物語が全てロマンチックなわけないじゃない
片思いは、物語みたいだと私は思う。
だって起承転結がある。
いい意味でも悪い意味でも。
でも、できれば誰だって、いい意味で物語を終えたいよね?
私だって、いい意味で片思いの物語を終えたい。
私は山坂が好きだ。
でも前はいっつもおちゃらけていて人をからかう山坂が私は嫌いだった。
なんでこんなやつが、テニス部のエースなんだろうって思ってて。
マネージャーだった私はいつも山坂にからかわれていて、
本当にムカつく奴だった。
そう思って、奴を監視する意味合いでずっと山坂を見てたら、
ごみだしを手伝ったり、ノート集めを手伝ったりしている姿をよく発見した。
意外といい奴なんだ、と思ったとき、私は山坂に恋してた。
「はぁ」
でも、私は山坂に対して素直になれない。
だって今までつんけんした態度とってきたのに、今更可愛く素直なんてできないよ。
友達にそのこと相談したら、「あんたって不器用ね」って言われてしまった。
どーせ私は不器用だ。いいもん不器用で。
「なーに溜息ついてんだ?」
「・・・ってうわっ!や、山坂!!」
「うわはねーだろ、うわは。失礼だぞ」
そんなこと言われても。
山坂のこと考えてたら本人が出て来るんだもん、なんて言えない。
噂するとなんとやらってことか。声に出さなくて良かった。
「で、なんで溜息ついてたの?鮎川さんよ」
あんたにいえるか。
いっそ言ってしまった方が楽になれるのかもしれない。
でも、フられたときのこと考えると言えないよなぁ。
だからできる限り焦りが顔にでないように別に、と答えた。
「ふぅん。悩みがあるならきくけど?」
あ、この顔。
何かを見透かしたような表情。
この顔は苦手だ。
まるで、私の心全部知られてるかのような感じになるから。
「悩みはあるけどあんたに言えることじゃないし」
「まさか・・・それって・・・」
あ、まずい。墓穴掘ったかも。
気付かれませんように、と心の中で祈っていると山坂が口を開く。
「あの日?」
「死ね」
なんでまたこんな暴言吐くんだこの口は。
仮にも(仮じゃないけど)好きな男子に死ねはないだろう、私のバカ。
いや確かにデリカシーの無いこと言ったのは山坂だけど・・・
「おいおいひっでぇーな」
山坂が苦笑する。
あぁぁ、絶対嫌われた。
「あ、やっぱりまだ雨降ってる」
落ち込む私をよそに山坂は体育館の窓から外を見てそういった。
この雨は今の私の心理状況を表してるみたいだ・・・
どんよりしたこの気持ちとかぶる。
「て、あれ。鮎川どこいくの?」
山坂は体育館から出てこうとする私を見て呼び止める。
お願いだからこれ以上私に話しかけないでください。
きっともっともっと暴言や悪口吐くんだろうから。
それに、これ以上一緒にいると、今以上に胸がドキドキしてきちゃうでしょうが。
「鮎川なら体育館の裏倉庫に行って、ボール追加してもらおうと思ってな」
私に代わり、部長がそう答えた。
正直体育館倉庫と違って裏倉庫は外にあるからめんどいんだよな。
ちくしょう、なんでテニス用品は裏倉庫なんだよ。
(A.一昨年までテニス部は外で活動していたから)
「鮎川、ボールってどのくらい持ってくんの?」
「大体二籠ぐらい、かな」
「えー、ちょー重いじゃん」
確かに。ボールの入った籠は結構重たい。
でも、ま、それがマネージャーの仕事だし。しょうがない。
「ぶっちょー、俺鮎川手伝ってくる」
え、えぇっ?
なんで?
めんどうくさいのに。
「手伝い口実にしてサボるのはやめろ」
笑いを含ませながら部長が言った。
あ、なんだ。そういうことか。
で、でもふたりっきりになるってこと?
心臓がもたない・・・!
「いっいいよ!一人でもいけるし!」
「好意は素直に受け取っとけって。じゃ、行ってきまーす」
靴を履き替えたかと思うと、有無を言わさず山坂は私の手首を掴んで走り出す。
うわわわ。ヤバイ、ヤバイよこの状況。
手首、掴まれてるなんて。恥ずかしい。
「鮎川ー、速く走んないともっと雨に濡れるぜ?」
「わ、わかってる!てゆーかとりあえず手、離して!」
大人しく山坂は手首を離してくれたけど、未だ私の中の熱はおさまらない。
触れられた部分が、すごく熱い。
山坂も、こういうのはやめてほしい。
脈が無いってわかってるのに、
気があるかのようなそぶりをされるのは変な期待を抱いてしまうから。
で、結局、いけると思ったのにフられて悲しくて悔しい思いをするだけ。
昔、私がした一つの恋の物語は悪い意味で終わったんだ。
あーあ嫌なこと思い出した。
と、ふと山坂を見たときだった。
「っ!?」
山坂がこけた。
こけたというか滑った。
ぬかるんだ地面のせいで。
「いってー・・・」
「だ、大丈夫?」
完全にお尻打ったなこれは。
てゆーか泥でジャージベトベトになってるし。
うわー、汚い。家に帰ったらちゃんと手洗いしないと落ちないだろうなぁ。
なんてこと考えながら山坂を見る。
改めて見ると、何も無いところでこけた山坂がちょっと可愛く思えて、
つい笑いがこみ上げてくる。
「バッカじゃない?普通こんなとこでコケる?」
「う・・・」
「ていうか山坂のせいで私までズブ濡れー」
必死に右手で口元を隠しながら、私は左手を差し出した。
山坂は素直に私の手を掴んだかと思うと、思いっきり引っ張った。
「へ?」
「ブブッ。お前まで泥だらけだなばかマネー。今の顔マヌケ」
山坂が私の手を引っ張ったせいで、私はズブ濡れどころか泥だらけになった。
てゆーか、なに?
まじありえない。
「な、今の、もう一回言ってみなさいよ!!」
「マヌケー。あっはっは、バカみてー」
お互い泥だらけで、でも山坂はそんな私を抱きしめる。
いきなりだったから抵抗する暇なんてなくて。
「不意うち成功」
にやりと顔を歪めた山坂に、私は顔を赤くするばかりだった。
なんだこれ。
私はどうしてこんな男と恋に落ちてしまったのか。
全然甘さもロマンチックの欠片もない、恋。
これが、私とあいつの片思い物語の終わりなんて、認めたくない。
認めたくないけれど、私は山坂のことが、言葉じゃ言い表せないほど好きだ。
甘くない、ロマンチックでもないこの物語が
私はとても、好きなんだ。
「何やってんだあいつら」
遅い、と心配になった部長と副顧問が様子を見に行くと、
そこには泥だらけになったマネージャーと部のエースがいた。
しかも、抱き合う体勢で。
「この数十分の間に何が・・・」
「いやぁ、若いっていいねぇ」
呆れ顔の部長と少し年配の副顧問の呟きは、
雨と笑い声の混じった男女の声にかき消されていった。
(こんな泥だらけな恋なんて、したことない)
title:mitsu
うちのテニス部は室内でした。
珍しいほうですよね、室内テニスって。
では、見てくださりありがとうございました。