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1-1

 鬱蒼と茂る草木が広がる空間、どこまでも森が続いていくその中を歩き続ける1つの集団があった。

その集団の表情には全体的に疲弊の色が見られた。


 そのうちの一人、大きな盾と槍そして鎧でしっかり武装した男が言った。

「隊長…………まだ………続けるんですか………。」

男は額の汗を拭いながら疲弊しきった表情でうったえた。

男の名はベイス。このメンバーの中で一番の重装備であるため歩くだけでも、かなり体に負担がかかるはずだ。


 ベイスにこたえようと口を開いた時、遮るように答えた者がいた。

「大して辛くも無いのにわざとらしい顔すんなよ。隊長が困ってんだろ。」

やや苛ついた表情で盾と槍の男を非難した男は、集団の中ではかなり若く15歳程の少年だった。

名前はルーカス。二人はことあるごとに衝突していた。

「うるせぇなぁ、こちとら重装備で文句でも言わねぇとやってらんねーんだよ。」

ベイスは煩わしそうにわめいた。

周りの者の装備は全員軽めの革鎧と武器のみで、武装の重さ比べてみると断然ベイスの方が重い。

「知ったこっちゃないっての。鍛練が足りてねぇんじゃねーの?おっさん。」

ルーカスが小馬鹿にしたように笑う。

「あぁ?」

ベイスが声を荒げて少年を睨む。

 

 喧嘩がヒートアップしてきたので止めに入る。

「ベイス、ルーカス」

二人の間に割って入って話す。

「ベイス、辛いだろうけどどうしても可能な限りやりたいんだ。もう少し辛抱してくれ。

ルーカス、僕を困らせまいと気を利かせようとしてくれたんだよね?でも、ベイスに辛くあたるのはやめるんだ。」

二人の顔を見据え真剣に話す。


 するとベイスは何か言おうと口を開き………そこから出て来たのは深いため息だった。

そしてやや言いづらそうに、こう切り出した

「あーいや………えー………任務中にわめいてすんませんでした。」

ベイスは素直に謝った。

それを見てルーカスはやや居心地が悪そうに言った。

「お、俺もちょい辛辣でした。ごめんなさい………。」

そっぽを向きながら、口早に話す語尾は聞き取りづらいくらいに萎んでいた。


 とりあえず収めることができたらしい。

元の位置に戻り再び歩き始めた同行者全員を見て、良かった……と胸を撫で下ろした。


 俺、エッジ・アルマスは一カ月前カルメアという街の衛兵団に隊長として赴任したばかりだ。団員の統率は未だにとれておらず、衛兵団に馴染んできたとも言えない。この状況も不安ばかりだった。


