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リディウムメイト!  作者: 銀シャリ
世界の広がり
37/41

34

 

「マリーちゃん、デザート食べない?」



 笑顔でカゴを開けたパニラの手元には綺麗な焼き色のマフィン。


 それを輝いた目で見つめ、嬉々としてお礼を述べるマリーとリディにパニラの頬はますます緩んだ。


 マリーとパニラが友達になったあの後、部屋へ戻ってきたナタリアにパニラは改めて挨拶をした。

 パニラとしてはあの時の自分では仕方なかったとはいえ、今までマリーを外れ者として対応していただけに、マリーに近づく上でナタリアが最大の壁となることも考えてはいた。しかしそれはナタリアの知識欲が阻害されうる場合のみである。従ってその時のナタリアはマリーの説明に一言「そう、よろしく」と発すると、何も言わずに本の世界へ旅立って行ったのだ。


 そして、その時パニラは理解した。



 ――私が…、私がマリーちゃんを守らないと。



 友達(マリー教徒)、誕生の瞬間である。



 幼少期に屋敷の料理人達が生み出す菓子に憧れたものの、良い縁談には必要無いと料理の許可をもらえなかったパニラは、マフィンを頬張るマリーを見て喜びに浸る。ああ、作って良かったな。素人が作った物なのにこんなに喜んでくれるなんて。なんで今まであんな家訓に従ってたんだろう。罅の入った仮面をフルスイングで床に叩きつけたパニラは一晩で逞しく成長した。


 今朝はマリーとパニラが共に教室に入ったのだが懸念していた転校当初マリーに嫌味を放った少年――セオフィラス・ブランデルはちらりと一瞥して何も言ってこなかったので、平和である。


 リディがプレグリティとスノウミュラー――パニラのリディ。イタチ族。野生はふんわりとしたレグホーン(柔らかな黄色)の毛色に目、肩、尾の先端はヘリオトロープ(鮮やかな青紫)の大変艶やかな体毛をもつが、炎属性のパニラのリディはその毛色をオールドローズに染め上げる。魔力を身に纏わせ、見惚れた相手を誘惑することで有名で、野生のスノウミュラーは毛繕いに余念が無い――に大中小と自らのマフィンを分けてあげているのを見ていたマリーは、あっ、と思い出し、声を上げた。



「そういえば、午後からクラスの係決めって言ってたけど、どんな係があるの?」

「クラス長、教員補助係、広報係、美化係…色々あるけど、一番競争率が高いのはクラス長ね」

「本院のクラス長って、卒業後、一番有利に働く肩書きなんだよ」

「へー、じゃあ教員補助係も人気なの?」

「…あれは雑用係よ」

「え?」

「逐一呼びつけられて、中々読書の時間が取れなかったわ」

「あはは…先生の補助をするんだけど、細々したのが多くてそう呼ばれてるの」

「係決めなんて去年は始業式の翌日にしたはずだけど、今年は遅かったわね」



 昨年の係活動を思い出したのか、うねる黒髪を一つに纏め、紅茶のカップを傾けるナタリアの眉間には僅かなシワが寄る。

 プレグリティも小さなマフィンを退けながら不満そうに羽を唸らせた。


 そんな不機嫌なナタリアに苦笑しながらもパニラはマリーへ追加のマフィンを渡し、呟く。



「特に私達のクラスの教員補助係決めは激しくなると思うよ。



 担任がクリメント先生、だからね」






 ―――






「それじゃあ、係決めを始めまーす」



 やる気の無いクリメントの緩い声を皮切りに、教室内を肌をひりつかせる空気が支配した。


 本院の係決めには、2つの趣旨がある――駆け引きの練習と将来への経験だ。

 これは将来国の為に、万事を恙無く、掌で転がせる優秀な人材を育て上げる為の取り組みでもあった。


 係にはクラスを纏めるクラス長を筆頭に、情報収集の要である広報係、クラスの財政を一手に引き受ける会計係、装飾等権威を表現する美化係など、卒業後も視野に入れた実務的な係が設けられている。


