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アレッサside.
※ホラー要素有り
中庭での出来事の後、私は修道院へと送られていた。
針山の上に建てられた巨大な修道院でとても恐ろしく厳しいと謳われる三大修道院の一つ、シルフィード修道院に。
まあ、そんなの知ったことではないのだけれど。
何せ、この優れた頭脳と演技力さえあればどんな状況でさえ乗り越えられるので。特に、あの失敗を次に活かせればと、私は机と椅子しかない簡素で狭い部屋の中で口角を上げる。
早く新しいおもちゃを見つけなきゃ。
それと……メリーには情があったけれど今度は滅茶苦茶にしても良いわよね。
そう考えながら。
だって、ここには私と違って本当に悪いことをして入れられた者達がいっぱいいるのだから。
それも沢山と、舌なめずりする。
頭の中で悪者を虐め捲るという妄想をしながら……と、思ったのだけれどいったん隅に移動させる。遠くから物音が聞こえてきたので。杖らしきコツンコツンという音と共に。
しかも近づいてきているということは……
私は即座に誰もがうっとりとする儚げな表情を作る。
そして、ここに来るであろう部屋割りを決めにくるシスターを姿勢を正して出迎えも。
どう騙してやろうかと考えながら。
しかも、最初に私に従えることができる名誉あるポジションと、ニヤケそうになる表情を必死に抑える。
不幸でか弱い女を演じるために……と、頑張ってみたのだけれど、今回はちょっと難しかったので口元に手を当てて誤魔化すことにする。
ただし、その手は扉が開き、顔以外を隠した若い修道女が杖をつきながら入ってきたことで自然と降りてしまったが。
修道女がメリーにどことなく似ていたので。顔なんかは特にと、私は嬉しさのあまり感情が爆発しそうになってしまう。
あることに気づき熱が急速に冷めてしまうで。
何せ、横柄な態度で対面に座るなりこちらを無言で見てきたので。メリーとは違って小馬鹿にしたような雰囲気で。
つまりは顔以外は何もかもが違うと。
いや、顔もよくみたら……と、私は笑みをが消え、つい舌打ちしそうになってしまう。
ただし、「バルサ王国のアレッサ・ロルイド伯爵令嬢。ずいぶんと遠くから来たわね。何々、妹を長年虐げた挙句に婚約者を奪うか……。たく、典型的なやつじゃない」そう言って面倒臭そうな表情で紙束を机に放り投げてこなければだったが……と、私は心底驚いてしまう。
だって、両親やここまで連れてきた女騎士には修道女はお淑やかだって言われていたので。
つまりは虐めやすいと。
なのに……なんなのこいつは?
そう思いながらも私は頭をフル回転させる。やり方を変えるために。
虐められたと誰かに泣きつく、つまりは第三者待ちにするべきかしら……と。
そう考えていると早速、チャンス到来とばかりにもう一人の修道女が部屋に入ってくる。私の演技力にまんまと騙されるね……と、長年かけて習得した技、一瞬で涙目になるを実行する。
「う、う、う、酷いです! そんな事言わなくても! 私を虐めないで下さい!」
そして、助けてと言わんばかりに手を伸ばしも。
部屋に入ってきた眼鏡の修道女はニヤニヤするだけだったが。
「シスター・ミレーヌ、活きの良いのが入ったみたいね。どお?」
まるで、平常運転とばかりに。
「うーーん、この子多分演者よ」
そして、ミレーヌと呼ばれた修道女も……と、二人はこちらをじろじろ見てくる。
「そう、天然系じゃないなら使えるんじゃない?」
「いや、やっぱり試さないとね」
まるで、あの日のメリーのように。
余裕のある表情で……って違うわ!
