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ピピピ、ピピピ、ピピ「クピー」
目蓋の上から降り注ぐ光に起こされたマリーは、ぼんやりと目を開く。
なんだか目覚ましの音がしたような…と隣を見れば、そこには目覚ましに拳を突き上げ、万歳状態で寝息をたてるリディ。
スピスピと鼻を鳴らすリディに段々と目蓋が下がってきたマリーは白の丸い腹に頰を寄せ、リディも夢心地でマリーの頭にすり寄って――
「あっ!係活動だった!」
飛び起きたマリーに驚いたリディが、ベットを擦り抜けナタリア達に激突した。
―――
「それで?3人で来たわけだ。真面目だねーかんしんかんしん」
「キュトラ先生はいつ仕事をされてるんですか?」
「やだなー、アダモフ。いつもやってるだろ?」
昨日教員補助係の終わらぬ活動を「期限言われてないしいいだろ」とマイペースに消化することにしたセオフィラスとマリーは、作業をこなす為に1時間早く起床し、集合していた。
しかし、今朝透過トラブルに見舞われたリディは暫く身体が安定しない。そのため、少しのきっかけで透過しやすいリディの透過をセオフィラスに気づかれないようにと、急遽ナタリアの参戦が決まった次第である。
ナタリアは他のクラスでは?とも思うが、そこはクリメント。何の問題もなく受け入れられた。
「…目が覚めたから手伝うとか、聖人気取りかよ」
「安心したら?教師が本来やるべき業務を肩代わりする貴方も十分聖人よ」
「はあ!?」
「行きましょうマリー、さっさと作業を始めないと。先生、失礼します」
「先生は助けを必要としてるから、迷える子羊?」
「放っておくのが一番ね」
「神は助けろと言ってただろー」
「非効率なので」
「納得」
「納得すんのか…」
朝から濃い。
幾分楽しそうなクリメントに対し、セオフィラスは疲れた表情を浮かべた。
準備室に入れば山のような資料にすんっ、とナタリアの目から色が抜け落ちる。
「貴女達のクラス、これで良く回ってるわね」
「先生が言う書類を探すのも大変で…。とりあえず端から手を着けてるんだけど…」
「いいからさっさとやるぞ」
セオフィラスが昨日と同じ様にソファに座り、マリーとナタリアも座る。
リディも今日は透過せずに気をつけねば、とふんすと意気込んで紙を手に取った。
それが目に入ったのか、セオフィラスは眉を寄せてマリー越しにリディを見る。
「おい、ソイツに資料を触らせんな」
「え? あ、ダメだよリディ、くしゃくしゃになっちゃう。その代わりハイ、これに絵描いて待っててね」
「クアアア!」
「これはダメ!みんなに配るやつだから!」
「クアアア!」
「ダメったらダメ!」
紙一枚でここまでモメるかと思うほどモメる契約者とリディを余所に、セオフィラスは作業をこなす。その表情は何処となく長年悩まされていた肩凝りから解放された時のようだった。
「貴方、何かあった?」
「は?」
「以前より顔の筋肉が緩んでるようだから」
「他になんか言い方ねぇの?……別に、なんでもねぇ。ちょっと昔の事思い出しただけだ」
少し跳ね上げた眉尻を戻し、薄らと微笑んだセオフィラス。ツンケンしていた少年の珍しい穏やかな表情は見る女性の大部分を魅了しかねない光景であったが、それを見ていたのはナタリアのみ。非常に無感情だった。
作業を進めていると、カチャリと開いたドアからセオフィラスのリディであるイエローオーカーのユエリノルラバーが顔を出す。
クォオンと一声鳴いた己のリディにセオフィラスは驚いた。
「なんだ?こんなとこまで」
「ブランデルくんのリディ?可愛い!」
