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いつもご拝読ありがとうございます!
私事ですが3、4月が忙しくなりそうなので更新できない可能性があります……。
申し訳ありませんが、よろしくお願いします。
チンッ、チンッ
「クゥ♪」
「ベルを借りてすみません…」
「いいんですよ。存分に鳴らしてください」
くすりと笑うのはドミニク・エスキベル。エメリナの叔父である。
疲れた表情に手櫛を通しただけだとわかる髪、さらには不精髭を生やしたままの彼が客を、しかも学院生とはいえ領主一族であるマリーたちを出迎えるにはいくらか問題がある身なりなのだが、ギルドは今、本部から求められている年度末決算時期であった。これによって今年度、どれほど補助金がもらえるのかが決まる。職員として手の抜けない、一大イベントの真っ最中に、身づくろいなどしている暇などない。それがこの、フォビアギルドが置かれている現状である。
ちなみに普通大手のギルドであれば既に資料作成がほぼ終わっている時期なので、当ギルドは単純に人手不足だった。
そんなギルドのギルド長席に座っているのがこのドミニク。依頼の受託から斡旋、ガードナー登録、その他諸々を一手に熟すスーパー職員。ギルド”長”とはギルド職員の手本となり、全ての業務をこなせる者なのだ!だからよろしく!と、過去、ドミニクに言い放って外勤に出かけた(内勤から逃げたと言ってもいい)部下を持つ彼は、ため息を吐いたあとも今日も律儀に内勤に従事していた。
すると、突然来客を告げるベルが鳴り響き(しかも連打)、何やら魔物の声(しかも鳴き叫んでいる)が聞こえた彼は、駆け付けた受付にドラゴンの幼体を見つけるのである。疲労がにじみ出るのも仕方なし。その心労は察するに余りありすぎた。その後ドミニクはマリーたちを連れ、奥の部屋に案内した。
大きく暴れた小さな問題児はというと、小さく鳴るように調整されたベルを渡され、マリーの膝の上でご機嫌である。初めは思ったような音が出ないことに不服そうだったが、マリーが「良いの借りれてよかったね」と言うと嬉しそうに顔を輝かせたリディ。そのままマリーにベルを差し出して鳴らさせると、ほくほくと抱え直した。
「改めて、このフォビアギルドのギルド長、ドミニク・エスキベルです。ドミニクと呼んでください。それにしても……本院の生徒の皆さんは才能がある者ばかりだと聞いていましたが、ドラゴンとはまた、凄いリディと契約しましたね。話によると、元は野生のドラゴンだとか……?」
「はい!よろしくお願いします! あっでも、リディは危なくないんです…!いい子なんです!」
「それは見ていてわかりますよ。これでもギルド長ですから」
魔術契約主義を思い出してリディの安全性を訴えたマリー。
確かに、今マリーの膝の上でチンッチンッとベルを鳴らし楽しそうに声を上げているこの幼子が、実は危ない生物だと言われてもドラゴンを知らない人からすれば首を傾げる光景である。ただ、残念ながら子供とはいえドラゴンなので、知っている人から見れば今のリディは繊細なタッチで、ベルをひしゃげさせることもなく気まぐれに遊んでいる状況。同じ光景を見ていてもとんでもないギャップを生んでしまうのがリディという存在であった。
しかし、そこは流石ギルド長ドミニク。瞬時にマリーとリディの関係はいいものだろうと予想を立て、若干頭に過ったひしゃげたベルは頭から消し去った。
「本来であればこのような部屋に領主一族の皆さんを通す失礼があってはいけないのですが、何分うちのギルドは運営がギリギリでして……。お目苦しいと思いますが、ご了承ください」
「いえっ、そんな…! ねぇ?」
「はい、お気遣いなく。私たちがお願いして来させていただいていますので」
「そう言ってくださると助かります。 ……本当は皆さんが来られたら知らせてほしいと他の者に頼んでいたのですが、どうやら賭けをしていたようで……。お待たせして、本当にすみません……」
肩を落としたドミニクを見て、なぜか3人の頭に賭けを勧めてきた老人が思い浮かぶ。
あの人なら普通にありそうで困る。でもギルド長から頼まれてるのに勝手に賭けしてるって、なくない……?
