ユイと呼んで
周囲に人がいないことを確認して話しかける。
いろいろと聞きたいことはあったが、まずは先の戦いでの礼を言った。
「さっきはありがとう。」
「礼を言うのはこっちでしょ?」
彼女は首を傾げた。苦笑した。
「お祈り、してくれたでしょ?おかげで無傷だよ。」
ただし、あれがただのお祈りで無いことは理解していた。
あれは強化魔法の類だった。
この世界には魔法というものが存在する。
万物に宿り空気中にも漂う魔力を集め己のものとし魔法をなす。強化魔法は魔法の基礎だった。そこから個々の属性ごとに扱える魔法が変わってくる。
しかし、強化魔法は他人にかけるとかなり弱まる代物だ。並の人間が使っても大した効果を与えられない。よって、彼女が強化魔法をかけたところで気づかれることも無いと思っていたのだろう
「よく気付いたわね。」
彼女は大して驚いていない様子だった。フードで顔が隠れているので、表情が見えず感情が読めない
「人の魔力に敏感で強化も受けやすい体質なんだ。」
魔力は大まかに分けて二種類ある。
生物にのみ宿る魔力と空気中か物質の中にある魔力の二つだ。
生物は個体ごとに固有の魔力を備えており、これは『練魔力』とよばれている。
この練魔力を体外に放出することで、その練魔力ごとに決められた属性の魔法を操る事ができる
一方、空気中や物質の中にある自然の魔力は『純魔力』と呼ばれていて、生物にも宿っている。
『発熱』という単純な効果のみを持っており、身体強化、発火、自己治癒といった魔法の基礎に必要な魔力だ。
この練魔力が他人の強化を受けづらい原因で、個々の練魔力が反発しあっているというのが有力な説だった。
「強化を受けやすい?」
「そうさ、生まれつき練魔力に属性が無いらしくてね。」
僕の練魔力には属性が無く属性魔法を行使することができなかった。よって僕が扱えるのは魔法の基礎だけだった。
「属性を持たない練魔力は他の練魔力と反発しにくいみたいなんだ。」
「そんな人いるのね………。」
淡々と、さして興味もないように彼女は答えた。
少しの間沈黙が続き
「とーにーかーくー、ありがとう‼あれがなければ無事に戻って来れたのかも怪しいっていうのは確かなんだ。」
無理やり明るくして言い放った。どうもさっきから彼女の雰囲気にドキドキしていた。短い沈黙も耐えられないのだ。
(顔も見えてない上に会ったばかりの女性に何ドキドキしてんだよ。)
「大した事はしてない。」
それでも彼女はそっけなかった。だが僕はそれで良かった。
「そんなことはないよ。あの緊迫した状況の中でも君の思いは確かに伝わったよ。」
魔法をかけてくれた彼女に笑いかける。
「思い?伝えた?何それ?」
彼女の声は僕とは対称的に冷笑する様だった。くだらないとでも言いたげな彼女に至極真面目に返す。
「魔力は感情に依存するんだよ。例えばどんな高等な治癒術も相手に対する思いやりが無いとへなちょこさ。」
この理論を説いてくれた自分の師を思い浮かべて語った。
「聞いたこと無い。金次第で患者を見捨てるような医者も普通に治癒術を行使できるわ。そんなことあるわけないでしょ。」
信じないのも当然だった。一般的に魔法を扱う上で重要視されるのは長年積み重ねてきた技術とイメージだ。患者に思いやりのない術者でも治癒術は使えるし、感情に依存するなんて理論聞いたことも無い。そんなことを思っているであろう彼女に言った。
「『がんばって。』」
「なに?」
「『この子達を守ってほしい。そして無事に戻ってきてほしい。』そんな君の優しい思いが伝わってきたよ。」
彼女の強化を受けたとき、僕が感じたシャボン玉のようなものは僕がイメージした彼女からの思いだった。子供たちを守りたいという優しさが、僕に無事に帰ってきてほしいという暖かさが、シャボン玉になって包み込んでくれた。