一同が視線を向ける中、ユエリノルラバーはパタパタと近づくとセオフィラスと肘掛けの間にぎゅむぎゅむと体を捻じ込む。背中に頭を預けるその姿勢は、とてもリラックスしているようだ。
それを見たセオフィラスは一瞬驚くも、口元を和らげる。
「仲良いね」
「仲良いわね」
「!? うっせぇ!見んな!なんだアダモフその顔は!」
「なによ」
「無表情が一番ムカつくんだよ!」
「これがデフォルトよ、失礼ね」
――昨日、少し変だったけど、今日は大丈夫みたい。
なんやかんや話しているセオフィラスにマリーは少し安堵した。昨日別れる際に何処か重いものを抱えていそうな雰囲気があったので、気になってはいたのだ。
心配事が解決し、マリーがふんふんと気分良く書類を整理していると、ガラリとドアが開いてクリメントが顔を出した。
「おー、頑張ってるな。これ、配布し忘れてから後で配っといて」
「何ですか?」
「男女別懇親会の案内。渡すの忘れてたけど、まぁ大丈夫だろ、去年もやってるし。じゃ、よろしく」
一枚の紙をマリーに渡すと、クリメントはひらひらと手を振りながら準備室を出て行ていこうする。そこに担任が仕事をしないせいで1時間も早く係活動している生徒への労いは微塵も見えない。
「先生、先生の確認が必要な書類を纏めました」
「良い様にしといてー」
「いえ、ですから先生の権限が必要なんです」
「大丈夫大丈夫。必要な書類はちゃんと持ってるし、準備室にある書類の采配は補助係に任せる。ほら、自主性を伸ばす機会だよ」
「しかし…」
「…貴方達大変ね。特色あるクラス運営と言えば聞こえは良いけど、これじゃ休日返上でやらなくちゃいけなくなる日も近いわよ」
「…去年はそうだったみたい」
冷めた目をするナタリアにマリーは苦笑する。
去年の補助係の恨み節が蘇ってきそうだ。
「この男女別懇親会って何するの?」
「1年生から3年生の同性がそれぞれ集まって立食パーティをするのよ。1年生が学院に馴染めるように、会場の準備は主に3年生、食事の準備は2年生が担当ね。」
「へぇー、楽しそうだね!」
「楽しいもんか。去年こっちは会場も食事も良いものは全部取られて先輩方が落ち込んでたんだぞ。やってられるか、あんな女贔屓の行事」
けっ、と悪態を吐くセオフィラスであるが、男女分かれて準備をする懇親会は言わば男女縦割りのチーム戦。生徒たちが学校から支給される準備金で、ある期間から各店々や学校側と死力を尽くして交渉し、より素晴らしい懇親会に仕上げるべく奔走するこの行事は、ほぼ毎年、屋敷の管理やお茶会を主催する母親達からその逞しい手腕を学んできた女子生徒達に軍杯が上がっていた。
ちなみに、その数少ない男子の勝利数のうち1つが、クラウスが2年生の時である。食事担当学年だったクラウスは(マリーの為に調べた)評判料理を(マリーの為に磨いた)会話スキルで(マリーに感想を伝える為に)用意したのである。その輝かしい手腕に当時の先輩達は「女子を負かした」と目頭を押さえて肩を組んだとか。
「取り合いになるなら一緒にやればいいのに…」
「競争は結果が分かりやすく、生徒の意欲も湧きやすいからでしょうね。まあ今年はあまり気にしなくても良さそうだけど」
「…誰もやらないとは言ってねぇぞ」
「そう」
「こんなに鼻を明かしてやりてぇと思ったのはお前が初めてだよ」
なんだかんだ対立行事が好きなフォルタンシア国民代表セオフィラスはナタリアを睨みつけると懇親会の案内に目を落とした。
「打ち合わせ、今日の放課後じゃねぇか!遅ぇよ!!」
ジークヴァルム・グランルンド♂
ウィリアムの側近その2。
ガッチリムキムキの輝かしい肉体マスキュラー。
甘味と筋肉の唸る音が好き。
リディのクマ族と良く力比べをしている。
常識人だが、弱肉強食を地でいく人。




