夏休みの朝
うぁー、暑ぃー。少しでも風を感じようと、思わずTシャツの襟元を摑み、パタパタと扇ぐ。
空は向こうに入道雲が見えるだけで、快晴。抜けるような青空って、多分これを言うんだろうな。
それにしても、暑すぎ。いくら夏だからって、朝からこんな暑くなることねーだろ。なんて、ぶつくさと愚痴をこぼしたくなる。
今日は夏休みの初日。昨日までに次々とだされた夏休みの宿題を持ち、俺、白夜カイは近所に住む幼なじみ、疾風香の家まで来た。
ついでに言えば、彼女の家には扇風機もクーラーもない。涼を誘うのは、時々チリーンと風鈴を鳴らす風くらいだ。それもごく希に。なもんで、余計じめじめと暑苦しい・・・。
おまけにさっきから、セミのシャーシャーいう声が、ものすごくうるさい。っていうか、勉強のジャマだ。この状況じゃ、勉強する気も起きねーよ‥‥‥。
てなわけで俺が机に突っ伏した瞬間。シュッという空気の斬れる音がして、鼻先に短刀が突き刺さる。
あわてて目線を起こすと、香が何かを投げた姿勢のまま、こっちを思いきりにらんでいる。同時に、少し蒸し暑さが緩和される。
目を白黒させていると、一気にまくしたてられた。
「ねぇ、聞いてる? 宿題一緒にさせてくれって、朝からうちに来たのはカイでしょ! なのに寝るって、なに考えてんの!?」
「ん? あぁ、ごめん」
香は机に肘をつき
「まったく。確かにこの状況じゃ、勉強する気が起きなくてもしょうがないけどさ、わざわざ人の家まできて寝る? 普通」
一息に言い切ると、はぁ、と大きくため息をつく。
「蝉はどうしようもないし、暑いなら家に帰ったら? カイリの家なら、冷房もあるでしょ?」
確かに、俺の部屋は冷暖房完備だ。だがしかし。
「だって、全然わかんねーんだもん」
呟くと、刹那で返される。
「レンさんに聞けばいいじゃない」
「姉貴は無理。音亜さんと図書館に行ったから」
音亜さんは、姉貴の彼氏。互いに成績優秀だ。
「晃は? ・・・向こうも大して状況変わらないか。うちと一緒で古き良き日本家屋だもんね」
香は自分で言っといて自分で突っ込んだ。
晃とは、俺の男友達の一人で親友。確かに成績上位だが、こっちに来たのには理由がある。そう、理由が。
しかしこの幼なじみ、なぜこの方面だけ疎い・・・他は鋭いのに・・・。何で俺がわざわざ来たか、少し考えて欲しいよ・・・。と、俺も自分で自分に突っ込み、ややヘコんだ。
「まぁ、だったらしょうがないか・・・。とはいえ、なんのために二人でやってるの? それにさっき、分かんないのあったら聞いてっていったよね? そもそも、分かるのからやるのって、常識でしょ?」
正論を叩きつけられ、俺は何も言い返せない。目線を幼なじみの栗色の瞳からはずし、手元のドリルに移す。
そのドリルは、学校の理科の宿題でもらったやつだ。最後の方にやった、生物の分類について、表を埋めるんだけど・・・・・・。
「なぁ香、タイ生のタイってどう書く?」
ふと聞けば、瞬間的に答えが返ってくる。
「肉月に台」
「じゃあ、コウ温動物のコウは?」
「立心偏に一書いて元旦の旦」
リッシンベン? それに、元タンのタンってどういう字?
そう聞くと香は深ーくため息をついて
「こういう字」
と俺のドリルの隅に書いて見せてくれた。
「じゃ、魚類ってどんなのがいる?」
「鮒とか鯉とか、色々いるでしょ。夏だし、あとは金魚とか・・・。って、そんなことまでいちいち聞かないでよ」
冷たい返事に、思わず声を荒げた。
「分かんないとこあったら聞け、って言ったのはお前だろ」
「言ったけど! それくらい、自分で考えてよ!」
ぎゃおぎゃおけんかしていると、音もなくふすまが開いて(香ん家は全部和室)、香のお母さんが切ったスイカを持って入ってきた。
「あらあら。香、カイ君、どうしたの?」
笑顔でスイカを俺と香のあいだに置く。
「別になんでもないけど。っていうかお母さん、このスイカ、どうしたの?」
「安かったから買ってきたのよ。ほら、これ食べて、また勉強がんばってね」
タン、という、ふすまの閉まった音がする。また部屋に、静寂が戻る。正確にいうと、スイカを食べるしゃくしゃくという音と、蝉のシャーシャーいってる声があるけど。
二人とも黙って、スイカを食べつつひたすら宿題をやる。と
「あのさぁ・・・・・・」
ためらいがちに香が口を開く。
「考えても分からなかったら、聞いていいよ」
「・・・・・・サンキュ」
青い空を背景に、白い飛行機が飛んでいった。
過去作。というか本当に小説書き始めたころの作品です。夏休み、風鈴、スイカの三題噺として書いたものだったはず(記憶が曖昧)
今もうこんな甘酸っぱいの書けません(涙)