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遠征から帰還してから一週間がたち、書類仕事が落ち着いてきた頃、かねてから依頼していた傭兵団が到着した。名前は『マチス傭兵団』エッジの古巣だ。旧友のマチスがまとめるこの集団に今回依頼したのは、他でもない樹海の魔物の討伐だ。
ここ数週間で確実に魔物の襲撃が増えてきて、衛兵団では手に負えなくなってきている。ここらで数を減らしておかないとまずいことになる。もちろん連合の中央都市に応援を要請したが、カルメア周辺の村や集落が潰れたくらいでは動いてくれない。連合の他都市にとってカルメアとは『エーテルの樹海』の盾くらいの認識で、せいぜいカルメア都市が潰れないように手を貸すだけなのだ。この寂れた鉱山都市にはそれくらいの価値しか無いということだろう。だから、まだ余裕のあるうちにさっさと手を打っておいた。
当然、他所から傭兵団を呼んだので依頼金もバカにならない。さすがに今回も自腹を切るとエッジの貯蓄がすっからかんになるので、衛兵団の経費からも出しておいた。
ふと自分の傭兵団に居た頃のことを思い出す。居たと言ってもわずか2年ほどで、当時10~12歳くらいの少年だった。そんな歳で傭兵でもやらないといけない程当時のエッジは困窮していた。身寄りの無かった自分に衣食住を与えてくれた彼らの事を思い出す。金で雇われる傭兵なので当然甘くはなかったが、気持ちのいい人ばかりだった。仕事をうまくこなしたのなら共に喜び、しくじった日には「明日はしっかりやれ。」と励ましてくれた。
そんな風に衛兵団庁舎の事務室で追想に耽っているとノックもなしにいきなりドアが開け放たれた。
この無遠慮な振る舞いも相変わらずなんだなと8年以来の旧友を出迎えた。
「エッジ!元気だったか?」
「相変わらずで安心したよ。マチス」
陽気な挨拶と共にドタドタと足音をたてて部屋に入ってきたがたいの良い男。彼が傭兵団を束ねるリーダーのマチスである。
「なんだぁ?騎士になったと聞いて、ちっとはでかくなったんじゃないかと思っとったが、小さいままじゃねぇか。お前も昔と変わらんなぁ。」
そう言って豪快に笑うマチス。確かにエッジの背は小さく目の前の大男の胸ぐらいの身長だ。
「マチスがでかすぎんのさ!」
普段は自分の身長を笑われたくらいでは怒らないが、どうも躍起になって噛みついていた子供の頃の事を思い出してしまうらしい。ついつい抗議してしまった。
「おうとも!戦っては食っては寝ていたらでかくなっていたぞ!そうやって怒る様もあの頃の可愛いチビそのものじゃないか。」
このマチスという男はエッジの8つ歳上で、傭兵団に居た頃は実の弟のように可愛がっていた。その頃の思い出を懐かしんでいるのだろう。マチスが目を細めていた。
ふと、細めていた目を戻してこうくりだした。
「まぁなんだ………………元気そうで安心したぞ。」
その瞬間、共に思い出に浸っていたエッジの心が凪いだ。
(あぁそうか。)
どうやら、エッジの身の上を心配していたらしい。傭兵団を抜け、中央都市の騎士養成学校に入り、無事に騎士叙勲できたところまでは連絡をしていた。そこからそういう訳か今は地方の衛兵団長をやっているのだ。左遷されたのではないかと考えるのが自然だ。
(きっと俺が何でここに飛ばされたのかも知ってんだろうなぁ……………心配かけたよな。)
エッジには左遷される原因となる事件があった。その事件を噂で聞きつけ、身を案じていたのだろう。
一時期自棄になっていた事も知っているかも知れない。心配をかけて悪かったという気持ちと共に暖かい感情が胸に宿る。
(本当に皆………心配性なんだからさ。)
傭兵団の面々が思い浮かぶ。がさつでお世辞にも小綺麗だと言えない身なりのやつらばかりだったが、暖かみのあるやつらだった。自分にはこんなにも想っていてくれる人たちが居たのだと、思い出して抱きしめていた。
だからこそ元気よくこたえる。
「まっ色々あったけどね、元気でやってるよ!」
マチスはそんなエッジを眺め僅かに間をおいて息をついた。
「そうか。」
そして短くそうこたえた。
そろそろ仕事の話に移ろうとマチスを座らせた。先ほどまでの心配性な兄の顔と打って変わってマチスの顔も引き締る。こちらも言葉遣いもろとも改める。
「じゃあまずは依頼内容の確認から。」
前もって伝えていた依頼内容の確認を始める。依頼の詳細な内容はこうだ。
『樹海近辺の平野を徘徊する魔物の掃討及び樹海の浅瀬の魔物の討伐。』
始めに樹海近辺をうろつく魔物を掃討してもらい村の周りを安全にする。その後、樹海の浅瀬にて増加傾向にある魔物の数を減らしてもらう。魔物が増えすぎる前にさっさと対処しなくてはならない今、悠長に衛兵団だけで討伐している場合では無いのだ。
「ここ数週間で魔物の増える速さが上がってる。原因はわからないけどとにかく早急に手を打つに越したことは無い。可能な限り急いで依頼を遂行して欲しい。」
「ふむ、原因が不明ときたか。」
今回の魔物の増加は原因がわかっていない。たいてい魔物の増加には原因があって、それぞれの特徴が確認できるのだが、それが見受けられない。例えば強力な個体の魔物が誕生したのならそれに付随して取り巻きの魔物の数が増える。その場合には『魔物の統率のとれた動き』が特徴として挙げられる。この前のリガルウルフなどはそれにあたる。