 この森は『エーテルの樹海』と呼ばれる樹海の浅瀬の部分。

中には数十万もの魔物が住んでいると推定される危険な樹海だ。

浅瀬なので魔物の数も少なく、いたとしても危険度の低い魔物だけだが、それでも危険な場所であるのに変わりはない。

先ほどから狼の遠吠えのようなものも聞こえる。

そんな危険な場所を歩き続けるのには理由があった。


 樹海に入り込んだという子供の捜索だ。

何が原因かは分からないが、近くの村に住む子供が樹海に行ったっきり戻らないのだという。

浅瀬であっても魔物と出くわす危険はある。ましてや近頃は樹海近辺の魔物の動きが活発だという報告が多数ある。


 子供が魔物などに出会ってしまえば、たとえ1体でも危険極まりない。当たり前の事だが子供が魔物のエサになることなんて考えたくなかった。

また遠吠えが聞こえた。と同時に視界の端に肌色と赤い色をした何かをとらえた。

一瞬にして自分のはらわたが締め上げられる様な感覚と焦燥でいっぱいになる。

色合いから嫌でも想像してしまうのだ、首を食い千切られ臓物を引きずり出された子供の遺体を。


 隊を呼び止めすぐさま辺りを警戒しつつ『何か』に近づく。はたしてそれはオークの死体だった。

獣型の魔物に襲われたのだろう、首筋に噛まれた跡があり、横っ腹から無残に食いちぎられていた。

しかし、だとするとこの状況は不可解だ。この死体にはまだ食べられるところが残っているのだ。

考えられる可能性はいくつかある。


 今、その可能性の中の最悪の一つの状況下にあることがわかった。

「隊長!反応ありました‼2時の方向で5人‼」

今まで黙って辺りを警戒していた女が報告した。彼女の右手首には紐が括り付けられており、その先には光る石がつけられていた。

それを聞いて先ほどまでの焦燥や不安が和らいだ。

「これは………おそらく囲まれています………数は………およそ40です。」

しかし、また一瞬にして焦燥と不安が体を覆う。


 先の遠吠えと40という数、そしてこの状況を鑑みるに、狼型の魔物の群れに囲まれている事が想像できた。

考えられる最悪の状況、それは魔物の群れがオークの他、さらなる獲物を見つけたということ。そしてそれが樹海に迷い込んだ子供たちであるということ。


 魔物に囲まれた危機的状況な上に厄介な状況でもあった。

狼型の魔物は統率がとれていて狡猾だ。上手く連携して襲われると対象を守りづらい。

少し考え早急に命令を下す。

「僕が先行し包囲を崩す。その隙に子供のたちの付近にいる魔物を全員で狩る。後に子供たちのまわりに展開、ベイスは子供たちにくっついて、いざとなったら盾になって。」

「了解。」

全員の返事を聞いて走り出した。


 エッジはありったけの力を脚部にこめた。瞬間、大地を踏み叩き、烈風の如く駆け抜ける。うっそうと茂る草木の中を滑るように走り、樹々の合間をぬい、いち早く目的地にたどり着く。


 集団はすぐに見つかった。狼型の魔物に5人の人型。それと同時に向こうもこちらを見据えた。こちらを推し測るようなの眼差しを受けつつもなお脚は止まらない。


更に接近し、腰の剣に手をかけ、魔物のうち1体がエッジの前に躍り出る。

そしてエッジと魔物の影が重なり──────

「フッ‼」

ただの吐息にも聞こえる短く鋭い声と共に剣が一閃。

金属音のような奇妙な音が聞こえた後に、地面に2つ落ちるものがあった。

狼の形だったそれは口の裂け目から胴体ごと真っ二つにされていた。


 そのまま死体を確認せずに集団の中心へと向かう。途中向かってくる魔物を切り伏せつつ、ようやく5人の人間が無事でいるのを確認して心底安堵した。


(あぁ………良かった………でもこれは………。)


 5人と聞いて全員が子供だと思い込んでいた。しかし、一人だけ明らかに子供の体格でない者がいた。

白いローブをまとい、頭にフードを被っていて顔はよく見えないが、服の上からでも確認できる僅かな胸の膨らみから女性であることがうかがえた。


(確認は後だ………後続は………もうすぐだな………。)


 周りを確認し残りの隊員がすぐそこまで来ているのが見えた。襲いくる魔物を片っ端から切り捨てている間に皆がたどり着く。付近の魔物をあらかた片付けたあと、隊員に呼び掛ける。

「よし、展開‼ ベイス、頼んだよ‼」

「了解。」


 エッジは5人の隊員に守りを任せた後魔物の中に飛び込んだ。魔物の注意を引き付け、積極的に数を減らすためだ。この程度の浅瀬の魔物なら一気に100体来ても生き残れる自信があった。


 向かってくる魔物を切り捨てつつ向こうの状況も常に確認する。どうやらこちらに数が割かれているようだ。向かってくる魔物の数は少なく、仕損じがあってもベイスが防いで仕留めてくれている。


 しかし、戦っている間不安に思っていたことがある。

(リーダー格がいない………。)

狼型の魔物の群れならリーダー格の魔物がどこかにいるはずだった。


 考えているうちに魔物の数は10体以下にまで減っていた。魔物も最初の勢いはすっかりなくなり、そして遠吠えが聞こえた。それを聞いて魔物達は逃げ出した。ひとまず凌いだらしい。


(とりあえず落ち着いたか………本当に間に合って良かった。)


