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「おめでとうメリー。また、魔導技術の試験で一位ね」
私が廊下に貼られてある学科試験の結果発表を見ていると、人当たりの良よさそうな顔をしたサマンサ学長が声をかけてきた。
「ありがとうございます、サマンサ学長」
「ふふ、あなたはバルサ王国魔導学院始まって以来の逸材よ。期待してるわ」
「はい、これしか取り柄がありませんので頑張ります」
私は頭をかくとサマンサ学長は上品な笑みを浮かべた後、すぐに溜め息を吐く。
「みんなが、あなたみたいなら良いのだけれど。いえ、少しでもあなたの様な模範的な生徒なら……」
サマンサ学長は恋人の様に体を寄せ合いながらこちらに歩いてくる男女を見る。そして溜め息を吐くと二人の前に立ちはだかった。
「二人とも離れなさい! ここは学院よ! それにあなた達は貴族としてもっと自覚を持ちなさい!」
サマンサ学長が注意すると途端に二人とも険しい表情になる。
「ふん、言われなくても誇りはある。それに良いじゃないか。僕らは婚約者同士だぞ」
男子生徒がそう言うと女子生徒が頷く。
「そうよ! それに男女が距離を保てとか古臭い風習、今は誰も守ってないわ」
「ということだから、僕達の邪魔をしないでほしい。まあ、するなら彼らをしたらどうだ? 婚約者同士でもないみたいだぞ」
男子生徒が私を一瞥した後、ある方向を指差す。そこには仲良さ気に体を近づけ談笑する男女がいた。サマンサ学長は途端にバツが悪そうな表情を浮かべ私を見つめた。まあ、この反応はしょうがないだろう。
そこにいたのは姉アレッサと私の婚約者ジョッシュだったから。私は溜め息を吐く。
あれだけお姉様に近づくのだけはやめてって言ったのに……。いや、どうせお姉様の方が近づいたのよね……
呆れながら二人を見ていると、男子生徒が笑みを浮かべ私を見る。
「どうやら、ジョッシュの奴、頭でっかちでぱっとしない妹より、美人な姉の方が良いらしいな」
私は俯いてしまう。確かに私の顔は姉のアレッサと違ってパッとしない。しかし、面と向かって言ってくるのは紳士としてどうなのだろうか?
考えてたら苛々してきたので顔を上げると女子生徒に声をかけた。
「あら、あなたの婚約者さんは姉をよく見てるみたいね。もしかして美人なお姉様に目移りしてるかも? 気をつけてね」
私は口角を上げる。すると意図を理解した男子生徒は顔を真っ赤にさせながら私に詰め寄ろうとする。しかし、その前に女子生徒が男子生徒の腕を掴み睨みつけた。
「いつも、じろじろあの女を見てるってそういう事だったのね……」
「ち、違うんだ! ちょっと綺麗だなあぐらいに……あっ」
男子生徒はしまったとばかりに口を手で覆うが遅かった。ビンタが飛び、そのまま女子生徒は走り去っていった。
私は呆然と立ち尽くす男子生徒に囁く。
「今度、女に向かって暴言吐く時は気をつけてね」
そう言って睨むと、男子生徒は逃げるように走り去った。そんな後ろ姿に舌を出した後、私はサマンサ学長に頭を下げる。
「すみません、二人のところに行ってきます」
「……ええ、無理しないでね」
私は頷くと二人の元に嫌々向かう。
「お姉様、ジョッシュ、ちょっといい?」
二人に声をかけるとアレッサは急に怯えた表情になりジョッシュの影に隠れる。それを見て私は遂に来てしまったかと心の中で溜め息を吐いた。
姉アレッサはなぜか私を昔から嫌っており、私を何かしらにつけて悪者に仕立てあげるのだ。しかも、両親も姉の言葉を信じているから、もうどうしようもできない。
だから、普段からなるべくアレッサに関わらないようにしていたのだ。嫌な思いをしないように。でも、アレッサはことあるごとに私に近づいて来る。私を悪者に仕立てあげるために……
だから、ジョッシュには何度も説明して近づかないようにって言ったのに……
私は溜め息を吐くと、お決まりの台詞が来るのを待つ。早速、ジョッシュが言ってきた。
「メリー、君はアレッサに酷いことをしているみたいだな……」
私は更に大きな溜め息を吐いた。
「ジョッシュ、私は説明したわよね……」
「しかし、アレッサは涙まで流したんだぞ!」
「そして、あんまりよ、何で私がこんな目にあうのって言うんでしょ?」
私が淡々と言うとジョッシュは驚いた顔をする。
当たり前だ。この光景は何度も見ている。ついでにターゲットに擦り寄る光景も。両親、親戚、祖父母、友人達、おかげで私は一人ぼっちではないけど、それに近い。
私はアレッサを睨むと、更に怯えたふりをして泣き始めた。
「私は何度もメリーに虐められているのよ。どうしてそんな酷いことするの? 私達は家族じゃない……」
アレッサは顔を手で覆い座り込む。ジョッシュは私を睨みつけてきた。
「メリー、君はなんて酷いことをしているんだ!」
「ジョッシュ、私はやってないと何度も説明しているはずよ」
「だが、実際にロルイド伯爵家の侍女も証言している」
「なっ……」
私は愕然とした。もちろん、ジョッシュが嘘を信じた事に愕然としたわけではない。アレッサが侍女まで使ってきた事に愕然としたのだ。
本格的に来たわね……。どうせ自分付きのナタリアに言わせたんでしょうけど、まずいわ……。だけど……
私はジョッシュに冷めた表情で近づく。
「いつ、屋敷にいる侍女に会ったのかしら? もしかして私という婚約者がいるのに内緒で来たの?」
ジョッシュは真っ青になり俯く。それを見た私はもう駄目だと理解する。
アルタール公爵家の長男がこれじゃあ、お先真っ暗じゃない。良かったわ、姉さんがいつか手を出すだろうと考えていたから、恋愛感情を持たなくて。
そう思いながらも胸がチクッとしてしまい、手で押さえる。ジョッシュとは本当に仲良くやれていたのだ。アレッサの事も理解してくれてると思っていた。
だから、結婚したらジョッシュの為に頑張ろうと思っていた。だが、蓋を開けてみたらこれだ。
私は溜め息を吐くと踵を返しその場を離れる。後ろからアレッサの泣き叫ぶ声が聞こえた。
「もう、私を許してよメリー! う、う、う……」
そんなアレッサに私は「何を許せばいいのよ」と、呟きながらその場を去るのだった。