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んんんん! 難 産 !!
死表現、若干グロ注意。
心の繊細な方は飛ばして下さい(私みたいな)。
ロズウェルは面白いくらいに転がるのにセオフィラスは転がらない。大きくした雪玉が雪上で嵌った時の如く転がらない。たすけて。
他愛もない事で盛り上がっているのだろうか。
ケラケラと通り過ぎる明るい声達を、薄暗い部屋の中、二段ベットの下段に寝ていたセオフィラスは遠い何処かで聞いていた。
終わらぬ係活動を適度な所で切り上げた後、セオフィラスは夕食を食べ、カーテンが風で揺れる音を聞きながら自室でぼんやりと寝転ぶ。
頭を巡るのは、満ち足りたマリーの声だ。
《 きっと私、リディみたいな子が沢山いても分かるよ。この子が、私の特別だって 》
ぎしり、
思い出す度に胸が締め付けられるような感覚がセオフィラスを襲う。
それはマリーの言葉を聞いた時に意図せず漏れた、自分の声を聞いた時にもあった感覚。
やけに気になる、心臓に鉛を詰め込まれたようなその感覚に、セオフィラスは目を閉じる。
目を逸らしてはいけない――何故か、そう感じたから。
――なんだ、これ…。苦しい…?苦しいって何が?…ガリアが野生の魔物を特別って言ったのが、腹立った…てのは苦しいのとは違うな。苦しいってなんだよ。俺は、何が、苦しいんだよ…ッ
自問自答は楽では無い。
自分の見たく無いものを見なければならないし、認めたく無いものを認めなくてはならない。
それでも自身と向き合う事を止めなかったセオフィラスは、ある瞬間、ふっと過去にも同じような感覚を体験したことがあると思い出す。
――それは、何故か忘れていた、初めての、
セオフィラスは魔術契約主義の両親の元、姉3人の末っ子長男として生まれた。
領主として仕事に没頭する父と派閥内の地位確保の為に着飾る事に執着する母。
セオフィラスはあまり帰宅しない2人に代わり使用人たちに育てられたが、幼い子供が親を恋しがらない訳がない。
故に彼は、突然思い出したかのように帰ってきては次期領主へ染み込ませるように繰り返した親の言葉を、まるで宝物のように扱ったのだ。
『リディは必ず魔術契約しなければならない』
領民のために。貴方のために。
それは、確かに愛だったのだろう。
将来セオフィラスが領主となった時に、要らない苦労をしたり弱みにつけ込まれたりしないように。
親自らの教訓を掲げて。
しかしそれは、セオフィラスにとって欲しいものでは無かった。無かったけれども、幼いセオフィラスにはこれしか無かったから。だから彼は、この愛に縋ったのだ。いつかきっと自分を、愛に縋っていればいつか自分を見てくれる。そう、信じて。
セオフィラスが9歳と半年少し経った時、彼に転機が訪れた。
両親は相変わらずおらず、その頃従兄と街で遊ぶようになっていたセオフィラスはその日も打ちつける雨の中を従兄と走っていた。
「セオフィラス!早く来いよ!」
「兄ちゃん、待って!」
突如来たスコールの中をバタバタと駆け抜ける2人。
そんな中、セオフィラスは小さな声を聞いた気がした。弱々しい、助けを求めるような声を。
「兄ちゃん!なんか声がする!」
「は!?なんだって!?」
「声がした!小さい声!弱ってるんだ!」
「それどころじゃ、っておい!どこ行くんだよ! 〜ったく!」
従兄の声を振り切り、声のする路地を曲がったセオフィラスは、地面に縮こまり震える汚れた小さな魔物に思わず足を止める。しかし、それも一瞬で、すぐに駆け出して魔物を腕に収めた。
「何してんだ、って汚っ!」
「兄ちゃん!こいつ怪我してる!」
「おまっ、…分かったからこっち来い!」
雨宿り出来る場所へ移動した2人は、雨を滴らせながら魔物を見る。
その魔物は寒さだけではなく足も痛むのか、セオフィラスが動くたびにビクビクと震えていた。
