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「何をしたんだメリー!」
「何をって私が犯人扱いされてるだけよ」
「嘘だ! アレッサが泣いているだろう! きっと虐めていたに違いない!」
「泣けば虐められている人って安直な考えに行き着くのは、騙し合いの貴族社会にいるにあたってどうかと思うわよ。特に男であるあなたはそういう面に頻繁に立たされるのよ? 次期公爵として不安すぎるんですけれど」
私が口角を上げるとジョッシュは顔を真っ赤にしながら睨んできた。
「メリー、お前は僕が次期公爵として相応しくないと言ってるのか⁉︎」
私はそう言われ、思わず頷きそうになったが、なんとか首を縦に振るのを堪える。
「不安とは言ったけれど相応しくないとは……言ってないわ……よ」
私はなんとか本音が出そうになるのを抑え込みながら言えたことに満足していると、ジョッシュは歯軋りしながら悔しそうに睨んでくる。
「ふん、まあ良い。これは僕も考えざるを得なくなったな」
「あらそうですか。じゃあ、もう私は用事があるので行きますね。ああ、いつも通り、姉を恋人の如く支えながら仲良く送って差し上げて下さいね。私の婚約者様」
私が微笑むと周りにいた常識ある女子達はジョッシュを冷めた目で見つめる。そんな視線に気づいたジョッシュは慌てて弁明しはじめる。
私はそんなジョッシュを睨むとさっさと特別室に駆け込むのだった。
「はあっ、本当に馬鹿みたい。というか、なんでわざわざ絡んでくるのよ。どんだけ暇なのよ。まあ、材料が増えたから良いけど」
私が胸元に付けていたバッジ型の魔導具を弄っていると扉がノックされサマンサ学長の声が聞こえてきた。
「メリー、良いかしら?」
「あっ、どうぞ」
私は扉にかかった鍵を解くと手紙を持った笑顔のサマンサ学長が入ってきた。
「やったわよ、メリー」
私はその言葉を聞いた瞬間、全身の力が抜けてしまい座り込んでしまう。
「良かったあ……」
「メリー、それでどうするの?」
サマンサ学長は私を簡易ベッドまで連れていってくれる。私はサマンサ学長に頭を下げた。
「多分、ここにはいられなくなるかもしれません……」
「そう……。でも、あなたにとって良い方向にいくなら私は応援するわ」
「サマンサ学長……。私、このバルサ王国魔導学院も昔のように由緒正しい場所にしてみせます!」
「まあ、メリー、そんな事できるの?」
「ええ、私がこれからする事が上手くできれば、風紀を著しく乱している先生も生徒も処分でき、バルサ王国魔導学院は乱れた場所ではなくなります。なので、申し訳ないですがまたサマンサ学長経由で手紙を送らせて下さい。うちだと危険ですから」
「わかったわ。任せて頂戴」
サマンサ学長はガッツポーズをしてウィンクをしてくる。そんなサマンサ学長を見た私は、自分のためだけでなくこういう人達のためにも今回の事は頑張ろうと心に誓うのだった。
◇
あれから、数日経ち久々に屋敷に帰るとすぐに怒った顔のアマリリスに呼び止められた。
「メリー、あなた学校でアレッサに酷いことを言ったらしいわね」
「あら、酷いことってなんでしょう? やってもいないノートの件ですが? それとも水をかけた? もしかして階段落ちですか?」
「メリー! やっぱりそうなのね!」
「やっぱりってどれですか?」
「全部よ! それにあなたの婚約者のアルタール公爵令息とできてるって噂を流したみたいね!」
「あっ、それは本当じゃないですか。私が家にいない時に来ましたよねお母様?」
私がお母様を冷めた目で見ると、あっ、というような表情を浮かべた後、しどろもどろに喋りだした。
「あ、あれは忘れものを取りに来たと……」
「おかしいですね。ジョッシュとはうち以外で会うようにしていたんですよ? 誰かがすぐに横恋慕しますからね。おかげでまた破談になりそうです」
私は肩をすくめる。そう、実を言うとジョッシュは私にとって三人目の婚約者なのだ。もちろん、ジョッシュの前の婚約者はアレッサの毒牙にかかっている。
今は二人共、平民になってしまっているが自業自得である。ちなみにアレッサは婚約者を作ろうとしない。
当たり前だ。
そんなふしだらな女にまともな話はこず、くるのは後妻か、やばい人からの釣書ばかりである。
しかし、アレッサは気にしていない。
直接会えば大概の男は口説き落とせるからだ。
それに私の婚約者を狙い続けるという変な義務もあるしね。もう、私一人で生きていきたいのよねえ。
そう思っても、バルサ王国は私の魔導具開発技術が欲しいため、私を王家関連の貴族に嫁がせたいのだが、姉が毎度阻止してしまうのだ。
しかも、いつも姉は被害者で私の婚約者は加害者、私も加害者に近い扱いである。正直、敵ながらあっぱれである。
しかし、今回はかなり追い込んできている気がする。おそらく、姉は今年で卒業だから、私を学院から追い出して家に戻ってきたところをいたぶりたいのだろう。
まあ、そんな事させないけど……
私は狼狽えているアマリリスを見て、ある提案をしてあげる。
「どうせなら仲が良いもの同士婚約させてあげたらどうかしら? 私は魔導具を開発したら今まで通りバルサ王国に特許を売れば良いのだし。うちは安泰、姉さんの悪い話もなくなり全て丸く収まりますよ」
するとアマリリスは驚いた表情を浮かべたが、しばらくするとゆっくりと頷いた。
「そ、そうね……。その案ならアレッサも……」
アマリリスは頬を緩める。今した説明の中には私が幸せになるような内容がないのに。つまり、この人は私を魔導具を作る技術者、金のなる木程度にしか思ってないのだ。
私はそんなことを思っているとエリンドが側にいたらしく、眉間に皺を寄せながら私を睨みつけてきた。
「何を勝手な事を言っているんだ! アレッサは体が弱いんだ! 公爵夫人なんて無理に決まっているだろう!」
「じゃあ、伯爵夫人はできると?」
「そ、それは……」
墓穴を掘ったわね。
二人はアレッサが勉強もダンスもマナーも何もできないのを知っている。全て体が弱いで納得しているからだ。
そして納得できる理由は私である。私が金を生み出し、子供を作ればロルイド伯爵家は安泰なのだ。
じゃあ、私が居なくなったらどうする?
だから、私を王家に縛りつけたいのだ。伯爵家にいたらどこか遠くに逃げて行ってしまう。エリンドは無意識に理解してるのだろう。
それに、あなたが伯爵家の跡取りは親戚から養子を取れば良いと思ってるのは知ってるのよ。つまり、アレッサは娘としてずっと置いておきたいとね。
まあ、甘え上手だから可愛くてしょうがないって感じなんだろう。私はそんなエリンドを蔑んだ目で見ていると、アレッサと侍女ナタリアが騒ぎを聞きつけてやって来た。
そして、アレッサは私達を見ると一瞬だけ満面の笑みを浮かべた後、すぐに悲しげな表情を作るのだった。