こいつらはメリーなんかじゃない。
だから大丈夫よ……と、私はいったん引き下がることにする。出方を伺うためにと歯軋りしていると、ミレーヌが思い出したかのように手を打ってくる。
「あっ、そうだそうだ自己紹介しなきゃ。私はミレーヌ、こっちの眼鏡ちゃんはアン。で、呼ぶときは前にシスターって付けなさい、シスター・アレッサ。ええと、それであなたの部屋割りだけど、しばらく私達の組に入ってもらうから」
そう言って、相変わらず小馬鹿にした様子で……と、私は少しイラッとしながらも「組?」と、首を傾げる。修道院に組分けがあるなんて聞いてなかったので。
それは、ここに入れられた際、なぜか睨んでくる女騎士に軽い説明を受けた時も。
いや、説明じゃなくて悪口よね……と、私は一時間ほど前のことを思いだし苛ついてしまう。
ただし、ミレーヌから説明を受けすぐ機嫌は良くなったが。
「このシルフィード修道院は、修道女だけで三百人いるのよ。だから組分けしてるの。まずは大多数の馬鹿なだけの問題児達が入るのが薔薇組。不貞行為とか色々とやばい事をやっちゃってる子が入るのが棘組。そして犯罪をしちゃって入ってるのが鎖組ね」
だって、説明してくるミレーヌの腕にある腕輪型の魔導具を見て内心嬉しくなってしまったから。
今度こそはいけるわね……と。
「あなたは鎖組ってこと? だから、私に酷い事するのね……」
はい、これでこの女も終わり、おもちゃゲットと思いながら。
ただ、二人はそれでも爆笑するだけだったが。
「はははっ、やばい。まだ、やる気よこの子!」
「うふふ、もう、当面このネタで遊べそうね!」
全く、こちらの言葉を信じる様子もなく……と、私はかつてないほどの冷や汗をかいてしまう。
な、なんでよ?
普通は少しぐらい疑うでしょう!
そういうところからこっちは切り崩していくのになんで効かないのよ!?
そう思いながら……いや、思う暇もなくミレーヌが突然、立ち上がる。
「いやあ、傑作ね。これでしばらくはシスター・アレッサで遊べそう。ああ、ちなみに私は鎖組じゃないわよ……って、そんなことどうでもいいか」
そして、そう言いながら扉を杖で叩きも。
まるで、誰かを呼ぶみたいにと思っていると、実際に二人の修道女が入ってきて私の両脇を掴んでくる。
更にアンの「さて、行きましょうか」という言葉でしばらく歩かされも。
錆びきった鉄製の扉の前まで……と、先頭にいたミレーヌが振り向いてくる。
「シルフィード修道院にはね、地下に行く扉がいっぱいあるの。で、私達の組はそんな地下に保存してある食料や物品を取ってくるのが仕事なんだけれど……ここから先は約束事があるのよ。地下には他の組が入ってはいけないとか色々ね。まあ、それをこれから教えてあげる……いや、体験させてあげるわけだけれど」
更にはそう言いながら扉を開け、ランタンに火を灯して入って行きも。
暗闇の中にさっさと。
まあ、私もすぐにだったけれど。なぜだかわからないが震えだす両脇を支えられる二人によって。
寒くもないのに……いや、怖がっている?
そう考えたけれどもミレーヌとアンが楽しそうに談笑していたので結局は母と同じであると結論付けることにしたが。ただの寒がりなだけであると。
「ねえねえ、私、良い案考えついたの。成功すればチーズが食べられる日が増えるって案をね」
「えーー、それってシスター・ミレーヌはもっと美味しい思いをするんでしょう!?」
「えへへ、バレたか。私の場合は交渉してワイン一杯サービスってやつでしてえ」
「ああ、狡いわ狡いわ狡いわ! お姉様、私にも頂戴!」
「うわーー! 似てる似てる! シスター・アンやばいよ!」
「練習したのよ。うふふっ」
ほら、こんなに明るく会話してるわけだし……と、思いながらも私もなぜか身震いしてしまう。
正直、不気味すぎるので。暗く湿っぽい階段を降りながら、かたや震えていて、かたや楽しそうに話をしているのだから。
全く真逆の反応を……と、私はこの異様な空間に頭がクラクラしてくる。
更にはミレーヌが突然、勢いよく振り返ってきたことで飛び上がりそうにも。
「やっちまった! ガラス玉忘れたわ! 誰か持ってる?」
まあ、何言ってんの? と、すぐに冷静さを取り戻すことができたが。ミレーヌがこちらに近づき耳元を見て「あら、良いの持ってるじゃない」そう言いながら両耳からピアスを奪ったことでなおさら。
だって、これなら間違いなく主張できるから。生まれて初めての虐めだって。
「こういうのは持ってちゃ駄目よお。没収ねえ」
特にこんなことをされたら確実にと、ニヤニヤしながら私の目の前でピアスを揺らすミレーヌに私も内心笑みを浮かべる。
