2
屋敷に戻るとすぐに侍女のナタリアに詰め寄った。
「あなたよくも嘘を吐いたわね」
「わ、私は本当の事を言っただけです! だから、叩かないで下さい!」
ナタリアは怯えた表情で頭を守るようしゃがみ込む。まるで、私が普段から叩いている様な感じである。すると、ロルイド伯爵夫人であり私の母アマリリスが慌てた様子で声をかけてきた。
「メ、メリー、どうしたの? また、ナタリアに暴力を振るったの?」
「いいえ、誓って私はそんなことをしてませんよ。お母様は信じるのですか?」
するとお母様は周りにいる何人かの侍女に声をかけた。
「あなた達は見たの?」
「はい、私はナタリアに暴力を振るったのを見ました」
「はい、頭を何度も……」
「あんな酷い事をするなんて……」
侍女達は震える体を手で押さえながら言ってくる。
どうやら、侍女は全員仲間にしたのね……
私は溜め息を吐いているとお母様が怒鳴ってきた。
「なんて事をするのメリー! ナタリアに謝りなさい!」
「嫌です。やっていないのに何故、謝るのですか?」
「メリー、あなたって子はどうして……」
「提案があります。頭を叩かれているか医師を呼んでナタリアの頭を調べたらどうです?」
私はお母様の話を遮ってそう提案する。ナタリアや他の侍女は一気に青ざめた。だが、お母様は全く気づかずに私を睨む。
「メリー、聞いてるのよ。あざを作らないように上手く叩いているって」
お母様の言葉を聞き私は固まってしまう。
何を言っているんだろう、この人は……
私は息が詰まりそうになりながら、なんとか声を振り絞り口を開く。
「……誰が言ったのですか?」
「アレッサよ、あの子は優しいからナタリアをとても心配してるのよ」
私は心底、目の前の人物に呆れはててしまった。
何が優しいだ……。自分の言うことを聞かない侍女は陰で虐めて辞めさせているくせに……
今ではアレッサやナタリアの言うことしか聞かない侍女で構成されてるじゃない。なんで、気づかないのよ。
私はつい言ってしまった。
「無知は罪って知ってますか?」
その瞬間、アマリリスは私に詰め寄り頬を叩いた。
「親になんて事を言うの! 今日は夕食は抜きよ!」
アマリリスは怒った顔をしながら、部屋に戻って行く。
その時、侍女達がニヤッとしたのを私はしっかりと見ていたが気にせずに私も部屋に戻る。その際、近くの額縁の上に隠していたものを誰にも見られないように回収すると、ポケットにねじ込んだ。
ふう……。疲れた。
勢いよくベッドに倒れ込むと埃が舞い上がる。私は溜め息を吐くと魔力を練り上げ魔法を唱えた。
「クリーン」
部屋の中が掃除をした様に綺麗になる。ちなみになぜ部屋が埃まみれになっているのかというと、学院の特別室で寝泊まりしてる事が多いから。それと部屋に誰にも入れない様に魔法で施錠しているのだ。
何をされるかわからないものね。しかし、うちは落ち着かないわね。学院の方がいいわ……
私は起き上がり周りを見る。正直、ほとんど何もない。アレッサに辞めさせられた侍女に少しでもお金になればと思い金品になりそうなものは渡しているから。
後、ナタリアを筆頭に盗まれているのもある……。
まあ、今は魔法で泥棒がはいらないように施錠しているから大丈夫だけど。
自分の家のはずなのになんでこんなことしなきゃいけないのだろうと溜め息を吐いていると扉がノックされた。
「誰?」
「ダンです、お嬢様」
「わかったわ」
私はすぐに扉を開ける。廊下には髭を整えた壮年の男性、料理長のダンが立っていた。ダンはすぐに紙袋を私に渡すと去っていった。
そんなダンの背中に心の中で感謝する。ダンはロルイド伯爵家で陰ながら私の味方をしてくれている一人なのだ。
料理長のダン、庭師のドノバン、そして執事のアルフ……けど、最近、アルフは私に近づかなくなっている。多分、アレッサが何かしているのだろう。
「アルフは大丈夫かしら……」
私はそう呟きながら、紙袋からサンドイッチと瓶に入った冷たいレモン水を出す。
「美味しい。ダンにはいつも危ない橋を渡らせてしまってるわ……」
私はダンに申し訳ない気持ちになりながらも、サンドイッチを頬張り続ける。そして、全部食べ終わるとベッドにまた倒れ込んだ。
はあ、徐々に詰めてこられてるわね。しかし、私を貶めて何がしたいのかしら?
正直、私はアレッサの行動がさっぱりわからないのだ。今のこのすぐ楯突く性格で嫌われるならわかるが、本当に小さい頃から嫌われているのでわからない。
何かをしたわけでもない。そう、私から何か意地悪な事をしたことは一度すらないのだ。むしろ、アレッサがひたすら意地悪をしてくる。まあ、大概、魔法で防いであげたが……
もしかして私が頭が良いのが気に入らない? いや、昔の私はむしろ頭が悪い方だったわ。
アレッサが本を取り上げられてしまうから何も学べなかったのだ。頭が良くなったのはバルサ王国魔導学院に入ってからである。
それにアレッサも私の頭の良さに関して何も言ってきたことはない。
じゃあ、なんなのだろう? 私が実をいうと養子だった? もしくは姉が養子だった?
そう考えたがすぐ頭を振った。両親の仲は凄く良いし噂すらたったことがないからだ。
ただ、最近わかったのだが両親は頭が弱いという事である。調べずに信じ込んでしまうのだ。おかげてロルイド伯爵家の財政は何度も傾いたことがある。
私がバルサ王国魔導学院に入ったあたりは更に酷かった。
だから、私が便利な魔導具を作り、その特許を王家に売って手に入れたお金を資金面に回したのだ。
だから、本来ならロルイド伯爵家の皆には感謝してもらいたいぐらいなのだがアレッサの所為で現在はあんな感じだ。
しかし、なんでアレッサは私を嫌うのかしらね……
私は首を捻る。そしてある考えを思いついた。
単に嫌いって線もあるわね……。いや、あり得るわ。
「でも、それだと、どうもできないじゃない……」
私は頭を押さえ唸ってしまう。それからポケットから四角い形をした魔導具を出す。
やっぱり、もうこれしかないのかな……
そう考えたら深く溜め息が出てしまうのだった。