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 リーダー格の魔物を討った後はあっけないものだった。他の魔物は完全に恐れをなして逃げ去り、それを感知した魔物も逃げ去っていく。といった感じに恐怖は伝播していき、ついには1体もいなくなった。その後皆と合流し無事に依頼があった村に帰還した。保護した少年たちは家族の元に送り届けた頃には夕方を過ぎ辺りが暗くなりつつあった。


 今いる場所はグラ連合カルメア領のイシュー村という村だ。俺たちは都市カルメアの衛兵団であり、街の治安維持から有事の際の防衛までこなす集団だ。

まともな都市なら騎士団が存在し都市の防衛は彼らの仕事なのだが、カルメアという都市は経済的にも人員的にも貧弱で、金と人材が必要な騎士団を創る余裕が無かった。


 今一度この村に至るまでの事を思い返してみる。

事の発端は一週間前の報告だった。今から一週間ほど前イシュー村から、周辺の魔物が活発化しており被害を受けているとの報告が入った。どうやら村人たちでは手に負えない魔物らしく、すぐにでも来て村を守ってほしいとのことだった。さっそく魔物の討伐隊を編成、1小隊6人編成の2小隊で向かった。本当はもっと連れて行きたかったが、衛兵団の人員を考えるとこれが限界だった。


 そして今日イシュー村に着くなり村人にすがり付かれた。魔の樹海に子供たちが迷いこんでしまったので助けてほしいと。聞けば忽然と子供たちが村から消え、慌てて村民たちが探しに行ったところ真新しい足跡が樹海に向かって続いていたという。しかしそれは途方もない話だった。イシュー村の北西に広がる魔の樹海は浅瀬であっても()()()()()()広い。この人数で隈無く捜索するなら、何十日かかるか分からない。


 なので、とりあえず隊員達に意見を聞いた。

「見込みは薄いでしょう。子供たちが迷い込んで既にかなりの時間が経過しています。どこに向かったか検討もつきません。さらに現在は昼を過ぎたところ。夜までの時間もそう長くはありません。」

そう答えたのはカイルという40代後半の男だった。

副官のような位置にあり、20になったばかりの僕の経験不足を補うような存在だ。カイルはさらに続ける。

「最近の魔物の活発化を考えると浅瀬も危険な領域でしょう。何より捜索するにも人員が足りません。村人達には申し訳ないですがここで隊を危険にさらすわけにはいきません。」

他の隊員も同意見のようだった。


 今一度自分たちの置かれている状況を考える。


(カイルの言ってることは正しい。夜の樹海は危険だし、夜までに捜索を切り上げないといけない。

夜までの時間も少ないし、それにこの人数では浅瀬も全く危険でないと言い切れないだろう。)


ここで無理に捜索して負傷者や死者が出て隊の人数が減ると、今後の村の防衛や魔物の討伐も厳しくなる。

それでも、まだ諦めたくなかった。


(本当に助けられないのか?子供を見捨てるなんて気持ちの良いもんじゃない。皆もそう思っているはずだ………説得の余地はあるだろう。)


皆を納得させる言葉を考え、そして告げる。

「ここで子供を見捨てれば団の評価に係わる。僕らが何もしないままでいれば良い印象は受けないだろう。僕らの印象が今よりも悪くなると、衛兵団が更に縮小されかねない。」


 これは持論だが、人は何かしらの事件があると本質を無視して何かを非難し悪化させる場合がある。今回の件であれば本質は『子供を助けられなかった』事であり非難される可能性があるのは『衛兵団』だ。そして結果として待ち受けるのは『捜索に向かわなかった衛兵団員の解雇』という悪化だ。たとえ村民に事情を説明したとしても、『行かなかった』という事実は印象を悪くする。その悪印象のみが噂となって広まる、などということも起きかねない。

「バカバカしいとか、そんなわけ無いとか思うだろうけど、きっと皆誰かに責任を負わせたがるよ。」


 ここらで例を挙げてみようと目があったルーカスに問いかける。

「去年孤児院の人員削減があったと聞いたんだけど。あれはどういった理由で決められたか知ってるかい?」

「街の孤児の割合が減少したからだって聞いてますけど………。」

ルーカスが答える。


 この街の孤児院は初代カルメア領主の方針により街からの支援で運営されていた。しかし、近年街の食料事情が安定し治安が安定するにつれ孤児の数は減ったはずだと、領主が運営費削減を言い渡した。そうしてやむなく人員削減が行われた。

