ!?」
「ふう……。担任であるのに未だに名前だけでなく顔すら覚えられないとは。さすがは実力がないのにコネで入ったはダテじゃないですね」
「なっ、貴様! 罰してやるぞ!」
「あら、そんな態度で良いのですか? 私、ボラル先生が遊んでいる生徒達の婚約者や親につい色々と口が滑ってしまうかもしれませんが」
そう言って指を折り始めると、ボラルは顔を真っ青にして逃げ出してしまう。しかも、学院の門の方へと。
つまりは何もかも放り投げて逃げ出してしまったと。
もしくはコネ元に相談しに行ったってところかしら。
そう思いながらボラルの背中を眺めていると、静かに後ろで見守っていたルーベントが呆れた表情で呟いてくる。
「バルサ王国学院はここまで酷いのか……」
「生徒がいる時はもっと凄いですよ。そこら中でくっついてますからね」
その中にはアレッサもね……と、小さく息を吐いているとルーベントが聞き返してくる。しごくまともな常識を。
「校則とかはないのですか?」
「まあ、あることにはありますけれど……二年前に第三王子が巻き起こした真実の愛の所為で取り締まる者が少なすぎて」
「ああ、その話ならこちらまで来ていますよ。ただ、それって有耶無耶になっていますよね?」
「ええ、第三王子が婚約者を断罪して平民の娘と真実の愛に目覚めたって宣言したんですが……結局、破局してしまったんですよ。ただ、バルサ王国では体裁のためか本人達はまだ真実の愛を育んでいる事になっていまして」
「バルサ王国の恥を隠す為ですね……。それで第三王子と平民の娘はどうなったのです?」
「第三王子はグレンジャー辺境伯が持つ騎士団で魔物の解体や下働きを、平民の娘は強制労働をするアリス修道院へ……」
「うわっ、二人とも気の毒に……」
「いえいえ、首を斬り落とされて見せしめにされないだけマシですよ。何せ、バルサ王国は二人の所為で真実の愛ブームが巻き起こり、この二年間で浮気者だらけになってしまったので」
「ああ、本人達にとっては正当な理由と……」
「ええ、それは取り締まる者の中にも」
すると、後ろにいた騎士が突然、浮かない表情で頭を下げてくる。
「私の婚約者もブームに乗って今は修道院です……」
「そ、そうなのか……」
「修道院か出来ちゃった婚コースの二つしかないですからね。だから修道院から苦情が来てるんですよ。坑夫か娼館にでも入れろって」
「修道院がそこまで言うとはよっぽどか……」
「はい、なので王家は浮気された人々からかなり恨まれています。もちろん私からも……」
騎士が俯くとルーベントは眉間に皺を寄せる。
「なら、今回の件で王家にも責任を取らせましょう。必ずね」
そう言ってくるルーベントに話がわかる人で良かったと私が微笑むと、彼はなぜか一瞬だけ悲しそうな表情をする。
ただ、すぐに「さあ、行きましょう」と。
まるで、こんな馬鹿なことは早く終わらせたいとばかりに。
もちろん私も同じ気持ちだったのですぐに特別室に彼らを案内をしたが。
そして、部屋の扉を開けた瞬間、中の凄惨たる状況を思い出し後悔も……
ただ、「す、凄い! 設計図も色々な花の形にしている! 流石は花の魔導姫ですね!」と、ルーベントが目を輝かせ、辺りに散らばっている魔導具や設計図を手に取り、そう言ってきたことで私は先ほどの悩みが吹き飛んでいってしまったが。頭の中にハテナを浮かべ。
「えっ? ハナノマドウキ?」
何せ、聞いたことのない言葉だったから。自分が作ったものなのに、そう思っているとルーベントがすぐに説明してくれる。
「この設計図の美しさ、そして花の模様、私達魔導具作りをする者の中であなたは花の魔導姫と呼ばれているのですよ!」
いや、やっぱりわからないわと思っていると、ルーベントはよほど興奮しているのか更に色々と喋りながら距離を詰めてくる。
つまりは整いすぎた顔が迫ってくるという初めての経験……と、思わず一歩下がってしまう。
近い! 近い! くうっ、なんて美しいお顔。
アレッサ以上じゃない?
そう思いながら……と、私はなんだかんだ貴重な体験をしていると、我に返ってしまったルーベントが慌てて下がってしまう。
「す、すみません。つい興奮してしまいました。それにしても、凄い数ですね」
「あ、ああ、半分はガラクタで、残りもほとんどがまだテスト段階でして……」
「なるほど、でも、あなたが作ったものは大変価値がありますので全て持っていきましょう。絶対に」
拳を固めてそう力説するルーベントだったが、また、ハッとするとこちらに照れたような表情を見せてくる。
誰でもドキッとしてしまい、絶対にアレッサができないだろう本物の笑顔で。
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