「犬族か。あー、これは足折れてんな」
「怪我してるから連れて帰る」
「…でもなぁ、野生の魔物なんて伯父さん達が許さないだろ。俺が連れて帰るから貸せよ」
すっと目の前に出される従兄の手。
確かにセオフィラス自身、いくら怪我をしていようとそれが野生の魔物であれば両親が手当てなど許すとは思えなかった。なので、この腕に抱いている小さな汚い生き物は従兄の手に委ねた方が良いのだろう。そう、セオフィラスも考える。
でも、それでも。
親に憧れ、リディに憧れる小さな子供、セオフィラスは。
弱々しく震える命を手放しがたいと、初めて親の教訓に逆らった。
それから約半年、セオフィラスと犬族の小さな魔物は親から隠れるように共に過ごした。
小さな魔物を連れ帰ったあの日、早速使用人たちにはバレたものの、彼らは仕方ないと眉を下げた。
領主夫妻の放任されているセオフィラスが大切なものを見つけた成長を逃してはならないと、彼らは主人の教えより子の成長を取ったのだ。
セオフィラスはそんな周りに驚きながらも自室で匿い、世話をする。親が帰宅すれば、魔物にクローゼットにいるよう言いつけた。
朝も昼も夜も。
ずっと一緒にいる彼らは周りから見ればまるで契約者とリディの様であった。それほど、セオフィラスと魔物はずっと共にいて、笑って、隠れて、その日を過ごしてきたのである。
それでも周りは知っていた。魔物が彼のリディになり得ない事を。
それでも彼は願っていた。リディでなくても共にいられる明日を。
だから、
「俺は、お前をリディには出来ない。…出来ないけど、一緒にいて、ほしい」
そう願って、魔物も胸に飛び込んできて、許されたと、思っていたのに――、
「何をしている!!!」
「ギャン!?」
突然の怒号にセオフィラスは飛び起きた。
いつもの様に親は帰宅せず、魔物と共にベットへ潜り込んだセオフィラスが次に見たものは、煮えくり返った憤怒が食いしばった歯から漏れ出ているかの様な父の顔。醜いものを見るような目で顔を真っ赤にする母の顔。
そして、床に叩きつけられたような魔物の姿だった。
「こんなものを家に上げるなど何を考えている!!怪我をしていた!?手当てをした!?そんなもの放っておけ!!匿っていたなど言語道断!!お前は今まで俺の何を聞いていたんだ!!」
「こ、この汚らしい…!人の家に堂々と居座って、息子に何をするつもりだったのかしら!!」
「ギャン!」
「やめて!!」
父と母にバレた。
セオフィラスは固まる思考の中でもそれだけは分かる。
いつか知られると思っていた。
一方で、知られないでいられるとも思っていた。
なんなら、知られた上で受け入れてくれるのではないかと期待すらしていた。
そんな思いは、小さな魔物が母のリディに叩き飛ばされ、壁へ叩きつけられた事で霧散する。
はっとしてベットから降りようとしたセオフィラスは、肩を抑えてきた父を見上げて血の気が引いた。
「お前はっ、本当に分かっていないようだな!リディは魔術契約だけだと、何回言った!?それを野生の魔物なんぞにうつつを抜かして!!」
「貴方!アレよ!アレがこの子を誑かしたに違いないわ!この子は今まで良い子だったもの!アレが悪いのよ!!」
セオフィラスの喉が締まる。
今まで見たことも無い程に激怒する両親に、セオフィラスは息苦しさを覚えた。
あいつはリディじゃない、そんな言葉も声にならない。
助けを求めた使用人たちは顔も出さない。
小さな魔物だけが、あの時のように床で震えている。
「名前はつけたのか!」
セオフィラスは首を振る。
「リディでは無いんだな!?」
セオフィラスは首を振る。
だから見逃して欲しい――、しかしその思いは届かなかった。
そうか、と呟いた父を見上げれば、父は色の無い目で魔物を見た。
