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 エッジが住むカルメア都市はグラ連合という国の端、北西に位置する人口6000人程の鉱山都市だった。

しかし、現在鉱物資源の多くは枯渇し鉱山都市としての機能を失いつつあった。

10年前に建立されて以来ずっと鉱山で資金を得てきたこの都市は、なんとか残っている鉱物資源でやりくりするしかなかった。

かつて得た潤沢な資金で建てた建物も今ではすっかり廃れて、鉱物の取引で賑わっていた中央広場も活気がなくなっていた。

今、そんなカルメアの街並みを眺めながらエッジはユイを宿に案内していた。


 あれから村に一週間滞在し村の防衛と魔物の討伐を続けた。どうやらエッジが仕留めたリーダー格の『リガルウルフ』という魔物があのあたりを縄張りにしていたらしく、村を襲う魔物は減少していた。

狼型の残党や村周辺にいた他の魔物などを、あらかた狩り終えたあと村を出立することになった。

村を離れる際は子供たちがユイと別れたくなくて駄々をこねていた。親に怒られべそをかきつつも皆ユイのローブの裾を離さなかった。ユイは困っていたが『また来月あたりに会いに来る。』という約束をして何とか妥協してもらった。


 そうして今朝出発して街に着いたのが夕方、門番をしていた衛兵に変わりはなかったか聞いて一旦衛兵団庁舎に移動した後、解散とした。その後ユイに声をかけ街の案内を申し出た次第だった。エッジは少しでもユイとの距離を詰めたい一心だった。


(我ながら早速下心全開なわけだが………何を話そう……。)


少し考え、口を開く。

「村の子供たちには大分懐かれてたね。」

苦笑交じりにエッジは言う。やや距離をおいてついてきているユイは後ろから答えた。

「そうね。」

消え入りそうな声は白ローブの格好と相まって幽霊のようだ。

「あんな約束してよかったの?」

「行く当てもなければ、やることも無い、問題無い。」

対するユイはそっけなかった。あの日以来笑みという笑みは見せず、フードもかぶったままだった。

どうやらフードを被らないといけない理由があるようで、彼女のそっけない態度もそれが素のようだった。エッジはフードを取らない理由については聞かなかったが、二人でいるならとって欲しいとお願いした。躊躇いながらも了承してくれたが、はたしてそんな機会が来るのだろうか。

ユイのやや冷たい態度にもめげず、エッジは話しかける。

「それならまた僕が送ろうか?」

「イシュー村まで半日もかからないでしょ。いらない。」

「最近街の外は何かと物騒だよ?魔物とか盗賊とか。」

「それくらいのものから身を守る術は持ってる。」


(そうか………魔法使えるんだった。)


 ユイは強化魔法が使えた。この世界で強化魔法を人にかけれるレベルに操れるのは、そこそこ卓越した技術を持つ者たちだけだ。盗賊やそこら辺の弱い魔物程度なら簡単に撃退できるだろう。

やや間をおいてユイは続ける。

「それに………衛兵団の隊長を私的な事情で振り回していいわけないでしょ。忙しい身なんだから。」

そう言った彼女の声はやや小さかった。立ち止まったエッジをおいて先先行ってしまう。冷たく不器用ではあるが、エッジのことを考えて断っていたらしい。


(やっぱり、優しいじゃないか。)


エッジは先を歩く彼女の背中を眺め追いかけつつそんなことを思った。日は沈みつつありあたりも大分暗くなり始めていた。魔法で光る街灯に仄かに照らされた彼女の後姿でさえ、エッジにとっては愛おしかった。

白いローブの後ろ姿はただの白い人型だ。なのにどうしてこんなにも惹かれるのかエッジ自身理解できないくらいだ。やがて彼女を追い越し、振り返って言った。

「それもそうだね。ありがとう。」

そう言ってもやはり彼女は無言だったが今はこれで満足しておくことにした。エッジは案内を再開する。いつかフードの下に隠れた顔からあの時のような微笑みが見られることを期待して。