エッジは彼女から受け取った優しさを知ってほしかった。自分があの強化魔法にどれだけの勇気をもらったのか、言葉だけでも伝えたくて更に続ける。
「君の祈りは皆を守る重責と不安で苦しかった僕にとって、とても元気の出る強化魔法だったんだよ。君のキレイな願いを聞いたから僕も『やってやろう‼』『負けない‼』って、そう思えたんだ。どんな高等な強化魔法よりもずっと力が湧いてきたんだよ。」
胸に手をあて、あの暖かさを思い浮かべながら穏やかに言った。言葉で伝わるのかわからなかったが、とりあえず感謝の気持ちは十分伝えられただろう。今はそれで満足しておくことにした
僕の言葉を聞いて彼女は黙り込んでしまった。どうやらこれ以上この話を続けるつもりはないようだと感じて話題を変えることにした。
「君はこれからどうするの?行く当てはある?なければ街まで来ない?街までなら僕等が送ってあげるよ。」
彼女は答えない。
(考え中かな?顔が見えないからわかりずらい。)
やはり感情が読めない。ここは思い切って言ってみようと切り出す。
「フード取らない?」
「どうして?」
この問いにはすぐ答えた。警戒心をあらわにして。
「表情が見えないから何考えてるのかわからないよ。会話しずらい………。」
すると彼女はまた黙り込んでしまう。やはり無理にやらせない方がいいかと声をかけようとした。それと同時に彼女がフードに手をかけて素顔があらわになる。声が出なかった。
(きれい……かわいい………。)
ひと目惚れだった。『きれい』『かわいい』それ以外の言葉が自分の中で見つからない。
艶のある綺麗な銀髪はまっすぐで、整った鼻筋、長い睫毛、切れ長の目つきは鋭く全体的にやや冷徹な雰囲気がある。それでいて瞼と平行な眉は穏やかで眠たげな印象を与えていた。
どれをとっても僕の好きなパーツであり、どれ一つ欠けてはいなかった。
僕の好きな人がそこに居た。
「どうかした?」
何も言わないで固まっている僕に彼女は問いかけた。
「………かわいいなと。」
なんとか搾り出したコメントはただの本心だった。
(ナンパかよ‼)
自分の言ったことを後悔した。なんでこんなことしか言えないのだろうと。
彼女は少し驚いた表情をしてからこたえた。
「そういうあなたもなかなか可愛いと思うけど。」
彼女は微笑んでいた。それだけで自分の醜態などどうでもよくなった。一目惚れの衝撃から立て直して冗談っぽく返す。
「よく言われるよ。まぁ事実だからね。」
わざとらしく堂々と胸を張った。僕は20だが童顔で10代の少年のような顔立ちをしていた。金髪で彼女とは対照的に丸くてパッチリとした瞳、丸顔は暖かい印象があるらしい。かつらでもかぶれば少女に見えるだろう。小さい頃などはそれはよく女の子のように可愛がられたものだ。小さい時分にはそれが嫌だったが、時が経つと僕はそれを自分の個性だと割り切っていた。かわいくていいのだと。
「変な人。」
彼女はまたも微笑み、それから表情を戻してしばらくしてから切り出した。
「街に送ってもらうっていう話、お願いしようかしら。行く当てはないし、しばらく街に居ようと思う。」
「そうかい。それは良かった。」
「良かったの?」
「すごく良いよ!」
どうするか………とりあえず少しずつ話しかけて距離を詰めるところからかな………。
何も考えずに彼女と仲良くなりたいと思っていた。仕事の話を忘れ、彼女への様々な疑惑もそっちのけで近づきたいと、そう思っているのだ。
それから一つ大事な事を思い出した。
「大事なことを忘れてた。お互い自己紹介がまだだったね。僕はエッジ・アルマス。カルメア都市衛兵団隊長を勤めているよ。君の名前は?」
すると彼女はわずかな間をおいてこう答えた。
「ユイ……ユイって呼んで。」
これが僕とユイの出会いだった。