魔物へ歩いていく父に嫌な予感がしたセオフィラスが再びベットを降りようとすると母に抱きしめられる。それはいつぶりかと思いを馳せる余裕も与えない程に強く、強く、抱きしめられた。
「お前はまだリディを知らない。だから、リディと契約していても分からないだろう」
嫌だ。
「万が一契約していれば、学院でも蔑まれる。それは避けなければならないが、野生の魔物には契約痕が出ない」
嫌だ。
「だから念のため、ここでコレを殺しておく」
「やめ…ッ!!」
ぐしゃり
セオフィラスは号哭した。
手先が震える、血の気が引く、目頭は熱せられ、視界が歪む。
渾身力で拘束を破って駆け寄ろうとするも、それ以上の力で抑え付けられる。
父が踏む。魔物が逃げる。母が抱く。魔物が鳴く。父が踏む。魔物が跳ねる。母が抱く。魔物が細る。父が、母が、魔物が。
母の拘束が解けた時には全てが終わっていた。
自分も、母も、多分父も。
誰もが泣いてる中で、魔物だけが、ないていない。
セオフィラスはぼとり、ぼとりと近づき魔物に手を当てた。
「…ぁ、」
温かい。今は、まだ温かいそれの毛をセオフィラスはゆっくりと撫でる。いつもなら、そうすれば寝る前までは確かに彼を写していたはずの瞳は、虚を写すままだった。
「あぁっ、」
親の教訓も、使用人たちの許容も、セオフィラスの保護も、全てがきっと其々の愛の筈で。
その愛が譲れなくて、避けられなくて、ぶつかってしまった結果、小さな魔物は死んでしまって。
「あああああああ!!!」
だからセオフィラスは捨てた。
自分の考えも希望も。無意識に記憶も。
リディは魔術契約しなければなない。
――でないと、あの時のようになってしまうから。
つ、とセオフィラスの目尻に涙が伝う。
「くそ、」
なんでこんな事忘れていたのかと思う一方で、ああこれか、とセオフィラスはどこかで納得もしていた。
マリーの言葉に苦しさを感じたのは他でもない、セオフィラス自身が悔やみ、羨望していたから。自分のせいで死んでしまった、あの特別な野生の魔物の死を。特別の隣にいる人達を。
未だ消化されず燻り続けていたらしいソレに、セオフィラスははっ、と自嘲する。自分は今までこんな情けない考えで周りを見下していたのだと。自分を、守る為に。
バカだなとセオフィラスは思う。
親に逆らえばその反動はいずれ来る。昔から自分の行動には責任を持てと父に散々言われてきたのに、幼い自分は分かっていなかったのだ。分かったふりをしていたから、あいつは死んだ。俺が殺した。
――まあ結局。思い出した今、それがあったからの俺だと思ってる俺はホントに救えねぇな。
許さなくて良い。祟っていても良い。
それすらも今のセオフィラス・ブランデルを作っていると思った彼は諦めたように笑う。
人はそれを受け入れると言うのだが、セオフィラスには知らぬ事であろう。
かつり、と窓から音がしてセオフィラスが重い頭を浮かすと、窓の側に1匹の鳥。
長い首を持つセオフィラスのリディは長い睫毛をゆったりと上下すると、ぱたりぱたりとセオフィラスに近づいた。
「…なんだよ。お前から近づいてくるなんて珍しいじゃねぇか」
「…クォオン」
「別に何もねぇよ、」
「クォオン」
「、うるせ、やめ、ろ」
ぐにゃぐにゃに傷んだ胸の内に寄り添う声に、セオフィラスの視界が歪む。
くそ、と目元を覆い項垂れる彼の頭にリディは頰を寄せ、またひとつ鳴いた。
セオフィラスはあの夜失った。
特別な想いも、あの友も。
セオフィラスはこの夜思い出した。
特別な想いと、その友を。
そしてまたひとつ、セオフィラスの特別はその腕に収まるのだ。
彼にとって、今夜はひとつの転機となるだろう。
ユエリノルラバー
セオフィラスのリディ。鳥族。
首が長く、睫毛も長い。メスは頭にティアラの様な金の突起を持つ。声で相手に強化効果、弱体効果を付与でき、精神的な状態異常(眠気、混乱、衰弱など)も引き起こせる。
基本穏やかな性格だが、嫌な相手にはしれっとデバフを掛けまくる。