 それから歩き続けて10分ほどで目的の宿屋に着く。

カルメアは北東に鉱山を構えていて、北東に行くほど鉱山夫の住宅街や生活用品などの雑貨が多く逆に南西は外から来た商人の露店や、そういった商人や旅人のための宿屋が多かった


 一階の酒場を兼ねた宿屋のカウンターに居る30代くらいの女性に話しかける。

「やぁやぁアメリアさんこんばんは。繁盛してる?」

「エッジじゃないか。帰ってたのかい、おかえり。店の方は見てのとおりだよ。」

そう言って答えた女性はアメリアというこの宿の女将だった。ここの酒場は良いつまみと酒を出してくれると評判でエッジもよくかよっていた。しかし、店の方は仕事終わりの混み合う時間だというのに空いてる席がちらほら見受けられた。

「大丈夫、来週から知り合いの傭兵団がくるからきっと繁盛するよ!それにたぶん商人の数もまた増えてくと思うから期待してて。」

エッジはとある要件で昔なじみの傭兵団を呼んでいた。これがうまくいけば街はまた少しずつ活気を取り戻すだろうとエッジは考えている。


 それに対してアメリアは困った顔をした。

「そうなの?そりゃうれしいけどガラの悪い連中だったりしないかい?」

何かと気性の荒い鉱山夫や街に来た傭兵などが来る酒場を切り盛りしているだけあって、アメリアは女丈夫といった感じで客に手際よく元気に対応している。だが、まれに外から来たガラの悪い連中が無理な注文をしたり下品な真似をしてきたりと店を困らせることがある。アメリアもそのことは心配だった。

「呼んだのはお行儀の良い奴らだよ。それに夜であっても街の治安は僕らが守るから、安心してよ。」

今回呼んだ傭兵団はエッジの古巣だった。なかなか気持ちのいい奴らで街で問題を起こすほど馬鹿じゃないというのがエッジの評価だった。

「まぁあんたの知り合いだっていうんなら信用できるんだろうさ、いざとなったらあんたを引っ張って来ればいいしね。」

そう言ってアメリアは闊達に笑った。エッジも少し顔を引きつらせながらも笑う


(ま、まぁ夜中に呼び出されて残業は勘弁だから、なるべくそうならないで欲しいのは俺の方なんだけど………。)


 そして、アメリアはエッジの後ろにいるユイに目を向けて問いかけた。

「で、その子はどうしたんだい?遠征先で拾ってきた彼女かい?うちの宿の壁は薄いよ?」

興味深々といった感じでエッジに聞いてきた。わざとらしく最後の一言は耳打ちするように言った。アメリアはやけに楽しそうだ。

「仕事で知り合った子で、少し世話になっただけだよ。しばらくここに滞在するらしいから、部屋は空いてる?」

「空き部屋ばっかだよ、残念ながらね。」

アメリアがため息交じりに答える。エッジは後ろを向いてユイに聞く。

「どうする?」

ユイはアメリアの前に出て言った。

「とりあえず一週間お願いします。」

「はいよ。」


 そんな具合に料金の支払いを済ませユイは部屋の鍵を受け取った。そして、エッジの方を向いて言った

「案内ありがとう、お疲れさま。」

「どういたしまして、それで、明日さ街を案内したいんだけど………どう?」

「………あなた暇人なの?」

ユイは皮肉を込めてそう言った。そんなわけないことはユイもわかっていた。だからあえて冷たく突き放した。そうでもしないとこの人の良い青年は無理をしてしまうと思って。ユイは階段を上る。部屋は二階だ。