 構えを解いて、子供たちに目を向け歩きだそうとした瞬間。

「隊長」

「あぁ………囲まれているね?」

こちらを包囲しつつある何かを感じ取った。

「数は………およそ300弱………リーダー格と思われる強大な存在が9時の方向に。」

今度はリーダー格がいるらしい。300という数から先の40は小隊で、本隊は相当大きな群れのようだ。リーダー格となる魔物の強さも相当だろう。


 またしても不安が胸に充満する。今度は皆無事で帰れるかどうかという不安だ。

この数ともなると隊員全員が己が身を守りつつ撤退するのが精一杯だ。

だが、もうこの状況を打破する方法は定まっていた。エッジは腹を括る。


(無傷ではすまないかな。)


そんなことを考えながら、隊員を見渡す。

多少緊張している者はいても、慌てる者はいない。

こちらを見据え静かに命令を待っている。どうやらやる気は十分らしい。


(隊長として少しは信頼されていると見ていいのかな………)


全員の命を預かっている身であり、自身も少し緊張していたが、隊員の表情に勇気をもらった。隊員に声をかける。

「全員陣形を維持していてくれ‼僕がリーダー格を潰してくる‼」


 そして子供たちの方も見た。

「あともう少しの辛抱だよ。ここで待ってて。」

かえり血を浴びた姿では怯えるだろうから、遠くから可能な限り優しく声をかけた。

安心できるわけでもないが、何も言わずにいるよりはマシだろう。


 子供たちに背を向け、気合を入れ緊張も不安も振り払うように走り出す、その瞬間声をかけられた。

「待ってください。」

白ローブの女だった。初めて掛けられた声にエッジは内心ドキリとした。どういうわけか声をかけられたことや出鼻を挫かれたことより相手に緊張していた。この状況に対する緊張とは別の所で心を張り詰めさせていることに、エッジ自身も困惑し、そのことが余計に心音をうるさくさせていた。


(な、なんだろう……動悸が……。)


エッジの前まで来ると短く祈るような動作ののちにこう告げる。

「お気を付けて。」

小さくて聞き取りづらかったが、確かにそう言っていた。

そして、エッジは体の内から暖かい力のようなものが湧き上がるのを感じた。エッジを優しく包み込み、不安から守り、勇気や元気をわきあがらせてくれるそれは、暖かいシャボン玉だった。


(なるほど………。)


「君の思い、確かに受け取ったよ。」

そう告げて今度こそ走り出す。


 木々をかい潜り、邪魔な魔物を薙ぎ払い、先の疾走よりなお速く、ただ一直線に標的に向かう。不安を払い勇猛果敢に疾走する自分をイメージし奮い立たせる。


 やがて1つの群れが見えてきた。速度は落とさずそのまま走り抜ける。行く先を阻むものはおらず、群れの中でひときわ大きな個体が出てくる。体格は通常の3倍で、身を包む毛皮の上から無数の古傷が見えていた。


(見つけた。少なくとも体毛は通常個体の倍は頑丈だろうな。このごついのを両断するのは骨が折れそうだ………。)


剣を腰の右側辺りに構えさらに走る。彼我の距離は一気に縮まり互いの間合いにはいる。

魔物は牙を剥き、エッジに襲い掛かる。しかし、その牙のはエッジからややずれた方向に向いていた。魔物の狙いはエッジの剣を持つ右腕だった。

エッジの腕は徐々に魔物の大きな顎に吸い込まれ………すんでのところで避けた。腕を引き、体を捻り、左足を軸に回転し、勢いそのままに隣を擦過していく魔物の足の腱を切り裂いた。はたして魔物は短い鳴き声をあげて転倒し、その勢いのまま木に体を打ちつけた。


 転倒した魔物は何とか立ち上がるも、うまくバランスが取れずよろめいている。目の前の自分を刻まんと近づく者に恐怖を覚え、唸り声をあげ威嚇する。取り巻きの魔物も頭領の窮地にうろたえ、恐怖し、襲い掛かってこない。


(おおかた俺の腕を噛んで留めているうちに取り巻きに襲わせるつもりだったんだろう。)


あと一歩で間合いにはいるところまで近づき、死を覚悟した魔物が襲い掛かる。エッジはそれを容易に避け魔物の胸元のあたりに剣を突き刺した。そして何かにヒビが入ったかのような音がしたのちに、魔物は動かなくなった。

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