 当然、ナタリアから雑用係と評された教員補助係も、その実態は上職への渡りをつける重要職であり、上職の作業を代行して自身のコネクションを広げる絶好の役職であった。


 本院では自身がより良い役職に就けるよう、2年次からは特に生徒間で話し合いや袖の下の横行が多数見られるようになるが、生徒からの告発が無ければ学院側はある程度黙認しているため、本院の生徒の多くはそれとなくその事を理解し、自身のスキルアップの為の係決めに闘志を燃やすのである。


 しかし、昨年クリメントの指揮下にいた生徒達(彼等)は知っていた。


 ――真に心を砕くべきは、いかにハザードを排除するかという事を。



「先生!教員補助係は昨年と同じ人がやった方が良いと思います!」

「異議あり!係は閉じられたものではなく、多くの人に経験させるべきだ!」

「援護するわ!せっかくの機会なんだから、先生を思って教員補助係の話題を出したあなたがしたら良いんじゃない!?」

「先生の思考に慣れたお前が続けてくれた方が効率的だろ!」

「…え?なんでこんなに熱入ってるの?クラス長なら分かるけど…」

「さあ…」

「バカ言うな!資料の纏めとか授業道具の準備ならまだしも、先生の伝言板とか買い出しなんてやってられるか!なんだ、『教頭先生の机にこの書類置いてきて』って…自分で行け!自分でやれ!!」

「…まさか、教員補助係は活動が教員に一任されてるから…?」

「いいか、俺は、絶対に、他をやるッ!」

「「させるかッ!!」」

「お前ら(本人)にも聞こえてるからなー」



 何故か毎年コミカルになる係決めに、クリメントは思わずため息を吐いた。趣旨を踏まえた発言をしてくれ。俺の査定に響くから。


 本来であれば最も熱の入る係選出はクラス長だが、クリメント指揮下ではその限りでは無い。


 彼等にとって、死力を尽くすべきは教員補助係の回避であったのだ。


 補助係だったある生徒曰く、

 ある日は教頭へ書類を運ばせられ、

 ある日は昼食を買いに行かせられる。

 そしてある日は休日に呼び出され授業の準備、片付けをさせられる、などなど。


 活動内容はまさにパシリ。

 一見、本来の意図(上職への渡りのつけ方)を超えたパシリ具合であるが、それでも大人の中にはこの様な大人がいないとも限らないギリギリの範囲である。


 それまで通常の教員補助係しか知らず今年からクリメントのクラスになった生徒達も、昨年の教員補助係の訴えに思わず唾を飲み込む。


 そんな鬼門を前にして奮い立つ生徒達を見ていたクリメントは怠そうに教卓へもたれ掛かると、指先で机を叩き、



「白熱してるところ悪いけど、今年はもう決まってるから。補助係」



 生徒達が震え上がった。


 一瞬にして水を打ったかのように静まり返った教室では、これまで騒いでいた生徒達が処分を言い渡される罪人のようにクリメントを仰ぎ見る。


 対してマリーも、学院に編入出来ただけでも奇跡なのでどんな係でも頑張ろうと、クリメントに目を向けた。


 クリメントは急に静かになった教室をぼんやりと見渡すと、一旦目を閉じ再び重そうに目蓋を持ち上げる。


 色の薄い睫毛から覗く色褪せたその瞳は



「ガリア、お前な。編入して間もないから丁度いいだろ」



 ゆるりと動くとマリーを捉えた。



係決め

優秀な人材育成の一環として毎年行われる。

係は内申書にも記載され卒業後にも影響を与える為、歴代の生徒達は図らずも策略を巡らせ、己の利益を獲得する術を磨いてきた。

が、とある高官によると、クリメントが担任した生徒達は何故か損失を回避する方向の術が磨かれているようで、その術は今も卒業生達により国の各重要部署で眩しいほどの輝きを放っているとか。


もし学院のOBOG会をやるとなれば、結束力は多分このクリメント(に鍛え上げられし)ラインが一番強い。

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