そんな思いが頭を過り、インジシカとパニラは思わず渋い顔をしてしまう。
対してマリーは、あーあるかもねー、みたいな顔で頷いた。
彼女の脳内には顔を押さえてうなだれるロズウェルとにこにこと笑うクラウス。昔から厨房の摘まみ食いも父の執務室のイスにこっそり座って領主ごっこするのも、マリーとクラウスは一緒だった。実はお兄様もいたずら好きなんだよね。マリーは思わずくふくふと笑ったが、それはクラウスが見せた幻想である。彼は自分の天使が天真爛漫に、陰りなく過ごしている様子を近距離で、近 距 離 で見ていたかっただけである。あと、マリーが怒られないようにするための証拠隠滅。
そんな彼女たちを見たドミニクは「すみません」ともう一度謝ると、眉を下げたまま口元に笑みを浮かべた。
「それで早速ですが、ご用件はエメリナから学院行事のことだと聞いていますが…」
「あ、はい! ドミニクさんはラビリエに長くいると聞いたので、レストラン・フランベについて何か知っていたら教えてほしくて……」
マリーたちはドミニクに男女別懇親会やレストラン・フランベの例年と異なる条件について伝える。
フランベとの直接的な交渉はできないが、少しでも先輩達の力になりたいのだ。
話を聞いたドミニクはふんふんと頷きながら思案するように視線を飛ばすと、つい、とエメリナと同じ茶色い目を3人に向ける。
「事情は分かりました。私の方でも調べておきましょう。フランベの期限は1週間ということでしたが、2~3日待っていただいてもよろしいですか?」
「っはい! よろしくお願いします!」
「マリーちゃん待って…! 依頼には報酬が必要なんだよ。それで受けてもらえるかが変わるから、まだ頼んじゃダメなの。……後からとんでもない報酬を払えって言われることもあるんだって」
「…そうなの?」
「、それでドミニクさん。報酬なのですがーーー、」
表情の硬いインジシカが報酬について口火を切ると、マリーのことを見ていたドミニクは首を振ってインジシカを止めた。
「今回は無償でお受けいたします。普段からエメリナがお世話になっているようですから。 今後もエメリナをよろしくお願いします」
「いえいえ…!私の方がお世話になってます!私、1年生に知り合いがいなかったので、エメリナが仲良くなってくれて私の方が助かってるんです。こちらこそ、よろしくお願いしますっ」
「クァ」
頭を下げたドミニクに、マリーも恐縮してペコペコと頭を下げる。
その振動に気が付いたリディもベルを鳴らす手を止めてマリーを見上げると、契約者の感情を感じ取ったのだろう。ドミニクに金の瞳を向けるとペコリ、と頭を下げた。
ドミニクは少し目を丸くした後、ふっと目を細めてそれでも居心地が悪そうな少女たちに小さく笑ってしまった。きっと無償の依頼が受理されたことに「そのまま好意を受け取っていいのか」という思いや、「無償の依頼の成果に期待できるのか」という思いに苛まれているのだろう。
その心情は実に正しい。実際無償の依頼を出そうものなら大抵のガードナー達は選ばないだろうし、達成されても眉唾な情報かもしれない。領主一族として教育を受けてきた者なら”無償の良心”など何かしらの貸しになり得る可能性にも気づく。だから彼女らの葛藤は、正しく現実的な良い葛藤なのだ。世の中には当然のごとく相手の良心を差し出させようとする輩もいる中で、マリーたちの純粋さには心がくすぐったくなるものがある。
しかし、今回は本当に心配のいらない案件だった。
元々、マリーの依頼を自分でこなすつもりだったドミニク。多少前もって受ける条件は考えていたものの、マリーたちに会ってみれば条件はクリアすると思ったし、自分がこなす以上きちんと誠実な成果を出すつもりだった。なので、今あれこれと頭を悩ませている少女たちには悪いが、その光景はただただ微笑ましいものにしか見えないのである。
まぁそんな彼女たちであるならば、とギルド長である男は考える。無償で気が咎めるなら、何か頼んでしまえばいいのではーーー? 優しさの後ろから依頼《在庫》を抱えた自分がひっそりと囁く。いやいや流石にそれは……と頭から一度追い出したものの、再度仕事を抱えた自分の意識が今度は背後に降り立ってじっっとりと自分を見つめていた。本部 ガ 待ッテ イル。男はじっっとりと、手に汗をかき始めた。
何度か手を閉じたり開いたりしたドミニクは一度目を閉じて深く息を吐く。
そして努めて冷静に考えた。ギルド長としての自分。エメリナの叔父としての自分。どちらをどれだけ優先させるかーーー。
覚悟が決まったのか軽く息をついたドミニクはふっと開いた目をマリーたちに向け、
「……無償が気になるなら、依頼でもやってみるかい…?」
ぎこちなく浮かべた笑みに、もう一人の自分が背後で歓声を上げた気がした。