「明日は非番!皆に休めって言われちゃって。明日だけは暇人だよ。」

エッジはそんなユイの皮肉も突っぱねた。

「休暇なら、私に付き添わなくてもいいでしょ?好きなことすれば?」

「好きなことを考えた結果がこれだよ。」

エッジは階段を上りつつあるユイを見つめた。下から見上げているので彼女の瞳が見える。どうこたえるか迷っている彼女の表情を見れただけでも満足だった。

「好きにすれば。」

ユイは消え入りそうな小さな言葉を残して、そのまま階段を上って行った。


 ユイが上り切ったのを見届けた後、エッジは店のカウンター席でそのまま飲むことにした。

「お仕事お疲れさま。」

アメリアがエッジに酒とにつまみを出してくれた。魔法で冷やされたエールをあおりあぶられたベーコンをつまむ。

 

 店の客は皆酔って大声で話しており、こちらの様子を気にする者はいなかった。自分の周りに人がいないことを確認してエッジはつぶやく。

「彼女は仕事で出会った子だけど、案内を申し出たのは半分は単なる僕の私情だよ。」

「半分はそうじゃないんだろう?わざわざうちの店を案内するなんて……訳ありかい?」

アメリアの店は街の入り口からも衛兵庁舎からもやや遠い。案内するなら他に宿屋は沢山あった。

「たぶん………何かはあると思うんだ。」

あれほど頑なに顔を隠したがるのだ何かあると思うのが普通だ。そして何より魔の樹海にいたというのが非常に怪しい。いったいなぜあんな場所にいたのか。

「たぶんって………それにここに厄介ごとを持ち込むのはやめておくれよ。」

「ごめん………でもどうしてもなるべく安全な場所を案内したくて。お願い!彼女の素性は聞かずにそれとなく助けてあげて!こんなの頼めるのアメリアだけなんだよ。」

エッジは頭を下げて頼み込んだ。


 アメリアの店は街全体で見ればそれなりに繁盛しているが、店周辺は人通りが少ない。人目を避けている様子のユイにはここがいいはずだとエッジは考えていた。それでいてエッジの知り合いで女性が経営しているのだからアメリアを頼るのが一番だった。

アメリアはため息を吐きながら答えた。

「やめとくれよ、まったく………一応それとなく気にはしてみるよ。」

「ありがとう!やっぱり、アメリアは最高だね!」

「相変わらずおおげさだね、あんたは。」

あきれながらアメリアは言った。エッジはというと厨房から顔をのぞかせていたアメリアの夫のウォレスに睨まれて両手を上げていた。両手を上げながらエッジは安心していた。


(とりあえずここで預かってくれるなら大丈夫だろう。)


 それからアメリアはエッジの好きな蒸留酒を注ぎながら聞いた。

「あの子のことずいぶん気にしてるみたいじゃないかい。惚れてんの?」

そう言って面白がるようにエッジを見る。

「実はひと目惚れでして……。」

照れつつもエッジは正直に答える。隠すつもりもなかった。

アメリアはさらに面白がる。豪快に笑ってこう言った。

「そうかい!そうかい!ならよかったねぇ、ありゃきっと脈アリさ。」

「えー、でもあの子すんごいつめたいよ?」

すると奥からウォレスが出てきた。

「出会った頃のアメリアもあんな感じだった。」

「そうだよ、本当に興味ない奴ならもうちょい愛想良くして適当にあしらってるよ。冷たいのは素の自分を見せて良いってくらいに気を許してるってことさ。」

「それはちょっとポジティブすぎじゃ………」

「いいのいいの!ポジティブすぎるくらいでガンガンいきなさい!応援してあげるからさ。」

エッジはアメリアにバシバシ背中をたたかれ、その後アメリアの昔の恋愛話や惚気などを聞かされ、挙句の果てには周りの常連客集まってワイワイ今昔の恋愛トークを聞かされる羽目になった。それでもエッジはとても楽しかった。


(今日は早めに帰ろうと思ってたんだが……まぁ楽しそうだからいいか………この店のこういうところも好きなんだから。)


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