「だが実際には違う。皆も知っての通り街の外の治安は良くない。土地も痩せていてあまり作物も育たない。街の外の住民は皆、貧乏な生活を強いられている。おかげで村を守るお金さえも集まらずに魔物に襲われてしまう。現在孤児の多くは街の外の村や集落から来ているんだ。」

魔物の討伐などで村を守る仕事柄、衛兵団員は街の外の治安の悪さや貧しさを良く知っている。遠征の途中で寄った村で何人か孤児を保護してきた。そのほとんどが魔物の襲撃で親を亡くした子供だった。対して、街からあまり外に出ない街の住民はそれを知らない。商人の噂位でしか領内の村の話など聞かないのだが、その商人の数が年々減少してきているのだ。


 そこでルーカスが何かに気付いたように呟く。

「あ………こないだの孤児院長とかの解雇。」

「そう、それだよ。孤児の数は変わらないのに行われた孤児院の人員削減によって、職員一人にかかる負担は一気に増えた。やがて孤児をしっかり育てられなくなり、院長が監督不行き届きを問われ、院長を含めた一部職員が解雇されたんだ。」

結果として現在補充に充てられた新人職員たちは悲鳴をあげ、惨事はまた繰り返されようとしている。


 以前この事を調べ心底悲嘆した。職員への同情もそうだが、自分たち大人の不甲斐なさのせいで子供が健やかに育てられていないのが心苦しかった。

「我々が今同じ状況下にあると。」

問いかけてきたカイルに頷く。


 衛兵団はここ3年ほどで縮小されている。具体的に言えば街から出る経費の削減だ。にもかかわらず街の外での仕事は年々増加し、いつしか対応しきれなくなるだろう。その時真っ先に非難されるのは間違いなく僕達自身なのだ。そして、今がまさにその瀬戸際であると主張した。


 一同は押し黙った。悩んでいるのだろうか。どうすればいい?どんな言葉をかければ彼らは動いてくれるのだろうか?わからなくて、それでも一つ一つ思いを言葉にした。

「僕は………助けに行きたい。………このまま何もかも捨て去って一人でも行きたい。そんなことできないけれどそうしたい。理屈と損得勘定で考えた言葉を並べたけれど、僕はただ子供たちを助けたいだけなんだ………。どうか力を貸してほしい。子供を助けずに得たお金で食べるご飯なんて嫌なんだ。」

説得しようと思ってどうにか出てきた言葉は言い方を悪くすれば我儘だった。結局は自分の気持ちの問題だった。自分を嘲笑った。


(こんなにもエゴに満ちた主張があるものかよ。)


「そりゃまぁ嫌ですよ、みんな。子供を助けて食う飯のがうまいにきまってまさぁ。行きましょう隊長。」

隊員のオースが陽気に答える。

「同感です。やっぱ子供見殺しなんて胸糞悪いですよ。」

ルーカスも賛同し

「そのような抗弁を垂れずとも私はあなたに従います、エッジ。」

カイルが僅かに笑みを浮かべた。己が気持ちを吐露しただけの僕は驚いていた。


(最後のは自分の感情をぶちまけただけの言葉だった。あれで納得できたのか?いや、やはり皆も子供を助けたいとは少なからず思っていたのだろう。)


もちろんあまり賛同できない者達もいた。ベイスは露骨に嫌そうな顔をしていた。ルーカスが睨んだが仕方の無いことだった。それでも特に反対などせず、命令に従ってくれるようなので感謝した。


 かくして村の防衛隊と捜索隊に分かれ、捜索は開始され、見事子供を保護し全員の生還を果たしたのであった。


 今、目の前では救助した子供たちとその両親が涙のまま抱擁をかわしていた。それを見て何度も思う。


(もう無理かもって思ってたからな。助けられて良かった…………本当に………。)