他にも原因はあるが、どの場合も増える『魔物の種族は同じ』というのが共通事項だ。獣型の魔物が増えるのなら獣型だけというのが当たり前なはずなのだが、今回はそれも当てはまらない。
「増える魔物の種族が1種族じゃないんだ。しかも、その数が尋常じゃない。偶然ではありえない数なんだ。十中八九樹海で何か起きている。だから中央都市に報告して樹海の調査と応援を要請しているんだけど…………」
二週間ほど前にだした書状を思い返す。そろそろ返事が来てもいい頃合いなのだが、中央からの通達は無い。その事を考えていると、マチスが先に答えを言った。
「だんまりか。領主はどうした?」
その通りだとエッジは頷いた。この危機的状況においてもカルメア領主は動こうともせず、中央への要請状はエッジの名で出した。たかだか衛兵団長の書状では動いてくれない。
「ここの領主は腐りきってる。動くつもりなんて毛頭無いだろうね。」
書状を出す前の領主とのやり取りを思い返す。領主の名はペール。領主館を訪れたエッジはペールに直訴した。樹海の様子がおかしいから早急に手を打つべきであると。するとペールはこう告げた。
「その程度の異変で中央に応援を要請するなど断じてならん。わしの監督能力が疑われよう。金は出すから傭兵でも雇ってどうにかしろ。」
この領主が心配しているのは自分の地位だった。その不遜な物言いと理由にはエッジも腹を立てたが感情を殺して抗議する。
「ですが今回の件、明らかに異常な点が多いのです。領内の村にも既に被害が出ております。手遅れになる前にどうか。」
そう言ってエッジは頭を下げた。
「ならん!村がどうなろうと知ったことでは無いわ。わしはわしの街さえあればそれで良いのだ。」
ペールは喚き散らした。それを聞いてエッジは目を見開き、頭を下げたまま苛立つ感情を顔に出した。やはりこの領主とは相いれないなと思う。利益にならない街周辺の村々など消えても構わないらしい。
「それにいざという時は中央が『勇者』を遣わしてくれよう。」
その言葉にエッジは脱力した。先ほどの苛立ちなどたちまちに消え虚無感が胸を満たす。
(ああ……………『勇者』が来れば問題ないね。結局のところ僕らがどうしたってそれで解決だよ。)
ペールとのやり取りを思い返し、やりきれない思いが湧き出てくる。
「エッジ」
そんな思いと格闘しているとマチスに声をかけられ、ハッと我に返る。マチスがまた心配そうにこちらを見ている。
(いかんいかん、あの時の事を思い出すといつもボーっとしてしまう。)
「すまない、依頼の話を続けよう。とにかく中央からの応援は見込めない上に不明な点もある。急いでほしいとは言ったがそれ以上に十分に注意を払ってほしい。戦力に乏しい今、我々も諸君らが怪我でもして戦えなくなっては困る。」
「了解した。それでもう一つの件だが……」
マチスが言いよどむ。表情もなんともいえないものになっている。
「魔物の素材取引の件だね?」
今回、魔物の討伐に伴って追加報酬という形で魔物の素材を依頼している。こちらは商会と仲介する形だ。魔物の素材は一部の層に需要があり希少な素材は高値で取引される。武具に使われたり食用にされたりと用途は様々だ。ただ一つ難点がある。
「ああ………しかし本当に売れるのか?」
心底疑わしいといった顔だった。それも当然で、このグラ連合全域では魔物の素材の取引はほとんどされていない。理由はただ一つ。連合で多く信仰されている宗教、『陽心教』において魔物の亡骸を触ることが禁止されているからだ。魔物の亡骸に触れすぎた者は正気を失いやがて殺戮の限りを尽くしてしまうだろう、というのが陽心教の教えだ。だからマチスの反応はいたって自然だ。
だがエッジには自信があった。このカルメアという街はエーテルの樹海と近いという立地上、住民の祖先達が魔物と遭遇する機会は多かった。まだ外壁が完成していなかった時代には街もよく襲撃されたし、住民が目にする機会も多かったのだ。その上街に多く集まる傭兵は進んで魔物を狩るので、いちいち亡骸など気にしていられない。この街に来る商人も魔物の恐怖よりも利益を優先するような者達ばかりだ。このような人々が集まれば信仰心など薄れるのも当然だった。ただ、薄れたといっても魔物はやはり近づきたくないし、これを商売にするにはリスクが大きい。その上今まではそんな物に手を付けなくとも鉱石で商売していれば良かったのだ。だからこの街で魔物の素材を使った商売を始めた者はほとんどいなかった。これは新たな商売になるのではないか、そう思ったエッジは街の不景気を改善するため商人に魔物の素材での商売を提案した。
ここの商会の人たちは元は鉱石を求めてこの街に来た者ばかりだ。しかしここ数年の鉱石の枯渇でその商売も廃れつつあった。そんな彼らにとってこの新しい商売を始める提案は良い話なのかもしれない。エッジは書類仕事の傍ら、街の様々な団体とやり取りする中で街の商会とも係わるようになった。そして商会に声をかけたところ、いくつか魔物の素材のを取引したい申し出た商会があった。このチャンスを逃す手は無い。だから今回このような形で依頼の仲介をした。
「大丈夫だよ。とりあえずは依頼した量までで任意に納品してくれればいいよ。そのうちこの依頼はもっと増えるさ。」
この商売が街に活気を戻すきっかけになるようにと願いを込めてそう言った。