「う、う、酷いわあ! 盗んだわ! 私のピアスを!」
勝った! これでお前は私のおもちゃよと、両脇にいる修道女に助けを……と思ったのだけれど、なぜか二人は耳栓をつけて目を瞑ってしまう。
まるで、これから起こることに関わりたくないとばかりに……
ニヤニヤするミレーヌとアンと違って……と、思わず固唾を呑む。
まあ、ただし、ひたひたと足音が聞こえ、こちらに古っぽいドレスを着た少女が裸足でやってくるまではだったけれど。
つまりは拍子抜け、なんだ、子供じゃないの。びっくりさせないでよ……と、思いながらも同時にピーンと。
要はこの少女を使って私を驚かそうとしているのだと。こいつらは……と、ニヤニヤしながらこちらを見てくるミレーヌとアンに確信する。
全く、他にやる事ないのかしら。ああ、修道院だからなんにもないのねえ……と、心底憐れながら。
それは少女が想像通りに側にくるなり口に出してきたことでなおさら。
「ねえ、そのドレス綺麗ね!」
つまりはここから会話に集中させている間に後ろから……いや、違う! と、私は少女に視線を向ける。
何せ、「ねえ、そのドレス頂戴!」と、少女が更に近づいてきたから。
ふん、要は物を奪って立場をわからるやり方の方ね。
しかも、こんなガキに奪わせて屈辱を味わせようなんて……
そう思いながらも私はここぞとばかりに溜まっていた怒りをぶつけにいく。
だって、あきらかにこれは虐め、だから正当防衛は認められるので。
「はっ? 何言ってるの、あげられるわけないじゃない! これは両親にもらった私の大切な大切なドレスなの!!」
「そんなの知らない! お姉様だけ持っているなんて狡い狡い狡い! 頂戴!!」
まあ、ガキには通用しなかったみたいだけれど。
そう思って、うんざりしていると少女は目を見開きながら更に近づいてくる。
「頂戴! 頂戴! 頂戴!」と言いながら。得体のしれない雰囲気で……と、私はなんだか様子がおかしいことに気づき、思わず後ずさりしてしまう。
ただし、がっちりと両脇を震えている修道女二人に掴まれていた為、足が少し下がっただけだっが。
つまりは全く下がっていない状況に……と、私はこちらをニヤニヤ見てくるミレーヌとアンに気づき恐怖よりも再び怒りが増していく。
ただし一瞬だけ。
何せ、少女が更に目を広げながら両手を伸ばし、指が食い込むほど私の肩を掴んできたので。
小刻みに震えながら、徐々に大きくなっていて……と、今では私よりも大きくなってしまう。
しかも、いつの間にか目と口がぽっかりと空洞になり、そこから沢山の手が見え……
「チョオオオーーーーダアアイッ! チョオオオーーーーダアアイヨォッ! オネエサマアアアアアアッ!!」
そう言ってこちらに迫ってきてと、私は当然のごとく「ぎぎゃあああぁぁーーーーー!!」と、叫んでしまう。
生まれて初めての本気で。喉が張り裂けんばかりに。
そして、私を沢山の手が掴み大きく開けた口に引き込もうとしたのでもう駄目だとも。
「そのドレスより、こっちの方が綺麗よ」
そう笑みを浮かべたミレーヌが私のピアスを化け物の近くで揺らすまでは。
直後、目の前の化け物は瞬時に少女の姿に戻ると、ミレーヌからピアスを受け取り、うっとりと眺め出だす。
「うふふ、綺麗えぇぇ!」
そして嬉しそうに暗闇の中に消えていきも。スキップしながら……と、両脇にいた二人が私から手を離しへたりこんでしまう。
もちろん私も。
「ねっ、ああいう化け物がいっぱいいるから地下には勝手に行っちゃいけないのよ。わかったかしら?」
そう、ミレーヌに言われてもじっと下を向きながら。何せ、あの化け物も怖かったが目の前にいる存在の方がもっと怖かったので。
特に似てないと思っていたのにメリーに見えてしまったところなんて。心底、楽しげに笑うあの顔を……と、私はあることに気づき顔を勢いよく上げる。
そして、ニヤニヤするミレーヌの顔を見て、今までメリーにした事を思い出しあることに気づいてしまいも。
「今度は私の……番ってこと?」
「番? まあ、やりたいなら任せてもいいけれど。あっ、ずっとやりたい?」
「へっ……ずっと?」
「ええ、気にいったんでしょう、あの子のこと」
「あ、あの化け物……を」
直後、私は最大限の恐怖に達し、意識を失ってしまう。
その後、目を覚ました時にアンに不合格を言い渡されも。
私は心底ほっとしていたが。
もう、あんな思いは二度としたくなかったので。心の底から……
アレッサはその後、ミレーヌ達の目につかないよう静かに、そして誰よりも目ただないように生活しだしたのだ。
そして棘組に入るなり、その後は影の薄い修道女に……
アレッサside.終