胸のあたりが暖かくて嬉しくて穏やかになる。この瞬間だけは戦いで張りつめた心を解きほぐして、全身の力を抜いていたい。僕にとってこの光景はそう思えるものだった。


 そうして感慨に耽っているといつの間にかカイルが隣に立っていた。気が抜けすぎたせいで全く気付かなかった。

「良かった、ですな。」

「うん。」

カイルは微笑んでいた。この柔和な笑みを浮かべる初老の男はいざ武人の顔になると冷徹で合理的な判断を下す。

「君が一切反対しなかったのは意外だった。どう考えても無謀な捜索だったし。」

だからこそカイルが捜索に賛成したのがエッジには驚きだった。

「そうですなぁ、年をとって情に流されやすくなったのかもしれません。」

納得できなかった。そんな僕を見てカイルは今度は闊達に笑った。

「納得できていないようですな。ならお教えいたします。私を含め皆あなたの言葉と人柄に動かされたのですよ。」

この衛兵団に赴任して1ヵ月。隊員たちに信頼されているか疑問だった僕にとって嬉しい言葉だった。だが同時に実感もわかなかった。

「あなたが包み隠さずぶつけてきた本心が、ただの願いが、我々にも伝わってきたのですよ。その願いに共感した者はあの場の全員だったのです。ベイスなどは愚痴を垂れておりましたが、あの利己主義の男が何だかんだ言いつつも命令に従ったのです。思うところがあったのでしょう。」

カイルはまるで自分の事のように自慢げに話していた。


 この男、今でこそこんなにも表情が柔らかいが、エ隊長に赴任してきた初日はかなり冷たい態度だった。親と子程に歳の離れた者が上司とあっていろいろと思う所があるのだろう。そう思うが故に納得できない。

「やはり納得できない様子ですな。」

「そう見えた?」

 

 色々考えていたら見透かされた。自分の服の袖に綿毛のようなものを見つけ、それをいじりながら自分の考えをまとめる。気分は親に悩み事を相談する子供のようだ。年の差のせいか、どうもカイルを前にするとそんな気持ちになってしまう。

「衛兵隊といっても、考え方や職務に対するスタンスは様々でしょ?家族を養わないといけない人だっていっぱいいるし、適度に稼いで自分の身さえ守れればそれでいいって人もいる。………そんな中で危険を冒してまで他人を助けに行けるのかなって、そう思ってた。」

ここに赴任する前は首都の騎士団にいた。その中にも様々な者が居たのを思い出す。そのころ常に疑問に思っていた。この者達ははたして職務に関係の無い状況でも誰かを守るのだろうかと。市民を守りたくて志願した者は半分にも満たないのではないかと。


それに対してカイルはこう答えた。

「そうですな、隊にも色んな事情の者たちがおりましょう。それでも我らは志願したのです。この街を守るという職業に。その事に何の思いも抱かずに入隊した者はいないのです。騎士に憧れた者も、養う家族がいる者も、どんなに利己主義な者でも、『守りたい』とそう思っているのですよ。」


 そう言ってからカイルは改めて僕のほうを向いた。

「今回の事態、子供たちの救出という結果をもって収束された事、お見事です。」

「僕が特に何かした訳じゃない。誰かのおかげだと言うなら衛兵団全員のおかげだし、子供たちを見つけられたのも完全に運だ。皆を救えるような圧倒的な力なんて僕には無いんだから。」

「それでも捜索を提案されたのはあなたなのです。あなたが心から願わなければ誰も動かなかった。あの言葉には人を動かす力があったのです。」

「そうかな。」

カイルは力説した。彼はこと僕の事になると熱弁をふるうようになる。勢いに押されて大した返事もできなかった。

「今回のことで改めて確信しました。やはりあなたは我々を率いるにふさわしい人だ。これからもどうかよろしくお願い致します。」

カイルは至極真面目に言って一礼して去っていった。



 思案しているとふとこちらに向けられた視線に気が付いた。白ローブの女だった。相当懐かれていたらしく村に着くまでは子供たちがぴったりくっついていた。だが今は一人だ。


(話すなら今か。聞きたいことは色々ある。正直に話してくれるかわからないが、さっきの礼も言いたい。)


そんなことを考えながら彼女に近づいて行った。 

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