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ガリア領領主、ロズウェル・ガリアには悩みがある。
「魔術学院の準備はしたか?」
「大丈夫だよ父さん。心配しすぎ」
それは目の前にいる、次期領主について。
今日は魔術学院の始業式が間近に迫ってきたことから、ロズウェルはクラウスを執務室へ呼び、今年の方針を伝えているのである。
「昨年も成績も良かった上に、リディ自身をお前の魔術で強化し、首キツネの特徴を活かした戦術は良かった。最終学年では実践として野生の魔物と戦うことになる。問題ないだろうが、気を抜くな」
「うん」
「また、進路希望が取られると思うが、お前は次期領主だ。それを踏まえた上で交流するようにしろ」
「うん」
「それから、今年は第3王子のウィリアム殿下が入学する。あまり親しくなり過ぎると他の領主一族からやっかみがあるかもしれん。好印象を与えられれば一番だが、難しければ離れていろ。明日にでも学院に向かって周りと情報を共有しておいた方がいいだろう」
「わかった」
「……あと、出来れば卒業までに婚約者候補を見繕ってくるように。早ければ早い方がいい」
「……気には掛けてみる」
クラウスは優秀であった。成績は抜きん出ているわけではないが十分上位に入り、人馴れしにくい首キツネをリディとして、友好関係も程々。頭脳、魔力、人当たりが良いとなれば、後は経験で補えばいいのだ。ロズウェルは正直、自分が息子くらいの年だった時はここまで安定していなかったと思う。規則破りに女性関係、妻には言えないことをわんさかとやっていた。いつか自分の経験や失敗談を糧に指導する日がくるかもしれないと思っていたが、未だそのような事も気配もない。
ただ、気にかかることがあった。
「…では、私が言ったことを復唱してみろ」
「実践では気を抜かないこと、次期領主を踏まえた上で交流すること、第3王子が入学されるので好印象を持ってもらえるように配慮すること、それから、出来れば婚約者候補を見つけること」
「…私が話している間、何を考えてた?」
「マリー早く帰ってこないかな」
これだ。
いつからか、息子はやけに娘を気にかけるようになった。
ロズウェルは兄妹がいなかったため基準がわからないが、クラウスの妹愛は少し行き過ぎているような気がしている。マリアーナにも聞いてみたが、彼女は「兄妹の仲が良いのは良いことじゃない?」と微笑み、違和感を感じていない。執事もメイドもその他も、誰も違和感を覚えず、ロズウェルは自分の感覚が間違っているのではないかと思ったこともあった。
が、しかし。
「あ、マリーが帰ってきた。迎えに行っていい?」
これはおかしい。ロズウェルの執務室から玄関は遠く、姿どころか声すら聞こえない。それでもクラウスは当然のように発言した。幼い頃に聞いたところによると、屋敷内であればクラウスにはマリーの声が聞こえるらしい。マリーの声だけ、だ。風属性の魔術を使えば遠くの音を拾うことも出来るので、昔から無意識に利用していると思われるのだが―…
――頼むから悪化するなよ…。
学院から帰ってきた後が少し怖いロズウェルであった。
「おかえり、マリー」
「ただいま!お兄様」
マリーが土や泥で汚れた服を着替え、食堂に入るとクラウスが笑顔で出迎えてくれた。その首元には何時ものように首キツネが巻きついている。が、心なしか、マリーには元気がないように見えた。
「お兄様、お兄様のリディは大丈夫?いつもより元気がないみたい…」
「ああ、大丈夫だよ。学院に行くのに明日立つことになってね、少し不貞腐れてるだけ。心配してくれてありがとうマリー」
「え!?明日!?もう行っちゃうの?去年はもっと家に居たのに…」
眉を下げ、なんで?と顔に書いたマリーはクラウスを見つめた。
じっと見つめられたクラウスは「可愛い。悲しんでくれてる、可愛い」と内心ご満悦。表情はマリーに合わせて眉尻を下げているので器用な男である。
そんなクラウスだからこそ、可愛い妹の質問には是非答えてあげたい。頭の中がマリー一色のクラウスは、先ほどロズウェルから聞いた理由を必死に掘り起こした。
――確か、偉い人が婚約者を見つけるから…だっけ…?
マリーを前にすると他の情報は歪むらしい。
兄からふんわりとした説明を受けたマリーはあまりにもふんわりとしていたのでよく分からなかった。しかし、兄が悲しそうな顔をしていたので、仕方ない事なのだろう。それならば、とマリーはクラウスの顔色が晴れるような話を頭の中で探したのだが中々見つからない。基本的にマリーと話すクラウスは楽しそうだったからだ。
「…わかった。勉強頑張ってね、お兄様」
「うん、ありがとう。それより楽しい話をしようか。今日はどうだった?」
「今日はね!春栗をとって、デュッサを見つけたよ!リディには出来なかったけど、可愛かった!」
「マリーは良くデュッサと仲良くしてるみたいだけど、リディは可愛い方がいいのかな?」
「可愛くてもカッコ良くても好き!私のリディになってくれる子だし」
可愛いから、格好良いから好きでリディにしたいのではない。リディになってくれたから好き、というのがマリーの主張だった。
「マリーのリディになる子は幸せだね。きっと良い子と契約出来るよ」
「ふふふ〜」
「また森に入るんだよね?心配だから、一応薬を準備させておくよ。持っていってね」
「ありがとう、お兄様!」
ほのぼの。
2人で笑いあっていると、メイドから夕食の用意が出来たと言われた両親が入ってきた。
「あら、2人で何を話していたの?」
「お母様!お兄様が森に行く時の薬を用意してくれるって」
「ふむ、持っていて損は無い。私も用意させよう」
「心配ないよ。僕が責任を持って用意させるから」
「…だが、多様な薬があった方がいいだろう?」
「大丈夫だってば。打身から即死毒の解毒剤までありとあらゆる状況に対応させるよ」
「待て、聞いてないぞ。即死毒というとグドラの毒か?解毒剤は貴重ではなかったか?いつの間に手に入れた!」
「……いつだったかなあ」
「おい、クラウス!」
「マリーは愛されてるわね」
「んふふふ」
やんややんや盛り上がる父と息子に対し、朗らかに会話する母と娘。
使用人達は周りで控えながらも、自然と頬が緩んでいた。
ちなみにロズウェルが言ったグドラは、攻撃性の高いトカゲで、人間であれば牙が掠っただけでも死んでしまう猛毒を持っている。フォルタンシアには滅多に居らず、解毒剤は隣国から取り寄せているので単価が高い。お金のないガリア家なら簡単に傾く金額である。とりあえず、勝手に買えばマリアーナからの叱咤は免れないだろう。何故クラウスが持っているのか不思議なくらいだった。
マリアーナは暫くロズウェルとクラウスの会話をBGMにマリーと会話していたが、終わらないBGMに手を打った。
「そろそろ、お食事にしましょう」