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リディウムメイト!  作者: 銀シャリ
私のリディ!
9/41

9

 

 ロズウェルは走っていた。



「領主様ー!!こっち!こっちです!」

「うわああ!後ろ 来 て る!」

「怒ってるわ、すげえ怒ってる!」

「やべええ!領主様はえええ!」

「同年代とは思えないな」



 最初の一人以外もう少しまともな言葉は無いのか、とツッコミも思い浮かばない程走っていた。





 事は数時間前に遡る。

 霧の中に突入したロズウェル達は結果から言うと何もなかった。

 ぬるま湯に入ったかのような温度の霧に動きは無く、警戒して歩いているうちに霧を抜けたのだ。



「何も無かったなー」

「いやー、良かった良かった」



 無意識のうちに止めていた息を大きく吸い、自然と浮かんだ笑みのまま強張った体をほぐす一同。すると一匹のカシネズミがチュウと声を上げた。


 なんだなんだと皆が草を掻き分け覗き込むと、そこには鋭い爪痕の残る足跡と緑の物体が。



「足跡と…、苔?」

「毛も絡まってるな」

「多分コケグマが南下してきているのだろう。先程湖でも毛の束が見つかった」

「俺、コケグマ見たことないんですが、本当に苔が生えてるんですね」



 苔が付いているのは私も初めてだ。とは領主として言えないロズウェルだった。

 コケグマとは苔を纏っているように見え、かつ光合成も出来るからの由来であり、実際に苔が生えてるなど動かないにも程がある。どれだけものぐさなのだろうか。

 しげしげと覗き込む領民達の後ろで、さも知ってますという顔をするロズウェル。

 領民達はロズウェルの顔から感情の揺れを感じられない事に安心し、各々力強くロズウェルへ頷いた。

 ロズウェルも、よく分からなかったが頷いた。




 足跡は森の奥へと続いていた。奥に行くにつれ雑草の丈は高くなり、今や成人男性の腰の高さ。湖から数時間、草を掻き分け、蛇族魔物を叩き落として進んで行くと、目の前にぽっかりと空いた洞窟が現れた。

 洞窟の中はじっとりとしており、時折ぴちゃん、と水の跳ねる音がするため、外から水が滲み出ているようだ。



 ――光で刺激するのは避けたい…。大きさによっては被害もある程度防げるだろうから放置することも検討しよう



 ロズウェルは足跡と移動距離から村の近くまでは動いてこないだろうと検討付けた。

 被害が防げれば無理矢理追い出す必要も無い。コケグマも動かず、ロズウェル達も苦労せずで双方win-winである。


 方向性が見えてきたところで少し頭が軽くなった気がしたロズウェルは洞窟に入り、



「!!!」

「うわっ」

「デカっ」



 動揺が走った。


 ロズウェル達の少しを曲がった所にあった苔山――巨体コケグマ(苔増し増し)である。



 ――でかい。デカ過ぎる。



 ただでさえ動かないと言われるコケグマは通常サイズでも大人が全力で揺さぶらないと起きない。よって偶然遭遇したとしても比較的安全な魔物だが、繁殖期になると攻撃性が増す。そして運悪く今は春、そろそろコケグマの繁殖期である。


 餌探しでも日光浴でも、少しでも動く気がある時なら今いる人員とリディ達で誘導出来たかもしれないが、なんとこのコケグマ、爆睡中だった。



「ズオオオオ、ピー」



 気持ちよさそうにいびきをかくコケグマを契約者でもない人間が起こせば、確実に怒り心頭もの。しかし、このサイズとなると被害防止もままならない。通常サイズなら網を敷いて電気を流しておけば「なんか痺れたわー」とコケグマも方向転換するが、目の前で寝ているものは魔術による地雷くらいしないと気がつかなそうなサイズだった。


許容できない。


これがロズウェルの結論である。



「この大きさは流石に放置出来ないが、」



 しかし、問題は巨体コケグマを何処に移動させるか。

 西に追いやれば西に隣接している領主に嫌味を言われるだろうし、そもそも他領まで遠い。

 そうなると東へ追いやって山岳に戻してやるのが一番だが―――



「東の山岳へ戻すにしても移動手段が無い」

「………俺のポークで運びますか?」

「途中で頭齧られるかもしれねぇぞ?」

「撤回させて下さい領主様」

「いや、別にいいが…。どうしたものか…」



 各自コケグマを見つめながら唸った。


 ちなみに、ポークとは馬族の魔物である。豚ではない。人に慣れている魔物で、契約を結ばなくても飼える魔物の一種のポークはロドリコよりは速さが劣るものの温厚な性格の為扱いやすく、広く親しまれていた。他にも人慣れしている馬族の魔物はいるが、綺麗好きで、汚れた多種族を見ると嫌悪感が迸るのか、唇の皮を捲りあげ唾を飛ばして威嚇してくるのがポークである。


 手段という手段が見つからない中、1人の領民があっと声を上げた。



「東に行けば川がありますよね?あの川を使えば山岳の麓まで行けるのでは?」



 ――流すのか。このコケグマを。

 他の者達からそんな声が聞こえた気がした。

 領民が言った川は南の山脈から東の山脈へと流れ込んでいる川で、湖とは異なり水流が激しい。春の今頃は雪が溶けて流れ込むので水嵩も増していた。


 だがなるほど、考えてみれば妙案だった。あれだけの水嵩であればこの巨体であろうと流れていくだろうとロズウェルも思う。では次に議題として持ち上がるのは、―――どのように誘導するか。



 ざっ!と領民達の目がロズウェルに向く。

 さっ!とロズウェルは目を逸らした。

 一体多数、非常に不利な立場かつ領主という肩書きにも負けず、ロズウェルは足掻く。コケグマが起きなければどうしようもない、まずは安全な起こし方を考えるべきでは?と役目を交したいロズウェルに対し、やれ、流石領主様!だの、やれ、心強いお方ですねだの好き勝手いう領民はゴリ押し。


 コケグマを目の前に終わりの見えない口論をする大の大人達の足元で突然、のそり、と影が動いた。



「ゥオ"ン!」

 ギィンッ!ガッ!……ボロ…

「「「…………。」」」



 勢いのある、では済まされない水光線はコケグマの背中に当たると衝撃に耐えられなかった苔の一画がボロッと剥がれ落ちる。

 思わず大人達は水光線の発射された方向――自分たちの足元に視線を落とすと、


「フン。フン。」


 バクスイはいい加減にしろとばかりに鼻を鳴らしていた。

 固まる一同に対し、苔山は動く。

 ゆっくりと振り返ったコケグマは鋭い牙が並ぶ口を大きく開け、鼻頭に皺を寄せた表情で大きく息を吸い込んだ。



「グァァアアア!!」



 この一撃で目覚めたコケグマは当然バクスイをロックオン。更には近くにいたロズウェルをもその対象に含めた。


 こうしてロズウェルはバクスイを抱え上げ、世界ランナーでさえも見惚れるスタートダッシュを決めたのである。



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